31.とばっちり
残念なことに乃亜がぶっ倒れた状況でも、俺に出来ることはほとんど無かった。打撲や骨折の応急処置ならともかく脳や内臓のこととなると自力でなんとかしてもらうしかなくなる。
せいぜい出来ることと言えば空間魔法の感知を使って脳の損傷具合を確かめることくらいだ。
結果、俺にも似た経験があるものだったがこればかりは放っておいて勝手に治るのを待つしか無い。
とはいえここは本当に崖に挟まれた岩石地帯なので寝かせてやれるような場所も無いうえ、魔物が徘徊しているためせめて安全な場所への移動を優先した。奏波が可能な限り揺らさないように乃亜を背負っており、こうなるまで自分が運ぶと頑なだった。
「記憶の掘り返しが原因なんですか?」
「記憶に関連しているかは定かじゃないが他にこの症状の原因に思い当たる要因が無いからな。無茶をする魔法使いに良くあることなんだが、遠隔魔法の座標計算とかで頭がパンクするんだ」
俺も空間魔法を扱い始めたときは範囲をうまく制御できないにも関わらず演算能力も低かっため、てんで魔力を使っていないのに気絶することがそれなりにあった。今では演算能力が人外の域のなかでも高い水準に達しているため平気になったが。
「話を逸らさないでくれます?こっちは真面目なんですよ」
「分かってるよ。たぶんその思い出しかたが原因だろうな。単語や風景のような一枚絵じゃなくて、実体験を早送りで強制的に貼り付けられているなら、むしろこのくらいで済んで良かったよ」
人間がその瞬間に取り入れる情報は当人が自覚していないものの方が多い。よく聞く話で服を着ている感覚などが良い例だろう。そういった脳の機能が不必要な情報を取り込まないことでキャパオーバーを防いでいる。
他には視界なども。元々見えている景色と記憶の中で再生される景色の二重の世界を見ようとしていたのなら、当然脳神経に負荷をかけすぎて損耗は避けられない。
ましてや魔力を自力で扱えない乃亜は肉体的にまだ子供なのだから負担は大きい。
「……乃亜の例の古い記憶というのは、ひょっとすると思い出さない方がいいんでしょうか」
「お前こそ独りよがりすぎだ。過保護すぎるあまり他人が傷付くのを見ていられないから、なんてのは無自覚に選択を奪うのは毒親による支配の典型例だろ」
「……すみません」
人の心配ばかりしている奏波自身も気持ちに整理がつけられていない。むしろ、今のところ選択した道を進んだことが無い奏波のほうが今後に警戒するべきだろう。
「いやそれ以前に、フェアさんの《縛魂契》があったじゃないですか。少なくとも私は使って良いなんて考えてもいなかったのですから乃亜は権能を発動出来ない筈でしょう!?」
「あーそれな。……今から話すことは乃亜にもフェアにも言うなよ」
フェアの権能に限らずこういうのは非常に厄介な案件なのだ。
「前にも言ったが権能の発現と発動には少なからず潜在意識が絡む。極論をいえば本人がどう思っているのか、ってなる。だからたとえそれが理屈として間違ったものであっても勘違いしてしまっているならそれは成立するんだ。フェアは自分の権能は魂に干渉して相手を縛るものだという解釈をとってしまっているが、被体験者の俺の見解として正確には潜在意識に制約をかける──要するに精神干渉魔法の発展系かつ神経系を損傷させるものなんだ」
「つまり思い違いとかでも良いわけですね」
奏波がまとめてように権能を思い込みで間違った使い方をしている者は多いし、それに気付いていない例も決して少なくない。
フェアのものも契約という過程の祭壇儀式に近いものを経て発動させているが、拡張させれば一つ一つの魔法に乗せることで完全な追尾砲台と化す。魔力操作技術が成長すれば近くの魔道具に付与できる可能性もあるため何事も使い方なのだ。
「そうなるな。それと門に対魔の加護がかかっているせいで魔力による干渉を一切通さないから、ここではフェアの権能も一時的に効果を失う」
「だったらあのくだりは本当になんだったんですか?」
「あれの提案者はそもそも俺なんだ。乃亜がフェアを信用して発動出来ないと思い込んでいれば発動しない、と考えていた」
「ですが現に発動させてるじゃないですか。あてが外れてますよ」
「……おかしいよな。やっぱり」
「何がです?」
「権能は発現させた状況はともかく、発現させたのは紛れも無く本人の意思だ。こんな甘い奴が遠回しにも『触れたら確キル』の能力を望んだとは考え難いし、たとえ少し的外れなのを引き当てたとしても権能が自身を苦しめることはまず無い。発現させた時点で自分に都合の良いようになる筈だ」
「私も発現させたとかは覚えていませんけど、不便には感じてないですもんね」
「乃亜のものは、今のところ生来のものの可能性が高いと思う。特定の血統において継承されることに関しては例がある」
こういったものは家系が抱えた呪いのようなもののため喜ばしくないのだけれど。
「記憶どうこうで思い出しましたけど、私は最近変な夢を見ることが多いんですよね」
「……そういうのはもう間に合ってるんだけど」
「本当ですよ。ですが私自身じゃない視点が妙にリアルに感じるんです。とはいえあくまでも夢の中で収まってますし悪夢という話でも無いので聞き流してください」
お師匠様だって夢くらいみるでしょう、と言って脱線した話を切り上げた。
「ちなみにお師匠様。最初からこの崖を風魔法で上がってしまえば良かったのではないですか?」
「時短になるから悪くないと思ってはいたんだけど、上の情勢を知らないまま住宅街に乗り込むのは後々面倒事に巻き込まれそうだし、何より俺に限らず基本的に何が出来るのかというのはあまり知られたくないだろうし。特に俺なんかは基本的に戦闘に使える手段は空間魔法とおまけの風魔法だけだから」
精神干渉魔法はあまり出力を出せないので零距離まで近付かない限りは殆ど効果がない。先程のように実力差があれば話は別だが、俺はそもそも魔力量も出力も少ない方なのでそういう都合の良いことはあまりない。
結界魔法を使うくらいなら空間魔法で止める手段があるため、使うとすれば結界魔法しか使えないと思わせてーなどの騙し打ち程度だ。
なお他の魔法は論外だ。
「それで、何やらこの先で交戦中のようだけど、どうする?」
「私が監督したことはあとで乃亜に伝えておきますよ」
要するに奏波自身は乃亜の安全は自分で確保しておきたいから俺が戦えということだ。
中々にタチの悪い監督役だなという感想を抱きつつもやることはやらねばなるまい。
俺たちは何も行き先に何もあてが無くて歩いていたわけではなく、俺たちの前で約束を破り逃げ去ったあの正規兵らしい者達を追っていたのだ。乃亜の治療とかを頼むならああいった身分が高そうな人たちに頼む他ない。
そういう訳で俺の感知によって行き先を把握して先回りしていたのだ。この下の地において唯一人工建造物があった場所である。当初はそこに居る者達が味方に入れてくれるかどうかを推し量る材料が無かったため後回しにするつもりだったのだがそうも言ってられなくなっている。
建造物が何を指すか問われれば上の地へのリフトと答えるのが最も簡潔だろう。現場に行くまでは仕組みまでを特定することは出来ないが、その大規模なものの近くに駐屯所か宿舎というべきものがある。
交戦中というのは即ち俺達から逃げて上に帰ろうとした正規兵とその期を待っていましたといったところの死刑囚がリフトの取り合いをしている現状を指す。
そこに乱入者が参入──つまり俺である。
「そこのー!堂々と顔色一つ変えず約束破りやがったお兄さんがたもしくはおじさんがたー!先程の非礼を詫びてくれるなら手を貸しますよー!」
「うげ、さっきの賊が追いついてきやがった」
「クソっ!こんなときに」
何故か視界に映った瞬間に敵扱いされているのだが。
ならばこの状況は利用して嫌でも味方に入れさせてもらおう。
力業でないのであれば乃亜や奏波も許してくれる筈。だよな?
「でも現に死刑囚の烏合の衆に押されてるではありませんか。そんな状態でわざわざ敵を増やすことに得があるとは思えないんですけど?」
そう、この正規兵は実際そこまで強くない。集団としては強いが死刑囚の個の強さに手を焼いており、連携という差を埋めつつあるのだ。
死刑囚はおそらく一人一人が国家に牙を剥くと危険な存在だから、もしくは牢に留めておけなかったからこうして廃棄処分のような扱いにしていたのだろう。それらが今同じ目的意識の下、統率とまで言えなくとも協力の姿勢を見せておりこうして闘う中で今まさに連携が上手くなってきている。
あと五分もすればこの均衡状態が徐々に死刑囚たちに傾き、そこから十分もあれば最終的に粘り負ける。
「くっ、黙れ!得体の知れない餓鬼の言うことなぞ信用出来るか!」
「そうだ!近衛騎士の誇りに賭けても負けられ──」
「お前たちの言う負けってのは雇い主のルワンダが死ぬことなんだろ?こっちとしては唯一名前を知ってるルワンダくらいの味方はしてあげる予定なんだけど」
それ以外の奴らなんて名前知らないし。
この死刑囚が堕ちる場所であろう下では身分剥奪状態なのだし悪巧みなど暴力沙汰しか起こり得ない。
情勢とかそういった駆引に関して俺はあまり強くないため、忍び込んで世界について調べる、といったことは可能ではあるだろうが時間がかかりすぎる。話を聴くにしても身分のある人からのほうが情報量が多くてなお良い。
これらからルワンダが適任ではあるのだ。本人は喋れる状態ではないがルワンダが配下に代わりに喋るようにすれば同じことだ。
護られている重症のルワンダはこちらのほうを向き俺の存在を目視で確認すると、これまで通り空字で
『たのむ』
「よーし。あとで文句は言わせないからな!」
承諾は得たため他の奴等にあとでどうこう言われようが責任逃れしてやろう。
なお、リフトに陣取っている死刑囚の中に見覚えがある者が一名いた。
「お、おいアイツだ!あいつだけはヤバイんですって!?」
「ただの小綺麗な餓鬼じゃねぇか」
先程蹴り飛ばして回収された男がやけに大きな体躯を誇る人物にへりくだって物申している。おおかたボスとか頭とかいうポジションの奴だろう。確かに他の者達と比べて風格がある。実際にその手で実力を証明してきたのだろう。
「餓鬼に構うなよ。先ずは魔法を使う兵どもを一つずつ──」
途端に喋らなくなった。蹴りが顎にクリーンヒットして気絶してるのだから当然なのだが。
そして一度俺に倒された男はすぐ側で腰を抜かしているが無視だ。もはや何も出来る状態ではない。
「ひ、ひぃ!?」
「おーい!あんたらのボスみたいなのこの様だけど、どーする?」
俺はその重そうな体を軽々と持ち上げて見せつける。
死刑囚側が騒然となるなか、押されていた正規兵たちは喜ぶこと無くみんな同じ顔で唖然としていた。
*****
最小限の犠牲または暴行で最大限の利を得たのだから起きた乃亜も文句は言わないだろう。
さてそれより、
「なぁなぁ、人となりも知ろうとせずに約束破られて、それ上善意で手をかそうとしたら得体の知れない餓鬼と暴言を吐かれた俺は……可哀想だと思わない?」
「「「申し訳ありませんでした!!!」」」」
圧倒的な武力行使を目の当たりにしてしまったおかげで俺は手を出してはいけなかった、と思われてしまったため腹いせにネチネチと虐めている。
自分たちが警戒していた存在を数十メートルの位置から身体能力だけで近付いて見えもしなかった一撃で沈めてみせたのだから分からなくもないけれど。
あれから抵抗をみせた死刑囚も居たがごく少数だったため正規兵さんがたに対処を任せ、リフト制圧は成功している。
ふざけるのはここまでにして先ずは乃亜だ。
「ひとまずこの宿舎の綺麗に保たれてる一室を借りれるか?重傷のが一人いるんだ。ついでに看病に使えそうな冷えものや器具諸々詳しい人が欲しい」
「了解した。おい、誰か案内してやれ」
隊長らしい人が部下に指示を出して案内役を設けてくれた。
「奏波。今の乃亜は一種の発熱状態にも近いから一時間おきに少しでも水を飲ませて、体温が上がったら額や関節部位を冷やしてくれ。極端に体温より冷たくしてすぎると別のところで体を悪くするから気を付けろよ」
「分かりました。お師匠様は?」
「俺が色々話を聞くから、乃亜が起きたら情報を共有しよう。そのほうが手早い」
「ではまた後で。すみません、案内お願いします」
奏波は乃亜を担ぎ、案内役を請け負ってくれた兵隊さんの一人に連れられて行った。奏波はこういうところは慎重に動くので変な心配は無用だろう。
「さてと、それじゃあ色々と話を聞かせてもらいたい」
のだが、場の雰囲気を読めずにぐぅーと盛大に腹を鳴らした者が一人。ルワンダだ。
「……事情は知らないが、碌なもの食べてなかったんだろうな。待ってろ、どうせその顎じゃ噛むことは出来ないだろうが粥を流し込むくらいなら出来るだろ。おい、何か食糧は無いのか?」
「あった、はずなんだが。先程確認したが兵糧庫から根こそぎ奪われていた」
どうやら目立ちやすい宿舎の損壊や倒壊、隊員の死傷者以外に被害が無かったというわけではないようだ。
どさくさに紛れて、そういった常備品をその他多数盗み出されていると予想される。
「なら、あんたらが持ち歩いていたものは?行方不明者をあても無く探すというのに食い物一つ持っていないなんて馬鹿なことあるまいし」
「あるにはあるんだがこの人数を養うには到底足りない程度だ。なに、我々は仮にも軍兵だ。三日くらい水だけになろうが文句は出んさ」
「……なぁ、お前たちって魔物食える?生理的な話で」
「まあみてくれはアレだが肉はあるからな。しっかり焼けば食えるぞ。先輩方の自慢話によると五メートル近い異形の魔物を隊の皆で火を囲み食したというものがある」
「ん?……いや俺その魔物見てるな。確か奏波が倒してたような」
そう、この世界に来てすぐに奏波に倒させた人喰いの魔物である。たしかに首を断って既に死んでいる。
「え、は?嘘だろ。あんな小娘が。一応その自慢話の裏に多くの犠牲を出したという話もあるのだが」
「よし、それ持ってこよう。まだ数刻しか経ってないし、もし腐っていたとしてもその部位だけを切り落とせば問題無いだろ」
*****
その後俺がダッシュでその魔物を引きずらずに走って来て、細かく切り分けづらいその肉は兵隊の人に食べてもらう。そして兵隊さんたちが持っていた栄養だけしか取り柄が無いような不味い食べ物は俺がアレンジを加えつつ擦り切り、液状にしてルワンダの胃に流し込んだ。ちゃんと腹に溜まりやすいものが使われているため液体でも多少の満腹感はあるだろう。
なお乃亜にも同じものを使っている。毒味は奏波の前で俺自身がしているため問題無い。粥は他の怪我人にも与えたため奏波には渋々魔物の肉を食べてもらうことになってしまったが、少し嫌そうな顔をしながらなんだかんだで美味しそうに食べていた。
「いやぁ、あんた料理上手いな!胃袋掴まれちまったぜ、ガハハ!」
「俺はいつ料理人にされたんだよ。あと俺男だし、特殊な癖なんて持ち合わせてないから変な目で見るんじゃねぇぞ」
なんだかんだで冗談めかしの談話が出来るくらいには打ち解けた。二時間前における初対面での互いの疑心暗鬼が嘘のようである。
「食いながらで良いから、本題に入って構わないか?」
「ああ。構わないぞ。可能な限り正直かつ正確に答えると約束しよう」
「あれれ、俺一回約束破られたような──」
「根に持つなああんた!?だからあれは悪かったって!」
「冗談だ。それじゃ本題。俺と、連れていた宿舎のほうで重傷者とその看病をしている二人の女の子についてなんだが、大前提この世界の人間じゃない。おっと、揃いも揃って何言ってんだコイツみたいな顔は止めてもらおうか」
というか歴史の授業とかで終末戦争を習わないのだろうか。七世界全てを巻き込んだ超大戦だったみたいなんだけど。
そう思い返しているとある一人が。
「まぁ別の世界があることは知識として知ってはいるんだが、五千年前の話というし作り話なんだろうなというのが共通認識だからな」
「じゃあこの世界の名前分かるか?俺たちはそこすら分からないんだ」
「『スティグマ』だが。記憶喪失などではなく本当に知らないのか?」
この世界に来てからせいぜい十時間程度なだけであり、もちろん記憶喪失などでは無い。なってたまるか。
「次、『スティグマ』に大規模に広がっているこの崖地帯は何なんだ?わざわざこんなもの作る理由が思い当たらない」
「……どうやら本当に知らないだけのようだな。我々、というか世界的には共通認識として、人ならざる者のなれ果てが至る場ということで『奈落』と呼んでいる。こんな不便なものの起源は分からないが、はるか昔の終末戦争の頃からあるようだ」
俺がこれまで"下"と仮称していたこの場所は『奈落』と言うらしい。人のなれ果てが行き着く先としては良いネーミングセンスだろう。
そしてまたもや出て来た終末戦争という単語。魔法紀全盛とされている時代であり古代に失われた文明独自の魔法が存在していたとかないとか。とにかくその戦争は中身が十分に公開されておらず不明実な点が数多く存在している。
「『スティグマ』に《原初の界核》はあるのか?」
「それは我々も聞いたことがない語句だな」
《原初の界核》がこの世界に無いようで一安心している。正直な話、《封天核》を除いた他四つについて俺は詳細も形状も分からない。
当然に物として物質的に存在してはいるが、それが《原初の界核》からはただの魔導具と似たような魔力を発するためしっかり解析しなければ本物か否かを判断することは難しい。そして物一つ一つにそんな時間を費やす余裕も無い。
この人たちの言っていることは本当のようだが、この人たちが本当に存在を認知することが出来ていないように隠蔽されているという可能性も残しておくべきだろう。
「じゃ、対等にいこうか。疑心暗鬼な俺に対して問いを投げ続けられるのはそっちも良い気はしないだろうし。知りたいことがあるなら得体の知れない部分に探りを入れていいぞ」
「餓鬼」と呼ばれたことには実のところイラっときていたが、「得体の知れない」のところで気分を悪くしていたわけではない。初対面で会話も情報も皆無のこの人たちには俺たちをそう判断せざるを得なかったし、ルワンダの護衛が任だったということならばその行いはむしろ正しいと思っている。
それとこれは付け加えておかねば。
「ただしノーコメントも有りにさせてほしい。俺にも許された権限というものがあるから」
「権限」というのは、あくまで俺は派遣員としての立場しかないという主張。そう勘違いしてもらえると考えた。実際のところそういった類の主導権は全て一任されている。
話せないことといえば乃亜の権能くらいだが、使っているところを見たことも無いこの人たちが追求することは無いだろう。
俺の提案に迷うそぶりを見せ、考えた末に一人の男が発言した。
「……確かに『得体が知れない』というのは今でも否定しかねる。けどよ、俺たちはさっき助けてくれたことも、それ以前にルワンダ様を護ってくれたことに対して返せるものを探している立場だ。そんな半端な気遣いは無用だ」
「単に、俺がお前たちに取り入って寄生して使い潰すだけの非道のお化けかもしれないだろ?」
「はっはは!そうやって自分を下げて自己主張する奴に極悪なのはいない。お決まりなんだぜ」
信用してくれているのは有り難いことだが少々判断基準が軽すぎではないだろうか。
確かに俺はノスタジルという国を立ち上げて仲間たちに恵まれた。だがそれは保護という過程を通した上で成り立っていたものであり、俺のような半端者などよりも圧倒的に苛酷な運命を歩んできたみんなに許された唯一の道を示したというだけだ。
結果として、仲間たちが自分なりの幸せを手にすることが出来ていたのなら、俺なんて相手にされていない。
「あーでもよ、名前くらいは教えちゃくれねぇか?いつまでも"あんた"とか"あの娘"と呼ぶのもなんか悪い気がしてな」
「いや、それはこちらが詫びるべきだ。自己紹介が遅れてすまない。俺の名前は『ジェス・ノスタルジア』だから、『ジェス』と呼んでほしい。『ノスタルジア』の方はまぁ、楔みたいなものにするために俺が勝手に付けた姓名だから。宿舎の二人は療養してるほうが『乃亜』で看病しているほうが『奏波』だ。おかしな出会い方だったけど、ひとまず少しの間は宜しく」
名字は面倒だから教えなくても構わないだろう。勝手に判断したが、よくよく考えてみれば日本だけでなく『マナグラノス』でも親しい仲に対してしか名前呼びをしない。貴族を相手にするときにも納めている領地の地名や姓名に殿や様を付けて呼ぶことが殆どである。
やはり名前でなくてそれぞれ『扶神』と『広繋』で呼ばせるべきかもしれないが……
(あの二人、というより乃亜に引っ張られて奏波も親交は良くしたいみたいだしな。名前で呼ばせ合うほうがその意図に合ってるだろうしこのままでいいか)
二人から反感を買うことも無いだろうと結論付け、脱線していた思考を戻す。
「……なあ、ジェス。今から言うことがおこがましくて、俺たちの力不足を露呈させることになってしまう。だがどうか聞き入れて欲しいんだ」
「どうした?急にかしこまって」
本当に展開が読めなくて半ば困惑しているのだが、それでも無理矢理にでも聞き入れてもらおうと話は続けられる。
「ジェスたちが助けてくれた方の名は、『ルワンダ・フォン・レガリア・アイテール』様といい、」
長い。実に長い。そしてこういった類の名前は格式や権威を象徴するものが殆どである。
つまりは高確率で中枢にかかわる。
「アイテール連合国の王太子にあらせられる。しかし今、旧国の連携に歪みが生じ連合国として破綻してきており、既に反乱による闘争が免れない。どうか、我々に手を貸していただき我等の故郷を救ってくれないだろうか」
まったくとんでもないベストタイミングで来てしまったものである。




