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流離う世界に私は  作者: 眠井ネタイ
第二章『スティグマ』篇
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22.ベッド上の攻防(男不参加)

捗った。執筆がだよ?


俺は今、例の地下独房に立ち寄っている。『仕事サボり罪』で収監されているクリフがいる場所だ。

だがすぐに中にはいらずに少し様子を見ておこうと思う。盗み見をしているというシチュエーションが愉しいのだ。


「これは⋯⋯多分良いから丸。これは⋯⋯なんか文字が多いのは適当に丸と」


本当に大丈夫だろうなそれ。念の為に後でパラ見で確認しよう。


「あ、また間違えた。くそぅ、長らく読み書きしてまかったせいかやたらに時間がかかるな」


会話するだけなら問題ないのだがな、と独り言を漏らしている。

クリフの出自は俺も当人に聞いても話せないと返され、同じくそれに詳しいであろうアルも「秘匿しておいたほうが役に立つ」と教えてくれなかった。


(人ではない。とは言われたが外見に魔物か魔人を連想させるものはない。人間社会に溶け込んだところで絶対に気付かれない自信が本人にあるにも関わらずそうしていなかった)


ますます泥沼に嵌りそうな考えはやめにしよう。

クリフは本当に呆れる程良い奴なのだ。それで十分。


「む。『万引きを現行犯で捕まえたが命令されたと主張し認めない。よって精神干渉魔法の使用許可求む。』ジェスみたいな頑固者がいるのか」

「誰が頑固者なのかねぇ?」

「ひぃっ!?」


俺へ陰口を叩き出したので背後から登場した。


「なぁなぁ、俺ってそんなに頑固者だったかな?どこが、どう、そう見えたのか教えてくれるかね?」

「それはだな〜その〜、中々お給金(おこづかい)を上げてもらえなかったり」

「お前が仕事サボりまくるからな」

「自分は未だに工房(アトリエ)制作に戻らせてもらえなかったり」

「お前が俺の部屋に大穴開けたからな」

「休みが中々もらえなかったり」

「日頃買い食いしてる分を職務期間に入れてないからな」

「自分専用の独房を造らせたり」

「それは頑固関係ないだろ。出し尽くしたんなら諦めな。大体全部お前が原因なんだから」

「うぐっ」


開始早々に根負けしたクリフであった。

それはそうとその辺から持って来た椅子をクリフの対面に置いて座る。


「手伝うよ。こっちも深刻な問題抱えてるんだから」

「お、おお!助かった。ジェスがいれば百人力だな!」

「悪いけど俺今魔力使えないからいつもみたいな捌き方は出来ないぞ」

「ぐえっ。お前から事務処理能力を取ったら何が残るというんだ」

「お菓子づくり」

「めっちゃ乙女。あ、すんません調子に乗りました出て行かないでくださいお願いします」


一瞬本気で放置して出て行ってやろうとしたがなんとか踏みとどまった。


俺の空間魔法の売りの一つが圧倒的な感知能力性の高さだ。立体物だけにとどまらず魔力を実態的に見ることが出来るため、大気のブレなどから発動タイミングを予見することも可能だ。

何故これが事務処理能力に役立つかというと、感知精度の高さにある。紙を平面と捉えずにインクより薄いマイクロ単位の凹凸を探ることまでお手のもの。つまりは複数の紙の凹凸からインクによる盛り上がりを同時に読んで演算処理することで、ただ読むだけならば、紙を増やしまくることで常人の百倍近い速さで読むことが可能だ。

そして俺の大気中の魔力を利用できるという空間魔法の隠れた特性上燃費が良い。俺の愛用技なのだ。


「だから俺は久しぶりに普通に事務処理するよ。お前も仕事しながら話そうぜ」

「うむ。それはそうと魔力を使えない、というよりは使うなと言われているのだろう。何があったのだ?」

「乃亜って女の子覚えてるか?ラグナが連れてた二人の中で背が小さいほうの」

「ああ。顔といい声といい、どうも()()()()()()()()()()からな。その娘がどうかしたのか?」

「試しに俺の結界を破壊させてみたんだがな、その結界分の魔力が回復しなくなったんだよ。史上初の事例から経過観察中になったんだ」

「•••••そんな事がありえるのか?魔力が回復しないということは、その分だけ世界の魔力が減っているということだ。そんな力はまるで───」


クリフが突如何かに思い至ったのか口を閉ざした。

今、間違いなくクリフは正体不明の乃亜の権能(フォルトゥーナ)の核心に迫っていたような気がする。


「心当たりがあるのか?」

「いや、気にしなくていい。血迷っただけだ」


問いかけるが知らないふりで流された。

まぁ、問い詰めても口を聞かなくなるだけだしこれ以上は面倒だ。結果は答えられないで変わらない。


「それはもういいとして、深刻な問題とはなんなのだ?」

「手、止まってるぞ。一応は仕事優先だからな」


あ、と気付いてクリフは拙い手つきの作業に戻る。

一応はクリフの溜め込んだ仕事だ。なるべくクリフ本人にやってもらうべきだろう。


「いやさ、昨日女五人で酒飲んでるところに出くわしたんだけどな、それに加えてデイファが取り押さえに行って計六人になってから『入って来い』って言われたんだだけどさ」

「それがどうかしたのか?」

「•••••ふー。正直なところ、女揃いの部屋に入るのキツい」


これが本音だ。実際俺は人見知り部類であり、普段のあれは結構見栄を張ってる。

初対面の人と話すのでさえ億劫になるのだから、女の子の間でわちゃわちゃしてるところに入り込む勇気は無いのは当然だ。しかも酒が入ってるとなると難易度は数段引き上がる。


「百を超える戦地に殴り込んできた者の台詞とは思えんな」

「物語でハーレムとかあるけどあれって主人公かなりキツいよな。話合わなさそう」

「つまり男キャラを周りに増やしたいから自分を手伝いに来たと」

「そゆこと」


アルは神出鬼没で基本的に勝手に出たり引っ込んだらしてるから会う時間は少ない。

レザシーは引きこもり。

ユラは影の者みたいな感じなので、レザシー同様に呼び出さない限り出てくることは無い。

デルードは出向いたら追い返される。

この国の男は週に一度顔を合わせることがあるか無いかくらいなので、クリフ以外は交流が浅くなりがちなのだ。

変わって女子組ときたら全員人当たりが良いときている。

仕事は逆に心配になるくらい真面目にこなすし、人気者揃いだし、どういう訳か系統が違えど美人揃いだしで隙がない。

男諸君。頼むから見習ってくれ。


「だから会話中に俺以外の男を入れないと肩身狭い思いをすることになるんだ。だからたまにで良いからお前が居てくれないといけないんだ。頼むから最低限の仕事をちゃんとしてくれよ〜。給金もちゃんと元に戻すからさ〜」

「そ、そんなに涙ぐまなくても良くないか?給金が戻るのは嬉しいことだが」


クリフの本来の給金は乃亜と奏波がいた世界の『ネメシス』基準でいえば年収三千万くらいはあるのだ。この世界では魔法があったり、国外周辺りの魔物討伐も含んでいるので命がけ。なんならトップの給金がこの額は安いと思っているのだ。

しかし、クリフがほぼサボり倒していたため九割カットしていたのだ。それでも屋敷がそもそもあるから家賃を払う必要も無いし税金とかもさほど高くないので普通に暮らしていれば足りる額なのだが金遣いに慣れていないクリフはまだ難しいようだ。


「地下工房兼秘密基地の浪漫を分かるのがお前しか居ないんだよ。アルにも乃亜にも奏波にもフェアにもどうでもいいとか要らないとか言われる始末」

「いや、地下工房というのはなんかこう、とにかく格好良いではないか!」

「そうそう!お前みたいなキャラが居ないと俺みたいな性格のキャラが立たないんだよ!」

「お前そんなメタいこと言うキャラだったか?」


この際キャラ作りとか知ったことではない。

なんだかんだで『ネメシス』にいる観斗と友弦はかなり話が合う気の知れた仲になっていたのだ。近いうちにまた会いに行こう。


「なぁ、さっきから『自分の仕事を終わらせよう会』から『ジェスの愚痴を聞こう会』になってきてはいないか?」

「気のせいだ。実際俺はもうこの二日お前がやってきた処理済みの書類よりも多く終わってる」

「えぁ、早!お前こんなに読むの早かったか!?」

「早かったよ。俺が昨日徹夜して終わらせた書類はお前が今まで溜め込んで来たやつの十倍はあった」

「十!?」


誇張どころかむしろ少し少なく表現している。

積み上げたら高さ四メートルの束が三つは出来る程だった。しかし魔法と権能(フォルトゥーナ)を使ってよかったので集中力が擦り切れそうなことを除けば何の問題も無かったのだ。

それに俺は『ネメシス』の調査中も定期的にこちらに帰って来ていたのでその間のも合わせれば、先程言った十倍という数値の更に倍の二十倍くらいある。コンピューターのような利器も無いため本当に大変だ。


「クリフも早く手ぇ動かせよ。これ終わったら四人前パフェでも作ってやるよ。一緒に食おうぜ。あ、でも雑にやるなよ」

「了解であります!」


クリフも少しだけペースを上げて作業に戻った。

乃亜と奏波には昼まで寝ていていいと言ったのでまだまだ時間はある。

こうして久しぶりの相棒と二人きりの時を忙しく過ごした。



*****



私は中々眠れなかった。

眠たくはあるのだが、別れ際にジェスが垣間見せたあの顔が頭に焼き付いているせいで目を瞑れない。

元の世界にいる人であの顔が成り立つことは恐らく無いだろう。

憎しみ、執着、希望、嘆願。どれを取っても正解と言えるよな、感情が一つだけでなく数々のものが渦巻いているような顔。正しい表現がいまいち考え付かない。


「ジェスは優しいけど、そうじゃない面があるのかな?」


実際のところは入学式とかで一ヶ月以上前から顔を合わせたことはあったのだが、ちゃんと交流を持ち出してから数えれば未だ一週間経っていないくらいだ。私は怒ってるところなど見たことは無いし、何よりラグナちゃんなどのこの国で会った人達からもジェスは印象良かった。

だがあの不気味さが際立つアルネーブの弟子だと言う。疑う訳ではないが何かしらの事情を抱えていると考えるべきだろう。


「『帰り着く』か。何処に?」


ジェスの力を持ってしても帰ることが叶わないような場所。

黄泉の国。とは流石に考えたくない。

王様を渋々やっているのは手段と捉えるべきだろう。だがそれで何の利が得られるのか、それは異世界について無知の私が推し量ることは出来ない。

でも、私は二度命を助けられたうえに生きる気力すら失いかけていたところを救い上げてくれた。せめて、恩に報いることをしたいと思っている。仇で返すことはもっての外というのが定石だと思っている。

私に出来るのは壊すことだけ。こんな権能(フォルトゥーナ)では碌に力になれそうな気がしない。とにかく利便性が不足しており、零か百かしか効果を示さない。

こういうところだけ、私は奏波を妬ましいと思ってしまう。そう自覚してしまうほど愚かで醜い感情だ。

だからこそ、ふと嫌なことを考えついてしまうのだ。


「門を全部開けた後、私はジェスの隣にいさせてもらえるのかな?」


不安しか無い。正直また前の生活に戻りたくは無いし、ジェスが迷惑と言わないのなら欲張って隣にいたい。

奏波のように弟子としての資格や将来性がある訳でも無く、アルネーブやラグナちゃん程の活躍など星のような天井の存在でも無い。無力感に襲われる。

これ等に比べればおこがましいにも程があるが、せめて出来ることを精一杯する気概くらいは持つべきだ。

少しだけプラスの方向の思考が出来たことで、ようやく私の意識はまどろみに沈んだ。



*****



「乃ー亜ー。起きてくださーい。ジェスの唇が近付いてますよー」

「あばばばばばば」


飛び起きた。飛び起きざるを得ない。

寝起き早々やけに冴えた目で周りを見渡すと真顔の奏波と私以外は誰もいなかった。ので、当然睨みつける相手は一人だ。


「かーなーみ?」

「モーニングコールとしては百点満点でしょう?」

「揶揄いが過ぎるから零点で」


私をびっくりさせる危険人物にも奏波を追加しないといけない。まぁ予見出来ないことに変わりないので結局意味は無いのだが。

それよりも──いや奏波の発言の節々にそういう煽りがあったから気付いていたのだが•••••やはり口に出して聞きづらい。いくら奏波であれど気恥ずかしい。

「私がジェスのこと好きなの気付いてる?」なんてのは。それにもし、もしだ。私の勝手な誤解だったらと思うとこの場に二人しか居なくとも恥ずか死する。


「もうすぐお師匠様が言っていた昼頃になりますし、軽く身支度して出ましょう。昨日お師匠様から預かっていたお金でお腹に溜まりやすいもの買って来ましたよ」

「ありがとう奏波。でもいつから起きてたの?」

「二時間くらい前ですかね。乃亜も起きる気配が無かったのでお母さんの病室に行ってみました。昼食を買ったのはその帰りです」


奏波がジェスに弟子として付いてくることになったのは全てそのお母さんの為だ。有名な地位などを全てすっぽかしてこちらに来る程大きい存在なのだと分かる。


「デイファさんが診た限りを教えてもらったんですが、回復の傾向は未だに見られないみたいですけど治せる範疇らしいです」

「本当!?良かったぁー」

「なんで乃亜が私より喜んでるんですか」

「それは奏波が前に教えてくれた通り良い人な訳だし、何より奏波が自慢話をする程なんだから」

「•••••••私、そんなに自慢げに語ってました?」

「え、うん。自覚なかった?私が見た奏波の中で一番ときめいてたよ」


あの病室で一対一で語ってくれた時だ。真顔なのは一切変わらなかったが、手振り身振りも使って大袈裟に捉えられるほどに。良い意味でらしくもないという感じだった。


「なんか少し恥ずかしいですね」

「んぅ?照れてる?ねぇ照れてる?」


奏波がそっぽを向く。そしてその横顔から、色白い肌なだけに少ししかないはずの頰の赤みが際立って見えている。

今の私はちょっと──いやかなり調子に乗ってしまっている。寝起きで気怠いはずの体を起こす理由としては十分過ぎており、顔を近づけた思いっきり揺さぶろうと試みる。

思えば奏波を相手に強気に出れたのはこれが初めてだった。尚更引くわけにはいかない。


「ねぇ奏波ってさぁー。もしかして結構自慢とかしたい方?」

「•••••しない方だと思いますけどね」

「でも、あの時は見た目のギャップと相まってすっごく可愛い子に見えたんだよなぁー」

「っ──!?」

「気付いて無かったみたいだけど一回噛んでお母さんのこと『大ちゅき』って言ってたしねー」

「ちょっと待ってください!それは流石に嘘ですよね!?」


おっとぉー?あの、奏波が、慌ててる慌ててる。

可愛い。愉しい。病みつきになりそう。

奏波は実年齢はおそらく二十歳に届きそうな程だがかなり若々しい見た目をしている。制服を着ればギリギリ『背の高い中学生』と思われても可笑しくは無い。

つまり今、この状況は普段の年齢差が逆転したようなシチュエーションになっている。


「えー。どうだったかなぁ。確かに言ってたような気がするんだけどなぁ。そうだ!ジェスにも確認してみようよ!きっと『言ってたなそんなこと』って証言してくれるから!」

「••••••少し調子に乗り過ぎましたね」

「へ?」


奏波が突如体の向きを変えて、私は後ろのベッドに押し倒された。

そこから対応する間も与えられない電光石火で両手と胴を奏美の両脚でまとめて挟まれた状態で馬乗りされた。渾身の力で体を伸ばすも全く抜けられそうに無い。当然に地力に差があり過ぎる。

下には両手を使えなくなり身動き一つ取れない私。上に対するは両手を自由にした奏波。

不味い。


「ちょっ、ちょっと奏波、ゴメンって。あ、ひょっとして昨日のお酒がちょっと残ってる?なら私が水汲んで来るから待っててね」

「まだそんな余裕そうな発言が出来るだけ肝が座って来てますね乃亜。覚悟してください」


抵抗虚しく。断罪されてしまう。


「まっ、待っ───

あははははハハ!!くすぐら、っないでよぉーー!!キャあははハハハ!!」

「まだまだ」

「ははははハハ、ひーー!ふっ、ふぅっ、あははは!」


過呼吸になりながらも必死にもがいて脱出しようとするが、全く振り解けない──ということもなく何故かあっさり抜けた。否、奏波が自分から拘束を解いた。

必死に抜け出そうと後ろに体重を掛けすぎていた私はそのままより奥に吹っ飛んだ。つまり、心理戦で負けたのだ。

うつ伏せになった私の体に奏波が再度容赦なく乗ると両手を捕まれて、奏波が使っていたベルトで私の両手をベッドフレームに縛り付け固定する。

うつ伏せの私の視界はベッドシーツで埋まっているため奏波が何をしようとしてるのかが判らずどうしようもなく、足をバタつかせて抵抗するもがっしり捕まれ、感触的に今度は奏波が来ていた上着で縛られた。こうなると奏波が何かをするまでも無く、私は一切の行動を制限されている。


「か、奏波!ごめんなさい!くすぐらないで!」

「ふふふ。恥辱を受けてやり返さない馬鹿が何処にいるって言うんです?」

「謝ってるから!この辺りでお互いに手打ちにするべきだと思うの!」

「この状況。決めるのは私です。当然──お仕置きですよね?」

「アハはははっ!止め、止めて下さい、お願いしまハハハハはあ、はは──。

ちょ!奏波、変なところに手入れないで!」

「乃亜って本当に体型に恵まれてますよね。だからこそ愉しいんですけど」

「待って待って!身ぐるみ剥がすのは絶対違う!」

「くすぐるだけで終わってあげるほど優しく無いんですよ!やられた分はキッチリ返しますので御安心を!」

「私絶対にこんなことされるようなことして無い!あ、ちょっと待て!下着にまで手をかけたらこの作品のタイトル変わる!対象年齢引き上げられ──いや待って待ってそこは──!」


それから奏波の溜飲が収まるまでたっぷりいじめられた結果、汗を含む色々を流す必要が出てきてしまった。

内容については──大変言いづらいので伏せておく。


ジェス→乃亜への恋愛感情は一切ありませんし、なんならジェスは初恋すら経験してません。

ジェスは性格的に脇目を振らないのです。


こうして奏波の「大ちゅき」発言の真相は闇に葬られましたとさ。

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