32.協定
「……う、っ──痛」
目を開けて光を取り入れるという当たり前のことですら、頭の痛さをさらに膨らませる。あまりの痛みに目頭に涙を溜めてしまう。
二度寝をする気にもなれなかった暫くの間、いつの間にか寝転がっていた寝床の枕を手探りで見つけ、そこに顔を埋めて物理的に視界をシャットアウトしている。
そうしていると服の匂いも相まって痛みが和らいていく。
先程まで脳裏にチラついていた言葉や情景が全く思い返せない。霧から顔を出していたものが再び包まれて共に消え去ったように、思い出したくても───、、、、、、
先程まで脳裏にチラついていた言葉や情景が全く思い返せ……
まただ。思い出そうとすると、思い出そうと思い至るまで思考が巻き返される。ずっと繰り返しているだけ。
そんなにも見たらいけないと、私は勝手に考えてしまっているのだろうか。
だが今はそれよりも、ちゃんと向き合って考えなければならないことがある。
『お前の望むものは形すら保てない夢想でしかない』
『理想をちゃんと言葉にして俺に伝えられるまで、絶対にお前の意見は呑まない』
『それまでは俺にとっての当たり前を貫く』
『お前たちが、仲間が誰一人居なくならない確実な方法を』
わかってはいる。
理想論だけで生き抜いていける人なんていないに決まっている。
ジェスが時折り見せている冷たさはきっと、『理想』を捨て、変えられない『現実』を真正面から受け止めながらも良い選択を模索して、それでも無理だったときにだけ現れるものだ。
住んできた世界が違う、こんな感じのことも言っていた気がする。
それでも不愉快に感じたかもしれない、……ジェスに綺麗な理想を押し付けるな、不快に感じた私の理屈の『夢想』を『理想』として騙ることが出来て、そうすれば話を聞いてくれると言っている。
なんだかんだで本心から見捨てられていないのだ。
ジェスの『当たり前』は、私が考えているどんなものよりもずっと惨絶さなのかもしれない。
また、こちらの世界に来る前にジェスが言っていた。
『どんな結果になっても、それを受け入れたとしても抱え込むな』
もしかすると、あの時から私がこのようになることが分かっていたのかもしれない。
だからジェスの『当たり前』を目の当たりにしようともそれはジェスがやったことであり、私や奏波は関係無いと。全部『ジェスが全て悪い』と押し付けて片付けろと。あれは多分そういう意図だ。
全部を背負わせるなんてしたくない。
自分勝手な言い方をするならば、私の立つ瀬がない。
私は自分に自信がないとかではなく、他の人よりもずっと簡単に人を殺せてしまう自分自身が生きていては駄目なんだと思っていながら自決で死ぬのが怖かったという劣悪な卑怯者だ。
だから、違う世界で、生まれ変わったと言えずとも、せめて自分自身を認められるように生きたいなと思った。
その為に出来ること。それにちゃんと向き合わないと。
*****
未だ疼く頭痛が煩わしいけれど目を開けていられる程度には落ち着いた。枕に頭をあずけながら部屋の中を見渡すと、すぐ近くの椅子に奏波が壁に寄りかかり寝息を立てていた。
起こさないように、少し硬いベッドに寝かされていた体を起こしてジェスに会いに行こうとするも、ベッドから降りようとするときに一瞬だけ頭痛が強くなる。痛みによる呻き声は抑えたものの、寝起き直後で足に力が入らずにそのまま転がり落ちてしまう。
膝から大きな音を立てて着地することになった結果、奏波が驚くように肩を跳ね上げながら目を覚まさせることになってしまた。
奏波が目に驚きの色を見せている。そう認識したのは近寄られてからのこと。私は頰をつねられている。それも少し痛さを伴うくらいには強く、けれど優しくもあった。
急なことに呆然として奏波の顔しか視界に入らなかったが、改めてよく見ると目頭が少し赤くなっており何度も擦られて出来たものだと分かる。
「えーっと、おはよう?」
「……なんで疑問系なんですか。それと、今頃昼時ですよ」
「ふふ。じゃあ、こんにちは」
「寝起きだからおはようも間違ってないと思いますよ」
他愛ない会話だったはずだが奏波は何故か嬉しそうだった。おそらく私が急に倒れてしまったのがいけなかったのだろうけれど。
「ここ何処?」
「私もあまり分かりません。ルワンダさんたちのお仲間さんをお師匠様は味方に付けることが出来たようですが、そこからはずっと乃亜に付きっきりだったので」
「……ジェスは、」
「何も無かったですよ。ずっと見ていましたけれど誰一人として手にかけることはありませんでしたよ」
「本当!?良かったぁ」
ジェスが何かしでかしていたらと考えてしまって気が気でなかったが、これで一安心。そう思うと何故か無性に会いたくなってきた。
「この宿舎も食堂はあるようなので、ちゃんと噛んで食べましょうか。寝たきりの間に粥と水は飲ませていましたけどお腹空いてるでしょう?」
「それならついでにジェスも誘いに行こうよ。もう歩けると思うし、私自身ジェスと話さなくちゃいけないと思うから」
「構いませんけど先ずは自分の格好を見てからほうが良いですよ」
「へ?…………〜〜〜〜っ!!??」
奏波に言われるがまま自分の格好を見てみれば、はしたないと一言で言い表すしかなくカッと顔があつくなった。
もともと身に付けていたシャツや上着にズボンなどは身に付けておらずに、私のものは下着しか残っていなかった。
着させられているパーカーのサイズは合わずにゆとりのある袖とお腹まわり、そして丈が合わずに太ももの中腹程を覆っているが下半身は下着だけなのでとんでもなく短いスカートくらいに収まってしまっている。
「下着姿の上に直接着ているのが、萌え袖で胸元全開かつ股下数センチのダボダボのパーカー。なんとも破廉恥な格好ですね。そうでした!これからお師匠様を誘いに行くのでしたね。ドアを開けてあげますよ」
「それ意味がすり替わってるから!撤回させて!」
もしかして先程の言葉は言わされたのだろうか。だとしたら巧妙過ぎる。
そして勿論その、そんなことをする勇気は無いし、そもそも何もかもが早すぎる。
この場に持ち主が居ないとしても悶えてどうにかなってしまいそうに………あれ?
もしやと思いほんの一瞬だけ冷静になってもう一度今身に付けているものを見れば当然のことのように冷めた熱が再燃してきた。
何故なら、
「いやそれよりもこれ、これぇ!?」
「お師匠様が着ていたパーカーですよ。彼シャツに掛けて彼パーカーとでもしておきますか」
「ダメダメダメダメ!!」
彼シャツという追い打ち単語にもう沸騰寸前である。
助かったことに縮こまってドアの前でへたり込んでいる私を見兼ねてくれたのか、奏波はそれ以上の追撃はしなかった。
「真面目な話をすると、お師匠様に『着替えがないし寝てる間に汗をかくと困るだろうから、それ脱がしたあとに風邪をひかないようにこれ着せてやってくれ』と言われましたので」
確かに体調が悪い時は夜中に汗をかきやすい。
だけど汗を吸わせるのがよりにもよってジェスの服!?
道理で寝ているときに匂いを嗅いで安心していたわけだ。
「今まさに大慌てしながらも、すんすんとお師匠様の服の匂いを嗅いでるの分かってますからね?」
「………くんくん」
「擬音語変えてもやってることは同じですよ。あ、潔く覆い被って犬みたいに 」
──少々お待ち下さい──
あのあと奏波が背中の汗を拭いてくれて私の服を着直してから部屋を出ると、廊下に謎の人だかりができていた。何やらみんなして部屋の中を覗いている様子だ。
奏波によるとあの人たちは味方のようなのであり、その部屋の中から何故か悲鳴が聞こえて気になったため話しかける。
「中で何かあったんですか?」
「おう。起きたのか嬢ちゃん。たしか、乃亜。であってるよな?奏波は昨日少しだけ顔合わせしたから分かるぞ」
こくりと頷いて合っていると言う。
この中では少し小柄なほうの男性が先程の私の質問に答える。
「ジェス曰くルワンダ様の骨折の仕方が最悪だったみたいでね。ルワンダ様本人の希望で粗治療で構わないから早急に喋れる状態に戻したいと言ったから──まさに今その最中」
ジェスは医療とかに関しては殆どがデイファの見様見真似と言っていたけれど、はたして本当に大丈夫なのだろうか。
程なくして悲鳴が止んだ。私たちが登場するタイミングが良かったようで丁度施術を終えた様子のジェスが部屋から出てきた。
「終わったぞー。あとはあのまま固定しておけば、『最適化』を促進させたのも相まって一日もすれば会話出来る状態になるはずだ。相応の苦痛を伴いながらになるだろうが、その後で後遺症が残るようなこともない」
おー!と大音量の歓声で包まれた。その後でみんなが頭を下げたことで必然的に私たちはそこでようやく姿を認識された。
「起きたのか、乃亜」
「あ、うん。そのぉ……ごめんね」
「ただの事故に対して一々尾を引かれるようなことになるかよ。その分だと体調に関しては心配しなくてもよさそううだな。一日足らずで大したものだ」
回復したことに対して喜ぶことなく、回復スピードを褒められたものの嬉しいと感じるものではない。
そもそも事故といっても全て原因が私にあるので「やりやがったな」くらいは思われても当然だと思われる。
「んで、俺のパーカーは?返して」
「そうだった。ありがと」
ジェスは私が手渡しで返したものを手に取ってそのまま流れるような動作で身に着けた。
(…………へ?)
「き、きき、着るの?さっきまで私が着ていたものを!?」
「?、一着しかないんだから当たり前だろ。洗濯なんて面倒くさいし臭うわけでもないから大丈夫だろ」
本当になんで聞かれたのかが分からないと言わんばかりに真顔で返された。
というか女性が着ていた服に対して臭うわけでもないというのはそこそこのセクハラ扱いになるのではないだろうか。
……別に私は嫌という訳ではないけれど……
「どうした?顔赤いけど。熱がぶり返してるなら寝てろよ」
「だ、大丈夫だから。もう眠くないし」
手をぶんぶんと振って必要無いと必死にアピールしてるが、それよりもジェスと顔を合わせるのが色々と気まずい。倒れる前のことも、さっきまで居た部屋での私自身の行いとかその他諸々も相まって。
「悪いけど食堂にある置き飯を食べてくれ。一応粥を食べさせたとはいえそれだけじゃ足りないからな。俺から昨日決めたことを事細かく話しながら済ませよう」
ジェスが私たちを道案内するように先を歩いてすぐ近くの角を曲がった。
しかし、ついて行こうとしたときに奏波が何か言いたかったようで小さな声で耳打ちしてきた。
「今更ですが乃亜の匂いを着けて歩き回るというお師匠様のシチュエーションは傍から見れば──むぐ」
「絶っ対それ以上言わないでよ?独り言でも止めてね?」
奏波の口を全力で抑えて全力で念を押した。
恥ずかしいから本当にやめてほしい。
*****
そこから更に強く念を押してこの話題は打ち切った。
今私と奏波は食堂でジェス作のガーリックトーストを食べており、周りの人たちもどうやら遅れて食べ始めている様子だ。
美味しいぞ、ありがとう、などの声がジェスに向けられているが当人は見向きもせず軽く手を振って流していた。
「大袈裟だよな。ここの奴等が味がしないパンかクソ不味い栄養食しか食ってなかったせいではあるんだけど」
「お師匠様。ここに無い筈の調味料を《物質生成》で創るのはズルではないですか?」
「言わんで宜しい。というか、使える物を全部使って出来る限り贅沢するのは当然だろ」
どうやら少々小細工を重ねていたようだけれど実際にこれ本当に美味しい。
「それで乃亜。昨日ぶっ倒れたアレは結局なんだったんだ?俺たちは今、意図しない記憶の掘り返しが原因だったと決めつけてるんだけど」
「合ってる……と思う。あの時のことはもう霧隠れみたいになっていて何も思い出せないの」
「そうか」
「…………」
ち、沈黙が苦しい──。
私相手のときだけ話をズバリと切られる。
けれど原因が十中八九昨日の私の芯のない右往左往なのだから、ジェスが苛立っているというこの状況で何をすれば良いのか分からなくなる。
しかしそれ以上にこの沈黙の圧が苦しいので何でもいいから頑張って一言でもと口をはしらせる。
「き、昨日はごめんね」
「結果オーライだったから謝られる筋合いはないな」
「私が倒れちゃったから何もかも全部ジェスにやらせることになったことに対しても──」
「礼は一時間おきに起床してお前の看病頑張ってた奏波に言っておけよ」
「えっと……」
「言葉を探す前に食え」
「……はい」
自分でも分かるくらいに力無くパンを噛む。
やはり殆ど口を聞いてくれなくなっている。
当然だ。まだジェスと『知り合い』になってから二週間もないくらい。ジェスが私にたいして話しかけてくれたから今までの関係になっていたに過ぎない。
「……少し露骨に、冷たく接しすぎではないですか?」
「昨日も言っただろ。俺が欲しい言葉は謝罪じゃない。それと、俺があのとき乃亜を強く非難しなかったせいでもある。『何もかも私のせいだ』なんて履き違えるなよ」
「それでも、ありがとうとは言えないよ。ジェスだって全部を自分のせいにしようと──」
「元を辿れば俺が取り引きを持ち込んだのが発端で、その結果お前たちを巻き込んでいるのが現状だ。元凶を叩き罵ることの何が悪い」
「元凶って……、そんな言い方しなくたって──!」
「勝手に責任転嫁するなって言ってんだ。特にお前は一度抱えるとそれを捨て切れず、解決するまで前を見ようとしない。気持ちの整理がもう少し大人らしくなってから四の五の言え」
ジェスはまるで自分のほうが抱えられるものが多いから押し付けて楽にしていろと言っているように聞こえる。
だが私もここで逃げたくはない。ジェスの言うことに甘んじているほうが私にとってずっと苦しいことになる。
「それで……ジェスはいいの?そうやって全部自分のせいにし続けて、一番辛い役を買って出て「黙れ」
出鱈目でも私なり紡ごうとする言葉をジェスは遮り断つ。
陰険な雰囲気を漂わせているが、次に発せられる言葉は怒りではなく願望や夢を語るような、少し幼さを感じさせる微笑みのまま。けれど、
「……分かち合って、同じところまで堕ちることが出来るなら、本望なんだよ。これが生き様なんてわけじゃないし、自己同一性や誇りなんて持てなかった薄っぺらな俺の夢でしかなくて………追いつきたいだけなんだから──邪魔をするな」
最後の言葉だけこれまでより低く冷たく、明確な敵意を感じた。浴びたことがないため分からないけれど、殺意というほうが正しいかもしれない。
周囲の人たちも驚いたのか意識と裏腹に、テーブルや椅子をがたっと鳴らしてしまっている。
昨日迷惑をかけたことよりも今の私の発言に対してのほうが余程、琴線に触れるものだったかもしれない。
「……この話は後に回していいな。取り敢えず昨日の間に、俺とルワンダたちで交わした取決めは──」
私は何の言葉も出すことが出来ず、ジェスの話を聞くことしかできなかった。
*****
「ジェスたちが助けてくれた方の名は、『ルワンダ・フォン・レガリア・アイテール』様といい、アイテール連合国の王太子にあらせられる。しかし今、旧国の連携に歪みが生じ連合国として破綻してきており、既に反乱による闘争が免れない。どうか、我々に手を貸していただき我等の故郷を救ってくれないだろうか」
「……ルワンダがそれなりの身分を持つことは途中から予想できていたが、王太子ときたか」
流石に少々驚きである。
多少気に食わないけれど、結果的に乃亜に乗せられたことに救われたことになる。
「先に事実を言って謝っておくが俺は最初出逢ったときルワンダを見殺しにするつまりだった。助けてたいと駄々こねたのは中にいる女二人だ」
「そんなことを言おうと我々が怒るのは筋違いだが、何故言った?ルワンダ様には君達三人に助けられたと伝えられている」
「俺が見捨てようとした事実をすり替えたいとは思わない」
「なんというか、こうして話してみるとお前さんはあれだな。実直って奴だ。自分にも他人にも筋を通させようとする」
「………」
言われてみればそういう節はあるかもしれない。
心優しいとか、頑張ってる人は応援したり報われてほしいと思う。
何もせず他人任せに生きてる人は何も得てほしくない。
命が奪われるいざというときに言い訳や、後ろ指を刺す相手を探す奴の不相応な愉悦感を踏み躙ってやりたい。
搾取し、独占し、その益を分配しない貴族は死んでほしい。
(こうしてみると、俺がクズなことを再認識出来ていいな)
以後稀にこのことを思い返してみようと検討する。
しかしそのような個人事情はこの場に必要無いため意識から除く。
「さて、お前たちの故郷の連合国を救ってほしいという話だったな。詳しい話をこれからするだろうからこれは理解してほしい。それによって、来訪者の俺がお前たちに敵対する可能性もあるということを」
乃亜と奏波、それとその場に居合わせていたルワンダは知っているだろうが異界進行の目的は俺たちにと敵対しない世界をつくることだ。
こいつらの理念が俺たち──派閥とも言い換えられる──に相反するものであれば、その後の処遇を新たに考える必要がある。
「……分ぁった。元々おれたちがおこがましいことをほざいてんだ。文句は言えねえ。構いませんね、ルワンダ様」
隊長らしい人がルワンダに許可を求める。しかしそのルワンダには躊躇いが見られた。
「あのですねぇ……まぁ、貴方様の考えは分かりますけども。ジェスたち三人のような無垢の女子供にこんな事情に巻き込ませたくないと思ってる輩は俺たちの中にもいます。けれどその上で、そんなことを言ってられない現状なのも確かでしょう。このまま革命派の国々を野放しにさせていれば、近いうち単純な力押しで滅ぼせる程にまで呑み込み、勢力拡大を続ける。その前にこちらから仕掛けて攻勢を有利にしておかねば、本当に一手の反乱によって亡国と化すんですよ」
話の内容からして戦力的に負けそうな現状は、俺の加入という人柱で支えなければ危ういのだろう。
それにしても『無垢の女子供』か。
乃亜は義父一人殺して、奏波は母親を昏睡まで追い込んでいる。
まして俺など人間と魔人を殺した数は、先日の『ネメシス』の一件を含めずとも既に万は下らない。無実の人も含めて、だ。
それはさておいてだ。これから如何に俺たち、というか戦力的に役立つ想定らしい俺を引き入れるための話が始まる。
「そもそも連合国って何なんだ?悪いけど俺は先ず歴史の授業をしてもらわないと話についていけない」
「半世紀前までは『奈落』によって隔たれた島ごとに国が盛えていたが、戦争を引き起こす国はあまり無かった。理由としては単純で攻め込むにしても橋を渡る必要があるものだから防国側が圧倒的に有利であり、例え敗戦寸前になろうと片側から橋を切り落としてしまえばそれだけだったからな」
要するに陣取りゲームのような構図になるのだろう。
だがしかし魔法という反則技があるのならばその通りにことは進まなかったはずである。
「魔法使いによる遠距離攻撃というのは確かに強いが、それでも離れるほどに威力が落ちるのは当然のうえそもそも母数が少ない。魔法を実践応用出来る奴は英才教育を受けてきた誇り高い貴族様か異才の持ち主くらいなものだ」
「だがお前たちは死刑囚を相手にしていたとき普通に魔法を使ってたよな?」
「そいつは最初から属性とか役割とか決めて予め魔法回路を作ってあるんだ。基本は一人につき同時使用出来るのは一つ。稀に二つ使えるのがいるが、こいつは一世代に一人居れば上等と言われるくらいなものだ。だから俺って割と凄いんだぜ?」
そういって隊長は両手にそれぞれ火炎魔法と風魔法を纏わせる。
それを見た俺の感想としてだが、魔力操作技術がかなりお粗末なためロスが多い。今の奏波に魔法を教えたところでこれより多少下手になる程度だから、魔法を教えずに身体強化術と権能の使用から魔力操作技術を磨こうとしているのだ。
おそらくこの世界、『スティグマ』では終末戦争後にほぼ全てというに等しいほどに魔法の叡智が失われて技術体系が完全に崩壊している。
正直な話、このレベルがこの世界で高みといえるのならば本当に俺単身だけでも一国レベルになり得るかもしれないと思い上がってしまう。なにせここまで俺は放出系の魔法を一切使っていない。精神操作魔法を使えることはルワンダにバレているが、その他主力の空間魔法と風魔法は感知に気付かれてない限り知るはずがない。
おそらく俺の今は驚異的な身体強化が可能な人物くらいにしか思われていない。
(やっぱり俺の潜伏案も間違ってはなかったよな?)
とはいえ過ぎたことを気にしても仕方がないのでこれも意識から除く。
「ということは身体強化術を駆使した白兵戦が主流になっているのか」
「そういうわけだな。小難しい魔法陣の編み込みも要らねえから、練度の違いがあったとしても広く使われる。魔法を使えようとこれらを足止め出来る火力を出せない奴は論外だしな」
白兵戦が主流になっているからといって魔法が無双しているわけではないらしい。人がどれだけ魔法を放とうと魔物を倒せるかどうかくらいの世界で、意思を持って武装して翻弄してくる前衛──それも集団のものを倒すのは正直難しいだろう。
「さっきルワンダ様に革命派の勢力を抑えないと危機的な状態のはずだ。と訴えかけたが、芳しくないことに白兵戦の最強と魔法戦の最強がどちらも革命派にいる」
「可哀想なことだが、話を戻そうか」
先程から魔法の使い手は少ないというお噺は革命派という集団が生まれた由来につながるかもしれないから聞いていたのだ。
つまり、どっちが優勢どっちが劣勢なんてのはどうでもいい。
「俺は勝ち側に回りたいわけでも、英雄みたいに国を救いたいわけでもない。俺は俺にとって都合が良い方に傾く。だからお前たちにとって革命派とはどういう集団なのかを聞きたいんだ。お前たちはその革命を真っ向から否定したいのか?」
「……革命派がうまれだしたのはとある一つの噂がキッカケだったらしい。『王家は古代の魔法技術を独占している』と。衰退しきって実用性に欠けるはずの魔法が、世界を王家の下で完全な支配下に置ける傍若無慈悲な魔法へと変貌する技術の独占を」
「あんたらはその噂は虚言だと考えているわけだ。それこそそこの王太子のルワンダに聞けば真偽の判明は容易だしな」
「いや、証拠も証言も得られない。仮に本当に王家が魔法を使い世界を支配しようとしていたとして、俺たちのような成り上がりを支持してくれる善良なルワンダ様にその事実を伏せられる可能性は高い」
「……真相は王のみぞ知る。か」
確かに魔法は相当に危険なものであることに変わりない。魔法を後世に伝えないことで平和を図るのも昔の王家が取れる一つの手だといえる。
『ネメシス』においても、少し異なる方法ではあったのだろうが魔法は空想の扱いになっていることでまだマシなほうに収まっていたはずだ。もちろん歴史の教科書くらいは軽く読み漁ったうえでの考えである。
確かに核爆弾のような一撃で数百万の人を殺すことが出来る魔法使いはそう居ない。しかしそれに変わり、住宅街規模なら魔法を使うことで一発の魔法で滅ぼすことが出来るうえその程度をこなせる人物はあまりにも増え過ぎる。質ではなく量が出鱈目に多いため少し手を施す程度では永遠に根絶させられない。
そしてこれらは単騎においての話だ。このルワンダの護衛のような軍隊の人たちが俺たち三人から逃げたときに使用した集団魔法ならば足し算、凄腕がいるのならば乗算式に威力が増大するため、誰であれ村焼きが容易なのだ。
ノスタジル国内で魔法の使用、特に住宅の損壊にあたる場合の罰は犯人の死刑に加え血縁者への多額の賠償などを積む重罪に指定してある理由でもある。
だからこそ『勝ち目が無い』抑止力として過去に暴走した経緯を持つラグナをノスタジルから離すわけにはいかないし、国内の自由な飛行も認めている。
他国においても天越や超越クラスの実力者がいる地域でしか栄えていないのが現実だ。
こと魔法において、便利と鋭利は紙一重といえる。
「……悩ましいな。どちらを選ぼうにも相応の危険性がある」
俺のその一言で場の空気が凍るような感じがした。
生意気な俺を手中に入れられない苛立ちか、未だ俺と敵対する可能性を持つことを再認識したことによる悪感か。
「……ならば我々が王殿下に直談判し、相応の対価をジェスたちに授与させていただくようにはたらき──」
「悪いけど栄誉や地位は要らない。そもそもこの世界に長居するつもりは無いからそんなものは大して意味を為さない。それにお前たちにそこまでのことをさせてしまえば最悪の話は物理的に首がトぶし、そもそも俺たちのために命を賭けられるのは気分が悪い」
「……ならばどうすれば、」
「もう十分だ」
「は?」
緊張の雰囲気が奔る。
いや、俺の発言に一々こんな空気で前振りをつくられると変に緊張して落ち着かないんだけど。
「誠意は十分伝わってるからもういいって言ったんだよ。それに俺まだリスクの話だけでリターンの話はしてないんだぞ」
「……つまり?」
「一時戦線協力は請負ってやる。ただし、お前たちの国王様が本当に世界征服なんて変な企みをしてると判明した場合は即時俺は関係者の抹殺に動く。当然、俺自身に影響力なんて皆無だから社会的ではなく物理的に。それとルワンダにはこれを了承してもらいたい」
「……?」
何を言いたいのか、そう口にすることも出来ないルワンダはその意思が伝わるようにぎこちなく首を傾げる素振りをしてみせる。
「この件の終わり以降、俺の権限の下に対等な協定を結ぶこと。間違っても敵対するようなことをしない。お前の立場でも何でも使って連合国全体をこの契約に従わせろ。呑めるか?」
ルワンダは勿論と言わんばかりに首を大きく縦に振った。
それを機に、俺はこれまでより声を大にしてここに誓う。
「以後、連合国側に不審な動きが無い限り俺はお前たちの保全派、で良いのか?とにかく出来る限り全面的に協力するから改めて宜しく頼んだ!」
歓声が沸き立つ。
よほど苦しい劣勢の中で耐えてきた勢力図の中で、盤外からそれなりの戦力補充は歓喜するものだったのだろう。
それも自身たちを圧倒出来る程なら尚更に。
その後は色々と猥談で盛り上がって夜を越し親睦を少しでも早く深めるよう努めた。
それにしても魔法の秘匿か……
事例は他にもなくは無い。そういった類のものは凶悪なものや非人道的な発動条件を持つものがあることが多い。
しかしただの魔法でそれをするとなると甚だ疑問である。
ここまで秘匿すればもはやデメリットの方が格段に大きい。使い方次第では日常生活の質の向上による人一人あたりの労働力の上昇にも繋がり人口は今の数倍はもっていけそうである。
短い話、『王家は古代の魔法技術を独占している』という噂は本当に現実味を帯びている。
もしそうだとして、人の上に立つ為だけに魔法を使い世界を破滅に進めようとしているのはならば、王族であれ手にかけてみせよう。
乃亜視点のジェスがあまりにも動かしやすいため多用するかも




