26.過去に囚われし者達
『ネメシス』は私たちが住む世界を改変したSFになってはいますが、国の仕組みとか偉い人とかに関して私が全く存じ上げませんのでぞんざいに扱いますがご了承下さい。
あとそもそも『ネメシス』自体を雑に扱う予定です。
俺達は深ーい地底を降りて、今現在唯一開通している門を通り『ネメシス』に入った。
ここでアルが俺を除く全員の五感を元に戻した。
これは精神干渉魔法の応用技で厳密にいえば脳神経に干渉しているとのことだ。本来なら記憶操作に用いられるもので俺もそれ以外の使い方は出来ないのだが、アルは卓越という一言では表せない技量を得て実現させているとのこと。
「して、連絡手段は如何に?調査、偵察が主と聞くが情報共有無しではこの作戦に意味は無い」
「こういう裏事情に関してど素人の俺でもそのくらいは考えてるよ。という訳でデルード作のこいつらを使う」
そう言って俺は毎度お馴染みの黒翠闇の亜空間から同じ形状をしたブツを大量に取り出す。
「これは?」
「この魔道具の効果は単純でな。一定範囲内の同じ魔道具に同じ信号を送れる」
『ネメシス』風に言えば端末に入力した信号と全く同じものを同種端末に送信、それを受け取った端末からも他同端末に同じのを送信。これを繰り返していけば理論上は世界の反対側に信号が届くというわけだ。なお信号とはモールスのようなものを想像して貰えば良い。メールほど便利なものじゃない。
特別難しいとされるプログラムでも無いが、今回デルードにこれを頼んだのは射程距離をとてつもなく長くする必要があったからだ。
南極から日本の間を隔てる海を跨いでどうやって通信するかというのが課題だったのだ。当然海上に魔道具をホイホイと設置すれば気候次第で幾らでも紛失する。だからこそ、俺がこの道のりを往復した時に小島の場所や距離を把握していき最低限必要な性能をデルードに報告したのだった。
そして出来たのがこれ。範囲を円形ではなく一直線上にすることで格段に遠くまで信号が届く。要するに携帯端末の下位互換ということだ。
信号間で水蒸気や台風など気候の影響を受けないように補強した上での最大射程距離が三百キロメートル。
「俺がこれらを道中あちこちに設置して回る。数が多いだけにタイムラグが激しくなるだろうが、それでも繋げていけば確実にノスタジルまで届く」
推定タイムラグは五分といったところだろう。
しかし軽く一万キロは離れているので想定以上の早さだ。
「先ずは俺が全員を運ぶよ。アル、強化頼む」
「しょうがないですね。流石に距離が距離ですし、丸一日も無駄に時間を潰させるわけにもいきません」
嫌々言っておきながらもちゃっかり魔力出力を強化してもらった。アルの権能は「恩寵と加護」が本質らしいので、性格に見合わずちゃんと天使らしい力を持っている。
「おや、何故だか殴りたくなってきましたね」
「そこだけ切り取ったらただのヤンキーだな」
俺の心の声が聴かれたのかと思って一瞬ドキっとした。勘が鋭い。
「アルはどうする?先に帰っていてもいいんだぞ」
「そうですね。ワタシはもうここに用は無いですし戻るとしましょう」
アルは門に向かって帰って行った。
「じゃあ行こうか」
そうして爆速で移動して行った。
数時間後
「はぁーー。流石に疲れた……」
「お見事」
無事全員運び終えて、ユラの指示で各所に散らばってくれた。
皆に厳命したのは、とにかく死なないこと。この一点だけだ。
「あまりコチラから手を出し過ぎなくてもいい。どのみちこの世界への進行が目的なら勝手に姿を現してくれるはずだ。格上と遭遇した場合はとにかく逃げ切り報告を届けることに注力してくれ。時間はかかれど必ず合流する」
「御意」
「それと、ここが信号をノスタジルへ送るためのスタート地点となる場所だ」
この場所は俺が以前観斗や友弦と同じ学校に通うために使っていたアパートの一室で、今も借りたままにしてある。当然「源 終」という仮名義で。
「これら五つのボタンが左から危険度の大きい順になっている。半日おきに、何事も無ければ一番右のボタンを押す。という手筈で」
「承知。魔物はどう対処を?」
「そうだな……ノスタジルの軍で言うところの下の上くらいが出てきたら討伐して、それ以下は無視していい。自分たちの世界くらいは自分たちで守らせよう」
最低限は自身でやってもらわねばコチラも困る。
正直なところ知人ではない赤の他人の一人が死んだところでどうにも思わないが、絶滅されてしまえばそれはそれで困るのだ。これらは界断結界を持続発動させる燃料でもあるのだから。
「暇が出来れば好きにしてくれていい。こっちの金くらいは渡しておくよ」
「……有り難く受け取るが、何処で資金の調達を?働いていた訳ではあるまい」
「骨董品を《物質生成》で作りまくってネットショップって言うもので売り捌きまくった」
「某らの主は詐欺師なのか」
「必要経費の回収と言ってくれ」
別に違法サイトに手を出していたわけではないし、後ろめたいことも無い。
俺だってこちらの世界のものを楽しみたいとは思っているのだ。『マナグラノス』では戦争が長年にわたって行われていたため、魔法技術が進歩しても文化が発展することはさほど無いのだ。その点こちらの方が終戦までの期間が短かったため文化レベルが著しく高い。
クリフにもこちらの世界の話をすれば「漫画を読みたい」と口うるさく頼み込んで来るのだ。応えないわけにはいかない。俺自身も百巻以上はライトノベルを購入しては持ち込んでいるのでクリフにも味合わせてやろう。
「それと、国のお偉いさん方にお前達を攻撃するなって言っておこうか。お前らなら国家転覆させられそうだが守るものから攻撃されれば面倒になるからな」
「聞いてくれるものなのか?それに、ハッキリ言ってこのレベルの奴に攻撃されようと幾らでも躱せる自信がある」
「どのみち今後を考えておくと一度顔合わせをしておくほうが良いと思う。まぁ、俺この世界じや人攫いして犯罪者になってるし信用されなさそうだけど」
攫われた被害者は乃亜と奏波と奏波のお母さんの三人だ。とはいえ、もしかしたら「死神」の格好をして魔物や魔人を狩りまくっていたからイーブンの可能性もある。
ユラたちを認識してもらいたいならマインドコントロールでも出来れば楽なのだが、生憎俺にそんなことをする能力はない。
「丁度夜の時間帯だし、寝ている間に少々脳を弄ろうか」
「認識操作と思考誘導か。そういった物体に干渉する魔法は回収が不可と聞き及ぶが、帰りの魔力は持つか?」
「調節してなんとかするよ」
「そうか。然らば某はこれで。異界での武運を祈るぞ主よ」
「主っていうのはやめてほしいんだけどな。そちらこそ無事でな」
前から思っていたがユラはからかい癖がある。俺が皆に主とか様付けは変に緊張するから控えてほしいと言っても殆どが格式は大事と言ってやめないが、ユラだけは単に嫌がらせにやめていないように感じる。
ユラが夜闇に消えたところで俺も自分の仕事に移った。
次に乃亜たちと会うのはここから半日後である。
*****
俺はどうにかこうにか『マナグラノス』に帰ってこられた。疲れ果てた。魔力も殆どすっからかんだ。
先ずは持ち帰ってきた大量の漫画を地下工房のクリフの部屋に置いてから外に出たが、それが終わってしまうとすることが見つからなくなった。
「どうするかなぁ……。 まずは乃亜達のところに行くか。動けないなら動けないなりに説明しておかないといけないこともある」
それは以前アルネーブが乃亜や奏波に言っていた異界における数々のこと。つまりは歴史や実力的な注意事項だ。
宮殿に向かっている途中で一人街並みを眺めながら、声をかけてくれた人達に軽く返す。数年前まで殺し合いが往来していたこの周辺の者達が多種族間で仲良く出来たものだ。
他にも遠慮というのを覚えてくれるようになった。俺が乃亜と奏波を連れている時には気を使って話しかけるのを控えてくれていたように。
皆が人当たり良くなってくれたのは素直に嬉しいし、仲間たちの助力があったからこそこうして戦争が無くなりつつある。
もう俺が居なくたって、世界が勝手に平和になる土台は出来ている。
だがまだ土台だ。肝心のあいつらが居なければ、こんなことに何の意味も無い。
「こうやって『世界を救えばまた巡り逢える』。だから、どうか──ヴァレン、ミア……」
「ジェス、どうかした?」
ハッと我に返った。物思いに耽っていたら俺の足はとっくに宮殿に踏み入れていた。
背後から乃亜が話しかけてきて、どうやらその手に持つ袋を抱えて外から帰ってきたようだ。匂いからひて何かしら食材なのだろう。
「この前からボーっと考え事をすることが多いけど、無理してないよね?」
「大丈夫だ。魔力使い過ぎて少し足元がおぼつかないだけ。色々と走り回らなくちゃいけない立場としてはよくあることだ」
「それが無理してるって言うんだよ。ちゃんと休んで?」
心配してくれるのは嫌ではない。
俺自身も自分の限界は見定めている。出来ないことだらけだから、こうして遠回りをしてきているんだ。無理はする。手を抜くつもりは毛頭無い。
「少しは休むよ。だが休みながらでも出来ることはある」
「それでも程々にね……」
「はいはい」
乃亜が口うるさく注意喚起してくれる。
あんなことに使ったんだから、そんなに心配される筋合いは無いのだけれど。
ふと目が合う。
「そういや奏波は何処にいるんだ?」
「お母さんのところに行ってくるって──」
「ただいまです」
「〜〜〜〜〜〜!?」
奏波が乃亜の後ろから、俺から見れば乃亜を挟んで登場して乃亜の脇に手を入れてビビらせていた。なお驚き過ぎて声が出ない絶叫というやつをあげながらリアルに数センチ飛んでいる。
驚いて息の切れた乃亜が距離を取って息を整えこちらを睨みつけて──目を細くしてるだけで全く怖くない── 一言。
「もう敵しかいない」
「一々オーバーリアクションだから面白いんですよ」
「だからってグルで仕掛けて来なくてもいいじゃん」
「そこは私がお師匠様の性格の悪さを信用しただけです」
「ジェス最低」
「何で最後俺に飛び火がくるんだよ。俺もノったが主犯が奏波であることは変わってないぞ」
やはりこの二人かなり仲良くなっている。
というか乃亜も乃亜だと思う。もうこの会って数日の間で四回は驚かされてるだからいい加減に慣れろよという話ではある。
真面目な話、異界でトラブルがあった時にも悲鳴より行動を優先して欲しいという願望を兼ねた練習なのだ。なお単に嫌がらせが楽しいという理由が七割である。
「デイファさんが今日は駄目だと言っていたので直ぐに帰ってきました」
「それで帰ってくるの早かったんだ」
どうやらデイファが適当に理由を付けて奏波を追い出したらしい。現状の奏波では原因で治療を遅くするだけではなく、半端に強くなっているため悪化させる可能性が高い。やはり魔力操作技術から優先的に鍛えていくべきだろう。結果的に俺の元の方向性に寄ってくれたので一石二鳥だ。
それはさておき。
「俺が魔力すっからかんだから実践は出来ないということで、戦闘そのものにはあまり関係無いことを伝えておきたいんだ」
「何故そんなことを?」
「異世界に行ったときの方針をアルが説明しただろ?耳にしたことがない単語が多かったと思うからあれの補足と追加で強さの基準とかの説明を俺からしようと思ってな」
「確かに少し忘れてそう。その時も知らない単語ばかりで、その場感覚でふんわりと整理してただけだったから」
「というわけで今からまた丘にゴー」
あとは何の面白味も無くただ歩いた。
*****
その男は嘘を吐き、ある場所へと戻って来ていた。
その場所は人が一般に海底と認識している場所の更に下。男は隠れながらも地道に掘り進めることで、ようやく舞い戻ったのだ。
そこを知るものは現在となっては全ての世界を漁っても十人程しか存在しないと思われる。
名を、『異界冥延門』──『原初の界核』が一つであり神の遺産。
だったものだ。とうの昔に機能を失っているせいでそれを認識する必要が無かった結果人々の記憶から風化していった。
しかし、それは一部が虚偽であった。
厳密にはある事件を境としてこれが誰にも使えないように神がその手で侵入不可にした結果として機能を失っていると勘違いされてしまっていた。
だが、その不可侵をある怪物が覆したことで今度こそ本当にその機能を失ったのだ。
「ワタシとしては終末戦争たる些事よりも、こちらの方が数段興味深い」
この神遺の及ぼす効果は門による転移の中核を為す空間、そこに進入するための入り口である。
当然だが門は二つあってこそ世界間の移動を完遂することが出来る。ではその間は?
それこそがこの『異界冥延門』を潜った先に現れる空間であった。この空間は四次元空間となっており中から外界への出口の生成を可能とする。だがその空間を認識することが完全に不可であるため、体感としては時間軸のズレから瞬間移動を行う感覚がある。しかしながら欠点もあり、この空間は魔力を蝕む──即ち『界断結界』の外側であり世界間の隙間に発生している魔力層と同様の性質を持つのだ。
これでは矛盾が生じているのは言うまでもない。
何故自分たちはそこを素通り出来ているのか?
答えは簡単であり、門の枠組みの効果となっている。全ての世界に設置されている門には対魔の加護を潜る者に一時的に付与する効果がある。そして門自体にもこの効果が及ぶため破壊は不可能と言われていた。
だが、ここ『ネメシス』にある門は『マナグラノス』へと繋がる一つだけだ。何故かというとこれも単純明解であり、壊れたからとしか言いようがない。原因は、この惨状が物語っている。
『異界冥延門』の構造は幾重にも幻覚魔法を刻まれていることで、本来なら子供騙し程度の迷路が永遠と続くようになっており、それが一層だけでなく便宜上無限とされる果てしない階層全てに施されていた。が、それも全て損壊している。
何故なら天井の裂け目から続く大穴は、既に最下層へと達していたのだ。
当然だが床面壁面天面も軟に作られてはいないし驚異的な再生能力も備えられているが、その機能すらも損壊させているのだ。
「まったく。何をどうしたらここまでなるのか。ワタシですら永久の時を掛けたとしても一層すら破れはしないというのに」
この惨状の犯人はもはや一人しかいないと判断するのに目の前の光景は十分過ぎた。
その犯人こそまさに伝承に残らない伝説であり、その存在を知るものならば口を揃えてこう評する。
史上最強、と。
当然神を除けばという話ではあるのだが、唯一神の喉元に届き得た存在であったことは間違い無い。
ある程度の実力を皆に備えさせるために師事をしていた当の神も、挙句の果てに最後の方では闘うことを嫌い逃げ出す始末だ。
そして最下層には、これまた損壊して使い物にならなさそうだが不思議とかつては見られないかった特殊な通路がみられた。
「ああ成程。この氷の大陸は『氷棺』の仕業か。確かにルミエルにだけならばこういった隠し通路を教えられていてもおかしくはない。性格的に、間違い無く悪用出来ないでしょうからね──良くも悪くも」
ルミエルの圧倒的な魔力量を持ちそれに比肩する者は……あぁ一人だけいた。あのクソ餓鬼が。
とにかく、それだけの力を有していながらあの女が戦闘をしたことは全く無いと言えた。力と甘さをもって正義を成す──その姿からある世界では聖女と謳われていたのが懐かしい。
なおイグゼルは「戦闘センスだけならぶっちぎりでNo1なんだけどね」と最も高く評価していた。
これを見て判明したが、イグゼルは全くの使用を禁じた訳では無かったのだ。『氷棺』はルミエルに付きまとう悪質な粘着ストーカーであり実力も相当なものだったため、次第に振り切れなくなり呆れ果てたルミエルが稀に親身に接する仲になったことで、ルミエルだけが唯一知り得ていた『異界冥延門』へ繋がる特殊な出入り口の存在を教えていたのだろう。
「しかしどちらも『ネメシス』には居ませんでしたしね。はて、何処に行ったのやら」
この氷の大陸はおそらく『氷棺』が時限式に発動する魔法陣を使って作られたものだろう。そうしてこの場所を隠したが、それすら問答無用で最強の男が一点貫通でこの最下層に辿り着いたようだが。
そして、その肝心の『異界冥延門』本体はバラバラに解体されている。だが衝撃で壊れたであろう箇所と、明らかに作為的な施しを経て壊れている箇所がある。
「あの若干に歪なかたちの門を見る限り、うっかり勢い余って壊れた『異界冥延門』を分解して、構造を再現して門を新しく造り替えたと。だから他の門が大破どころか消滅していたのか」
要するに、門が壊れたから新しく一つ造り出したということだ。世界に新たな理を生み出したのだから本当に馬鹿げている。
男は破損した門の欠片を手に取り、そこに付着していたモヤを観察、解析をすることで数年の疑惑が確定のものとなる。
「やはり偶然とは思えませんね。『異界冥延門』と同じく、黒翠闇の亜空間を扱うというのは」
『原初の界核』と似た性質の力を扱う事例はいる。【封護者】アギスが『界断結界』の力を借り受け、門の開閉を操作できるように。
つまりジェスは、最低でも《神の命縛》に並ぶ潜在能力を秘めているのだ。これがその男──もう隠す必要もない。アルネーブが目をかけた理由の根幹であった。
「本当はこんなこと面倒事をせずとも、貴方がワタシの相手をしてくれればそれで良かったのですが」
アルネ―ブが指すその人物こそ例の最強の男である。
アルネ―ブはその最強と幾度も戦い、あわよくば降してその称号を奪った上で神──イグゼルすら勝ちたいという渇望があった。その野望は今、己の極限に近い位置に至るまで鍛え上げたことで無情にも不可能という理を理解したことで諦めたのだが。それ以前にイグゼルは既に自決に近いかたちで死んでいる。
そして残ったのが戦闘狂となったアルネ―ブである。
話を戻すと、昔のアルネ―ブは最強の男をひたすらに追いかけ回していた。何故ならそいつは頑なに闘おうとしなかったからだ。だがこれは単にシカトしていたというだけでなく、【観命者】としてイグゼルの指示に従い自律による世界への干渉を禁ずという掟があったので正しい行動なのだ。寧ろそれを判っていながら数千億キロメートルにわたって鬼ごっこを展開していたアルネ―ブの行動は傍迷惑極まりなかった。なお【観命者】でもあった最強は、実は何かと不遇な目にあっており知る者たちからも可哀想と思われていた。
アルネ―ブが捕まえられなかった訳は【観命者】が門を使用せずに界渡りを可能としていたからである。先程述べた通り世界間には魔力を蝕む魔力層というものが存在しているが、これを全て持ち前の最強である所以の一つでもあった権能で突破していた。
だからこそ永遠と捕まえられずに流石のアルネーブも諦めたのだ。
しかし、それから長き時を経ると意外にも【観命者】が自ら姿を現したのだ。だが最強の所以の一つであった権能は喪っており、自らの意思で最強の称号を手放す選択をしたと思われる。考察するに、門の製造に使われた莫大な魔力を支払うための対価だったと考えるべきだろう。
姿を現したとき、最強の称号と引き換えたかのように、その胸には柄にも合わず大切に抱きかかえているものがあった。
「お前があの娘を抱えて我々の前に姿を見せてから、もう五千年の時が経つのですよ……」
あれはもう、絶対に口を割らないだろう。
知らずにいるという幸福を享受したかったがために、己が最も苦しむ結果になっていることは明らかであるにも関わらず。
「何故お前は『灰かぶりの愚者』などと名乗り隠れ生きることを選んだ。それは本当に、唯一の誇りでもあった【観命者】という立場を投げ打ち、『ネメシス』の住人を皆殺しにする程だったのか?」
歴史上類を見ない大量虐殺。その真相を知る者は、【観命者】を除き誰一人として居ない。
「お前が絶対の忠誠を誓っていたイグゼルはとうに死んだのだ。だからこそそれ以来のお前は虚無と同義の存在だった筈。いい加減に腹を据えて語ってくれませんかね──グレイヴ」
だがその者の固い口が開けられる日は確実に近い。断言とも言い換えられる予感が知る者には可能なのだ。
ジェス達がついに世界を渡り始めるということもあるが、直近で目を引いてしまったのはやはりあの乃亜という少女。
アルネーブでさえ珍しく、一目見ただけで笑いが込み上げてきたものだ。
荒れる。面白くなる。だからこそ口には出さない。乃亜の目的が肉親探しというのなら、それが初めから叶えられないものであると分かってしまえば門の開放に協力的な姿勢を解かれるかもしれない。
何故なら、
「"ヒトもどき"──ひとまずはそう考えておくのが妥当でしょう」
アルネーブのここでの用は済んだ。
そして自らの"作品"も順調に実ることが期待出来る。
真の謎が解けぬまま、そこはもぬけの殻となった。
今話で名前だけ登場したキャラ達は物語を大きく動かす方々です。六章、九章で詳細を明かす予定。
ヴァレンとグレイヴは過去重キャラTOP3に入ると思います。




