38.いつかはバレる隠し事
ここにきて二章の構成がぐだぐだだったのが浮き彫りになってきている気がします(汗)。『スティグマ』キャラの名前を全員即席で考えてるとか信じられませんよね?
この話は乃亜視点から入ります。
エレナに王宮内を案内させてもらっている。
ジェスに関しては『クロードの侵入ルートの予測』という別の目的を与えることで渋々着いてきている側面もあるけれど。
廊下を歩き階段を登っていくごとにすれ違う人の数が次第に減っていき、ついに誰もいなくなったところでエレナの雰囲気が柔らかくなる。
なお気を抜いているときのエレナの特徴として一人称が『わたくし』から『わたし』に代わる。
「一応御三方は既に客人ということで招待している。というかたちを繕っていますが、申し訳ないことに各地の重鎮が王宮内に固まっている関係で部屋を無理矢理でも空けられそうにないのです」
「ならさっきの応接室を空けられるか?」
「難しいですね。今晩限りならばともかく暫くともなると……」
異世界からという全く想定されていなかった出所だ。
当然事前に知ることなど不可能で部屋を取るなんて図々しいにも程がある。
「わたしの部屋でしたら広さも充分ですが……」
「助かる。乃亜と奏波はエレナの部屋に入れてもらえ」
「ジェスは?」
「屋根の上で風に当たってるよ」
つまりは野宿である。しかしジェスだけが外で寝るという私たちより不遇な待遇なのは不満がある。
「え、えっとそれじゃあ──」
「同じ部屋でいいとか冗談でも言うなよ?社会的に俺を抹殺したいのか?」
「したくないしたくない!あと少し顔が怖い」
目がキまって本気で焦っているように見えた。
女性関係で昔何かあったのだろうか。
(あれ?でもよくよく考えたら……)
何かを思い出してそれを口にしようとした途端、ジェスが私に詰め寄った。
「おい。今考えようとしてたことだけは間違っても言うなよ?俺生きていけなくなるから、マジで」
「わ、分かったよ」
先程以上に焦った様子で念を押された。
生きていけなくなると言うほどであれば本当に死活問題だと考えられる。
だがどうもイケナイことな気がしていたのは、はたして気のせいで済ましていいのだろうか。
「前に奏波にも言ったが、俺は戦闘しなければ基本的に睡眠は不要なんだ」
「え、そうなの?」
「言ってましたね。寿命を超越するのと同じで、元来備わっている肉体の治癒効果が増すと睡眠による回復が必要無いらしいです」
「睡眠が必要ないという人はわたしも初めて聞きました」
奏波は以前のジェスの言葉を思い出したように納得していたが、エレナは半信半疑といったところだ。
そういえば初めて『ノスタジル』に赴いた際にラグナちゃんは寿命がないだの太らないなどといった話をしたことを思い出す。
「エレナもテオが群を抜いて休む時間が異様に短いと感じたことはないか?もしくはルワンダでもいいけど」
「言われてみれば……。ただ体力が常人より多いくらいに思っていましたが、よく考えてみれば兵団の人の中でも実力がある人程怪我からの回復が早い傾向ですね」
「俺に寿命が無いのもそれの上位互換だと思えばいい。とにかく俺は寝なくてもいいから奇襲対策に一晩散策でもしておく」
「……でも、ジェスだけが頑張るのは少し、ね」
やはり私たちだけ休んでいる間にもジェスは何かしらで誰かに貢献しようとしているという状態には負い目を感じる。
ジェス本人は何でそんなことを気にするのかと言うのだけれど。
「俺だけ頑張ると言われても、一人で何でも出来てるわけじゃないし。それに出来る奴がやらなければ誰かが負債を被るんだ。俺がやるか他がやるか、早いか遅いかだ」
それ見たことか。やはりこうなる。
しかしどうしてか正論しか言われないので強く反発することは憚られる。
ジェス曰く広範囲の索敵が得意とのことなので、何もできず悔しいが本当にジェスの言う行動が正しくはあるのだ。
「……というか変に動き回られるよか一か所に固まっててくれたほうが事故率減って有り難いんだよ。案の定この世界でも対策敷かれてないし」
「事故って?」
「俺が戦闘員である以上切っても切れない悩みの種のこと」
ジェスの悩みの種、か。
なにか気になってしまうなぁ。
「相談乗るよ?」
「身近な人にほど自分から言える内容じゃないから断る」
身近な人にほど言えない?
魔力を抱えるのがつらいとかそういったことなのかと思ったが全く違ったプライベートな話なのだろうか。
「というかエレナ。これ何処に向かってるんだ?」
なんか気まずさから無理矢理話を逸らされたような気がした。
おそらくそれに気づいていないだろうエレナはそれに応える。
「上階層のほうに行くほど王宮の構造的に階ごとの面積が狭くなっていってるんです。ここに居る者が言うのも何ですが、下階層は侵入経路も多いので王宮に攻め込まれる事態になると屋内戦になることは必至なんですよ」
つまりは重要なのはあくまでも上階層だけだからそこから見て回ってほしいらしい。
「ザルじゃねぇか。まぁ普通に考えて上階層に偉い人を入れてるんだから分からなくもないが……」
「ちゃんと内部にも罠などの防衛機構は存在していますけど、それも上の方の割合が高いのです。こちらに関しては倒壊を防ぐために下階層ほど骨組みを強固にしたためというのもありますが」
これまで話を聞く限りジェスの言う「偉い人」というのが良い人ではないのが多いという印象を受けている。当然にエレナやここに居ないルワンダのような例外があれど、基本的には『善よりの悪』ということらしい。
「だが遠距離から魔法で爆撃かましてくる輩もいるだろ。それこそ空を翔んだら距離減衰も小さくんなるんだし」
「そちらの世界ではどのような基準なのか存じませんが、基本的に飛空系の魔法と攻撃用の魔法を併用できたとしても一撃で致死たらしめることはないようです。上階層にも対外の対策が無くはないですが少量なのは間違いないようです」
「ふーん。魔法の併用ってむずいことになってるのか」
「わたしの知る限りであれば飛空しながら攻撃魔法を使えるのはクロードとテオの二人だけですね」
「そういうお師匠様はどの程度出来るんですか」
「高速飛空しながらでも止まってる時と威力は変わらないとだけ。俺が自分で言わないことはいつか奏波が身を以て確かめてみるんだな」
実際にジェスと奏波にどの程度の開きがあるのか知らないけど、一応奏波は『ポテンシャルはジェスより上』と当人からお墨付きをもらっている。
「そういえば『奈落』で回収した魔導具たちは何処に行ったんだ?あれ等も戦いになったら使い物になるはずだろ」
「テオたちは使わないらしいです。『変な小細工仕込まれてイチャモンつけてくる餓鬼みてぇなことされるのがオチ』だからと。ルワンダとわたしが守ればどうにでも黙らせられますけれど、テオがわたしたちにあやしつけのような意味不明な仕事を増やしたくないからと」
「あいつなんだかんだで大人って感じの優しさあるよな」
「大人って感じ?」
優しいのはそうだと思うが、大人って感じというのはいまいちわからなかった。
「自分を過大も過小もせずにやらなくてはならないことを見極められるってところだ。俺達と初めて会ったときはルワンダを助けてすぐ子供の容姿の俺達を蔑ろに出来る非情さも持ってるしな」
「子供の容姿……?」
まさに20歳一歩手前の奏波がジェスの発言に引っかかっていた。
以前にも言った気がするが奏波の外見年齢はせいぜい私と同じ16歳か一つ上くらいなので「子供の容姿」と言われてもおかしくはない。
要因のもう一つはまぁ……私からは言えない。だって怖いし。
「ひとえに魔導具と言ってもどのくらいまで効力が強いのがあるんだ?『マナグラノス』には最大で一撃でこの城の構造躯体を全部破壊して崩落させられそうなものがあるけど」
「そんなに強い魔導具が在ってよく世界が滅ばないものですね」
質問されたはずのエレナが真顔でそう返した。
いや本当にそこまでの威力を誇るものがあるのだろうか。
「そもそも作るのが大変なことに変わりないないからな。魔導具に封入して破壊力を出すと言っても製作者本人の魔力量と出力が前提で、そこまでのものを作れるなら普通に闘ったほうが強い。だから作ろうと思えば作れなくはないけど必要無いよなって話になる」
たとえは悪いのだろうが、剣使いであっても百刀持ち歩くのは無駄という理屈だろう。
持ち物が多ければ戦いに強いというわけでは無いとのこと。
それはそうとエレナは話に戻る。
「こちらの世界では強くても三段位の中位ほどでしょうか。その分量産出来るようですけど」
「三段位?」
「下位中位上位のこと。魔法は昔から分かりやすく三段階に分類されてて上位の魔法ならどんなに鈍臭い奴でも一軒家が塵も残らなくなる」
怖い。吹き飛ぶじゃなく塵も残らなくなるだ。
ここまでくると便利な魔法ではなく災害の魔法の域なのだろう。
「鈍臭くないなら違うんですか?」
ジェスの発言に補足を求めるように奏波が促す。
「これに関しては魔力の消費効率によるけどな。例に挙げるものとしては埒外だけどアルの上位魔法なら一撃で都市が無くなる。更に言えばそれを毎秒撃ってくる」
「……お師匠様が高頻度で例に出すから異質さが分かりますよ」
本当にそう。
なに一撃で都市が無くなるって。
思い返せばアルネーブさんは天越クラスという等級に分類されるらしく、これは世界が総当たりで対処しなければ倒せない程らしい。
もはやそれで足りているのかすら疑わしい。
「というか、魔導具が中位クラスね。なかなか上等なもの作れてるじゃん。この世界って知識以外にも技術の引き継ぎもろくにしていないと思ってたのに」
「記録に残っているのは二百年前くらいのものからでしょうか。元の連合国が周辺小国を取り込み始めたくらいのことです」
「歴史。といえばそれよりもって前の話はあるのか?」
「そうですね……。戦争等の記録はないですが都市伝説風のものなら僅かに」
「それでいい。こっちでも五千年より昔の記録は零に近いからな」
都市伝説風の話など信じてもいいのだろうかと密かに思ってしまう。
五千年前と言う話題はジェスの話を聞く限りだと終末戦争と呼ばれていたものが終戦した頃だという。
「話すのはあまり信じられるものとも思えませんよ。
……祝福の『女神』という人がまつわる逸話です。侵略、内部、飢餓、奴隷、災害などの受難を前にし万人が路頭に迷っていたとき、天上の聖声をもつ女神様の一声が厄災と穢れた心を消し去り、授けられた叡知と安寧を手にした人々は女神に供物を与え難なく共存の道へ乗る。胡散臭いでしょう?このような慣習も現在にもありませんよ」
「結末は置いといて、『聖声』は少し気になるな。【煌聖者】か『ルミエル』のどちらか一方は聞いたことないか?」
「すみません。どちらも無いですね」
「それ以外は?」
「あるとすれば『奈落』際の幽霊伝説くらいでしょうか。世界のあちこちで全く同じ背格好の人物が何人も目撃され、その全てが『奈落』へ身を投げたと噂されたことで、あの世の使者が現世にしがみついているのだとか」
「こっちは俺にも心当たり無いな」
「もしかして《神の命縛》について探りを入れようとしてましたか?」
奏波が気付いたことをそのまま口に出す。
確かに『ルミエル』という名の人物の伝説からそう予想することが出来る。
「でもジェスは【秤定者】と【識界者】、【観命者】の三人に関しては情報が少なすぎるって言っていたからその誰かなんじゃないの?」
「真偽不明の伝説の中の正体不明の権能。そこから結び付けるだけならなにも《神の命縛》の中の誰かと決めつけるのは早計すぎる。分身体か幻術、はたまた双方が使えるなら誰でも可能だしな」
「先程から《神の命縛》とは何のことなのですか?」
本当に知らないと思わせるようや素振りでエレナが私たち三人に問う。
「…… 《神の命縛》を知らない?一人もか?」
「一人もです」
「なら魔法の創始者も同じか?」
「魔法の創始者は先程わたしが言った女神と言われている方に授けられたものだと伝えられていますよ」
先程の「女神に授けられた叡知」というのがエレナ言う魔法と結びついているかもしれない。
「まさかと思うけど終末戦争自体を知らないなんこともあるのか?」
「終末戦争は存じていますよ。何しろ人口の九割が消失し、経緯や方法は分からずとも『奈落』はそこから存在していたようですし」
終末戦争と言われるものがかつて七世界の全てを巻き込んで起こっていたらしい。エレナが言ったように最終的には人口が九割も減ってから終戦せざるを得ない状況になったとか。
当然『ネメシス』──私と奏波がいた世界にそんなものは伝わっていないので虚言だと感じてしまうのはどうか許してほしい。
「『奈落』ってお前たちが何かに利用するために作ったわけじゃないのか?」
「……作りませんよ。作られて良い筈が無いんですよあんなもの」
エレナのいつもの口調が僅かに砕け、気分を悪くしているように見える。
もしかすると私たちが何も知らないところでジェスが思いがけず地雷を踏んでしまったのかもしれない。
「エレナにとって、クロードはどんな奴だったんだ」
だからジェスの急な話の切り返し方が、咄嗟に出てしまったものだと悟る。
「クロード本人にとって不服でしょうけれど、わたしにとっては『癒し』でしたね。お互いの間でだけ見せる顔が互いにあって、分かり合える人が近くにいたから苦痛が僅かに絆され、だからこうして家名を借りずとも一人の力で生き抜けるようになるまで耐えてこられました。
他人を侮辱することになりますけど、血の繋がりがなくともクロードだけが『家族』だと自慢出来る存在なんです」
……なんでだろう。話聞いてるだけで泣きそうになってきた。
「涙もろいにも程がありませんか?」
「うん…。自覚はあるよ」
『ネメシス』で一人暮らしをしていたときにもサブスク入会してアニメなりドラマなりそれなりにみて、泣くことがままあった。
そんな雑談話は胸に留めておいてエレナの話の続きを聞く。
「環境もさながら、人間関係に淡白だったのもあったのでしょうけれど、クロードには自然とわたしの傍にしか居場所が無いんだと思われてしまうようになりました」
エレナは過去の情景を思い返してはにかむ。
よほど良い思い出として記憶に残っているのだと、その横顔だけで十分すぎるくらいに分かってしまう。
だからだろう。余計に、耐え忍んでいるのだということも分かってしまう。
「『姉様、姉様』と走り寄ってくる光景は、今のクロードの陰険さからは誰も考えないでしょうね。テオに話したら『大き過ぎるギャップは引く』という感想をもらいましたし」
ずっと話題になっているクロードの顔なんて私に分かるわけがないのだけれど、その走り寄り方は可愛いなと思う。
多分本人としては微笑ましいあまりに思い返したくないことになっているけど。
それからもクロードの思い出話だけで時は過ぎていき、エレナが目的地に着いたことをきっかけに打ち切られた。
「ここが魔導具の中でも一級品が格納されている場所です」
私たちが歩く廊下の側面にある窓から外の様子が少し見え、怖気付く。
そこは王宮のほとんど最上に近い場所に位置しているものの、頼りない廊下が飛び出るかたちで配置されておりそれにより格納庫が吊るされているような。
つまりこの廊下が底抜けになろうものなら高さ数百メートルを自由落下することになる。
「一級品の魔導具というのならもう少し安全な管理の仕方があったんじゃないですか?」
「厳重にするべきなのはそうなのですが、誤作動した場合に王宮が崩落する可能性を可能な限り減らすためにこの構造のようです。もちろんですがここまで立ち入るのにはそれなりに立場か権限が要るので皆さんは特別扱いです」
何をとち狂ってこんな危ないところに置く必要があったのかと思えば、最悪の可能性を憂慮した上での判断だったらしい。
加えるなら、ジェスとエレナの会話から魔法を遠くまで飛ばす、もしくは飛びながら魔法を使うのは比較的難しいらしいので単純に高さを出すだけでも十分の防衛設備だといえるのかも。
「このようや場所かつ格納庫の直前に凝った罠などがあるわけではないですが、そこのをパネルで暗証番号を打たなければならない程度には──」
ビーーーーッ!!!
急に大きな音、警戒アラートのように豪快に発せられる。
エレナの隣にいたはずの人物がいつの間に欠かけていて説明を聞いていない。そしてその人物がエレナの言うパネルの前に立って何やら弄っていた。
「え?」
何か言った?という顔をしてその者は振り返る。
間違いなくそれが原因でちょうど犯人がいたところの床が開き重力に従い落下した。
……………
(…………)
「「「え?」」」
私の人生の中でも、三人でここまできれいにハモることは初めてのこと。
侵入者を排除して床が開きっぱなしということはなくすぐさま閉じようとする。
しかし対策法を持つ例に漏れないジェスは飛び上がってきた。
が、閉まる床に間に合わず首が挟まる。
「あうちっ!」
「「「え〜……???」」」
またしてもハマってしまう。
決して横を見て互いの顔を確認したわけではないが、誰もが「何やってんだこいつ」という冷ややかな視線を向けていることは間違い無いと断言できる。
「……なんの奇行ですかお師匠様」
何と言えばいいのか分かるはずもないこの開口一番目の役を奏波がやってくれた。そしてそれは私もエレナも問いただしたいことである。
「まさかホラーゲームにおいてパスワード系のギミックが登場したとき、一発目は一か八かで適当に入力してしまう衝動を存じないというのか!」
「存じませんよ。ゲームの思考回路を現実に持ち込まないで下さい」
「球種が正論ストレートしかないの直したほうが良いと思うぞ」
「ジェスの奇行を直すのが先だよ」
「……俺の味方いないの?」
「いる筈ないでしょうに」
奏波、私、エレナの順にジェスの発言に否をつきつける。
当たり前としか言いようがない。
「ここからは真面目な話。どんな罠なのか確かめておきたかったんだ。感想としては底抜けは予想してたけど、それだけ?て感じだな。飛べば俺みたいに落下死は免れるんだし」
「一応わたしたちの常識では焦っている状況で魔法の行使は難しいので、飛べるからといって必ずしも生還出来るとは限りませんよ」
「その上で重力加速に勝つ出力が要るからな」
ジェスとしてはしょうもない罠という感想。私から見てもベタ過ぎないかと思うが、こういった初歩的な罠であっても場所が場所なだけに対応は難しいらしい。
「というか、お師匠様は首が挟まっている状態で平気なのですか?ハッキリ言って頭だけ生えてる光景がシュールなのでいっそこのままいてもらってもいいですけど」
「痛くはないけど出して?女の子三人に冷たい眼差しで見下ろされて男の子は泣きそうなの」
そういえばテオが「ジェスは女と話すのが苦手」だと言っていたけど案外本当にそういうのがあるのかもしれない。
単純にジェスだけに言えた話ではないという可能性もあるが。
「あのように刃は付いていないので、単純に圧に耐えられるなら本当に大丈夫だと思いますよ」
平気そうにボケに回るジェスを一応は心配していたので助かる。とはいえどうやって出したものか。
「ぶち壊すのは流石に気が引けるからな。奏波、適当に番号間違えてまた落としてくれ。今度はちゃんと上がるから」
あえて間違えてもう一度開けさせる役を奏波に任せる。理由は単純に身体能力の差。
幸いジェスがその身をもって落とし穴の範囲を明かしたので奏波もろとも落ちる事態にはならない。
了承した奏波がパネルに近づいてボタンを乱雑に押す。
ジェスもそのパネルを見る。当然だが下から。
「おお……、見事な断崖絶p──」
バギィ!、とちょっと聞いたことがない不気味な音が響いた。
奏波がジェスを蹴落として落とし穴の閉まり口ごとぶち破ったのだ。
(うん。これはジェスが悪い)
それは私も言えない絶対禁句だ。
落とし穴の閉まり口が無くなった以上、ジェスは普通に上がってくる。
「痛いな!師匠の鼻っ面に踵落としする弟子が何処にいるって──」
「次変なこと言い出したらぶち殺しますよ」
「あ、はい。すみません」
男顔負けの低く冷たい声色で言い放った言葉はジェスのおふざけを跡形もなく消し飛ばした。
初めて見たジェスと奏波の立場が入れ替わった瞬間だった。
*****
同時刻
そこはアイテール連合国の王宮から数キロメートル離れた孤島。革命派と言われている一派に染まり、匿うために使われている場所。
まもなく王宮への奇襲を仕掛ける寸前である。
その場を任されていたのはローテ・ノーブルという若年ながら実力は世界屈指でありながら、アイテール連合国の中でも中堅家族を転がすように扱える代理当主を兼任。
数々の名だたる貴族や中枢系統が麻痺している現在では事実上、アイテール連合国の中で最も広く影響を及ぼせるといっても過言ではない。
「確認。王宮から見てわらわの居る北と他南東、南西の三方からの同時迫撃着弾直後、混乱の最中の王宮へ突入。後に利用価値がある記載された重鎮のみを誘拐、その他は生還の為あらば個々の判断で排除」
ローテは共に突入を企てる方面の人員への最終確認と言える説明を再度行う。
ルワンダの誘拐により中枢系の脆さを確認し、軍容と動向の確認も完了。
あとはクロードの心残りであるエレナとその他の優秀な貴族をこちら側に引き込めば、あとは実力行使でどうとでも制圧が可能となる。
それほどにこの国の芯は脆弱極まりない。
ましてやこんな、たかだか一万人弱という規模のクーデター如きで世界の国々の全てを統合させた連合国が滅ぶことなど。
何一つ成し遂げられず積み上げることも出来ない口だけしか動かせない弱い人たち。だから己を守るために、下を仕立て上げて劣等感を払拭しているだけ。
優しくいえば大人の面を被っただけの小猿だ。
無論全てがそうと割り切っているわけではないし、何もかも滅んでしまえなどと破滅願望などない。
ただ単純に少ない善良を守るために、理屈も無いのに正義を語る吐き気をもよおすほど多い無能を助けることに耐えられなかった。
分かっている。こうして実力行使でしか変えられないという思考に陥っている自分たちこそが弱者であるということは。
しかし復讐とはそういうものだ。
だから皆が止まらなくなった。
ローテは魔法使いとしては最強と云われる腕前を遺憾無く発揮する。
事前準備を念入りに出来る長距離射程による急襲。
詠唱も魔法陣もその他の工程一切を省かずとにかく最大火力を突き詰める。
ローテの扱う魔法属性は主に火炎魔法、氷結魔法、風魔法。その他、結界魔法に魔弾と幅広い選択肢がある。
加えて持参している魔導具により小規模の水流魔法を魔法陣の術式回路に組み込む。計算により時間差──具体的には王宮に火炎魔法が着弾した瞬間に作動させることで水蒸気爆発を誘引させるために。
ローテの方面では準備は整った。
横に立つ長らく共にしてきた右腕ともいえる女士官もいる。こちらは彼女を矢面に立たせて突入を図る。
他三方面でも準備は進んでいる筈であり、逃亡時に日が沈むような頃合いを狙い開始時間は事前に定めてある。
残り数分。
ルワンダ王太子殿下の帰還が所定より数日巻いて行われてしまったがためにクロードの到着が間に合わなかったのが気がかりだが、それはつまり疲弊した軍の回復を早急に迫られるという事態に陥る十分な要因だ。
何よりルワンダ王太子殿下の側近のテオ・ウィンシェルを長丁場で大きく疲弊させている現状を狙わない手は無い。
エレナ様ならばそれを確かに理解されていられることだろう。とローテは内心呟く。
可能ならばルワンダ王太子殿下やエレナ姫は交渉の末に降伏してほしいのだ。ローテとしても二人の比類無き人格者の両者はこの先必ず必要となると考えている。
(民を第一に考える二人だからこそ、敗戦が濃色になれば必ず降伏してくれるはずなのです)
クロード様もそう言っていた。
血は繋がっていないもののエレナ様の弟だと聞く。
ローテに向けるものとは格別の信頼と尊敬をエレナに抱いていることは判っている。
「ローテ殿。残り一分を切りました」
「分かっているのです。心配されなくてもわらわは自身の役目の責任を放棄することはないのです。ノイラこそ《同眸》は維持したままで、」
「いつも通りに。ですね」
ローテとノイラは格式上は雇用人と使用人という関係だが、ローテは勝手に友達だと思って接している。
同性ではあるが、人生の半分以上を共にしたパートナーだ。
ノイラの権能の所有する《同眸》は主に遠視とその共有である。発言したキッカケに特別なにかがあったわけではなく、ふと絶景を目にしたときに『景色を共有したい』と思ったこと。
この程度のことであっても権能は発現する。
この力もあり、ローテとノイラのコンビならば二人だけで超遠距離の迫撃射撃を可能とする。故に今ローテたちの側における魔法使いも最小限の人数にして他方へ分配しているがこれで充分同程度の戦力分布なのだ。
今回の襲撃で勝利を確定させるに十分な戦果を挙げる。皆がその心意気だ。その根底にあるのが誇り、憎しみ、自己満足、その他であれ目的が同一ならばそれで良い。
三方同時迫撃五秒前。
ノイラによる遠視の共有はローテに届き続ける。
不審な動きを成功するその時まで見過ごすまいと。
だから、落ちる一つの影に気付いた。
ほぼ気付いた瞬間ノイラも遠視の精度を上げる。
遥か上層階。到底下級貴族では踏み入れないその域、ローテの記憶が正しければ輸送直後の魔導具があるはずの格納庫の辺りから落ちた何か。
目が合う。
あり得ない。そこから直線距離で何キロメートルあると──いやその高度も計算に入れれば十キロメートルは越える。
風景の輪郭を捉えるのとはスケールが違う。間違いなく顔を認識して合わせに来ている。
男のあまりに冷徹で殺伐とした、狂気的ともいえる目にローテが悪寒を感じた刹那に視界が暗転した。
同時に視界が戻り、頬にふりかけられたそれにより冷え込む寒さをより鮮明に感じさせる。
それよりも更に、芯からゾッと凍えるような光景が目に映る。
ノイラの首が斬れ落ち、頭を失った身体から鮮血が溢れた。
未だに、ローテが幾度も見たノイラの真剣な顔。それを浮かべたまま。何が起きたかも理解し得ないまま、頭を喪った体は力無く倒れ伏す。
後ろに控えていた突撃部隊からの悲鳴が遠くに聞こえる。
どうでもいい。
目の前で友達が、何が起きたかもわからずに殺された事実に比べてしまえばそんなもの。
命の危機だからこそ、ローテの頭の中のどこかほんの一部が冷静な思考をとる。
そう、殺されたのだ。
あの男は遥か十キロメートルよりも離れた距離から一瞥しただけの一瞬で正確無慈悲にノイラの頸を撥ねた。その過程を見たわけでなくともそうなったとしか考えられなかった。
しかしローテが冷静だったのもここまでだ。
あんな化け物がいるなんて聞いたことがないからではない。ノイラの死を受け入れ難かったから、襲撃のことをそっちのけにしたかたっただけ。
完璧な英断を降す。
「他ニ方に伝達。予想外の事態より襲撃作戦を中止し直ちに全軍撤退!」
口だけそう言った。
ローテはもともと非力な腕力で、大切なノイラの遺体を引きずることにしか集中して出来ていなかった。
*****
さぁ。女の子三人に嘘のような冷たい目をされる大変心苦しい状況はさておき。
守りに強いと貴族連中に大見得を切ってしまっただけにやらねばならないことが増えている。
最たる威力を秘めていた一方の迫撃射撃は完封した。他ニ方ならば苦手項目の防御力で対応し切れるが、全ての運動エネルギーを緩衝しろとは到底不可能な話だ。
「伏せろ!」
俺の唐突な叫びによる驚きが含まれたことにり三人は反射的に指示に従う。
迫撃の衝撃が王宮全体を揺らすものの外壁にも損傷は限りなくゼロに近い。
《ゾーンロック》はただの応用技であり、本来の使用用途として内の存在を"閉じ込める"ことであり外部からの救出、衝撃は考慮してない。こんな防ぎ方は実践なら絶対にしてはならない力任せの荒技だ。
どうやら本気で崩落させるつもりはなかったようであり階下を狙い撃ちしていない。その分だけ上階層に迫撃を集中させられているため衝撃による揺れが大きい。
震度に換算すれば6強といったところ。
乃亜とエレナは案の定姿勢を崩してしまい、奏波と俺がそれぞれ壁へ打ちつけられるのを防ぐ。
なお俺は可能な限りエレナを隠すように。
揺れが収まると王宮内の騒ぎがいっそう大きくなり何が起きたのかと混乱していることがはっきり伝わる。
「乃亜と奏波はここに居ろ。俺とエレナで上手く収集つけてくるから」
この格納庫前の廊下は見たところ王宮に直通する扉しか出入りが出来ない。すぐ目の前の騒動を収め、それを王宮内に行き渡らせるくらいならばわざわざ俺たちが階層を跨ぐ必要もなく、事実上隔離状態にできるためこちらも気を抜ける。
「すみません。すぐ戻ってきますので」
「エレナが謝ることじゃないよ」
発端がクロードということもありエレナの罪悪感を乃亜がなだめる。
奏波もこんなことで一々謝られるのも困るといった様子である。
「行くぞエレナ。完全にお前頼みになるから」
「はい」
エレナと二人で王宮内に戻り、乃亜と奏波から完全に離された空間に行った。だから、隠し事の確認をしておく。
「……その、一応聞くけど同意の上でデキたんだよな?」
「そこまでわたしはおちぶれておりませんよ。相手を選ぶ権利を持てるだけの確かな力は持ち合わせています」
まぁ、名家と聞くカーディス家の出自で王宮内であれだけの影響力があるのだ。いかに国王といえどもここまで根を張らせたエレナを雑に扱うことなど出来はしまい。
「そうか。だけどそれをルワンダにも言ってないのは後で怒られないか?」
「サプライズと言えば大丈夫です」
「本当だろうな……。エレナが隠し事が得意なのはよく分かったけど、それを嫌がるのがルワンダとテオだろうし、もしかしなくてもクロードもそうだったんじゃないのか?」
「……そう、かもしれませんね。隠し事なんてものはいつか必ず明るみに晒されるのかもしれない」
正直言って俺の最後の発言は勘だけのものだったのだが、もしやかなり核心を突く発言だったかもしれない。
エレナはどこか遠くを見つめて、その後の事も色々と集中が欠けているように見えた。
「それとこの件は内密にお願いしますよ。担当医しか知らないのですから」
エレナが人差し指を口元に当てる仕草をする。
バレたことに対して少々いじけているのか焦っているのか、どこか子供らしさを残した表情だ。
だから自然と俺の口元は緩んでいる。
「サプライズなんだろ?悪巧みには嬉々として乗らせてもらおう」
このような軽口を叩き合えるほどにまで回復するのは少々時間を要した。
補足;
ローテの一人称「わらわ」は威厳ではなく可愛い寄りの「わらわ」です。




