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流離う世界に私は  作者: 眠井ネタイ
第二章『スティグマ』篇
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33.わだかまり解消


「という次第だ。一先ずはこのままルワンダたちに同行することにした」


俺の内心を伏せたまま昨日の会話の内容を不要と判断したことはかいつまみながら話しきった。

案の定自分で話をまとめきれている奏波から質問が入る。


「お師匠様が考えていたメリットやデメリットとは何なのですか?」

「革命派に味方するメリットは、一度連合国が崩壊してくれたほうがその後管理下に置きやすいように手を加えるのが容易であること。新しく空くであろう有権者に肩入れをしやすい。

デメリットはその革命派の中に割り込むのが面倒。対局にいるルワンダたちをこの場で殺めたりすれば、どこぞの夢想家にお叱りをもらうことになるからな」

「………」


最早隠すこともしんどいせいなのかかげんなりとしている様を隠そうともしていない乃亜である。

もう少し虐めておいたほうが考えを改めてもらいやすいか。とも考えてはいるのだが流石にこれ以上は良心が嫌う。


「一方でルワンダたちの保守派の方がメリットが多い。一つ。革命派の鎮圧だけ終えればその後の後処理は既存の機関に丸投げ出来るから比較的迅速かつ楽に済む」


事が済むことは早いほうが良い。こんな()()()なことで何ヶ月も道草食ってるわけにはいかない。


「二つ。俺がここでの目的を終えたあとでノスタジルから派遣する小隊の危険性が低いに越したことはなく、その為に魔法知らずの弱い世界であるのは好都合だ」


当人たちには既に説明済みであることであり、間違いなくレザシーかシグは一時こちらの世界で活動してもらうことになる。

あの二人に関してそんなことは無いと思うが少しでも事故の確率を減らしておきたい。

『ネメシス』の一件で自ら魔人を制圧したのも、結果的にはユラが安全に哨戒行動に移れるように良かったと思っている。


「三つ。ルワンダの護衛たちが言っていた白兵戦の最強か魔法戦の最強の少なくともどちらか一方を奏波にぶつけさせたい」

「最後に思わぬ飛び火が降りましたね。というか弟子を殺す気ですか」

「正味大したことないと思うけどな。この世界はあまり魔力による技術が進歩してないし、当初は一抹の不安にもあった化学兵器があるわけでもないんだ。実地訓練にはうってつけの相手になると思うぞ」


まして現状要注意人物であるその両者は魔法記録の解禁を掲げている革命派についているのだから、古代の魔法を扱う可能性は極めて低いといえるだろう。


「ちゃんとデメリットもある。一つはさっき言った革命派につくことのメリットの逆で、一連の騒動の後で俺たちは連合国に深く干渉出来る立場になれないこと。これに関してはルワンダを信用するしかない。もう一つは王家が『古代の魔法』を扱うという懸念が残ること」

「古代の魔法って具体的に何かあるんですか?」

「そこまで畏れることはない。精々が干渉対象を少数に絞るとかで効果や出力を増大させた程度だろ。だが一つだけ可能性があるとすれば『禁忌魔法』という広い枠の中にある『終廻(ついかい)魔法』を発動させる魔導具があるかないかくらいじゃないか?」

「何ですかそれ?」

「奏波も一例を見てるぞ。クリフが使おうとして俺が止めたやつだよ」

「あー。お師匠様がドロップキックで必死に止めてたあれですか」


それはクリフが訓練場の天井を風魔法でぶち抜きその天井が宮殿を掠めた結果アルが乱入した珍事件の長前のことだ。


「『天穹巡る不可視の理──』、と言ったところで止めてましたね。確かに尋常ではないその、空気?のようなものを感じましたし」

「全属性あるとされる『終廻(ついかい)魔法』は所謂(いわゆる)、魔法の原型だからな。この魔法を扱い易く、または効率化させたものこそ今まで伝わっている魔法らしい」

「元々警戒しなければならない程に強い魔法なら、そのまま伝えては駄目だったんですか?」

「魔力量、特に魔力出力含むその他の要求値が高過ぎるのが一つ。技量に富んだものしか制御出来ないうえに魔力量が少なければ根底が破綻する」


なお今の俺がこの魔法を使うことは無いだろう。使えなくはないが魔力量の少なさ故に発動まで十日以上かかるうえに一発で魔力切れを起こす。

そうなれば空間魔法の強みの一つを使えなくなる。


「それこそ集団魔法でなんとか、ともならなくてな。魔法の構造上独りでしか使用出来ないようだ。ともあれ歴史書とか読み漁っては、終末戦争時にもこの魔法が使われたら使った方が勝ってるくらいあった」

「使われたら負けってことですか。その割にお師匠様はのんびりしてますね」

「実用的に使用出来る最低ラインが天越(アウトライアー)クラスだ。そんなのがこの世界にいたら、つくられるのは連合国じゃなくて支配帝国になる。魔導具で発動なんてのも聞いたことが無い」


魔導具における優位性は『保存』である。理論上は無限に作り出せるのであれば無限の火力を出すことが出来るが、性能が魔力の注入をトリガーにする起爆式のものであるためそれまで如何に性能を保てるか。否が応でもそこが問われるのが魔導具でありそこに力を割けば当然殺傷性含む性能は落ちる。

なのである程度は魔導具による補強が効くが、既に強者であるものが魔導具を持とうと手荷物が増える程度。このような認識に留めている。

どうせ異世界には何かしらでずば抜けた武器なんかが存在してそうだけれど。


「それが一つと言うことは他にも理由があったんですよね?」

「ああ。さっき奏波が終廻魔法を『強いなら何故そのまま伝えなかったか』と聞いたがそのままそれが理由でな。少し長くなる話だが、終廻魔法にはかたちを保つ為の演算も魔力の制御も全て必要無い」

「?、魔法に全く詳しくない私ですけど、それでは必ず暴発すると言ってるようにしか聞こえないですよ」

「終廻魔法は強力過ぎるが故に、『世界』の構造そのものが発動を抑制しようとする。さっき特に魔力出力が要ると言ったのはこれを押し切るためであり、自身の魔力と『世界』の圧力が拮抗している状態はいま言ったように魔法としてかたちが保たれる。そして放つ瞬間に極大の出力で『世界』の抑制を振り払えば晴れて魔法として完結する」

「……その『世界』による抑制とか圧力というところがよく分からないですね」

「原理は気にしなくていい。それと奏波の質問の答えを漸く出せるんだが、この『世界』の圧力・抑制に使われるのは周囲の魔力を転用したものだ。万物が持ち得る魔力を強奪するから、使用者を特異点とした擬似的なブラックホールが作られると言っていい。そしてこの圧力・抑制は使おうとしただけで発生するから理論上は経験の無い子供でも一瞬だけこれが作れる。ついでにその子供がプチュっと潰れて小ちゃい肉塊になる」

「……要するに使おうとするだけで周囲の人と使用者本人の命が危ぶまれるから禁忌魔法の枠に入れられたと」

「そゆこと。だが今となっては知る者は殆ど居ないし、知ったとして発動は極めて困難だから扱う奴も居ない。詠唱を省略して使うことなんてどうせ出来ないだろうから発動には時間がかかる。実戦運用しようとするのは今時居ないはずだ」


あの恐るべき、というか俺にとっては師匠兼恐怖の象徴として大成しているアルでさえ基本的に使わないらしい。

当人曰く、


『見た目は派手ですがね、対軍戦でもなければ規模を大きくすればいいという話ではありません。対人、特に個人を相手取るときに必要なのは防御を貫く一点特化の攻撃で急所を突くことであり、無駄に全身を灼き尽くすことではない。ワタシであれば終廻魔法でも一点に集中することも可能ではありますが発動を予見されないこともまた肝です。そんなに易々と当たるのなら今頃ワタシが最強になってますよ』


とのこと。

地味ではあるが魔力を完全に制御し、ロス魔力を限りなく抑えて風一つ(なび)かない一閃を放つのが一番強いのだ。

魔法は『奇跡』ではなく『殺しの手段』。静かな程美しいという味方をする人も少なくない。


「それならあのときアポクリフさんがその魔法を使っていたら……」

「死んでたな。俺も奏波も。あはは」

「笑い事じゃないんですよ」


真相は奏波を擬似ブラックホールから逃がすこと自体は間に合っただろうが、その後の欠片も制御出来ていない風の刃──というよりは風の砂塵のようなもので擦り切られてお陀仏になる。といったところだ。


「それと何故禁忌魔法をアポクリフさんが知っていたのかという疑問が残るのですが」

「それは俺も知らない」


クリフは出所が不明なのは考えても仕方がないのでもう置いておく。


「さて。最後の方に終廻魔法について話したから長話になりはしたが、結論はさっき言ったようにルワンダたちの動向について行く。ただし現状では、だ。状況次第では臨機応変に裏切ることもある」

「臨機応変に裏切るなんて言葉初めて聞きましたよ」

「だから言ってるだろ。お前たちにそういう判断をさせはしない。責任持って汚れ仕事は請け負うって。……乃亜」

「、っ」


急に話を振られたことで僅かに肩が震えて動揺をみせた。

先程からずっと黙り込んでいたから思い詰めるようなことでもしていたのだろう。多分だが終廻魔法の説明もろくに聞いていないと思われる。

だから、正直なところ昨日からずっとかける言葉に悩んだ結果何も思いつかなかったという無残なままだけれど、このまま落ち込まれ続けるのは心苦しいとも思ってしまうからせめて一言だけでもと。


「俺は何もお前の考えや意義を全否定したいわけじゃないんだ。俺は人の命を救うことが出来る力を持ってるけど、心を救うことなんて出来やしない。絶対に禍根は残るしそういう傷を抱えて、そうして強くなった人たちは尚更な」

「………」

「お前が人の命だけじゃなくて心も救いたいって望むなら、俺が出来る助力なんてたかが知れてるから期待しないでくれ。それでも、たかが知れてる助力がいるんなら頼ってくれていい。俺も全部を見捨てて先に行きたいわけじゃないから」

「………」

「………」


どちらもここからの一声目を喋りづらい沈黙が漂う。もっと分かりやすく言うなら気まずい雰囲気だ。


(頼むからなんか言ってくれよ。こっちだってこんなベタな台詞を言うのは気恥ずかしいんだ!)


「お師匠様。そんなベタな台詞言ってて恥ずかしくないんですか?」

「的確に(えぐ)って来てんじゃねぇよバカ弟子!」

「……二人だけはずっといつも通りだよね」


何故か俺の台詞じゃなくて奏波との諍いに対して反応を示した。というか何か言いたそうにしているのかムッとした顔をしている理由が本当にわからない。


「はぁ。ええっと、さっきのは取り敢えず忘れてくれ。とにかく俺が待ったをかけるまで好きにやっていいってことだ」

「お師匠様。さっきのベタな台詞を言うのは恥ずかしくないんですか?」

「お前は話が進まくなるから黙ってやがれ!」

「仲いいよね二人」


そしてなんで乃亜は更にイラついてんだよ。

理由を察することは出来ないので話は続ける。


「それとさっき、俺が『一番辛い役を買って出てる』とか言ってたな」

「え、うん……」

「俺自身そうは思ってない。俺はこれまでお前たちと違って『先』を見据えて生きてきたわけだし、俺よりずっと辛い人生を歩んできたノスタジルのみんなの重荷に一時的に肩代わりすることしかしてこなかった。いや、もしかするとそんなこと出来てなかったかもしれないって思うな」


自由に生きていいなんて捨て台詞みたいなことしか思い浮かばずに、無責任に吐き捨てたこともあった。

家族も帰る場所も失った人に自由に生きろなんて、今更だけどただ放置するって言ってるだけのゴミ発言だ。

自分で言ってて死にたくなる。


「そりゃあキツイことも苦しいこともあったし何度も殺されそうになったこともあるけど、大抵周りに誰かしら居てくれたから一人で思い苦しんだことはそう無かった」


いつも俺を取り囲んでくれる仲間たちには、本当に感謝してる。こんな力だけ持ち得てしまった木偶の為にと言ってくれる。

俺には不相応の待遇だとずっと苦しく思ってしまうことすらあるけれど。


「その上で俺は不幸な人たちに足並みを合わせて満足してるだけの偽善者、なんだと思う」

「偽善、はないんじゃないかな」

「友達や仲間を守る為に、衝突するしかないものを排除することは善か。違うだろ。お前は、俺だけに感情移入し過ぎなんだよ」

「………」

「全ての物事を弱肉強食とかの都合の良い言葉で片していいわけがない。生きていく限りは必ず誰かを、夢を、他の何かを踏み躙る。『幸せ』は聞こえだけは良い言葉だが、それは他人に感じられないであろう愉悦を味わうときの感情だ。『幸せ』という蜜を味わう者の陰では、『不幸』という苦虫を噛み締める者が必ずと言える程居る」


他でも喩えられる。

富を持つ者だけが集まろうとその富を自慢することは出来ないから、貧しい者を傍らに添えることでそれを可能とする。『貧富』とはそういう隣り合わせで共存しなければ成り立たないフレーズ(ぼうりょく)だ。


「だからお前がやりたいってほざ──、コホンッ。言ってるのはマジの茨の道だ」


ここでほざいてるとか言ったら陰険な雰囲気になること間違いなしのため気合いで踏みとどまった。


「お前に他人の『幸せ』のためだけに、馬車馬に成り下がる覚悟が、あるんだな?」

「……うん。頑張るよ」


(いやそこ言い切るんかーい)


内心素っ頓きょうな感想がでた。

あえて強い言葉でやろうとしていることを汚してみせたにも関わらずそれでもと言い出すとは流石に予想だにしていなかった。

もういいや、と。これ以上何を言っても聞き入れはしないのだろうなと察してしまうほどにあっけらかんか答えられてしまうのなら。


「これでだめならもう好きにしろ。半ばで朽ち果てる叶わぬ夢を、精々楽しめ」

「ありがと、そうする。それで手伝ってはくれるんだよね?」

「俺の意見も尊重するなら考えてやらんくもない。……それと昨日のは、」

「私が、謝ることだよ」


乃亜が遮るように言葉を差し込む。


「ジェスが大きく間違ってることをしてないのは分かってる。分かっててああしないとってなっただけだから」

「ふーん。そっか」


反省とかは別に望んでなかったんだけど。

いや、正確には違う考え方を知ったくらいか。


「ジェスは、他人(ひと)を傷付けるだけ自分も傷付くようや性格を、してると思ったから」

「それブーメランで返していい?」


アルとかならいざ知らず素で優しい人にそういうことはあまり言われたくないのだけれど。

乃亜なんかは昨日のこともあるし典型例ではなかろうか。


「いや、ジェスはそれ以上だと思うんだけど……」

「どこを読み取ったらそうなるんだよ。ったく」


まぁいいや。

その内戯言だと勝手に理解するだろう。

少なくとも、世間的に見れば善良とは程遠い俺に。


「それじゃあ昨日のことはお互いにチャラな。お前を一人にさせとくわけにはいかないからギスギスしてる状態を続けるのは、いざという時に連携を掻き乱す。だから」


にまぁ、といつも通り。

少し湿った袖を前に突き出して。


「昨日の俺の暴言は、乃亜がパーカーに付けてくれた(よだれ)で大目に見てくれ」

「はぁ!?」

「冗談」

「乃亜、これは本当に冗談じゃないですよ」

「へ!?どっち!?」


乃亜が一気に赤面しながら勢いよく席を立ったことでその椅子が倒れ、周りの人もびっくりしていた。


「奏波お前、さっきから場を掻き乱しまくってマジで何がしたいんだよ」

「二人だけの世界に入っていたので邪魔してやろうかと思いまして」

「今の会話のどこにその要素があった」


本当に掻き乱したいだけなのかもなと思い始めてしまったが、奏波に限ってそんなアルみたいな悪趣味を持っていることはないだろう。と流石に信じたい。信じさせて。

俺は席を立ち朝方と同じように外に行く。実はリフトの故障の修理や荷造りを手伝っているのだ。


「出立するときまた声かけるから、乃亜はそれ食い終わっても安静にしてろよ」


そう言い残して俺は外の作業に再び合流しに行った。





なお、


(本当のことだったから言っただけなのですけれど)

(奏波も気づいてるだろう上で口止めするために、あえて冗談ということだけ言って終わらせようとしたのにな)


実際にはフードのところにしっかりとソレが染みていたのだが、乃亜本人がその事実に気付くことはなかったらしい。




*****




「それとさっき、俺が『一番辛い役を買って出てる』とか言ってたな」

「え、うん……」


さっきからジェスは全部自分のせいにしろなどと、押し付けてしまうことになる私が辛いことを言うからそう思ってしまうのは当然だ。


「俺自身そうは思ってない。俺はこれまでお前たちと違って『先』を見据えて生きてきたわけだし、俺よりずっと辛い人生を歩んできたノスタジルのみんなの重荷に一時的に肩代わりすることしかしてこなかった。いや、もしかするとそんなこと出来てなかったかもしれないって思うな」


僅かに悲痛な顔をしながら、自嘲するようにそう言う。

だがそれらが間違っていると確信出来るもの私は既に見ている。

ノスタジルで会った全員がジェスに対して引け目に感じているようなことは無かった。

ジェスが出会ったばかりの私たちよりもずっとあの人たちを信頼して距離も近くて、みんながそれに応えていただけではなかった。

逆も然りだ。みんなもジェスに突っかかったりして楽しそうで、それ以上に優しさに関して絶対の信頼を寄せていた。


「そりゃあキツイことも苦しいこともあったし何度も殺されそうになったこともあるけど、大抵周りに誰かしら居てくれたから一人で思い苦しんだことはそう無かった」


これもだ。

長く話をしたのはラグナちゃん、フィレーナとシグだけだったが、馴れ初めを聞けば深く教えてもらえなかったものの三人とも今の楽しい生活はジェスたちと出会ってから始まったものだと言っている。

だからジェスの言う『たまたま居てくれたから』という表現は違う。ジェスが自分で掴み取った仲間たちなのだ。


「その上で俺は不幸な人たちに足並みを合わせて満足してるだけの偽善者、なんだと思う」


違うと言い切らなければいけないのに。分かってるのに、ジェスが一人で行く様がどこか危なげに感じてしまうから突き離すことになりそうな断言を口にすることしか出来ない。


「偽善、はないんじゃないかな」


やっぱり私はただの臆病者だ。結局何も変えられないことになると分かってるのに、その一歩を踏み出す勇気が無い。今も昔も。


「友達や仲間を守る為に、衝突するしかないものを排除することは善か。違うだろ。お前は、俺だけに感情移入し過ぎなんだよ」


絶対にジェス自身は正しくないと、そう言いたいように聞こえる。


「全ての物事を弱肉強食とかの都合の良い言葉で片していいわけがない。生きていく限りは必ず誰かを、夢を、他の何かを踏み躙る。『幸せ』は聞こえだけは良い言葉だが、それは他人に感じられないであろう愉悦を味わうときの感情だ。『幸せ』という蜜を味わう者の陰では、『不幸』という苦虫を噛み締める者が必ずと言える程居る」


しかし今度は違うように感じた。

怨嗟というよな、ゾッとさせる雰囲気がある。

誰を、思い浮かべているのだろうか。


「だからお前がやりたいってほざ──、コホンッ。言ってるのはマジの茨の道だ」


……今絶対「ほざいてる」って言おうとした。

暴言寄りの口調を避けようとは思っているのだろうか。


「お前は他人の『幸せ』のためだけに、馬車馬に成り下がる覚悟が、あるんだな?」

「……うん。頑張るよ」


厳密には、それこそがジェスの為になるのだと、空想のようだが確かな確信に自身を持って、そう言った。


「これでだめならもう好きにしろ。半ばで朽ち果てる叶わぬ夢を、精々楽しめ」


自分でもほんの少しだけ口角が上がった気がした。

なんとなくだけれど、ジェスは少しだけ呆れ果てたようにも、笑ったようにもみえた。


「ありがと、そうする。それで手伝ってはくれるんだよね?」

「俺の意見も尊重するなら考えてやらんくもない。……それと昨日のは、」

「私が、謝ることだよ」


私自身も昨日のことは悪かったなとずっと引け目を感じていた。


「ジェスが大きく間違ってることをしてないのは分かってる。分かっててああしないとってなっただけだから」

「ふーん。そっか」


自分で言ってて、何で、と思ったから考えついたものそのまま言葉にした。


「ジェスは、他人(ひと)を傷付けるだけ自分も傷付くようや性格を、してると思ったから」

「それブーメランで返していい?」

「いや、ジェスはそれ以上だと思うんだけど……」

「どこを読み取ったらそうなるんだよ。ったく」


どこを、と言われても。

優しい人たちに囲まれているという事実が一番大切な証ではないだろうか。


「それじゃあ昨日のことはお互いにチャラな。お前を一人にさせとくわけにはいかないからギスギスしてる状態を続けるのは、いざという時に連携を掻き乱す。だから、昨日の俺の暴言は、乃亜がパーカーに付けてくれた(よだれ)で大目に見てくれ」


一瞬時が止まった気がした。


(……涎?え?誰の………、私ぃ!?)


「はぁ!?」


思わず椅子を蹴り倒しながらテーブルを挟んで反対側のジェスに詰め寄った。周りの人が驚いていたようだが視野狭窄となった私にそれは映らない。


「冗談」


(なんだ良かっ──)


「乃亜、これは本当に冗談じゃないですよ」

「へ!?どっち!?」


本当に一大事なのでどちらか今ここではっきりさせなければ暫く寝られなく問題になりそうだけれど出来るはずがない。


(こんな子供みたいな失敗の確認を取るは恥ずかしいっ!)


「奏波お前、さっきから場を掻き乱しまくってマジで何がしたいんだよ」

「二人だけの世界に入っていたので邪魔してやろうかと思いまして」

「今の会話のどこにその要素があった」


本当に一度奏波には静かにしてほしい。

先程から出番が無かった反動なのか分からないが暴走気味だ。

ジェスが呆れ気味に席を立つと平然と食堂から出て行く。


「出立するときまた声かけるから、乃亜はそれ食い終わっても安静にしてろよ」


この冷静さといいさっきの口振りといいおそらく本当に冗談で言ったのだろう。流石にそう信じたい。というか信じさせて。


ジェスが食堂を出て行き話が終わったのを見るや、その後に機を伺っていたようすの近くにいた女性が話しかけにきたことで知れたことが一つ。


「実はジェスさんね、昨日結構思い悩んでいたのか隊員の女性たちにそういうときにかけて欲しい言葉があるのか、とか聞き回ってたのよ。喧嘩したとかだったみたいだけどお手柔らかにねー」


へー。ジェスが、ねぇ。


(ふーん)


「乃亜。満更でもない表情を欠片も取り繕えていませんよ。口角吊り上がってますよ」

「……いいじゃん、別に」


裏でも気にかけてくれていたのは滅茶苦茶嬉しかった。


補足(消費魔力、ロス魔力について)

消費魔力→文字通り減った分の魔力。

ロス魔力→消費魔力のうち、意味の無い魔力のこと。例えばスマホで動力に関係ない不要な熱が生まれるなど。ロス魔力が少ない=魔力の消費効率が高いと考えてほしい。

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