十二
「……やはりな」
ゲソ焼きを噛みちぎり、酒を流し込みながら、惣八は相槌を打つ。
「惣八、なんで羽田だったんだい?」
「最近地廻りの塩が出てきてるだろ。そいつぁ羽田のもんが多い」
江戸近辺で採れる塩の中でも有名なのは、行田塩田のものだ。だが、そこではほぼ全ての塩を、囲塩として加工している。そうなると価格があがり、江戸の庶民がわざわざ下り塩ではなく、そちらを買う必要がない。だが、囲塩の加工をしていない羽田の塩は、下り塩よりも質が下がり、かつ輸送費用も嵩まないため、安く手に入る。
「毎年、尾張様の中屋敷で梅を漬けるときにゃ、運ばれてきた尾張の塩に、減った目方分だけ囲塩を混ぜるんだ」
「塩が減るのか」
「苦汁分が輸送中に蒸発してくんだ。目方が減るから、目方の減らない囲塩で補填する」
なるほど、と文之進は猪口に酒を注ぎ足し、頷いた。
「それが、今回は違った」
「違ったってぇのは、何でわかった」
「いくつかあった。最初におかしかったんは、梅酢だ」
惣八は指を一つずつ立てるようにして、説明をしていく。
「いつもと同じように漬け込んでんのに、いつもより梅酢のあがりが遅い」
「そういや、お前さんそんなこと言ってたな」
「もう一つ。梅の実が崩れてた」
小さなことだが、仕上がりに影響が出る。実崩れした梅干しが多くなるなど、料理人としての矜持が許すはずもない。
「元来、梅酢ってぇのは粒が粗い苦汁の多い塩が実に絡みやすくて、浸透しやすい。それから、苦汁が梅の実の表面を強くもしてくれるんだ」
「苦汁ってのは、偉大だな」
「にげぇけど」
「苦汁だからな」
ゆで卵の殻を剥きながら、文之進は笑った。
「囲塩ってのは、一年かけて苦汁を抜いた塩だ。そいつが含まれてる計算で、あたしは塩の目方を決めて、梅漬けをしたんだ」
「それで今年は、いつもと塩梅が違うってことは」
「そう。囲塩じゃないんだよ、足された塩は」
惣八の手元の指が三本目を示す。
「塩を運んだ藁俵に空いた穴、本来塩問屋を通してりゃ、ふたっつあく筈だ」
「尾張からの荷札で一つ、塩問屋の封緘で一つ、ってことか」
「そん通り」
つまり、減った分の塩を塩問屋を通さずに、屋敷側で充填したと言える。
「囲塩も下り塩も、流通管理はされてる」
「お前さんが羽田に行ったんは、充填に使われた塩が、地廻りの塩で違ぇねぇかって確認のためか?」
「当たりだ。地廻りの塩は、統制が取られてねぇ。しかも樽の縁についてた塩は、粒が小さかったんだ」
「そうなるとどうなる」
「羽田の塩にも苦汁はある。だが、粒が小せえと、梅に絡まず、樽の下に落ちていく」
「それで梅酢のあがりが遅かったんか」
ぐいと酒をあおると、惣八は苦々し気に口を開く。
「だが、決定的な証拠はねぇ。全部あたしの想像の域を超えねぇんだ――証拠……そうだ、お夕」
そこまで口にしたところで、障子が大きく開いた。息を荒げたお富美が、勢いよく飛び込んでくる。
「お夕を見なかったかい!」
そう叫ぶお富美の声が、棟割長屋中に響いた。




