大掃除は段取りと要領。 冬の日だまり
「やぁ、いらっしゃい。」障子が空いて老齢の男性が入ってきた。「あ、ご無沙汰しています。」正人さんが頭を下げるのに習い、自分も下げる。「祖父の作品を展示して下さった、職員の平尾さん。こちらに来てから、色々気にかけてくれてたんだ。」「初めまして。杉本です。」「平尾です。いやぁ、正人君が来てくれて。…おじいさんが見たら、どんなに喜ぶか。…はは、ダメだね。歳をとると涙脆くて。」平尾さんは、ジャケットの内ポケットからハンカチを取り出し、目にあてる。「君、杉本さん。」「は、はいっ。」いきなりがしっと手を握られ、驚きに声が裏返る。「正人君を頼むよっ!」「は、はいっ!…はい?」勢いで返事をしたが、何を?
「ここに飾られているのは、僕個人の物と、奥様から生前買い取らせて頂いた美術館所有の物でね。」平尾さんは、この和室に展示されている作品の説明に入った。「この◯◯市に、凄い職人がいた事を知って欲しくて、今回、この催しをしたんだ。ほら、この花籠なんかは、別の方の作品なんだけど、この柔らかい曲線がキレイだろ?こちらは硯。一枚の石を削っているんだよ。」「ほぇ~。」「!っくっ。感嘆の声が芸人になってる。」正人さんは、くっくっと笑っている。いや、無知の高校生からしたら、全てが驚きですよ。「この桐だんすは、奥様、正人君のおばあさんの為に、おじいさんが作られた物だよ。」「え?」それは、嫁入りの着物タンス。表面は、飴色に光っている。「この中に秘密があってね。」平尾さんが上段の観音開きの戸を開ける。中は着物用に引き出しがついている。「これは…。」正人さんが声を上げ見ている先に、自分も目を向ける。
開き戸の裏。そこに同じ女性が左右の扉にそれぞれ打ち掛けと白無垢姿で描かれていた。「ばあちゃんだ…。」正人さんは、恥ずかしそうにはにかんでこぼした。「ええ、このタンスを贈られた時、奥様は嬉しいやら恥ずかしいやらで、他の家族の前で開けた事はないとおっしゃっていたよ。」平尾さんも、眩しそうに絵を見つめている。「けど、いつのまに平尾さんに渡していたんだろう。僕はてっきり…。」正人さんは、そこで言葉を切った。「…奥様は、処分されてしまうより、ご主人、おじいさんの職人の技と、隠された愛情を残したい。と、当美術館に譲って下さったんだよ。」「…そっか。そうなんですね。」
冬の昼下がり。庭から差す木の影。桐だんすに染み付いた香り袋の匂い。そして、描かれた若かりし頃の正人さんのおばあさん。正人さんのおじいさんは、著名な作家や絵師ではない。けれど、ただ1人。この描かれた女性に向けた愛情や眼差しは、言葉じゃ言い表せない程に、優しく、暖かだ。それは、芸術とはまるっきり縁のない、高一のクソガキである自分でも解った。
「すっかり、遅くなっちゃった。」駐車場で、正人さんはヘルメットをかぶりながら「ごめんね。さすがにお腹すいたよね。」と、気遣ってくれた。「でも、見に来て良かったっす。凄い物ばかりで。」「喜んでくれたなら、僕も嬉しいや。」正人さんの後ろに跨がる。バイクは、もと来た道を走る。さすがにこの時期だと、昼を二時間ほど過ぎた時間でも日が傾いている。しばしバイクを走らせて、結果、道沿いに建ち並ぶ内の一つのチェーン店で遅い昼食となった。
「この系列店、初めてっす。」「あれ?そうなの?」「アパートや商店街周辺にありましたっけ?」「あぁ…、そう言われたらそうだね。ないなぁ。」なんて、話しながら店内へ。四人掛に案内され、対面で座る。タッチパネルで注文し、おしぼりで手を拭く。「正人さん、体調どうでしたか?」お冷やを一口飲んでから、正人さんに質問する。「嫌な気分になったりとか無かったっすかね?」正人さんは、おしぼりを手の中でもてあそびながら「そうだね。違和感はなかったかな。」と、今日を振り返って話す。「相手がみっちゃんでも時々鳥肌が立ったりしたから、性別は関係ないかもとは思ってたんだ。でも、今日の幸君は誰が見ても女性だけど、僕は体調に変化なかったなぁ。」「何が原因すかねぇ。メイクの匂いとか?香水?」「うーん、一応、カウンセリングに行った事はあるんだ。そこで言われたのは“本人にしか判らないなにか”が、原因らしいんだけど。」「本人も“なにか”が判らないんすもんね。」「そぅ。」お待たせしましたー。と、店員さんが料理を運んできた。自分は“温か卵とじうどん”。正人さんは、“辛味噌坦々麺”。「寒かったから、温かいスープが染みる~。」正人さんは嬉しそうに、早速スープを飲んでいる。ヘルメットを被っていても、冬の割りに暖かい日だとしても、寒風は体全体を冷やす。ましてや、バイクだと尚の事。ライダースを着てる正人を盾に、風を避けているがうどんをすすると、自分もいかに冷えていたのかが明確に分かる。「どこか寄りたいとこ、ある?」「いや、無いっす。」「じゃあ、食べたら帰ろっか。」「そっすね。あ、たっくんに何か買って行きたいっす。」「じゃあ、ケーキでも…。」正人さんは顔を上げかけて、すぐ下を向いた。「?」言葉が途切れた事に気づいて、自分は正人さんをみる。ラーメン鉢を見つめている。青ざめた顔で。「…来てる。家族が…。」消え入りそうな声で正人さんは教えてくれた。直ぐさま、カバンから小さなコンパクトタイプのリップケースを取り出す。中の鏡を使って、カーブミラーの様に正人さんの見た方向を見る。




