24.元凶
俺は訓練場を出てからも全力疾走を続けて宮殿の前まで走り、ようやく足を止めてもいい場所まで来た。
「ふぅ、ここまで来れば大丈夫だろ」
本当に命の危機だった。まさか奏波に魔法を覚えさせるだけのはずが、殺す気満々のアルが乱入してくるとは誰が予見できるだろうか。
今も訓練場からはこの世終わりのようなクリフの絶叫がそこら中に轟いている。
まぁ、一応あの二人がこの国の実力ツートップだから本当に死ぬことはないだろう。多分。
問題なのは後処理だ。互いに全力ではないとはいえ傍目から見れば災禍であり、あれでも周りの被害を考えて闘ってくれているのだが、頑丈に構築されているはずの訓練場が大破することは免れない。
あーあ。またお金が羽生やして飛んで行く幻覚が見える。
「あのー、お師匠様。助けてくれたのは有難いんですけどそろそろ下ろしてくれます?」
「あ、悪い。アルにビビり過ぎて忘れてた」
クリフの暴走から遠ざけるために慌てて抱き寄せたが、冷静に考えてみれば訓練場を出てからずっとこの恰好だったというのは奏波に悪いことをした。
気にする余裕が無かったから覚えていないが、通りかかった人達に有る事無い事噂されて奏波に風評被害が及ぶかもしれない。
その時は何か謝礼でもしないと失礼かな。
俺はひとまず奏波を下ろした。
「というか何でお姫様抱っこだったんです?」
「一番体を丸めてくれる体制だから被弾面積が小さくなるんだよ。抱っこは密着度が高過ぎるし横抱きにするのは足が流れて危ないしおんぶは背中からの対処が難しい攻撃の流れ玉が当たるかもしれない。これらのデメリットに対応した結果お姫様抱っこという活気的な抱え方に至る」
「思ったより真面目な理由が出てきましたね」
戦闘になったとしても、剣を使おうとしなければ魔法で対抗することが可能になるため両手が塞がることのデメリットは軽減される。それすらキツイというのであればそもそも助けずに闘えという話である。
「悪いな。風魔法を教えて欲しいって話だったのに切り上げることになってしまって」
「構いませんよ。ひとまずはあのくらいで充分ですので」
「すまない。それじゃあ俺は戻って周りの人に避難指示だしたり安否確認したりしてくるから、まだ乃亜の体調が悪いなら側にいてやってくれ」
「分かりました。あの天井の落下地点からは離れているので被害を直に受けている訳ではないでしょうし、現在進行形で起こっているこの揺れも今は私の部屋にいるでしょうし大丈夫でしょう」
何故体調不良のはずの乃亜が奏波の部屋に居るのか、とは聞かないでおく。俺も自分で尋問用の空間魔法を制限している理由を言及されないという暗黙の約束が為されているからだ。
そしてさっきからずっと地震が起こっているが震源地は言うまでもない。アルがクリフやラグナみたいな超パワー型じゃなくて本当に助かった。
「そうだ。ついでだからデイファが俺に話があるっていうのも終わらせてこようか。一応乃亜の状態が心配だからこれが終わったら戻ってくるけど、本当に危ないと思ったら連れて来てくれ」
「分かりましたけど、いくら私だってそこまではしてな───こほん。では、いってらっしゃい」
「おい。何でもかんでも咳払いで見逃されると思うなよ?」
乃亜の体調不良の原因が奏波にあるとなると幾らか話が変わってくる。
魔法を教えるとかそういう前にちゃんと叱っておかね、ば?
魔法?
(そういや、何故か急に風魔法を指定してきたよな)
あの時奏波が《振動魔法》に応用すると言ったことはほとんど嘘だったと言ったようなものだ。つまり、それ以外に何か理由がある。
約束事があれど、奏波が乃亜に何かしら危害を加えているというのなら何があろうと無視は出来ない。だからこそここで詮索は止めないし、最悪の場合は万が一の時の口実を手に掛かることも承知の上で進む。
換えが効かなくなるのは惜しいが、もとは想定していない棚牡丹の掘り出し物だ。計画の大筋に影響は出ない。
(まず発言的に戦闘面に直接関与するものではない。それならあの嘘は不自然だ。ならそれ以外、奏波が即席の覚えたて魔法で出来ることがあるのか?どのみちあの程度の威力じゃ乾かすくらいにしか───)
そこまできて奏波の発言が全て線に繋がった。いや、繋がってしまったというべきだ。
まず汗を流すとか云々は本当のことを言っていたように見受けられる。
そして何かを乾かすくらいで構わないという未完成さ。
乃亜が何かしらの原因で自室のベッドが使えなくなって奏波の部屋で寝ておりそれが乾かすとかで繋がるとすれば……まぁ、おねしょは流石に考えられない。あれでも高校生の年齢だ。それに手を加えたのが奏波というのならこの線は無い。
繋げると、奏波が乃亜に手を加えた結果としてベッドを乾かすことと浴室で体を流すことが必要がなった訳で………
(…………)
間違い無いだろう。最低な考えだが辻褄が合いすぎている。そういうことであれば部外者の男が関わるのは無粋だろう。
まぁ?
今時はジェンダーがどうこうとか言われてるし?
女の子同士というのを否定する趣味も理由もないし?
百合作品とかも俺は嫌いじゃないですし?
そもそも俺なんて最初から関係無いわけですし?
「それじゃあ俺はあの惨事の処理を手伝いに行かねばならないからこの辺で」
「今絶対に駄目なところで考えるのを止めましたよね?違いますからね?」
そこは分かってるつもりだ。奏波が自らそんな過激なイタヅラをするのは考え難いので、乃亜が奏波を何かしらで煽った仕返しだったのだろう。
だが理解したとしてもうオブラートに包み隠されることは無いのでこれ以上この件には関わらない。絶対に明日には忘れてみせる。
「……頼むから俺が乃亜に会っても大丈夫なようにしておいてくれよ?」
「……もういっそのこと、これで乃亜がおどおどしてお師匠様に会うのも面白い気がしてきましたね」
「鬼かお前。まぁそういうのをやるなとは言わないよ?そういう処理だって生きてる限り必要だと思うが……やり過ぎるなよ?」
「その乃亜の状態をどういう感情で想像しているんです?」
「……」
俺はこの悪女の質問には応えずにこの場を離れた。
*****
私は今奏波の部屋に寝かされている。
対よく言えば『疲れた』からだ。色々諸々あって。
夜更かしがあったとはいえ昼まで寝ていたのだが、また気怠くなってしまった。なので目が覚めてはいるが自分で体を起こせないというのが現状である。
だから今度は権能を使ったときに脳裏にチラつく例の謎回想について考えていたのだが、
隕石でも落ちてきたようなとんでもない音が近くでした。
「な、何!?」
慌てずにはいられず奏波のせいでふらつく足で掴まり立ちしながら窓まで歩いた。すると外にはドームの屋根のようなものが落下していた。丁度視界に天抜けされている大きな建物があったためそこから飛んで来たのだろう。
(………)
「いやどういうこと?」
普通に考えてあのサイズの屋根がここまで降ってくることなどあるのだろうか。
私の頼りにならない目算で、あのドームみたいな建物とドームの屋根みたいなものとの落下地点は最低でも百メートルは離れている。一体どんな爆弾を使えばそんなに吹き飛ばすことが出来るだろうか。
そして何となく空を見てしまうと、不自然な天気をしていた。綺麗に空の雲が円形に広がって日光がその間を通り抜けるという少し幻想的とも言える光景になっていた。
まさかとか思うがこの屋根が飛んで来た原因は雲を押し除ける程の何かだったのだろうか。もし本当なら恐ろし過ぎる。天候を変えられる程の化け物が今この国にいると言うのだろう。
そしてその空に一筋の白い光が流れ星のように過ぎていったかと思えば、さっきの天抜けドームにとんでもない速さをもって一瞬で降り注ぐと、聴き覚えのある声で絶叫が轟いた。
おそらくアポクリフという人だったのだが、それよりもドームから出てきた二人の方に目が行ってしまった。
ジェスが奏波をお姫様抱っこして出て来たのだ。
(……)
いや、そりゃあ状況的に考えてジェスが奏波を安全な場所まで運んでるんだろうけどね!私も一回同じことされてるけどね!
……でも、私の立場が自分自身で分からない。
弟子としてジェスが奏波を大切にしているのは当然と言える。私はあくまでもジェスに「本当の産みの親に会いたい」ということを手伝ってくれているだけだ。
ジェスにとっての私は、通りすがりの困った人の一人に過ぎないのかもしれない。
奏波がジェスをどう捉えているのかによっては……
「駄目だなぁ。奏波は友達だし、こんなことで一々せめぎ合ってたら私がただ欲深いだけの人になっちゃう」
悪い考えを振り払っていると、ジェスが一人でまた天抜けのドーム状に向かって行くるを確認したことで必然的に奏波が帰って来ているのは考えつく。
私はフラフラと歩いて部屋を出て手すりから階下を覗くと、何度もジャンプしては着地を繰り返している奏波を見つけた。
何をしようとしているのかはさっぱり分からなかったが、少しすると諦めたようで階段を使って登って来た。
「奏波。さっき下で何しようとしてたの?」
「見てたんですか。お師匠様に風魔法を少し教えて貰ったので、この前のお師匠様のような大ジャンプをやってみようと思ったんですけど出来なかったんですよ。簡単にやってるみたいに見えましたけど、相当に巧みな技術が必要そうですね」
私はあの時打ち上げられている途中だったのでジェスが跳躍した瞬間を見てはいないが、いくら奏波とはいえ即憶えられるようなことでは無かったらしい。
「ところで乃亜。休めましたか?色々と」
「……元凶がそれ聞くの?」
「元はと言えば乃亜が始めた弄り合いでしょうに」
「私は手を出したわけじゃないし。どう考えたって奏波のやる事がおかしいじゃん!普通あーいうのはくすぐるとかでしょ!」
ぜ、絶対あのやり返し方はおかしいはずだ。明らかに触っちゃいけないところまで触られたせいでこっちは尊厳を失われたもの同然だ。
「実際くすぐってただけじゃないですか。指も挿れてな──」
「ちょっ!こう、さぁ!もっとオブラートに表現してよ!」
「あえてそれをしなかったら赤面した乃亜を見れるから楽しいんですよ。あと別に男性不在の場でそんな面倒なことしなくてもいいでしょうに」
いや駄目だ。たとえ二人きりといえど思い出すのすら恥ずかしくなる。
「とにかく!あれはもう忘れよう!」
「まだ駄目ですよ。先ずは乃亜の部屋に行って乾かさないと私の寝る場所が無くなるじゃないですか。そのために風魔法を憶えてきたんですよ?」
「それ絶対に世界で一番不純な理由だよ!」
絶っ対に魔法を作った人だってこんな使い方を想定してたはずがない。
誰が風魔法を、その、後処理に使おうなど考えるのか。奏波しかいないのかもしれない。
「それにしても残念ですね。スマホが使えればあの時の乃亜の顔を撮影してロック画面にしたんですけど」
「出来たとしてもやめてね?本気で友達止めるかもしれないから」
「せめて手鏡があれば良かったのですが……。乃亜自身が見たことないくらいの蕩け顔を見せられたんですけど」
……ちょっと、ほんのちょっとだけ興味はあるが容認してはいけない。以降こんなことが起こらないようにしなければならない。絶対。
それと気になるのは、
「一応聞くけどさ。まさかとは思うけどジェスに言ったりしてないよね?」
「流石にそのくらいは配慮しますよ。私から乃亜を裏切るわけ無いじゃ無いですか」
「ほ、本当だよね!?信じていいよね!?」
もしこれがジェスにバレたら本当にまともに生きていける気がしない。ジェスのことだから永遠とこれをネタに弄られることが確定してしまう。
「ええ、ちゃんと信じて下さい。(バレたとはいえ私からは言ってませんしね)」
「今何か変な声が聞こえたような──」
「気のせいですね」
はたして幻聴だったのだろうか。
……
「ところでさ、奏波」
「はい?」
「……あ、ごめんやっぱり気のせいだったよ。ハハ──」
やっぱり、言ったら駄目だ。理性がある内は言ったらいけない。『引き離さないで欲しい』なんて。
「知ってますよ。乃亜がお師匠様のことを好きなことくらい」
「ははは、そうだよね………」
………
「ん?あれ?」
「あれだけ過剰に反応してたら気付きますよ普通。お師匠様がどうかは知りませんけどね」
「いや待って待って待って!?わ、分かりやすいものなの!?傍目から見られてる私ってそんなに顕著なの!?」
これは本当に気にしてしまう。
そしてこれもこれでジェスにバレたら色々と不味い。本当に気まず過ぎて大変会いづらくなってしまう。というか奏波にバレているだけでも相当に恥ずかしい。
「そんなに顔赤くします?いやまぁ、分かりやすくはありますよ。自分で振り返ってみたらどうですか?
お師匠様が友達じゃないのか聞けば違うけど違うみたいな訳の分からないことを言い出しますし、
お師匠様におんぶ紐で背負われれば気絶してますし、
お師匠様と手を繋ぎ出せばカタコトで喋り始めますし、
今日もお師匠様がいると嘘を吐けば跳ね起きてますし。
それとお師匠様と話す時は毎のこと異常に前髪を弄りだしてますよ」
「………」
絶句するしかなかった。または恥ずかしくなり過ぎて口を聞けなくなったとも言えるかもしれない。
「心配しなくたって、理由もなく人の恋路を邪魔しようとしません。応援はしてますよ」
「“は“って何?」
「応援はしますけど、静観はしないということです」
「……いや待って待って、もっとそこをちゃんと詳しく教えてよ!」
「何事も捉え方次第ですよ。私は乃亜の部屋で証拠隠滅しないといけないので、入っても構いませんね?」
「それはいいけど!それよりもさぁー!」
それからも口論になってはいたが、結局奏波がその真意を明かすことはなかった。
*****
一方でこの時の奏波としては、
(静観するだけじゃ、物足りないじゃないですか)
ただ二人が結ばれるのは純粋に応援しているが、刺激を混ざらなければ地味だと思っているだけなのだ。
恥ずかしがり屋で奥手の乃亜に少しだけイタヅラをしながら場をかき乱す──もとい背を押すことに愉しさを覚えつつあり、奏波自身は横で見守るだけの第三者。
それだけのはずだった。
*****
俺は足を止めずに訓練場の周りに飛んで行く瓦礫を叩き落としていきながら、怪我人を可能な限りに抑えていた。
そして満を辞してデイファが到着したというのが現状だ。
「全く、何がどうなったら訓練場の屋根が吹き飛ぶさね」
「クリフが風魔法を練習したいって言い出したから初級の魔法を詠唱付きで使わせたんだよ。そしたらあんな風に飛んで行った」
「事実を受け入れたくないさねー。ははは」
また仕事増える、寝たい、はははは、という乾いた笑い混じりの小声は聞き流せなかったので今度まとまった休みを取ってもらえるように俺も励まねばなるまい。
「初級魔法、ましてや風魔法なんて威力だけ見れば下の下くらいさね。意味が分からない。そしてそれでアルネーブがここまで暴れるのもおかしいはずなのに。何で事ある毎にうちが駆り出されてしまうのか」
「分かった分かった悪かったって。全部俺の監督不届き責任にしておくからもう帰って寝ろ!」
「そうしたいのは山々さね。けどジェス様へ恩に報いたいと思っているのも確かだからこの仕事をやり通すしかないさね」
正直言ってあれは成り行きでああなっただけであって、デイファたちを助けることになったのは結果論なのだ。
俺自身としてもここまで感謝される筋合いも無いと思っている。
「それで、ジェス様はもう完全にうちの言いつけを守る気はないみたいさね」
「それは爆心地のすぐ側にいたから不可抗力だと許してくれ。最悪奏波が死んでたんだから」
ここで正直に話しておくことで、昨晩アルに魔力を貰う前提で亜空間を開いたことのカモフラージュを図っているのだ。
「分かってるさね。どのみちここまで来て良くも悪くも変化無しとあらば、うちに出来る範疇をとうに超えてるのさ。無力で申し訳ないが、もうなるようになってくれとしか言えなくなっている」
「でも、無力と自己中傷いながらひたむきなその姿勢は好ましいよ。現に俺にはどうにもならない奏波の母親の件にも向き合ってくれている」
俺はどうにも人を治すのには向いていない。
守ることが出来ても失敗したものを取り返すことが出来ない。そんな、願ってもなかった力なんだから。
「おーおー。よりにもよって中年に好ましいなんて言葉使うもんじゃないさね。その内後ろ指どころかナイフ刺されることになりそうだ。アハハハハ」
「中年は言い過ぎだろ。見た目は普通に若いんだから」
「いや実年齢を考えれば大袈裟に盛ってるさね」
まぁ確かにラグナから聞く話ではデイファは生まれた時からいたらしいし実年齢は確実に百歳を超えているのだが、それにしても肉体に変化が見られなかったりする。
「そうだ。ジェス様には言っておかないといけないことがあったんだ」
「俺も奏波から話があるって聞いたぞ。書類ごととかならあとで俺が全部変わっておいて──」
「その事なんだけど、奏波に言ったことは嘘さね。本当は二人きりで話しておきたいことがあったのさ」
「奏波には話せないってことか?」
正直なところ話が見えてこない。奏波とデイファにまだ深い親交は無いはずだし、秘密にするようなことを知る術もデイファには無いはずだ。
「ジェス様たちが異界に行くって言う話があるみたいだけど、それを予定より早めて欲しいさね」
「どういうことだ?一応奏波がちゃんと実践に移れるようになってから行くつもりだけど」
「聞くが奏波は何かを揺らすことが出来る権能をもってないかさね?」
「──有るな。でもお前の権能に相手の権能を覗き見る程の力は……いや、もしかして間接的にか?」
一つの可能性を考えついてしまった。
本当なら、確かに本人からすれば最悪だろう。
「察してくれたようさね。昨日隅々まで診て分かったよ。奏波の母親が昏倒している原因は、おそらく奏波自身にある。
魔力の扱い方を知らないことが魔力を扱えないこととイコールで結び付けられわけじゃない。知っての通り、そういう例が小さい感情の起伏で権能の力が溢れ出してしまうことは何も珍しいことではないが、奏波は才能に恵まれ過ぎが故にそれが顕著に現れすぎて日常的に微弱な権能を張り巡らせていても平気という異常に達した」
俺もそこには気付いており、だからこそ奏波の才能を誰よりも高く評価したのだ。
権能は本人が認知していないというだけで所有者は割と多くいるのだ。奏波にも説明した通り基本的に魔力量と出力でふるいにかけられる。
だからこそ奏波が『ネメシス』で所属してた国防兵団の団長の、ええと……あ!そうだ。絡操念嗣とかでも発動条件は満たせていた。あの世界では魔力を観測出来るものが未だ居ないのだから魔法が扱える道理は無く、あいつらが魔法と呼称しているものは全て権能なのだ。
奏波は《振動魔法》を常時発動していることになるが、こういう例は基本的には病に陥って死亡するリスクがあるのだ。何故なら完全に余計なところに魔力を使い過ぎて『最適化』の効果が減衰して免疫負傷を起こしてしまうからだ。奏波が助かっているのは普通では無い魔力量があったからに他ならない。
その上で奏波の異常性が何かというと、これをするには魔力の消費速度を自身の回復速度に合わせるという超高等技量が必要になり、喩えるなら走りながら回復するから無限に走れるということだ。これまたアルが意識的に多用しており一定値の身体強化なら実質消耗零で動き続けられる。
何が言いたいのかというと、奏波は無意識下における一部の魔力操作技術なら現時点でも俺を超えているのだ。度々エグいことしてるしな。
「今朝の奏波から話を聞く限りでは最も距離が近しかったのが母親であり、奏波が母親に触れる度に軽度の脳震盪が立て続けに起こった負債が溜まった結果があれさね。そして奏波は今なおその状態が続いているから、心配になって見舞いに来れば来るほど回復からは遠のいてしまう。『ネメシス』での医療は知らないが、回復の兆しを見せなかった原因もまた奏波にあるということさね」
「……皮肉だな。不安だからこそ寄り添いたい。その感情がかえって自らの不安を増幅させる結果になっていたなんてのは。
だからこそ、早いところ奏波に強くなってもらって自分自身で魔力を制限出来るようになってもらわないといけないって話か」
「そういうことさね。最低でも無意識下で発動してなければもう影響を出すことはなくなる。うちのほうでも、暫くは適当な理由を付けて病室に入らせる機会を減らしておくさね。回復が多少遅れるけどそれ以上にこれを知られれば奏波の精神衛生上問題がある。特に丁度魔力の扱い方を憶えようっていうこと時期においては、その才能が歪んだ方向に傾くこともある」
当然に『最適化』が成される過程で、本人の情緒で権能や魔力の成長する方向性が決まると言われている。権能の発現自体が強烈な意思ということもあり、その為に必要な効果は必要な力を世界が振る。本来の目的へ嫌でも遠回りするようなものになることが多い。多分俺もこの例。
「分かった、早めてみるよ。けどその前に」
「うぎゃあああーー!!!」
クリフが絶叫を上げ、訓練場の防壁を貫通しながらこちらに吹き飛んで来た。
全身あちこち痣だらけになってはいるが、あの中で出血が無いだけ大概コイツも強い。
その後を追随するように穴の空いた防壁の中をアルが歩いてきた。
「さて。ここらで終いにしておいてあげましょう。貴方には頼み事もあるのでこれ以上消耗されるのも都合が悪いですからね」
嗚呼ワタシはなんて優しいのでしょう、とか言っているがこれは流石にやり過ぎだ。クリフに仕返しする分にはまだ構わないが、周りに被害が出てきているので駄目だろう。
「アル。流石にやり過ぎだからもう少し被害を抑えてくれよ。出来るなら訓練場の中だけで完結させてくれ」
「無理に決まってるでしょう。この化け物どんだけ硬いと思ってるです?断言しますが身体能力なら全ての世界で比較してもコイツに並ぶ奴はいません。むしろこれにダメージが入っているのにこの程度の被害しか無いのはワタシが凄いからですよ」
「だったら仕返しの方法を変えれば良いだろ。お前の性格ならもっと陰気臭いやつがあるし」
「久しぶりにそこの馬鹿に並んで骨二、三十本逝っときます?」
「「すみませんでした」」
アルお得意の目が笑わない笑顔を前にクリフと揃ってガチ土下座する羽目になった。本当にアルはこういうところは容赦が無いのでマジになって折りにくる。
「心配しなくともワタシが手ずからこの国を滅ぼす気はありませんよ。ワタシとしてはこの国があったほうが何かと役立ちますし、何より自身で作り上げた作品は一際大事にする性ですから。現に我々が出した被害も重要施設には一切無いのでノープロブレムです」
「家屋が倒壊してるから問題あるさね」
「些事ですのでお気になさらずに。怪我人は見たところジェスがそこに集めている軽傷者数名のようですし、後処理くらいはやっておきますのでデイファ殿もお帰りになって構いませんよ」
「……少なくとも怪我人の処置はうちがやるさね。あんたは無理やり『最適化』を施して終わらせるからね。そんな方法じゃ痕が残ることもある」
「フフフ。相変わらず生真面目で甘い奴等の集まりです」
そう言い残しアルは黙々と作業に入った。と言っても瓦礫をゴミ箱に放り込むように訓練場の天抜けから放り込んでいるだけなのだが。おそらく全部まとめて燃やし尽くすためだろう。雑だ。
「ジェス様は帰ってもらってもいいさね。こんなことよりも奏波を優先してほしい」
「じゃあその言葉に甘えさせてもらおう。クリフはどうするんだ?」
「自分は少し警備本部に行こう。一つやっておかねばならないことを忘れていた」
クリフがさっきまで何事もなかったかのようにすくっと立ち上がった。体中にあった痣は既になくなっている。これが『最適化』の効果の一つである。自然治癒能力が格段に早くなり、個体差がつくが世界上位の実力となれば物質生成が使えずともトカゲの尻尾のように徐々に生え換わる。
ここで四人はそれぞれのことをするために解散した。
魔力操作技術とかいう単語がよく出てきていますが、言葉通り操作が上手いかどうかです。
理論上ほぼ何でも出来る魔力ですが扱い方がピーキーなため向き不向きでこれだけは出来ない、これしか出来ないというのが出てきます。
全部出来るアルネーブがおかしいだけであってジェスもかなり高いレベルで扱えており、ただ比較対象が悪すぎるだけです。
今後もこういった設定コーナーをすると思います。




