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流離う世界に私は  作者: 眠井ネタイ
第二章『スティグマ』篇
31/37

28.咎

注記:少しグロイです。

あとクソでゴミでゲボカスの定期考査のせいで投稿遅れ過ぎました。すみません。


この日も奏波と乃亜の修行を短い時間で行った。

奏波は順調に魔力操作の練度が上がっていき、細剣(レイピア)の扱いのほうも……まぁ、うん。マシになったはずだ。こればかりは魔力や魔法を交えるため剣道とかとは訳が違うため苦戦するのは目に見えていた。

しかし今度は乃亜の方に進捗があった。思い返せば俺の操作のもと魔力や権能(フォルトゥーナ)を一度使ったとき、一度目と全く同じ出力で固定されているのでは?ということになりもう一度、魔力出力を控えめにして同じことをやってみた結果案外上手くいっのだ。

多分だが乃亜も滅茶苦茶筋が悪いという訳ではないかもしれない。奏波以上に日常的に魔力に触れることが無かったからスタートが遅れているだけだったなのか等の真相は分からないが、とにかくどういうわけか出鱈目に模倣、再現能力が高い。新しいことを意識的に憶えることは出来ないが、一度やったことを完璧に再現する。これによって門の枠組みごと消滅させないかという疑惑を解消している。魔力を観測出来るようになればもしかすると一発でトレースしてのけるかもしれないので将来が明るく見える。

なんか、本当に近い内に俺が置いていかることになりそうだな。

いや別に自分を超えて欲しく無いとか言う訳ではないが、少し妬ましくあるのは事実だ。そういう力が俺にも最初からあればな、と。


終わったことを気にしてもしょうがないと良く言われるが、人の心はそんなに単純に出来ていないと俺自身を持って証明出来る。

未練とは捉え方次第では自身を現世に留めさせる最後の楔になることもある。


次の日、進捗は至って順調。

奏波も一兵卒よりは圧倒的に強いと文句無しで言える程に成長した。魔力操作技術もかなり上達(奏波は俺を参考にしていたようなので少し悔しそうだが)して、継戦能力も格段に上がっている。何か不足の事態に陥って俺が教えた規模以上の権能(フォルトゥーナ)を強引にでも使わざるを得ないようなことが無い限り最大で一時間弱くらいは闘うことが出来るだろう。

乃亜も陰でかなり頑張ってくれたようで、俺の予想以上に消費魔力を調節出来るようになっている。

二人が『マナグラノス』に来てくれて今日で五日。集大成と言うにはあまりにも短い時間だが、俺が二週間は最低でも必要とするだろうと考えていた進捗に達していた。


そして今日は明日からに備えて少し早めに休み始めようということにする。


「明日異界に渡ったとき既にへばられていても困るから、今日はここまでにしよう。お疲れ様」

「結局、ちゃんと近接戦の練習をし始めてから、はぁ、殆ど何も変わってないように、感じるのですが」


息が上がっている奏波は所々で言葉が切れ切れになりながらも愚痴を溢す。

あと何も変わっていないなどとほざいてるが、俺と最初に闘うことになったあの時と比較すればもはや別人である。魔力強化による身体能力も大きく向上するなどの基礎能力、曉圏(ぎょうけん)による反応の早さ、そして《振動魔法(レゾナンス)》による攻撃力の倍増。


「どこがだ。こんだけ急成長を遂げてるのに」

「私に遠距離の攻撃手段が無いのはどうなんですか。これを変えないと一向にお師匠様に攻撃が当たらない状態のままだと思うのですけど」

「曉圏をまともに出来るようになってからな。放出技をそんな簡単にホイホイと出来るようになると思うな。奏波なら出来はするだろうが今やると、まだ射程が出せないうえ魔力の消費効率が悪くなる」

「……はい」


少し納得いってないようだ。そのまた次の世界に行くときくらいには教えるつもりではあるので、その時に精々苦しんでもらおう。


「乃亜も出力調節が出来るなら門のほうにも心配無いし」

「何度も言うけど私を連れて行っても邪魔じゃないかな?奏波も強くなっているから走っても絶対追いつけないよ」

「元からじゃね?」

「元からでは?」

「うっ、」


珍しく俺と奏波の声がハモッた。

乃亜の足は遅い、というかそもそもの運動神経が悪いことは元より知っている。

口には出さないが、その程度は足手まといになることを前提としてなお余りある価値があるから連れて行くのだ。門を突破出来るだけで充分過ぎるし、俺も詳しくは知らないとはいえどういうわけかそれだけでは無いようだしな。だからこそ、あいつらもあんな突撃をけしかけたのだろう。


「前にも言ったけど門を通れるだけでお釣りがっぽがぽだからさ。()()抱っこでもおんぶでもしてもえるんだから──」

「そ、そんなに何回も担いでもらうのはジェスに悪いと思「──奏波にな」

「………」

「こういうのは仲が良い同性のほうが安心してもらえるかと思っていたけど、俺を御所望なのかい?早とちりちゃん」

「……ズルい」

「人の話を最後まで聞かないほうが悪い」


乃亜が頬張るリスのようなふくれっ顔をしている。怒っていようが一ミリも怖くないので話を戻す。


「何事も適材適所だからな。出来ないものを無理にしろとは言わないから、奏波を見張っておいてくれ」

「戦闘能力的に逆じゃないですか?」

「お前たちは性格が生クリームたっぷりのショートケーキより甘いんだよ。戦争慣れしてなさ過ぎるから自己犠牲に走るその場凌ぎの発想をさせないために邪魔しあいになるくらいが丁度良い。危なくなっても『私が』、『いやここは私が』、『いやいや私じゃないと』みたいな泥沼にでもなってろ。そっちの方が俺も幾分か安心出来る」


この二人、人付き合いがあまり良くないがその分だけ知る仲にはとことん甘い性格だとおもう。俺も人のことを言えてはないとおもうけど。

とにかく窮地の場面の判断能力が未熟の二人は先ず二人で生き残ることを優先していて欲しい。


「それとこれだけは肝に銘じていてくれ。どんな結果になっても、それを受け入れたとしても抱え込むな」

「それってどういう──」

「話は終わり。出発は明日の正午にする。それまでゆっくり休んで地下工房(アトリエ)に集合してくれ」


そう、異界に行って平穏を作るときに何かを犠牲にするのはつきものだ。

だから乃亜のようにその手で人殺しをしようとも、責任は全てさせた俺にある。


殺しや汚れ仕事は、なるべく俺がする。慣れている俺が、どんな汚い手を使ってでも。


そもそも、異界で囮として機能すればそれで充分なのだが、教えてやる気は無い。



*****



自分は今ある独房に足を運んでいる。

本日もフェアはジェスの手引きにより半ば強制的に休暇を取らされているが、その前に自分にやることリストなるものを寄越していた。

しかし自分も暫くここを開ける必要があるかもしれない。だから皆に頼み込んで仕事を一時引き継いでもらうように進言しに回った。結果として快く受け取ってくれたが申し訳無さがあることは否めないので何か別のところで恩を返さねばと思う。そんな中、これだけは自分でやっておかねばならないと思った次第だ。


その独房にはある一人の男が無惨な姿で放置されていた。頭に巣食う何かに怯えているように蹲り体を丸めた姿勢で、歯が繰り返しぶつかることでガタガタと鳴っている。

独房の扉に手を掛けてギィという鈍い音を出すと酷く狼狽した様子で悲鳴を上げて衰弱しつつある体を引きずって錯乱したように転がり暴れる。

こちらが軽く質問をするだけならば体制などどうでも良かったため、特に注意もせずこのまま話しかけた。


「ジェスと同様繰り返して聞くことになる筈だが、本当に『ネメシス』において黒幕は居ないのだな?」


この男の名は記載されていないが、ジェスが『ネメシス』で暗躍をしていた者の(かしら)を殺さずにこの世界に連行してきたのだ。

しかし見張りの話によると当時とは人相が全く異なることになっているらしい。もはや別人のように顔が変わっていると言っていた。


「ハァ、──ああああああああ!?!?!?」

「落ち着いて声を聞け。自分とは初対面の筈だろう」

「あぁ……ああ良かった」


安堵したのか暴れるのを止め、声色に知的さが戻り始めた。


「もう一度聞くぞ。『ネメシス』に黒幕は居ないのか?」

「だから何度も同じことを言っているじゃないか。我々はただの()()()()()の牽引でしかないと!」

「その成り損ないとやらを詳しく問いただしたいのだが?」

「あの肌が変色しきった化物共だよ!俺は処分されそうになったところを、この役目を勝手に押し付けられて知らぬ間に手を貸さないといけなくなったんだ。それが何故、こう……」


処分のほうがマシだった、と呪詛のように繰り返しぼやく。

肌が変色した化物と言われても自分にはどのようなものを問われているのかサッパリだが、ジェスが件の化物が居たことを証明しているため真実だろう。


「あとのことはもうあの悪魔野郎に全部ゲロった!もう話せることは何一つ無い!」

「お前に指示を出していたのは誰なんだ」

「それも言った筈だ!平凡な顔立ちの奴が上の指示を仰いで、それを俺は受け取っていただけなんだ!あれを捉えて何をしたかったのかも全く知らないんだ!」

「あれ、というのは黒髪青目の少女のことだな?」

「あぁ、あんたらが『乃亜』って呼んでたあいつだよ。ただ『生け捕りにしろ』って言われて、だけどそんなの同じ特徴の奴なんかごまんといて、出来るわけが無かったんだ。だが死神らしき服装をした奴が居場所を教えてくれたと預かった部下から聞いて、もうその希望に縋るしかなくて行ってみたらその女は確かにいたさ。だがあの死神に、俺以外の全員殺された。分かるだろ!?俺は嵌められただけなんだよ!」


……そこまではジェスから聞かされていなかったな。似たようなことを陰で幾度も繰り返してきたのを自分は知っているものの、多少の後ろめたさは未だあるようで安堵する。

おそらく自分とアルネーブしか知らないことだが、ジェスは切り捨てたものに対して躊躇が無い。普段は温厚で分け隔てなくその姿勢を見せる者が、たったの一瞬だけは冷酷無慈悲な王とも捉えることが出来る。

ジェスが自身で言うようにその気概は王に向かないと自分と同じ認識だが、思考の仕方としては優秀な王である。


自分の仕事は、ジェスが拷問に掛けたこの男への追及と()()()だ。報告書から自分が抜けていると思ったところを深掘りするだけの簡単な仕事だ。ただし、悲惨さに目を瞑るならば。


「話を戻すぞ。お前はどうやって『ネメシス』へ行った」

「わ、分からない。ゲージの中に入れられて外の様子など何も分からなかった。そもそも、あの悪魔野郎に教えられるまで『ネメシス』なんてのが世界の名前を指すことさえ知らなかったんだ」

「出自は」

「は、はは、何も知らない。ただ身体を弄くり回されて不必要になったら捨てられただけの廃棄物だぞ俺は」

「……親は」

「顔どころか名前も知らない。当然だろう?俺だって数字以外で呼ばれたことがなくて、俺自身の名前すら分からないんだから。いや、最初から付けられてもいなかったんだろうな」


なんとも残酷な人生だったのだろう。聞く限りでは人として扱われてすらいないし、これから生きることも出来ない。


「お前は『ネメシス』でジェスに叩きのめされた時の記憶が無いようだが、洗脳されていたのか?」

「俺じゃない喋り方を饒舌にペラペラと喋らされたよ。途中からは誰かさんが見切りをつけたのか自由にしてくれたが、その時には何もかも詰んでいた」


ジェスによれば支配されていた形跡が周囲には見られなかったらしい。しかし、この男の言うことも本当だったため真偽が分からなかったそうだ。


「身体を弄くり回されていた、と言っていたな。おそらく肉体構造そのものが支配術式だったのだろうな」

「人として造られてもいませんでしたってか」

「……最後だ。先の乃亜という少女に()()()はあるか?」

「さっきも言った筈だ。容姿に見当も付かないから停滞し続けてたと」

「そうか」


自分は男に背を向けて独房を出るために扉に手を掛け、その瞬間に男が乱雑な火炎魔法を自分に向けて放つ。──より前に自分の軽い後ろ蹴りが鳩尾を穿つ。その衝撃で吹き飛ばされて壁に体を叩きつけられ、その場で腹を押さえて咳き込む。


(……殺してしまった方が良かったのだろうか)


分からない。選択肢を与えたところで末路が変わらないのなら、もうどうしようもないから、ジェスは放置していたのだろう。

この男も生きるのに命懸けだった。たとえその様が醜いと自覚していながらも最後まで足掻こうとする芯の強い者だと思う。残念だ。


「ゲホッ、ごハ──」

「……苦しまずに死ねることを祈る」

「は?あんた何言って──、ォえ、ボご、ぶぇ、なんだよこれ──があっ、アあアあアーー!!?!?」


それ以上の言葉をかけずに自分は独房を出る。

自分はジェスから知らされていた。肉体の奥底に、時限(リミット)式の起爆剤が埋められていることを。そしてその設定されているとされていた時間が、この瞬間であることも。


アポクリフは外で静かに目を瞑り、死にゆく男に黙祷を捧げる。

聞こえるのは生きたいという悲鳴と懇願混じりの絶叫。

それが小さくなって行くほど、爆ぜた血液が硬い壁に飛び散る音を覆い隠すように、ぶちぶちと肉の繊維が引きちぎれる音が響く。

既に絶叫が消えて死んでいるであろう頃合いになろうともその音たちは絶えず聴こえる。死してなお身体を細々にしようとソレが働く。

噴き出た血が既にある血溜まりにパチャパチャと零れ落ちる水音が聞こえる。

臓物のような重さのあるものがべちゃりと音を立てて落ちる音が聞こえる。

首が引きちぎれて頭蓋骨のような球の形ではない硬いものが床を転がる音がする。

その他全ての音が止んだあとで目を開けると、血液は容易く廊下に侵入しており、独房の中では男のものであったであろう細々な肉塊が散乱している。その量を目算で量ったところ確かに元の質量と同じになっているだろう。


後処理が終われば、今日の仕事は一段落だ。

何一つ、不可思議な事ではない。弱者は淘汰される。かつて自らがこの手でそうしたように。

戦争とは、そういうものだ。その先がどれだけ綺麗な景色であったとしても、どれだけ綺麗な理想を持っていたとしても、死ねば何も果たせない。


現にお前が自分に言ってくれたことは、もう叶えられない。


『××××がいるじゃない。きっとあなたたち()()で幸せになれる道があるわ』


自分の手は、とうに汚した。


だからせめて、一人にさせてでも、その流れる血に気付かせるわけにはいかない。



もうこれが、何一つ背負わせはしないが為の唯一の方法なのだと信じるしか無いんだ……。




お前に何一つ返してやれなかった自分を、自分勝手に憎ませてくれ。





今でも、自分を殺したくて仕方が無い。






あのとき自分は、ただお前の代わりに、死んでやりたかった。







あのとき、死ぬ資格がお前にしか無かったなんて、自分はまだ、受け入れられないんだ。





叶うのなら──


















──『愛している』と、もう一度だけ……





*****



場所はこの前乃亜たちを入れた俺のアトリエ。時刻は夕方で、ようやくとある設計図を描き終えたところである。

短杖(ロッド)の形状を最殻として中に幾重もの回路を複雑に編み込ませたうえで様々な要望を書き加えられたこれは、今後使用予定を考えている試作品だ。

しかし、肝心の動力根源が俺には扱えないものであるためこの設計図はある人物に届けてもらう必要がある。

俺は椅子に座りっぱなしで重くなった腰を上げて大きく背伸びをした後で外に出る。


「プルゥ」

「プルゥ」


ちなみに前者の発言は俺が「プルゥ」という名の梟のような鳥を呼んだものだ。俺のペットのようなもので「プルゥ」という鳴き声をそのまま名前に転用している。つまり後者のものが俺の呼び掛けに応じたプルゥが「プルゥ」と返事をした鳴き声だ。

傍から見ればインコのように復唱する鳥を見て面白いと思われるかもしれない。

プルゥが大好物な味が薄いプリンのようなものを食べさせる。当然だが健康に害を及ぼす材料は使用していない俺の自作プリンだ。

機嫌を良くしてもらったところでプルゥに頼み事を持ち掛ける。プルゥは俺に懐いてくれたことがキッカケで今ではゆっくり伝えれば人語を理解出来るようになっている。


「この紙束を、カースに、届けて」

「プルゥ!」


プルゥは羽を広げて南の地へと飛び立った。

一見梟のようでもそこそこ地位のある魔物であるため、並のことでは撃墜されるような心配ら無用だ。

というかそんなことする輩が居たら徹底的に叩きのめす。気分屋で稀にしか俺のもとに帰って来ないと言っても可愛いペットなのだから。肩や頭に乗って来ることもあるのでそれはそれは愛らしい。


カースとは南の魔族圏でヒッソリと暮らしている女性のことだ。上背は小さいが呪師としての希少な力を操る怪人であり、終末戦争の最中にも参戦した記録がある超長命者である。

何故この設計図に呪いが絡んでくるのかというのは完成してからのお楽しみである。


約束の時間の正午まで少し時間があるため、軽く所持武器の整理でもしておこう。


「はぁ……。昔から賭け事だけ異様に弱いんだよなぁ、俺」



*****



門を使ってまた別の異世界行こうとジェスに言われた当日になり、約束の正午の時間に合うようなタイミングで奏波と一緒に宮殿を出た。

奏波のお母さんの面会に同席したいという私の頼みを汲んでくれた上で出発してのだが、デイファに今日も難しそうと言われたため断念して、少しばかり予定より早いがジェスが地下工房(アトリエ)と呼ぶ場所に行こうとなりそこに歩いて向かっているのが現在である。


「今から行こうとしているところが『異世界の異世界』って、何だか釈然としないね」

「そうですね。まだ現実味を持てていないと言いますか。せめてここのように穏やかだと、また散歩だけになってくれそうで有り難いんですけど」

「流石に大丈夫じゃないかな。ジェスが言ってた『終末戦争』?、からもう五千年も経ってるみたいだし」

「それは前提が異なるでしょう。あくまでもこの世界の中でもこの国では、ということみたいですし。お師匠様も異世界の情勢については何一つ分からないと言ってました」


言われてみればその通りだ。

奏波の発言に付け加えるなら、《神の命縛(グランドオーダー)》という凄く強い人がいたからという要因もあったのかもしれない。ジェスはこの世界には八人中三人と、後任の一人の計四人がいるようで半分近くがこの世界に集中していると言っている。その中で大きく動いている【統監者】と【先駆者】の二強ということで世界情勢が二分されてその間で戦争が起こっている。とのこと。


「……乃亜」

「何?どうかしたの?」

「先日の話を掘り返すことになりますけど、私は乃亜のことを邪魔だと思ったことは一度も無いですし各々の役割というものがあると思うんですよ」


奏波は昨日とそれ以来の「連れて行っても邪魔ではないか」という私の発言に関して話題を切り出した。


「奏波の邪魔だと思ってくれていないっていう言葉は嬉しいけど、それでも私が迷惑かけてることを自認すると──、悔しいんだよ」


奏波には何事も正直に話しやすい。コミュニケーションにおいて奏波が受け側というのもあるが、それ以上に寛容で理解しようとしてくれる優しさが心地良い。


「なにも、それは乃亜だけが抱く感情ではないでしょうに。例えあらゆる面で『完璧』というのは気味が悪いことですしそういう装いをする人間は近付き難いものです。世間で勝手に神格化された液晶越しのアイドルのような汚いところを包み隠されたものに対して『仲良くなりたい』とは思わないでしょう?ああいうものです」

「それは人によるんじゃないかな?」

「そこは今どうでもいいんですよ。とにかく逆に言えば度合い次第で『弱み』というのはいい意味でアクセントだと思いますよ。よく『弱みに付け込む』という言葉を耳にしますけど節度を守れば親しみへの一歩目になると思いますよ。私が初めて胸中を吐露して得た考え方です」


そうか。私がジェスに諸々の出来事を話して受け入れてもらったのと同じことを奏波は私にしたのだ。

私としてはそこまで大それたことのつもりでは無かっだけれど奏波としてはそれだけで助けられていたのかもしれない。


私と奏波がそうして物耽っていると、


「そこの二人、見ない服装だな」


後ろから両手に焼き鳥の串を大量に束ねて持っている男性が話しかけてきた。眩しい金髪にくすんだ暗い黄色の双眸をして、腰のベルトには普通の剣と短剣の二つを帯剣している。

一度も顔を合わせたことはない……()()()


「どちら様ですか?」

「まぁそう警戒すんなって。怪しさ全開だが怪しい者じゃないぜ」

「怪しいことを自分で認めてるじゃないですか」

「俺様は現在進行形で逃避行してる途中だしな。追われ追われでここに辿り着いた」

「そんなに満喫してそうなのに?」

「別に犯罪者な訳じゃないぞ。ただどうしても目に入ったら気になっちまって勢いで話しかけてたんだよ」

「見慣れない服装というのがそんなに?」

「あ、そういうことではな──、いやアイツが黙ってるんならそのほうが都合が良いんだよな。ついでに小さい女児が気に入ってくれそうなモンってあるか?カリシア、じゃ分かる訳ねぇな。妹分にお土産をやりたくてな」

「それならそこの突き当たりでお菓子とかどうかな?」

「おう、ありがとな。俺様の名は『フォード・エルドリウス』だ。また会う時が来るから、そのときは覚えておいてくれよ。じゃあな」


自身をフォードと名乗ったその男性が本当にそのまま立ち去って行くのを見ていた、はずだった。

明らかに只者ではなかったので目を離さず追って観察を続けていたのにも関わらず最初から居なかったかのように消えていた。なお、この間に瞬きもしていない。

喩えるならば、神隠しのように。忽然と。


「え!?ど、何処に……」

「私もいつ居なくなったのか全く分かりませんでしたよ」

「『また会う』って言ってたよね」

「初対面の人がそんなこと言いますかね?」


その正体を欠片も掴めなかった二人だったが、その名を聞けば誰もが知る存在であったことをいづれ知ってしまうことになる。

その姓名を名乗ることを許されているのは、この世界で唯一人しか居ないのだから。



*****



さっきの人に関しては二人とも放っておいた。考えても分からないが、ジェスのような実力者であるのは間違いないのであまり関わるべきでも無いだろうという暗黙の了解が互いにあるからだ。


予定合わずで少し早くジェスの元に到着した私たちが見たのは何やら忙しく作業をしてそうなジェスだった。


「……ヤスリ掛け?」

「そ。前も言ったけどこの大鎌は俺の工作で作った自作だからな」

「それ使う意味あります?私に稽古をつけるときも使ってませんけど」

「いやまぁこれ使ってたほうが俺弱いし。使う理由はアルが適当に使い慣れてない低性能の武器を使って、魔力操作の練習だってさ。俺の剣が結構傑れ物だからそれにかまけすぎなんだとよ」

「お師匠様も未だ弟子なんですよね。私という弟子をつくって大丈夫なんですか?」

「別にそこらへん特に縛り無いからな。何も言われないけど多分容認してくれてるよ」


よく言われる『アウトプットが大事』というものなのだろうか。ジェスの師匠でもあるらしいアルネーブは得体が知れない不気味さがあるため、一概には言えないけれど。


「それにしても二人とも随分と早い到着だけど、暇してたのか?」

「そんな感じだね。やる事が無くなっちゃったから早く来たの」

「じゃあ予定を早めて今から行くか。俺もどちらかと言えば暇をしてたからな」


そうして私たちはジェスに導かれるようにアトリエに入っていった。


「言っとくけど俺の直ぐ後を着いて来いよ。迷子になるから」

「どういうこと?」

「二人とも、初めて此処に来た時に何処から出てきたか覚えてるか?」

「それは確かあっちの廊下から──」

「どの廊下のことですか?」

「え。あ、あれ?」


さっきまで私が指を指していたはずの廊下は壁で行き止まりの場所だった。


「確かこの先の突き当たりで右じゃありませんでした?」

「その先って右どころか左も無いよ」

「……おかしいですね」


何故か二人とも会話が噛み合わずに途方に暮れることになった。


「「???」」

「ほらな。お前らじゃ絶対に分からないんだよ。幻術を複数オンオフ繰り返してあるから、あった筈の道が無いように見えるしその逆にも見える」


それから詳しく話をしてもらうと、私たちはそれぞれ違う幻を魅せられているようだ。だから奏波と意見が食い違っていたらしい。


というわけでジェスの直ぐ後ろを着いて行くことで見覚えのある部屋に戻ってくることが出来た。


「……でどうやって降りるの?」

「逆に聞くが、自由落下以外の方法が思いつくのか?」

「なんか、ほら、エレベーターとかエスカレーターとか」

「二千キロもあるんだぞ。そして使う人が限られるんだからそんなことに一々気を使う必要性も無い」

「要するに面倒臭かったということですよね」


自分勝手の意見だがそこは頑張って欲しい。

門に行くたびにこれをしろと言うのはあまりに酷だ。


「心配しなくても上がってきた時みたいに結界魔法を使えば空気抵抗を直に受けることは避けれるし、慣性も計算したうえでやるんだから大事には至らない」

「小事にはなるんですね」

「知らね。なんとかなるだろ。これまでそうだった訳だし」


ジェスはアルネーブのことを凄く乱雑だと評していたが、こちらも相当ではないだろうか。



*****



「ほらな。割とすんなり行ったろ」

「確かに速さを感じなかったから怖くは無かった」


何故かと云えば理由が二つあり、一つが予告通りジェスがドーム型の結界で取り囲んでくれたことで空気摩擦を肌で感じなかったこと。もう一つが光が差し込まない地下空間の風景は全て黒で埋め尽くされて相対速度を視覚で認識出来なかったこと。

体感としては暗がりで突っ立っていたら到着してたくらいで本当に何事も無かった。


「開いてない六つの門が目の前にあるけど、どこから行く?」

「そう言われても全部見た目が同じなので決めかねますよ。これ本当に全て運じゃないですか」

「そうだぞ。当然先が何も分からないんだから何も判断基準が無い」

「じゃあもう時計回りでいいかな?」

「ご自由に」


話し合いの結果、私と奏波がいた元の世界の『ネメシス』という世界に繋がる門から時計回りに開けていくことにした。

『ネメシス』に通じる門にはいつの間にかそれを分かりやすくするように張り札があり、開いている門の近くに箱型の妙な装置が置いてあるがこれはジェスにそのままにしろと言われた。


「えっと、これを私はこれを壊そうとすればいいんだよね?」

「ああ。昨日までの練習通りにやるだけでいい」


だけでいい、とは言うものの本番だと勝手が違う。

聞く限りではこの門を開けないと他の世界で起こっているかもしれない戦争を止められないし、異界への進出は『マナグラノス』の祈願でもあると言う。

多分私はその重さを正しく受け止められたいないが、それでも世界が掲げて来た進出の鍵になる立場は負荷(ストレス)が強い。

だから失敗は許されないと緊張して触れるが全く結界が壊れる気配はない。


「はぁ。……乃亜、緊張する立場なのは分かるけど重く受け止め過ぎるな。無闇やたらに抱え込んでしまうのは悪い癖だぞ」

「いや、でも」


そのくらいの緊張感は絶対に必要だと主張しようとしたとき手が割り込んだ。


「えい」

「ひんっ!?か、奏波、急にくすぐらないでよ!」


そのせいで変な声が出た。この光景は当然ジェスにも見られているため滅茶苦茶に恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じる。


「緊張をほぐすのに最適かと思いまして」

「取り敢えずイタズラしておけば私が元気付くと思ってない?」

「否定はしません」


どうやら半分は本当にそう思っていたらしい。問せない。

その光景を見ていたジェスは微笑む。


「はは。ここには『助けて』って一言従えれば順ずる奴が居るんだ。派手に転べば笑い話を作れる良いチャンスだぞ」

「いや従わせるなんてそんなこと……」

「使える物は全部使えってことだ。まぁ命じられなくても止めに入るから、なりふり構わずぶっ放せ」

「……うん」


ジェスは慰めではなく喝を選んだ。

従わせるとな命じられたらとか言い方はちょっとアレだが、何があっても絶対に助けてくれるという安心感がある。

再度結界を壊しにかかる。今度は躊躇なく全力で。

懸念の枠組みの破壊も気にしない。助けてくれる人たちがすぐ横にいるからいつでも支えてくれる。

自分自身が怖いあまりに人を避け続けた日々はもう終わったのだ。


「──くっ……!」


魔力を込め始めた手が熱い。練習でもここまで思い切って使うことは無い。力を込めつつも範囲を出さないように意識する。失敗しても転べない場所を作ってもらえていると再確認出来たからこそ、やるなら全力で。


溜めた力で、門の結界を押した。


結界私は前傾のまま自重に従いつんのめった。当然その先は行き先の分からない門の中だ。


「あ、わっわっ!」

「締まりませんねー」


奏波が横から物理的に支えてくれた。

後ろからジェスが私の頭を撫でる。


「ナーイス大手柄。良くやったな、えらいえらい」

「なんでこんなに子供扱いなの?」

「不満そうな口とは裏腹に満更でもないように見えるけどな。たかいたかいのオプションもあるけどいかが?」

「え、遠慮する」


自分が脇に手を入れられる光景を想像すると恥ずかしくなる。くすぐったくて可笑しな声を出してしまうくらいで済めばまだ良い方だ。


「実際褒めちぎられて当然のことをしたんだからもっと自慢気にして良いんだ。その気がないなら、行こうか」


ジェスにつられて目の前の開いた門を見る。

『ネメシス』に通じる門と同様に黒翠色の闇のようやものが漂っているように見え、果てが見えない。


「念の為に聞きますけど、壊れたせいで入った瞬間に迷子になるとか無いですよね」

「調べたけど正常に作動してるな。どちらにせよ今の乃亜の出力じゃこの範囲の界断結界(セヴァランス)を破壊するので精一杯だったから支障は無い。ただ、」


ジェスはそこで話をやめた。


「長くなって面倒くさいから説明はカットで」

「いや駄目でしょ」

「今の情勢を考えればまず影響は皆無だから気にしなくて良いんだよ。その時が来れば解説してやるからとっとと入る。俺が先陣切るからすぐ後ろを付いてこい。ここから先は俺も何があるか全く分からないし、世界法則を相手に俺が出来ることなんてたかが知れてるから助けられる保証も無い。そのつもりで」


ごくりと固唾を飲み込む。命綱無しで未知の領域に飛び込むのだからこの緊張は当然のものだろう。

ジェスも目の前で深呼吸で一息おく。


「──ふぅ。行くぞ」


五千年の均衡が音立てて崩れる物語の、一ページ目である。



ジェスが六話である魔人を「殺さずに逃がした」と言っていますが、ここが乃亜の居場所を敵に明かして囮として利用している伏線でした。


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