5.乃亜の権能
《扶神 乃亜side》
私は少し散らかっていた消しカスや菓子パンのゴミをゴミ箱に捨てて、脱ぎ散らしていたパーカーを部屋の隅に掛けて玄関の先にいる源君を呼びに行った。
「あの、入ってもらって大丈夫です」
「どうもー。おじゃましまーす」
源君は靴を脱いで入ってくると靴を並べ直してから帰ってきた。ガサツな性格だと勝手に思っていたが割と几帳面なのかもしれない。
「──《消音》──」
「え?」
源君が何かをボソッと呟いた瞬間、何かをした気がした。
「何でもないよ。会話が外に漏れないようにしただけだから。それじゃあ君の権能のコントロール諸々について教えてあげる前に言っておきたいことがある」
「?、そういうのはこの前に色々と聞いたつもりなんですけど••••••」
「言い忘れていたことだよ。この前も『仕事』とか言ってもあまり追求されなかったからさ、この名前が偽名なのを伝えてなかったんだ」
確かにそんなことも言っていた気がする。この世界の人が知り得ていなかった情報を沢山喋っていたのだが、そういうものなんだと勝手に理解するようにしていたせいで失念していた。
「それじゃあ改めまして、俺の名前はジェス・ノスタルジア。ジェスって呼んでくれればいいよ」
カタカナときた。日本人というわけではないのだろうか。
「•••••ジェスさん」
「うんうん。取り敢えずその呼び方に慣れてもらおうか。それなりに長い付き合いになると思うしね」
『それなり』とはどのくらいなのか───が気になってしまうがスルーしないといけない。
でないと色々と取り乱してしまいそうだからだ。
「じゃあさっそく、君───というのもよくないのかな。不公平かもしれない。学校では違和感無いように『扶神さん』で通させてもらうけど、ここでくらい『乃亜』って呼ばせてもらおうかな」
いきなり名前呼びとは距離の詰め方が早すぎるのでは?と思うところもあるが嬉しかったのでヨシとしよう。
「じゃあ乃亜の権能だけど、実際自分自身でどのくらい能力の詳細を認識できているのかな?」
「••••••質問返しで申し訳ないんですけど、私はあなた••••••ジェスさんの前でこの力を使った事は無いと思うんですけど、私の、その、権能の効力の当たりはつけているんですか?」
「いや全く。ただ明らかに常識の範疇に収まらないほどのものなんだろうなって勝手に思ってるだけだね」
この人のことだから何でも知ってそうだと思っていたが、流石にそんな事はなかったらしい。
じゃないとこの前の公園でのことをする必要が••••
「ん?どした?」
「───ふう。何でもないです」
無理矢理目線を百八十度回転させて深呼吸してきたので何も問題はない。無かった。
「どのみち『なんで?』ってなるから先に説明しておこうか。まず前提として、人には『魔力』を体内で生成する力があらかじめ備わっている。これに関しては人である限り絶対に存在している構造でね、そして勿論俺も闘う時には『魔力』を使って魔法や権能、あとは身体能力の強化などのその他諸々を発動させているわけだ。ここまでは特にありきたりの創作ファンタジーの通りだと思う」
確かにこれだけなら昨日の事よりも理解が及びやすい。ひとまず私がその『魔力』を所持していてそれが権能の発動源になっている、と短くまとめて理解しておく。
「だけど魔力は人間でいう二酸化炭素みたいなところでね、大量に取り込んだりしちゃうとほぼ確定で死ぬ。その上でこの魔力の生成は生存している限り止まることはない。だからちゃんと、作ったそばから大気中に吐き出してるわけ。そしてその漂った魔力が環境要因とかで集まると俗に言う魔物が誕生するわけだ。」
「えっとつまり、生きている限り魔物は永遠と生まれてくるって事ですよね」
「そうだね。で、何でここ最近になって魔物なり魔人なりが出てきたのかってなるけど、アレは意図的な侵攻だと思っておけばいい」
「え、侵攻!?何で、」
「ん」
というとお茶でも出そうかと思って台所に立っていた私に指を刺してきた。
•••••••••••
「え私?」
「正解。本当にあっちより先に乃亜に気付けて良かったよ。もしかしたら相当面倒臭いことになっていたかもしれないからな」
そうなってくると少し怖い想像が出来てしまう。
「••••••一応聞きますけど、もしですよ、本当にそうなっていたらどうするおつもりでした?」
「可能な限り助けるよ。でも剥がせないくらいベッタリ支配されていたら最悪───あとは想像に任せる」
殺す───という発言を飲み込んだように見えた。
「話を戻すけど、じゃあ侵攻される前までは何で魔物は誕生していなかったのかってなる。理由は大体二つあってね、魔力出力が高い人の高い頻度での魔力消費か、膨大な魔力を保有できる程の器を持つ人物が存在するかなんだけど、前者はまずこの世界にはいないと思う。これでも『死神』の役をやってて世界中回ってたからね。となるけど後者一択になるのは分かるでしょ?」
喋り終わったと思い彼の方を見ると、逆に彼が私の方を興味津々に見つめてきているのに気付いた。
「•••••もしかして、私、ですか?」
「大正解。ちなみに乃亜の最大魔力保有量は俺よりも多い、つっても分かんないか。まぁそこまでくると十分強者レベルになってくるくらいはあるよ。当の本人はこんなだけどね」
こんな───という表現は正しいだろう。
持っていても使い方次第───とはよくいえたものだ。
実際、身体能力を強化することが出来るなら私自身運動音痴キャラなんてやっていない。
「でもまぁ運動音痴なのと魔力操作技術はあまり関係ないから大丈夫だよ。多分」
なんだか思考を読まれた感じがする。
「じゃあ更に話を戻そうか。そもそも最初に俺が聞いたことは、君自身が所持してる権能の詳細を聞こうとしてたんだっけな」
「••••••わ、私の、権能?の能力は多分、触れたものの消失だと思います」
正直あまり言いたくはなかった。
私もこの力はトラウマにしかなっていない。
だが、この人なら話しても受け入れてくれるような気がした。本当に、何となくだが。
「消失、か。触れたものが塵になるとかみたいなアレかな?」
「いいえ。文字通り塵も残らないんです。本当に触れた瞬間、唐突にそこにあるべきものがなかったかのように忽然と消えるんです」
「君は••••••いや、何でもな」
「物以外に使ったことがあるのか?でしょうか。結論から言えば、あります」
どうせこの話題も、いずれこの人は勘繰ってくることだ。
遅いか早いか。それだけだ。
「せっかく出し渋ってあげたのに自分から明かしてくるんだ。乃亜ってもしかして結構気が強い?」
「えっと、それは分からないですけど知り合いから思い切りが良すぎる時があるくらいは言われたことがあります」
確かにお手伝いとかを積極にするとき、一挙に出来ることをやろうとして、お皿を十枚近くそれぞれの手に乗せて運んだらそんなことを言われた気がする。
「あー、じゃあ次。いつから乃亜は権能を発現───というよりは、いつから持っていることを自覚していた?」
「確か小学二年生だったと思います」
「物以外に使ったのもその時期かな?」
「••••••はい」
「経緯を教えてくれる?そういうキッカケが割とコントロールのヒントになることが多いからね」
「はい。ただ、少し長話になるかもしれませんよ?」
「大丈夫。時間は取ってるからね」
「それじゃあ、小学二年生の頃なので八年前────」
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八年前─── 《扶神 乃亜side》
この時までは、特別なことを考える必要のないただの小学生だと思っていた。
丁度その時期には学校で飼っていたウサギがいた。みんなが無邪気でそのウサギを可愛がっていた。
たしか名前は、ラビットからとって「ビット」とよんでいただろうか。
たしかその日は、私がいじめに遭って泣いている日だっただろうか。消しゴムを窓から投げ捨てられ、上履きを隠された。もちろん先生はそのいじめっ子たちを叱っていたがそれはいつものことで、そいつらはこれからもちろん何も変わらずに来る日も来る日も私をいじめてくるだろう。
しかし、私にも友達がいる。可愛くて優しくて強かで、いじめられている私を見ては守ってくれて、私の手を引いて、私を遊びに誘ってくれる女の子。
そんな子がいてくれたからこそ子供の私が私でいれた。だがその日、私が崩れた。
いじめられ、いじけた私は、もしかしたら慰めてくれるのかもと年相応の淡い羨望を持って中庭にいるビットちゃんに会いに行った。
「ビットちゃーん。おいでー。こっちにきてー。」
私が少し泣きそうになっている声でビットちゃんを呼んだとき、その呼びかけに応じてビットちゃんは来てくれた。その黒い瞳が私の方を向いてくれて可愛かった。喜んだ私はその頭を撫でたくなって、大人の手ならば通らないであろう柵の隙間から手を伸ばし、ゆっくり、そっと手を近づけていった。すると、カプっと私の指は噛まれた。
「痛いっ!?」
私はすぐに手を引っ込めて自分の手をさすった。フーフーと少しでも手を冷やそうとして息を吹きかけた。
「ビットちゃんも私をいじめるの?」
少しばかりムキになっていたのだろうか。
何故懐いてくれないのだろう、と誰もが抱いて当然の感情のはずだった。
もう一度ビットちゃんの頭に手を撫でるようにして置いて、バラっと砕けた。
「───・・・・・・・え?」
意味が分からない。ただただ呆然とすること以外にすることが見つからなかった。
途切れた意識が目覚めたのは私かその他の人の絶叫による大声だった。その声が誰かを判断できないほどに私は恐怖に狩られていた。
後にこの件は先生から漏らさないようにと口止めをされた。当然だ。檻の中にいたはずのうさぎが内臓を撒き散らしてバラバラになっていたのだから。
そして犯人を私というものもいなかった。これも当然だろう。その時の私の私物に刃物は無かったし、たとえあったとしても小学生に出来る所業では無いと思われたに決まっている。
つまり、犯人を知っているのは当事者の私だけということになった。
しかしこれは真相を知ったことにはならない。
他でもない私が、何が原因なのかを知る由はこの時には無いのだから。
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現在─── 《扶神 乃亜side》
「これが、モノ以外に権能を使った時であり、私が初めて権能を使った時でもある話です」
「ふーん。成程ね」
これで何が分かるのかは知らないが、取り敢えず私は今スッキリしていた。いわゆる、心の靄が晴れた、てやつだろう。
今まで言えずじまいだったことを吐き出せて少し息が通りやすくなった気がする。
「となると、このときの発動条件は『敵意』なのかもな」
「敵意、ですか」
「そ、一時の間は敵意を持ってしまった対象に触れようとしなければ大丈夫だと思う。そうすれば発動の可能性をずっと抑えられる。自制によるコントロールも教えたいけど、これは一朝一夕では難しいから時間をかけたいから後回しだな」
後回し、ということは今後もこういった会合を何度も行うつもりなのだろうか。
ちょっと嬉しいかも
「もうそろ夕方から夜に移っていく時間帯だからな。女の子のプライベートでデリケートなところに関わる気は無いからそろそろお暇させてもらおう」
そう言われて時計を見てみるともうそろそろ六時を回りそうな時間だった。
ジェスはあぐらを解いて玄関に向かっていた。
「あ、また言い忘れそうになったけど心構えはしておいてね。俺の仕事もそろそろ終わりに近づいているんだ。あと一息吹いてしまえば終わる程にね」
「?、それってどういう───」
言い切る前にジェスは玄関を出て、続けざまに姿を消して何処かに行ってしまった。疑問だけを私に残して。
心構え、とは何のことだろう。
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《ジェス・ノスタルジアside》
乃亜の家を出た俺は散歩をしていた。
目的はなんてことない。その過程でこの二ヶ月程で見てきた光景を何となく目にもう一度入れておこうと思った。本当にそれだけだ。
「あーあ、この辺りを歩き回るもの何だかんだ慣れてきたな」
懐かしさ──そんなものは捨てたんだ。
だから••••••思い出す必要なんてない。
ここにはもう何も無いのだから。思い出も、未練も、名も。
「今更散策。なんてことをするお人でもないでしょう?」
「おぅ。相変わらず神出鬼没だな、アル」
本当に意地が悪い奴だ。「私は何も手伝いませんので」とか言っておきながら今度は映画鑑賞をしていたらしい。ポップコーンのかすがポロポロ服に付着していた。
「映画といえばポップコーン、とよく聞きましたが、ワタシとしてはフレーバーという飲み物が気に入りましたね」
「それちゃんと映画の内容観れてんのか?」
食の話ばかりで怪しいところである。
「ええ勿論。特に主人公が何も報われずに死んでゆくバッドエンドは清々しかったですね」
「お前中々意地汚ねぇな」
「あぁ本当に勿体なかった。あれで泣く泣く身内で長々と葬式をするシーンを崖から棺桶ごと崖上から海にでも叩き下ろしてやる演出にしてくれれば完璧だったのですが」
「お前滅茶苦茶意地汚ねぇな。そしてその主人公一体何したんだよ」
コイツは初めて会った時から色々と思想がぶっ飛んでいるのは絶対に気のせいではない。
実際に俺以外の人の評価も「アイツはバグってる」という認識で落ち着いているのが現状だ。
「ところで、明日で決める。ということでよろしいのでしょうか」
「うん。そのためにわざわざ逃してやったんだから。自信過剰になっている阿呆共は素直に乗ってくれるだろ」
「わざわざコチラの手持ちのカードを晒して真っ向勝負ですか」
「手持ちがロイヤル・フラッシュなら手札を見せたところで負けはない。その上で、これまでの局面で自分以外にロイヤル・フラッシュを作れないことを確信する要素があれば、勝ちは必然だ」
ちなみにロイヤル・フラッシュとは、ポーカーにおける最強の組み合わせだ。
最強の手札を持っていれば、何も恐れることは無い。
「自分を最強と驕っていると、その阿呆と同列ですよ」
「この局面に俺より強力なカードは無いから心配ご無用ってことを言いたいだけだ。そして、危険因子の二枚のジョーカーはあらかじめ局面の外に置くつもりだ」
ときたま、自分ルールを適用して公式ルールを弄って面白くする人もいる。その時大抵、最強の手札はジョーカーだ。
「二枚ジョーカーの内の一枚、アルにはサボり宣言を受けているしな」
「サボりとは失礼極まりないですね。聞き捨てなりません」
「じゃあそのクソダサいコーディネートは何だよ。その虎柄と迷彩柄が絶妙に絡み合っているおばさんコーデは」
ハッキリ言って真昼間の人前で横に歩いて欲しく無いコーディネートTOP5入りする程でキツイ。
「コチラも毎度お馴染みコピーアンドペーストで───」
「物質生成でモロパクリしてるだけじゃねぇか」
「バレなきゃ犯罪じゃ無いんですよ。どの世界でもコレが人の信条だと心得ております」
「密告してやろうかテメェ」
「どうぞお好きに。防犯カメラの少ない場所かつ防犯カメラに映らない位置での犯行ですので証拠なんて出てきやしませんよ」
「手慣れてやがる」と「自分で犯行って言ってんじゃねぇか」という二択のツッコミで少し悩んでいると、話の続きだというばかりに話を戻してきた。
「して、もう一枚のジョーカーの正体。あの乃亜という少女でよろしいのですね?」
「ん。あぁそうだな。アレは、結構ヤバイ感じがする。今後を考えるとやはり野放しにして置くのは余りにも危険すぎる」
アレは本当に、俺たちを殺しうる可能性を持つ程の力だ。
乃亜がケルベロスに権能を使おうとするとき、間違いなく俺は目前のケルベロスよりも乃亜の方に嫌悪感がした。
それはこの世界にきて初めての出来事だ。人を無惨に殺す魔人だろうと、人を食い散らかす魔物だろうと、慣れが支えてくれていた。
「ですが成程、対象の消失ですか。本当にそう言っているのだからますます面白くてたまらない」
「お前聞いてたのかよ」
「やはりまだ結界に効果を付与する技術が荒削りですね。簡単に介入出来ましたよ。介入された瞬間、戦いの根底を一挙に覆されかねない。実戦なら敗因として十分な理由に取り上げる要素です。もっと緻密に、オリジナルを多少混ぜるのもお勧めです」
「はぁ。相手が悪すぎんだろ。師匠」
「貴方にはワタシを越えてもらわなければならないのですよ。どうかこのワタシを貴方様の忠実な第一功にして下さい」
「ハードルが高いんだよ。大体何で俺の部下になる事にこだわるんだよ。お前ならそこらの国でも単独で征服して独自国家を築くくらいわけないだろ」
実際にこのアルネーブという男はそれ程に強い。
ハッキリ言って、俺も勝てないだろう。何で未だに俺を殺してこないのかが訳わからない。
アルに勝つことが出来る程の強者など、それこそ片手で数えられる程度しか存在しないだろう。
「ワタシは昔、仕えることの愉しさを知ったのですよ。そしてどうか君臨なさって下さい。ワタシが燃えたぎる程の高き壁として」
コイツの上に君臨───なんて遠い夢物語のようだ。
だがやる。もう壊されない。何人たりとも俺の目指す平穏を邪魔させない。その為の力を、あの日望んだのだから。
「まぁ強くなる事に、今のところ損は無いと思ってるし出来ることはとにかくやってみるさ」
「よろしい。それまではワタシを目指して下さい。ここからがワタシにとっての仕上げですので」
仕上げとは何のことか、と問いでもアルは答えないだろう。コイツは前々から意味深な発言を吐き置いていく奴だと知っているため、一々気にしているとキリがない。
あとはこの目に、しばらくみることのないであろう景色を焼き付けて寝るとしよう。
「ねぇママー。あのおじさんのお洋服ださ〜いねー」
間違いなくアルを見ての子供の第一印象だろう。
アルも流石に皮肉の一切無い純粋無垢な発言に思うところがあったのか一瞬動きを止めた。
「••••••あのクソガキ〆て構いませんよね行ってきます」
「行ってきますじゃねぇよお前が悪い」
手をポキポキと骨を鳴らしながらの発言に本気具合を感じたところで俺が待ったをかけた。
その日の夜はさっさく、暴走犬とそれを鎮める飼い主という奇妙な主従構成が出来上がった。
ようやく主人公の名前を出しました。
それとアルネーブは本当に指折りの強者でございます。




