大掃除は段取りと要領。 心を温める
「うーん、お昼、どこにしようかな?頼んどいてアレだけど、やっぱり男の子だし、沢山食べたいよねぇ?」正人さんは、ホットコーヒーの入った紙コップを片手にスマホで店を調べている。「いや、そこは大丈夫っす、です。ただ、女性に人気の店だと、正人さんがしんどいっですよ。」「そうなんだよねぇ。」食べ物一つとっても、男女の違いを気遣わねばならない。恋人になるってなぁ、大変なんだな。
「女性ってさ、チェーン店より個人店の方がいいんだよね?」「さぁ、さすがに自分は解んないです。」世の女性の“当たり前”に、自分が該当するはずがない。身近で女性に一番詳しいとしたら、不肖我が父だろうか。「今日は、慣れる事が一番の目的っですから、店は気安く入れる方がいいっですよ。」「…そうだね。ちょっと気が急いてたかな。恥ずかしいや。」照れ笑いする正人さん。彼は気づかない。今、2つ向こうのテーブルに座る若い女性二人が、彼の照れ笑いを見て、声を押し殺して身悶えている事を。そして、店のあちこちから自分に刺さる、嫉妬と僻み、怒りの眼差しを。
「行き先は決まってるんだけど、それ以外かなぁ。」「どこに向かってるっですか?」
この日、空いてるかな?って聞かれた日に、「バイクで出掛けようと思うんだけど。何か、近くで行きたい場所とかあるかな?」と要望を聞かれた。が、この土地には学業の為(親達から物理的に距離を置くため)に来たのだから、観光しようなんて頭が無かった。「あー…。無いっす。遠出する時もせいぜい、安い店探す位っすから。」学校もアパートもバイト先も、朋ちゃんとリンダと行く商業施設も、自転車で回れる距離である。唯一の遠出が、谷さんの大学がある街。
そういや、大学の学祭について詳しく聞かないままだった。谷さんとはバイトのシフト上、たまに会って話もしたが、あの事については谷さんは喋らなかったし、自分も聞かなかった。ただ、「お前のメイクの指導のお陰で、彼女が出来たよ。俺以外のやつがな。」と、非難がましく言ってはいたけど。
「ちょっと離れた場所にある美術館なんだ。」正人さんは、スマホ画面にホームページを開き、自分の前に差し出してくれた。「今、その土地出身者の作品を合同展示してて。」へぇ。「そこに僕の祖父の絵もあるんだ。」へ、えぇっ!?「え、こ、国宝的な…?」「そんな、無い無い。」笑いながら手を左右に振る。「美術館の職員で、祖父と懇意にしていた方が、三回忌って事も踏まえて、ちょっとだけスペースを貸してくださったんだ。」親の代から表具師を生業にしてきた正人さんの祖父は、幼少期から日本画を習い、仕事に活かしていたのだという。「ただ、長く日本画に準じてきたし、襖絵や、衝立、屏風に描いた絵は、じいちゃんの誇りで生き様なんだ。」正人さんは、嬉しくも寂しさが混ざる、そんな複雑な表情を浮かべる。自分達の周りだけ一瞬無音となり、ほうっと息が漏れる音が合唱のように合わさった。周りの男性客は何事かと、訳もわからず、キョロキョロしていた。
道の駅で菓子折りを買い、再び正人さんの後ろに乗ると、バイクはグウンと走りだした。街の中央道を走る。道路添いにはチェーン店が建ち並ぶ。正人さんと話し合い、先に美術館に向かう事にした。昼の混んでいる時間帯に無理に行く必要はない。
しばらく走って、店も住宅街もまばらになり、木々が大きく繁る公園を越えると、その美術館があった。公園の駐車場と同一らしく、そこにバイクを停める。「あまり大きくないけど、学生の時はよく来ていたんだ。」正人さんは、美術館の受付をすませ、中に進んでいく。自分も後に続く。
「わぁ。」アンティークの椅子やソファがランダムに配置され、壁の絵と伴って
その空間自体が、絵画のようだ。「きれいっす。」「だよね。僕も好きなんだぁ。あ、以前と絵が変わってるや。」お客は、自分達以外2~3人ほどで、ゆったりと絵を眺めたり、椅子に座って眺めていたり。「この先だよ。」どうやら、部屋が別の様で、入ってすぐが「絵画」、廊下を出て、向かいの部屋は「彫刻」「造形」と、札がかかっていた。正人さんが指差したのは、廊下を進んだ先。入り口が障子の部屋がある。「水墨画」「日本画」と書かれた札が下がっている。「ここは、靴を脱ぐんだ。大丈夫?」「大丈夫っす。」障子を開けると、旅館の様な和室が広がり、畳の先に板張りの縁側。小さな日本庭園が見える。「あぁ、じいちゃんの絵だ。」正人さんは、一般的な広さの倍の横幅はある床の間に掛けられた数点の掛け軸を、眩しそうにみていた。「これは、“春”。ウグイスが桃の木に止まっているでしょ?」「これは、“鯉の滝登り”。5月の節句によく描かれたんだ。“鯉のぼり”だよ。」由来などさっぱり解らない自分に、丁寧に説明してくれる。「あ、多分、これもそうだよ。ほら。」書院造の違い棚に飾られた扇子。藤が風に舞う。作品の横に作者の名前と制作年を記載してくれたプレートがある為、正人さんも気づいたらしい。制作年は、今から30年前である。「はは、何だか安心する。変だよね。」「…そんな事ないっすよ。」自分には、解らない。けど、きっと春の縁側で猫が微睡むような、そんな気持ちなのだろう。




