カウントダウン
「さあ、出来上がりよ。幸ちゃん、正人君呼んできて。」「うす。」みっちゃんの部屋を出て、真ん前の階段を上がる。帰ってきてから、正人さんは自室に戻ったままだ。きっと親父さんと電話で話しているのだろう。ノックする。「正人さん、夕食の準備、出来たっす。」直ぐに、中で人の気配がして、ドアが開かれる。「ありがとう。ごめんね、わざわざ上がってきて貰って。」デート中は、ライダースジャケットとパンツだったが、今はラフなスウェットを着ている。なぜか、正人さんが着ると「日曜のお父さん」感がしないから不思議である。みっちゃん、たまにスウェットで寝癖でサンダル履いて歩く姿みるけど、まんま“日曜のお父さん”で、「親父くさっ。」と言わざるを得ない。「スマホだと、気づかないかもって、みっちゃんに追い立てられたんす。」「ははは、気を使わせちゃったなぁ。」正人さんは自転車置場側に下りる階段を話しながら下りる。自分もその後に続こうとした時だ。「あかんっ!」その声に一瞬、足が止まった。
しかし、「うゎっ!」体ごと引っ張られる。小さな踊場に体が吸い込まれるように落ちる。ぎゅっと目を閉じて、腕を顔の前でガードして衝撃に備えた。が、自分の構えた腕の上から、太い腕が巻き付くように体を支えた。「危なかったぁ。大丈夫?」正人さんが上体をひねるようにして、自分を支えてくれていたのだ。「階段、氷ってたのかな?僕、気づかなくて。ごめんよ、幸君。」「…いえ、助かったっす。ありがとうございます。」どくどくと脈打つ。足元、気をつけて降りようね。みっちゃんに言っておこうか、たっくん達が滑ると危ないしね。正人さんの会話が、聞こえているのに聞こえない。生返事を返しながら、足元を注意して下りる。地面について、みっちゃんの部屋の前へ。正人さんが先に入った時、耳元で幽霊が囁いた。「お前、また厄介なもんに目ぇつけられとるやん。」
くそったれがっ!!
「女や。女の生き霊や。死んどらんな、こりゃ。」幽霊は、専門家よろしく分析しながら解説していく。「何とかできないか?幽霊同士さぁ。」「出来るかぁっ!」幽霊は胡座をかいて、宙に浮いている。「前もあったやろ?あいつらは、生き霊や。生き霊は、“欲”そのものと言って良いくらいや。だから、話も出来ん。」以前、女子高生に憑いた生き霊も女だった。男(「ぷいぷい」の三人)に恋い焦がれ、執着し、しかし実らぬと解っていながら止められない。そんな思いが溢れ、淀み、それらが複数集まり、人に取り憑いた。「ただ、今日のは前回のとはレベルが違うで。」幽霊は、ふぅーっとため息をつく。「多分…二人…かなぁ。別々や。別々の女から、今、同時攻撃されとる感じやわ。」「なんでだよぉ。」お手上げである。一方的に貧乏くじを引かされた気分だ。
「お前、モテるなぁ。」「ふざけんな。」投げた枕は空を切った。
早朝、コンビニに向かう道中。まだ日が昇らず辺りは暗い。先日、落ちてきた、または降ってきた岩は、きよっさんに連絡した後、撤去されている。ゆり子さん伝手に聞くと“小型ユンボでどけた”そうだ。つまり、人力、ましてや一人でどうこう出来るものじゃないって事だ。「どこから運ばれてきたのかも判らないみたい。嫌ぁねぇ。幸ちゃんが気づかなかったら、他の通行人がぶつかってるわよ。」ゆり子さんは困り顔のまま、怒っていた。「きっと、あれもその類いなんだろな。」考えている間に、コンビニに着いた。
「今日は大晦日だから、ちょっと量が多いのよ。」オーナー夫人が言う通り、冷凍で運ばれてきた商品を黙々と裏の業務用冷凍庫に詰めていく。店頭渡しのお節もあり、はたして冷凍庫に収まるのかドキドキだ。
「それじゃ、夕方に助っ人お願いね。」「はいっす。」やはり、大晦日までバイトに入る人は少ないらしい。先輩の谷さんも、次に入るのは2日の9時からだと言う。『カウントダウンに、彼女いねぇ奴らでカラオケ行って、別れの歌ばっかり歌って周りのカップルに嫌がらせしてくる』のだそう。どこに心血注いでいるのだろうか。
アパートに戻り、自室で朝食をとる。片付けと掃除をした後、洗濯物を持ってみっちゃんの部屋に行く。中では、ゆり子さんとみっちゃんがお節料理を作っていた。「お疲れー。」みっちゃんが人参を梅型の型抜きでカットしながら出迎えてくれる。「洗濯行ってきます。」ついでにランドリーの掃除や管理をする。「夕方にもう一度コンビニよね?」「っす。5時からっす。」「幸ちゃんは、大晦日まで忙しいわねぇ。」ゆり子さんが呆れ混じりに言う。「お友達は?」「皆、実家や親戚ん家に行ってるんすよ。」アパートの住人だって、今朝早くにたっくんとここあさんは旅行用のキャリーを引き、ここあさんの実家に帰っていったし、かく言うゆり子さんも1日の昼から4日まで娘さん家族が住む郷里に帰るのだ。洗濯物を放り込み、回り出したのを確認してから店内を掃除する。大晦日だろうが、自分のやる事は変わらない。




