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年越しまでの話 片付けの手順

「あれ、(こう)君は?」正人さんがみっちゃんに尋ねる。「ちょっと遅れてくるって。心配ないわよ。歩いて直ぐの距離だし。」大家のみっちゃんを筆頭に“シャトー高峯”(我らが住まうアパートの名前である。)の面々は、ゆり子さん行きつけの銭湯「峯の湯」を目指して歩いていた。「“りくくん”いるかなぁ?」「一緒に入れたらいいね。」たっくんは、ここあさんとゆり子さんの間、両方に手を繋いで貰いながら、“峯の湯”の孫の話をしていた。二人は同い年で同じ保育園に通う友達なのだ。

「皆で銭湯行くの久しぶりよね。」みっちゃんは正人さんに話す。「去年は“さっちゃん”がいたからね。無理やり連れ出してたし。」“さっちゃん”。つまり、“さとる”さんの事だ。その人物は、今年の2月に就職を期に、退去していた。「ちゃんと働いているのかしら。心配だわぁ。」「まぁ、彼だって此処にいてる間にしっかりしてきていたよ。」そんな話をするうちに一行は銭湯に着いた。


「ほいで、自分は何してん?」コインランドリーで掃除をしている。フィルターの埃はこまめに取らないと、故障の原因になる。「いや、風呂屋でみんな待っとるんちゃうんか?」幽霊は、銭湯の方向を指差して言う。「わざと時間をずらしていくんだよ。」

みっちゃんが考えたのは、ニアミスを狙うという手だった。


「言っても風呂なんて15~20分で出るんだから。ちょっと遅れました~って入れ違いに来たらバレないじゃない?」「もう、知られてもいいんじゃ…。」淹れて貰ったコーヒーに口をつける。「女性に対してのトラウマも、克服しだしたんでしょ?」たくやさんも、同意見のようだ。

「確かに、前よりはマシになったわね。けど、なかなかに根深いものなの。そう簡単に治るものじゃないでしょ?」みっちゃんは持ち帰ってきた自身の荷物を片付けながら、教えてくれた。

正人さんは幼少期に、何歳か上の姉に性的ないやがらせを受けたのだそう。それは、大人からみたら“性に興味が出始めた年頃には、ありがち”な事柄だったのかもしれない。しかし、幼少期の正人さんにとってはあまりにも不快で嫌悪で不浄なものだった。夜尿症になり、些細な事にパニックを起こし、自傷行為に近い行動までとるようになった。親も、“まさかこれ程までとは”と焦り、姉弟を離すべく正人さんは田舎の祖父母宅に預けられ、そこから小、中、高と通う事になった。祖父母のお陰か周囲の人の影響か、その頃には“知識”もつき、普段の生活に支障はなく、なんなら男友達と“エッチな本”を貸し借りしたりするぐらい、「一般的な男子高校生」になっていた。

しかし、ある日の事。テスト明けで早帰りの正人さんは“自宅でゲームしようぜ”と、幾人かの友人を連れて帰ってきた。すると、親の車が駐車場に止まっている。「今日、来るって言ってたっけ?」親だけはちょくちょく会いに来ていた為、何の警戒心もなく「ただいまー。」と玄関を開けた。と、上がり框から客室に続く廊下に「あら、久しぶりじゃん。めっちゃ大きくなってるし。」十数年の間、一切(いっさい)会っていなかったのに一目で姉と分かり、正人さんは外に駆け出し家の前に流れる用水路で吐いた。いきなりの事に友人達も驚き、背中をさすってくれ、祖母に水を貰いに走り、タオルを持ってきて、と走り回ってくれたと言う。


「まぁ、その時のお姉さんが結構バッチリメイクだったらしくてね。だから、()()()に出勤する前のここあちゃんや、あたしの仕事用メイクでさえも抵抗があるのよ。」みっちゃんはお茶請けのアーモンドチョコを口に放り込み、カリカリとかみ砕く。「親や、祖母に近い年齢の女性なら大丈夫なんだけど、当時の姉を彷彿とさせる小学生や、大学生くらいの女性は苦手なんだ。」過去に、みっちゃん、ゆり子さん、今は退去したさとるさんと一緒に晩酌した際に、正人さんは酔った勢いで話してくれたのだという。

「まぁ、ペラペラと喋る話じゃないんだけど。このままじゃ、埒が明かないからねぇ。」「てか、銭湯に行くって決めたの、みっちゃんっすよ。」カップを流し台に運び、洗う前に一言いっておく。「あ、あら?そうだっけ?」「自分を男と勘違いしたのは正人さんっすけど、面白がって黙ってたのはみっちゃんっすよ。」名前も訂正することなく、間違いにのっかったのだ。「も~、みっちゃんの悪い癖だわ~。」たくやさんも呆れ顔である。「どうせ、銭湯に行く話も思いつきで決めて、正人君に連絡したのあんたでしょ?」「あ、あたしが思いついたんじゃないわよ。ゆりちゃん!」「じゃあ、正人君に連絡いれなきゃいい話だよね?誰が誘ったの?」しばしの沈黙の後、「…あたし。」はぁ~。ため息が二人分、部屋にこぼれた。

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