大掃除は段取りと要領。 デートの顛末
自分達が座っている席とは対極にあるボックス席に、今来たらしい家族が座るのが見えた。50代の夫婦に、2、30代の男女。「あれっすか?」リップケースをカバンに仕舞い、何食わぬ顔でうどんをすすりながら小声で聞く。「…きっと、同じ考えだったのかな。美術館に行って、寒いから何か温かいものを…って。」そちらを見ないように、顔を背けながら苦笑いをして正人さんは呟く。「とりあえず食べて、店出ちゃいましょ。」そう提案すると正人さんは、八の字に眉を落としながらも「そだね。」と笑い、相手から見えない様に体を低くして坦々をすする。ゴマとスパイシーな香りがこちらにも届く。お釣りのないようピッタリの金額を用意し、レジへ。自分が支払いを請け負い(お代は正人さんが出してくれた)、正人さんは先に店の外に出る。支払いを終え、エンジンがかかるバイクの後ろに飛び乗った一瞬、後ろを振り返ると店内のガラス越しに、彼らはこちらを見ていた。正人さんの父親だろうか、座席から腰を浮かせて『正人か。』って唇が動くのがわかった。
「走るよー。」正人さんの合図でバイクは駐車場を出る。きっと普通のご家族だ。こちらを見ていた目は、ただただ、驚きだった。
正人さんいわく、ご両親とは連絡はとるものの、まともに対峙して話したのは大学入学時以降ないのだとか。
「淋しいもんだな…。」すぐ目の前の正人さんの背中を見ながらポツリと呟く。ヘルメットで声はくぐもって正人さんには届かない。届かなくていい。今、正人さんは何を思うんだろうか。
「運転、お疲れ様でした。」「いやいや、付き合ってくれてありがとうね。」アパートに戻る前に一息つきたくて、商店街にある、喫茶店にやってきた。みっちゃんと初めて会ったあの店だ。
「展示、今日が最終日だったんだよ。」正人さんはホットコーヒーを飲みながら話す。元々は明治時代に建てられた異人館で、若手のアーティストや地元の職人の作品も展示する小さな気さくな美術館として愛されているという。
「じいちゃんとばあちゃんに会えた気がしたよ。」正人さん、その笑顔は隠して下さい。隣の席のおば様達が心臓発作、起こしかけてます。とは言わず、静かに自分もカフェモカを飲んでいると、テーブルに置かれた正人さんのスマホがブーブーと、鳴る。「…親父かな。」正人さんはチラリと一瞥するだけで、スマホを取らない。しばらくブーブーした後、切れた。「無視して大丈夫っすか?」「多分ね。あーあ、なんとか気持ち良く年越しを迎えたいなぁ。」ぐぅっと伸びをして、今しがたの出来事に目を向ける心の切り替えをしているのだろう。
「今、吐き気や冷や汗はないっすか?」「そうだね。席が離れていたってのもあるし、話しかけられてもないから。」「強くなってるっすよ。正人さん。大丈夫っす。」偉そうかもしれないけど、自分が言える事はこの言葉しかない気がした。まっすぐ正人さんの目を見て伝える。正人さんはきょとんとした後、くしゃくしゃに顔を歪めて笑う。「あはは、今日は本当に…。幸君とデートして良かった。」
「で、どうだったのよ。」みっちゃんが鶏肉を揚げながら聞いてきた。いつものフリフリリボン付きのエプロンをつけて、衣をはたいた鶏もも肉を一枚ずつ揚げる。「どうって、美術館行って、飯食って帰ってきただけっすよ。」流しでレタスを洗いながら答える。「いいなー。私もデートしたーい。」ここあさんが炬燵から声を上げる。いつもの座卓は炬燵に姿をかえて、その炬燵の上でここあさんはステンレスのボウルを抑えて、たっくんがマッシャーで茹で卵を潰している。「ここあちゃんは健全なデートが出来なきゃ駄目でしょ?」ゆり子さんが、なかなか辛辣な指摘をしながら、切った玉ねぎを潰した卵に混ぜていく。今日のメニューはチキン南蛮だ。健全ですぅ~。と口を尖らすここあさんを他所に「少しでも、正人君が息をしやすい状態になればねぇ。幸ちゃん、ありがとね。」と、ゆり子さんは洗ってザルに上げたレタスを受け取りながら話を続ける。「たいした事はしてないっす。あ、そういや。」「?何かあったの?」みっちゃんは、跳ねる油をものともせず三枚目を揚げている。「正人さんのご家族を見ました。」「「なんでっ?!」」ここあさんとみっちゃんがハモった。「いや、見ただけっすよ。ニアミスって言うか…。」二人の勢いに気圧されながら今日の説明をする。「ふーん…。じゃあ、お姉さんの様子は見てないんだ。」みっちゃんは、鶏肉を返しながら意味ありげに言う。「まぁ。ただ、親父さんや、隣に座っていた奥さんは嫌味な感じしませんでしたよ?」「一緒にいた“若い男性”は、誰だろ。正人君、お兄さんいてたっけ?」ここあさんは、たっくんが混ぜたボウルにブリュっとマヨネーズを入れていく。「違うんじゃない?」みっちゃんは固くて開けれないと、ゆり子さんから託されたピクルスの瓶を「ふんっ!」と、一撃で開封した。




