15.朝の一仕事
時刻は朝、俺は今ようやく山のような資料の束を仕分けしてそれぞれを高価でオシャレな紐で束ね終えた。
そして両手を思いっきり天につきあげる。
「っっっしゃあぁぁぁー!終わったー!!」
最終日まで溜め込んだ夏休みの宿題を終えた小学生の気分だ。いや、大人になっても同じか?
清快に叫んで力なく椅子にもたれかかった。口を半開きで天井を見上げて完全に寛いでいる。
徹夜で資料処理を気合いで終わらせて、誤字やサインの押し間違いがないかまでの確認作業をしていたら、トータルで十時間は文字と向き合っていた。
国の今後を左右する重要書類も混ざっているため適当にこなすわけにはいかない。躓いてこけている暇など無いのだ。
「後はこれをそれぞれの場所に送るだけだな。これとこれは輸送してもらって、これは直接手渡しだな」
中には機密事項を含むものもあるので郵便のようなものを経由することが躊躇われる程の資料もある。
それらを今から届けに行かなければならない。
面倒ではあるが、それ故に重要な施設に送るものであるため宮殿に比較的近い場所に点在している。ざっと三十分もあれば終わるだろう。
というわけで十時間ぶりに外の空気を吸いに行くために片手に資料を持って執務室のドアを開ける。
そして階段、なんて時間のかかることしてたまるか。
手すりを飛び越えて吹き抜けの中を飛び降りて行く。着地だけなら魔法を使うまでもない。
着地して扉を開けて外に出てまだ薄暗い中陽の光を浴びる。周囲の光の明暗の違いに目を細める中、視界に外にいる見知った人影を見かけた。
「こんなに朝早くどうしたんだ奏波」
俺が声をかけると奏波が今気づいたという感じでこちらを向いた。
「新しい環境だから寝付きが悪かったんです。それでもちゃんと寝れているので安心して下さい」
確かに旅先のホテルとかでふかふかベッドでも寝れないことはある。今回は世界を跨いでいるためそう感じるのだろう。
「お師匠様こそ、随分早いですね。その手に持ってる紙束は?」
「さっき書類の処理が終わったから、その中でも重要なこの束をこれから各部署に手渡ししに行かないといけないんだ」
「••••••まさかと思いますが一睡もしてないなんてこと無いですよね?」
「そうだぞ。別に数日寝なくたって大丈夫だよ。昨日も言ったろ、寿命が無い時点で生物としての格が違うんだ」
実際は多大な魔力を消費した時に睡眠を取って急速に回復を図ることはある。それ以外の場合で寝込む場合は毒などの持続的に続くダメージがある時か単純に寝るのが好きな奴だ。
「昨日はあれから楽しめたか?」
「楽しめたと言うより•••••大変でしたね。ラグナさんのノリに付き合ってたら部屋の何処かを突き破る勢いでしたよ」
「何があったらそんなことなるんだよ」
「枕投げ大会をしようとかなって、全力投球する直前の枕がラグナさんに握りつぶされていたので、これはマズイと思い乃亜と一緒に両手に掴みかかって静止させました。何故か乃亜は翼に埋もれて『ムフヘヘ』と笑っていて嬉しそうでしたが」
もし枕がつぶれなかったら、宮殿の何処かに穴が空いてアルがキレて飛んで来ていたかもしれないと思うと本気で冷や汗ものだ。
ラグナも同性の友人を新たに持って舞い上がっていたのだろう。昔と違って自由に過ごせている今は楽しそうだ。
乃亜は恐らく翼のモフモフに興奮していたとみている。
「先程、乃亜が先に寝落ちしてラグナさんの翼に埋もれてよだれ垂らしながら寝ていましたよ」
「幸せそうだな」
二人がこの世界で問題なく生活出来ているのは間違いなくラグナのお陰だ。
今度、別でお礼をしておこうと思った。
「楽しめているなら良かったよ。それじゃ、俺は歩き回ってくるからまた後でな」
「手伝いましょうか?」
「いや、一人でも大丈夫だ。座りっぱなしの体を慣らす散歩も兼ねているからな」
実際のところ、信用の問題が事実だ。
他に人物を連れて来たら武力行使も可能だという意思があると勝手に誤認されるかもしれない。
人間は種族的に劣るからその辺りに敏感なのだ。全員とは一概にも言えないが。
俺が一人で赴くことは、暗殺の成功率が上がることにも繋がる。この国は実力者が多いので絶好のチャンスだろう。勿論そんなヘマをする気は毛頭無いが。
とにかくこれは相手に安心してもらうために己を犠牲にする気遣いなのだ。
「そうですか。頑張って下さい」
「おう」
短い会話の後で俺は宮殿を後にした。
まずは例の警備本部だ。ここがないと犯罪者が野晒しで色々面倒事が増える。
ここから送られてきているのは地下牢に放り込んでいる元貴族指定していた男の処理だ。
人類圏の方から来ていて他の才は皆無だが金を撒いてくれるからそれなりの利用価値を見出して重宝しようとしていたが、不敬を行ったとか言って護衛を通して国民に重傷を負わせたらしい。
その場で近くにいた警備員が現行犯で拘束、事件記録の報告書を見ても状況証拠や目撃証言が合致。
言い逃れは出来ないだけの実証がある。
しかし金の供給が絶たれるという一点に限り損失が出るので判決を決めかねていると。
今のところは司法に関する取り決めは割と進んでいない為、殆どは俺の独断になってしまっている。
本当はクリフに任せたかったがあのサボり具合では少々不安が残るので、他に候補を探しているところだ。可能なら信用できるかつ自衛を取れる者を置きたい。一々暗殺されましたー、なんてことになったら面倒だ。
俺は警備本部の扉をくぐって中に入る。
一応は王都にあるものなので宮殿とは比較してはいけないがそれなりに立派に出来ている。頑丈さがうりだ。
「あ、ジェス様、どうした、の?」
「この前俺に送ってくれた判決待ちになっていた奴に面会しに来たんだ。それにしても今度は受付をやってるとは大変だな、フェア」
「大丈夫、私、この仕事、楽しい」
そう言って無邪気に笑う女の子の名前は「フェア」という。単語で言葉が途切れ途切れになる口癖が特徴的だ。
北部の小さい村で拾った子どもだが、あれから少しずつ差が伸びてきている。まだ乃亜より一回り小さい子だが文字と向かいあって仕事するのに生き甲斐があるらしい。どこかのサボり屋とは天と地ほどの差だ。
「みんな、ルール、守って、くれる、から、頑張る」
「そ。でもここはそんなルールを守らなかった奴の集まりだろ。気分は大丈夫なのか?」
「大丈夫、ちゃんと、償い、させられる。ジェス様の、お陰」
「でも、フェアの権能の役割の方が圧倒的に重要だよ?」
「私だけ、駄目、弱いから、強い人、いないと、役立たず」
「役立たずなんかじゃないからな。偉い偉い」
「•••••ふへ、」
頭を撫でると、へにゃ、と頰を緩ませて笑ってくれた。愛でたくなる可愛さだ。
「じゃ、例の奴のところに行くから案内お願いしていい?」
「分かった、ここ、引き継ぐ、待ってて」
フェアはそう言って奥から他の役員の一人を受付に座らせて、自身は俺のところに来た。
そして隣に並んで曲がり角の多い廊下を歩いて行く。
「あいつ、煩い、から、一番、奥の牢」
「ハハ。確かにあれは鬱陶しいだろうな。ところでクリフはどうしてるんだ?」
「アポクリフ様、一番、厳重な、地下牢、書類、まだいっぱい、二週間、出さない」
「あいつマジでどんだけサボってたんだ?いっそのことフェアを警備総監に昇格させようかな」
冗談のつもりは一切無く本気も本気である。
フェアもそれを分かってくれたうえで返してくれた。
「駄目、と思う。私、舐められる」
「そんなこと無いと思うけどな。お前は誰よりも真面目だし一番役に立ってるよ」
「それでも、他力本願、なる」
「他力本願でもいいだろ。誰かと一緒にいたほうが、強く在れることもある。一匹狼で生きていける奴なんて多くいないんだよ。俺も含めてな」
実際、あの時も一人ならとっくにあのまま野垂れ死ぬことを自分で選んでいただろう。
「焦燥、浸るの、ジェス様、悪い癖」
「あ、あぁごめんな。直さないとな」
「直さなくて、いい。それ、ジェス様、大切なもの」
そう言ってフェアは俺の腕に抱きついてきた。
俯いて顔はよく見えないが、フェアの全力に近い力が手に込められていた。
「私、一緒なら、ジェス様がいい」
意識に反して早口になったのか最後の方は言葉が切れずに話していた。
こういう純粋な好意は有り難く受け取る。素直に嬉しい。
俺は抱きつかれている腕とは逆の手でフェアの頭を撫でる。
「気遣ってくれてありがとな」
「•••••••」
(なんか腕を締められる力が強まったな)
うっかり告白みたいなことを口走ってしまったというのに、ジェスが後輩にとるような態度だったことから、怒ったフェアは抱き締めていた腕に更に力を込めた。
俯いているお陰で誰にも見られない顔の赤みは力んだ証なのかそれとも──。
この後フェアは早く身体的に大人の女性になりたいという激情に駆られた。
そのままの状態で俺達は頑丈そうな鉄の扉に辿り着いた。
だが入る前にフェアを引き離す必要がある。
「フェア、俺が呼ぶまでここで待っててくれる?大丈夫、いつも通りさ」
「分かった、けど、気をつけて」
そう言って腕を解いて解放、送り出してくれた。
俺は部屋に入って扉を閉めるなりこれまで幾度として行ってきた、風魔法を使った防音を発動。フェアを含めて外に声が漏れないようにする。
「貴っ様ああぁ!!このワシを何日も閉じ込めやがって、幾ら貴様といえど唯では済まさんぞ!!」
入室早々、喚き立てるのは例の貴族だ。
こんな奴とのお喋りに長々と付き合ってやる程、俺は穏やかな性格はしてない。
「再確認ですが、貴殿は『エルドリウス』に本家を置いているマイル伯爵ご本人でお間違え無いですね?」
「当たり前であろうが!このワシを牢に入れる今度の愚行は、『エルドリウス』への宣戦布告たる重罪だ!貴様程度の小童など屁でもない程の軍勢がこの国に押し寄せ、まもなく貴様とその部下共の薄汚い首を掲げて凱旋を挙げるだろうよ!!」
「その頼みの綱の『エルドリウス』から、先日通達が来ましてね。いやぁ全く困りましたよ」
「ぐはは、そうであろう?これで貴様のような下郎も終わりじゃ!!あひゃひゃひゃ!!」
「ええそうですね。下郎が処される時が来たのです。通達はこう記されていました。『伯爵の位は即日剥奪するため処理を任せる』と」
「ひゃひゃひゃひゃ••••••は?」
どうやら俺の発言を腐った頭に入れて理解するのに時間を要しているようだった。
理解すると同時に唇をワナワナと振るわせて言葉が出ないという感じだ。
「要するに、我が国は『エルドリウス』に使い潰された不良品の処理を押し付けられたのです。いやはや、困ったものだ」
「そ、そんなはずあるまい!ワシは誇りあるマイル家の当社なのだ!そんなぞんざいな扱いをされる覚えはない!!虚言だ!このワシに嘘を申すなど無礼にも程があるぞ!ええ!?」
「覚えがないのなら一つずつ読み上げて差し上げましょう。いや、身分を剥奪された下郎如きに敬語を使うのは我が国の品位を落としかねないな。お前はこの国に別荘を建てる建前での入国だったが、以前から『エルドリウス』での度重なる国財の横領が確認されている」
「んな!?馬鹿なことを申すな!そんな事実、断じて無い!」
この後に及んで誤魔化しが効くとでも思っているのか?証拠充分でないと貴族の罪状を読み上げるなんてことはしない。
「ならば記憶に新しいであろう直近のものから読み上げていこう。大金貨に換算し三十二日前に約五百枚、二百五日前には約七百枚の横流しがあった。更にはこれらは全てお前の私遊に注ぎ込まれているな。何々?王国で最も大きい劇場の連日貸し切りに、高級食材と凄腕の名の知れた料理人を雇ったり、他所の家の女を金で買ったりと。良かったな、これだけ楽しめれば悔いは無いだろう」
「そ、そんな馬鹿な」
隠れて行った来た悪事がすべて明るみになっていることに驚きを隠せないのと同時に、自らが見放されたことをここで初めて認めて絶望している。
「その内の一つとして、他貴族の令嬢を権力に物を言わせて寝取った事実が『エルドリウス』にて判明したため、『エルドリウス』の権限が及ばないこの『ノスタジル』で時効までやり過ごそうとした訳だ。嘆かわしい」
俺は読み上げた一覧が記載されていた紙束を手から落として、下郎の髪を引きちぎる勢いで掴む。
「今は穢らわしい下郎を内に入れてしまったことを恥じるばかりだ。もう分かったと思うが貴様をこの国に置いてやる理由も意義も何一つとしてない」
「ま、待て!確かに伯爵の位は剥奪されたが、それでもこの国に持ち込んだ金も相当な額だ。それらを幾らか其方らに分けてやる故、この国で匿ってはもらえぬか!」
分けてやる、ね。この期に及んで自らが上だと思い込んでいるめでたい頭だけがコイツの唯一の長所だろう。
「あぁ、その金は当然こちらが頂こう。許可は『エルドリウス』の方々から得ているからな」
「で、では!」
「だが、継続的な資金を我が国に提供出来なくなったお前は別の話だ。ハッキリ言ってそれだけがお前の強みだったからな。その他には何が出来る?鍛治氏か、刺繍か、建築士か?出来るはずがない。良くて魔物の死体にありつく家畜の真似事がお似合いだ。利用価値のないゴミはただのゴミ。解体してリサイクル出来ればいいんだが、人をそんなことする技術は無い感謝しろ」
もはや人として生きることすら許されないという死刑宣告に絶叫を上げることすら叶わずに絶望している。
「罰は選ばせてやる。『エルドリウス』もとい『ノスタジル』からの永久国外追放。それか、今ここで俺に殺されるか。ちなみに後者を選んだ時には楽には殺さん。お前の側近がこの国の国民にしたように、謝ろうと俺の気が済む──即ちお前が死ぬまで殴って骨を折り続ける。致命傷になる傷は負わさずに、じっくり、味わって」
「••••••こ、ここ、国外追放をさせてください。お願いします!!!!」
まだこれからヒートアップして言いたい事はあったが先に観念して国外追放を望んだ。
既に諦めた奴を死体蹴りする趣味は無い。
俺は防音をそのままに、扉を開けてフェアを部屋の中に入れる。
この後はフェアの出番だ。
「私の、権能、『縛魂契』、本人の、意思、発動条件、破ったら、瞬間、死ぬ。この枠に、国外追放、認める、サイン、押して」
「は、はい!」
下手に出る事は死に直結することを自覚しているようで何よりだ。
ここで激昂してフェアに手を出していたら、本部ごとコイツを消し飛ばすかもしていたかもしれない。
そして、男がサインを書き終えた瞬間にフェアの権能が起動する。
「──発動」
男の体が淡い紫色に光る。契約が成立したことを証明するものだ。
魂に刻んだ契約は術者と被術者の意思に囚われずに履行と同時に自動的に発動する。
「契約、出来た。解放、後、直ぐ、立ち去って」
「は、はいーー!」
男が生き悶えるように道に沿って本部を出て行ったのを確認した後、周りの人の目も気に触れずに国門へ突っ走って行った。
「悪かったな。やっぱり仕上げはフェアが必要なんだ。じゃないと全員死刑にするしかなくなる」
「でも、ジェス様、いないと、無理」
別に俺である必要は無いが、フェア一人では権能の発動が困難な場面が多い。
『縛魂契』の所持者であるフェア本人の魔力量の少なさと効果の強力さが原因だ。
なので、幾つかの条件をクリアする必要がある。
一つ。サインをさせる紙はフェアが物質生成で作ったものであること。フェアでは俺の補助ありで一日一枚作るのがやっとなため、実際に『縛魂契』を発動させるまでには最低二日を要する。
二つ。契約内容を明かし、被術者がそれを認知している必要性がある。なので紙の何処かに読めないくらい小さい文字で書かれてあるという悪徳商売の常套手段は行えない。一つ目の条件において完全に錯乱させてしまうとこれが満たせない。今回の場合は「履行と同時に死ぬ」というかたちだ。
三つ。相手に自主性があること。精神操作系の魔法の関与がある場合は発動出来ない。俺が先程、徹底的に脅しをかけたのはその為だ。
四つ。格下であること。発動し終えた後であっても、格上の相手が回復しきると自動的に発動対象外になる。とはいえ、権能の所持者というだけで一般人よりは強いためさっきの状況なら問題は無い。
そしてフェアの優しさ故、一つ目の条件をクリアするのが難しい。暴力ではないにせよ他人を傷つけるのは相当嫌っているようだ。
特に二つ目の条件などはフェアの嘘付きが嫌いな性格の現れだろう。
「ルール、破るの、良くない」
「•••••そうだな」
ちょっと目を逸らさずにはいられなかった。
フェアの心からの純粋な願いを聞いて、つい昨日自分で作ったルールを宮殿の中を飛び回るかたちで破っている為後ろめたさがある。
「もっと、多い人、笑い、欲しい」
「『多い人』の中にお前を入れてくれよ?」
「ふふ。ありがと。けど、ジェス様も、だよ?」
フェアの笑顔は疲れた頭に良い保養がある。
*****
俺は警備本部をあとにした。フェアには今度ちゃんと休むように口約束してから、俺は仕事に戻る。
まだここで一つ目。当然手元の紙束は殆ど減っていない。だが後は、受付の人に渡して行けば終わりの作業なので実に楽である。
「あと少し。これ終わったら、軽く何か作るか」
睡眠同様に食事も必要ではないが、舌が味に飢えているから食べたいといつ欲求はある。
料理は最初の方は下手だったが、菓子を作るうちに他のものも多分並くらいには作れるようになってきている。
その後は、漸く乃亜と奏波に集中できる。
補足。貨一枚を日本円と比較するとこうです。
銅貨→十円
銀貨→千円
金貨→十万円
大金貨→一千万円
白金貨→十億円(桁が高過ぎて不便なため殆ど出回らない)
大体百倍ずつ増加しています。
白金貨は一億円札なんて不便過ぎていつ使うの?て感じ




