11.入門
広繋奏波という人物を忘れていませんよね?
三つ前の話でジェスを相手に善戦していたあの人です。
広繋奏波という女は基本的に何事にも関心を抱かない。という訳ではない。
確かに昔から反応が薄いと家族や同級生に言われてきていた。目の前で友人が車に轢かれたときも、父が不倫をして母方の祖父と大喧嘩していたときも特に騒ぎ立てることは無かった。
それを「えらい」と褒められたことも決して無かったが、正直リアクションが大きい人よりも楽だなと考えている。
だが、ここまでの短い人生で一つだけ感情が揺れ動きで泣いたことがあった。
私は小さい頃から楽器が好きだった。
音楽と言わないのは歌う事はあまり得意では無いからである。
私の家には物心ついた頃からピアノが置いてあった。母が言うには祖母の物だったが亡くなった時に祖父に貰い受ける事を許してもらったらしい。
母自身が音大に通っていたという程一筋では無いが、中学高校と吹奏楽部だったらしい。そのため卒業以降気晴らしにピアノを弾きたいと思うことが多々あったらしい。
だから私もその姿を見て興味本位で触るようになったのが始まりだ。次第に母のいない時に隠れてジャカジャカとドレミという音も関係なく滅茶苦茶に弾くのが隠れごととして日常に定着していった。
別に後ろめたい事があった訳では無いが、親に隠れて何かをすることが楽しいと思っていたことから、感情が無いとかいうことは無いと思う。
だがある日に、鍵盤の蓋が倒れてきて指を挟んで大騒ぎしてしまったことでバレた。
その時の母は私よりも大慌てしていて、折れてないかとか冷やさなきゃとかで心配してくれているのが純粋に嬉しかった。
それ以降は母は私に弾き方を教えてくれるようになった。わかりやすいように鍵盤にドレミファソレシドが分かりやすいシールを貼ってくれていたのは本当に教わりやすくて、それこそ「カエルの歌」とかから練習していた気がする。一日練習して一人で弾けるようになって驚かれもしたが。
それからも母は時間が空く限り私がピアノを弾く練習に付き合ってくれていた。練習といっても楽譜を弾けるようになる程本格的な物では無かったが、私が何かしらの曲を弾きたいと言えば簡単な物を見繕って教えてくれていた。特に強制力のような物は無く縛り付けられるようなことも無かったためお金を使って習いに行くようなことはしなかった。
絶対にここで母を倣らう方がずっと楽しいんだという確信があったからだ。
別に外に行きたく無くなる程ずっと座りっぱなしでいたい訳では無かったため学校には普通に通っていた。けれど、この辺りから自分が周りの人と少し変わっていることに気がつき出した。
端的に言えば、近づきづらいと思われていたらしい。
「ずっと同じ顔をしていて気持ち悪い」「自慢しても共感が得られない」など言われていて、時には『人格のっぺらぼう』とかふざけたあだ名を付けられていた。
確かに他人のことはどうでもいいと考える節はある。逆上がりが出来たとか、ゲームのステージをクリア出来たとか、すごいなとは思うがそれよりもどうでもいいという感情が表向きに出た結果なのだろう。
みんなもあるのでは無いか?ネットニュースとかで誰かが刺されて死んだり、信号無視で轢き殺されたり、何かのスポーツで賞を取ったりを「ふーん」と無感情に処理することが。
要するに私は、何処か遠くで見知らぬ人がどうなってようがどうでもいいというやつの「何処か」というのが極めて狭かったのだ。
何処か近くで起こることに関しても自分に関係しないことだからどう転んでも興味は無かった。
だから学校では身の周りで起こる全てのことが「仕方なく」というため息混ざりの精神での付き合いがほぼ全てを占めていた。
そういえばこの時期頃に隣席の人が目の前で車に轢かれて死んでただろうか?血を見ても周囲の大人を含めても私だけが無反応だった気がする。いや、後ろ席の人だったか?男か女かももう覚えていないし、精神疾患とかを患うことも当然無かった。
毎日、家に帰って母と隣に座って鍵盤に指触れることが待ち遠しい。それ以外何も考えていなかったかもしれない。
暫くそんな生活を続けて中学に上がった頃辺りで、他の面での異質さが浮き彫りになっていった。
良い意味で「出来が違う」というやつだ。
ピアノの時と同様にやることなすこと全て圧倒的に短時間で定着させていった。勉強も関心は無いが授業の一回だけ頭に入れようとすればテストは満点を取ることが一番多くなり、体育のチーム分けでも男の経験者と同様の扱いを受けるようになっていた。
習い事で縛られる事も無く、周りの人に羨ましがれていたため秀でていたことには気付いていたが、それを楽しいとも思わなかったため勧誘されても部活やクラブなどで活かすこともしなかった。
ピアノがあるから。というのを根拠に断りを入れていく内に自分の中に違和感を覚えた。
一人の時間で教えてもらった通りに鍵盤に触れることが楽しいと感じなくなった。
焦った。怖かった。
今まで生きてきたポリシーを失うこと同義だと思ったから。だからまた「仕方なく」が増えた。
何も考えずただ虚無に、起きて、食べて、飲んで、歩いて、座って、寝る。ただの日常がどんどん色褪せていく実感を持ちながらもどうしたら良いのか自分でも分からなかった。
だが現実は葛藤の時間すらも与えてくれず、刻々と異変は立て続けに起こっていた。
母も私にピアノの弾き方のお手本をする毎に腕を上げている感じがすると言っていて常に私が追いつくことは無かったはず。しかし、母の身体は不調に陥っていた。
指の痺れで力が入っていなかったし、目眩で動きが止まることがあった。最初は貧血だからという理由で誤魔化しが効くほどだったが、次第には何十連続も症状が頻発していた。
私の生きる理由といっても差し支えが無かった時間が終わろうとしている。だがそれを認めたく無い。
そんな幼稚みたいな弱音に身を任せて見て見ぬふりをした結果がこうだ。
母が脳梗塞で倒れて以後目を合わせることは出来なくなった。
植物状態になるほど重度なものだったのだ。
父とは元より仲睦ましいことは無かったがそれで良かったと心から安心し切った。
父は母の看病に触ることなど一度も無くそんな事実は無い、もしくは最初からいないものとして扱うかの様に新しい母を連れて来たから一緒に離れた所で暮らそうと言い出しやがった。
今となっては私を悲しんでると診て違うことに連れ出したかったという見方も出来るが、それでもこの頃の私は父を本気で憎んだ。
覚えの限り、他人に死ねばいいのにと念じるほどの負の感情を強く抱いたのは初めてだったかもしれない。
この時父と祖父が掴み合いになるほどの大喧嘩をしていたが、私はそんなくだらない事には目もくれずずっと病院にいた。
焦点の合わない目を明後日の方向に向けている母に起きてと唱えながら揺れるベットは私の哀しさ故の行動か、それとも近頃自覚症状が芽生えていた謎の揺らす力か、どちらかは分からない。
私は母の近くに居たかった為に学校も月単位で休んでいた。定期テストだけは教科書を立ち読みしながら出席してそこそこの点に留めた。
私を預かってくれていた母方の祖父母が高校には普通に行けとうるさかったため、雑に出席数が少ない通信制高校に進学してやり過ごした。
後は何事も無く、病院に通いつつ母の顔を視界の端で捉えながら勉強して大学もそこそこいいところに入った。祖父母が寿命で死んで父は音信不通。
それでも一人じゃないと無理矢理侘しさを抑えて母の寝るベットの端に顔を埋めて乗り越えた。
ピアノは──母が起きた時にも上手く弾けるようにと向き合っても何一つ面白く無かった。
どうでもいいが、この辺りの日でモンスターがどうとかの話が出始めた。私の近くに小さいのが出て来たりもしたが、さほど関心も恐怖も無く、何で苦しいのかも分からずじまいだったことで募った怒りを雑に蹴り飛ばすことで発散したことがキッカケで何やら国防隊とかに誘われた。そこそこ命賭けの仕事だったらしかったために給金の良さだけで承諾した。
単純に金をかければ治療の質が向上させられる。本当に理由なんてそれだけだ。
自分の命なんかどうでもよかったのかもしれない。それよりも虚無に満ち、人生の泥沼に嵌ったまま生きる方がよっぽど苦しいのだから。
*****
《現在》
どうやら私は昼の一件で少しの間眠っていたらしい。病院で診査を受けて内臓損傷は無しと判断されたためこうして母のいる大学病院に足を運べている。いつも通り受付を通ってエレベーターを使って廊下を歩く。もう同じ景色を比喩無しで数百回は見ている。あまり誇れる話でもないだろう。
いつも通り『広繋』という名札が貼られている扉を開けて中に入る。入って、••••••扉が勝手に閉まっていないことに気付いた。
母を庇うように背後を向くとそこには知らない女の子を後ろに置いた見知った男が扉を手で抑えていた。昼に私を気絶させたソイツである。
「邪魔していいか?」
「駄目に決まってるでしょう。そこの女を殺してでも追い出してやりましょうか?」
「ひぃっ!?」
女の子は男に後ろから抱きついて顔を隠した。
冗談で言ったつもりは微塵も無い。この男に勝てないと知った今、弱味を突きにいくのが勝つ為の行動として自然だろう。丸腰の現状でも首の骨をへし折れるくらいの自信はある。
「よしてくれよ。まだこの娘トラウマ抱えたんだよ。それにこんな人目に付きやすい場で危害を加えるようなことしたとして、俺には何の得もない」
「損得勘定如きで赤の他人を信じろと?」
無理に決まっている。摂理として、得を独り占めしようとする人間がいる以上は絶対に。
男の方は私の後ろの母に目を配ってから中に入って来た。当然後ろの女の子に片手を回しもせずに前傾姿勢のままで。
恐らく「この女の子を殺しに来た瞬間にすれ違いざまに母親を殺すぞ」 という事だろう。
嫌な人質の取引だ。こうなれば流石に手を出せなくなる。
「先ずは互いにコミュニケーションを図ろうぜ。患者を救う病室が血塗れの間になんかなったら本末転倒だ。それとこの娘は立会い証人みたいな役割をしてもらうために連れて来てるからな」
「立ち会い証人?」
「俺の発言だけじゃ全てが嘘に思えてくるだろ?だから一定の信用を得てもらうために俺についてきてくれることを承諾してくれた人を連れてきたわけ」
「初対面の人物の証言を信用できるはず無いでしょう。最初から仕込みを疑うだけです」
「……それもそうか。まずい、あてが外れちっまた」
「………ジェスってドジじゃ無くて馬鹿なだけなのでは」
悪いとは思わないが私も全く同じ感想だ。
「じゃあ強引にいかせてもらおうか。広繋奏波、取引に応じる気はあるか?」
「聞くだけ無駄でしょう。そんな提案をけしかけるよりも、その女を侍らせたまま出ていってもらったほうが楽でいいです」
「は、侍らせ───」
なにやら女の子の顔が赤くなっているが口喧嘩に介入してこないなら無視しても構わないだろう。
そう考えた直後に気を引かざるを得ない発言があった。
「その横たわっている女性を治してやる」
「………場を搔き乱すだけの戯言ならやめてもらいましょうか」
「戯言でも価値はあるだろ。お前のその役職的に相応の金がついてくるはず。大金はたいて世界中探してもそこまでの実力者はそうそう見つかるもんじゃない。国がお前を留めるのにも『何かしらさせてくれ』とか言ってきてもおかしくはない。例えば、『最高峰の医療の全額負担』とかな」
少しズレているところはあれど大筋は合っている。
「いつからどれ程の治療を施されていたかまでは知らないが、この病室の広さを見るに相当良い扱いではあったはずだ。それでも未だ回復の兆しを見せない。だからこそさっきの間は、一瞬だけ可能性を感じたこと示唆するものだ」
つくづく嫌な詰め方をしてくる男だと認識し直した。確かに一瞬だけその希望に寄り縋りたくなったが、冷静に考えればどんな手段を取るのかも分からないしそもそも成功を期待させる程の材料も無い。
「残酷な言い方をするが、お前がその女性のことを想うならどちらか選べ。
息だけある死体を一生眺めるか。
一か八か『生』と『死』の両極端の二択に全ての希望を賭けるか。
今、お前が決めろ」
「──ッ!?」
それでも決めかねる。どうしたらいいのか分からない。だがこの男の言うことが何一つ間違いでは無い。事実医者が言うには殆ど起きる可能性は無いらしいと火葬を勧められている。
「ちょ、ちょっとジェス!流石にその言い方は」
「広繋奏波。お前はあらゆる分野で才能に恵まれていたばかりか自分で考えて努力することが無かったんだろ?されるがまま、流れるままに生きてきた。だがそれでも十分過ぎる成果を出せて評価を得てしまった結果何をしたら良いかすら自分で判断出来ないままにここまで来た」
「・・・・・・」
そのまま過ぎて何も反論出来ずに無言で聞き入れるしかなかった。
「これは俺の自論なんだが、『究極の二択』で一番選んじゃいけないのは第三の『何も選ばない』ことだ。間違いに恐れるのはまだいいが、間違いが無い道に逃げる奴に正解を掴む資格は無い。勿論一人のとき限定だけどな。自分に正直になってどうしたいかちゃんと考えてみな」
最後の方は笑ってそう言った。
内心面倒くさいとため息をつきながら、決めようとしているところだ。
「さっき『取引』と言っていましたよね。たとえ私がそれを呑んだとして、あなたが私に望むことは何ですか?」
「俺の弟子になってもらいたい!」
ドーン、と効果音がつきそうなほど胸を張って堂々と言った。
「••••••はい?」
「えぇ•••••」
私のぬけた反応と同様に横の女の子も困惑のいろを出していた。
意味が分からない。これでは私が教えられる立場になることになり、私が与えるような返しでは無くなる。
「お前の圧倒的なセンスを野ざらしにするのは勿体ないと思ってな。戦力補強はあるに越したことは無いらしいし、未だに弟子の立場だけど一回俺も師匠をやってみたい」
「最後のが本音ではないですよね?」
「私もそんな気がするなぁ」
「二人して俺を何だと思ってんの?まぁ無くはないよ。(九割くらいだけだし)ボソッ」
最後に何か聞こえた気がするが尊厳を守るために聞かなかったことにしておこう。
呆気にとられていたが気付いたら男は足音すら立てないまま一瞬の内で既に扉の取っ手を掴んで外に出ようとしていた。
「まぁこのまま俺が何しても威圧的になっちゃいそうだからあとはこっちに頼むよ。この娘の名前は扶神乃亜っていうからよろしく。それじゃあ邪魔者は退室するから決まったら呼んでくれ」
「え、ちょ」
その女の子に有無を言わさず本当にさっさと出て行った。乃亜という女の子が慌てて後を追って扉を開けようとしてたが、どれだけ必死になっても開かなかった。多分だが外から扉の取っ手を握って開かないようにされているのだろう。
「ジェス待って!私何も聞かされてないんだけど!丸投げしないでよ!開けて開けて開けて開けて開けてよぉもおぉぉぉ!!」
何度もガタガタ扉を開けようとしても沈黙を貫かれた結果、力無く壁にもたれかかって諦めたようにして少しした後でこちらに向き直った。
「あ、あのぉ、そのぉ。はじめまして」
「•••••はじめまして。何というか、不憫ですね」
「ぐぅっ」
他にも思いあたる節があったのか呻き声を漏らしていた。
「えっとぉ、何から話せばいいんですかね?」
「私も分かりませんよ。説得されようとしてる側なんですから」
「•••••••••」
「•••••••••」
おそらく互いにコミュニケーションで先手を取るのが苦手なため何も切り出せずに無駄に重い沈黙が漂う。
「何か適当にそいつの昔話を聞いてやるとかしてりゃあいいんだよ、こういうのは」
「聞こえてるんだったら入って来ていいでしょ!早く開・け・て・よ!」
「聞こえてませんー、独り言ですー」
開けられないのが分かって扉をドンドン──いや、弱過ぎてタンタンと叩いていたが棒読みで流されている。
「私が何か昔話でもすればいいんですか?」
「え、あぁうん。何かそうみたいだね」
「何を話せばいいんですかね。私が立ち歩きしながら勉強していた時に電柱に頭をぶつけたとかならありますが」
「ごめん。そういうことでは無いと思う。その、余り聞いちゃいけないかもしれないけどその女性はお母さんなのかな?いや、ですか?」
「別に聞かれてコンプレックスを感じることら無いですし構いませんよ。それと、年上風を吹かせたい訳でもないから無理に敬語を意識されなくても大丈夫です」
「そうですか。あ、いや、そうだね。ありがとう。それじゃあ私に対しても普通に喋ってほしいな」
「私は母以外に対して大体これで通してたせいか、こっちの方が喋りやすくなってしまったのでこのままで。というか、どこから話せばいいものか」
「それじゃあ、なるべく広繋さんが小さい頃でお母さんがどう見えていたのかが聞きたいな」
「どうせなら奏波でお願いします。そうですね、私が大体五歳くらいの頃に────」
それからは私のここまでの経緯について話していった。
きなくさいところは省略して早めに切り上げようとしていたら、そういうところこそ聞きたいと親身になってきたため三十分くらいは私が話を展開して乃亜が相槌をうつ形で進んでいった。
「そして私が一人になった後から、好きだったはずのピアノが楽しく無くなったんです。まぁそれでも心残りのようなものがあるせいかまだ幾度か弾くことがありますけど」
なんとなくだが最近になってまた上達してしまったかもしれないとと感じている。それでも見せられる程では無いと勝手に考えている。
「もしよかったらなんだけど、今度弾いてるとこ見に行って良い?あ、もちろん私用で」
「それは構いませんけど、自慢するほどの腕前では無いと思いますよ。長い間触れているとはいえはじめから趣味でやっているだけですので」
『今度』が来ることも決まったわけでも無いのに約束事をしてしまった。
なんというか、この乃亜という女の子と会話していて体感できたようなものがある。
声、だろうか。澄んでいて惹かれる気がする。魅惑的とでもいえばいいのだろうか。
だがそれともう一つ、違和感がある。流石に声に引っかかりが無さすぎる気がする。通常、水を飲まずに三十分も話し続けていたらカスレやつっかえが複数回起こってしまうものだが、そのような疲れを一切感じさせない。『つくりもの』というのか、声帯の手術でもしたことがあるのではないかと考えている。
歌うの上手そうだなと思い、それこそ『今度』があったらカラオケにでも連れて行ってみようと思った。
「それでさ、本当にこう何というか、まだ周りの人とかもどうでもいいやってなっちゃってるの?」
「まぁそうですね。さっきあの男が──確か乃亜がジェスって呼んでましたっけ。あの人の言う通り、割と自分だけでどうとでもなってしまっただけに頼る友人のような存在は要らないと思って遠ざけてきましたから」
「でもさ、その理屈だと生きるためにいる最低限が有ればいいやってことになるよね。でもさ、それだと矛盾ができちゃうよ」
「矛盾、ですか?」
言ってる意味を察することが出来なかった。少なくとも私の話でそのようなことは無かったと思うのだが。
「もしその理屈は、『どうでもいい』という枠組みにお母さんも入ってしまう」
反射的に思わず椅子を蹴り飛ばして乃亜の胸ぐらを掴んだ。大きな音を出してしまったせいか病院の廊下にも静寂に満ちたことで、目の前の人物の目を真っ直ぐ見ることしか出来なくなった。
瞬きせず互いにただ真っ直ぐ、ひたすらに。
その瞳に私の顔が鏡合わせに映る。乃亜が瞬き一つしないせいで、結果自分の顔も知るようになった。
泣くのを堪えるかのようにくしゃっとした自分の醜い顔を。
「逸らさないでよく見て。その顔が奏波の本心を物語ってるんだよ」
まるで私の見えてる景色が共有されているかのように指図してくる。一瞬だけ気持ち悪いとさえ思った。当然、私を含めて。
「もう一度思い出して。奏波は、初めてピアノを弾くのが楽しいと思ったのは何でなの?」
私は今、魅せられているのかもしれない。
乃亜の奥底にある純粋な優しさが狂気と紙一重になっているものを。
「それは───、隣に、居たから」
「誰が?」
「••••••お母さんが」
あぁ、もう駄目だ。
ずぅっと前に気付きそうだから蓋をしたのに、勝手にこじ開けないでほしい。
「ハハ、は」
乾いた笑い声を漏らすが、瞳だけはいやに潤っていた。瞬き一つで溢れ落ちそうになるほど溜まっている。
「結局のところ、奏波は大切な人が隣にいるという当たり前のことに幸せを感じられる優しい女の子なんだよ」
「───フフ。流石に、この年で女の子と言われるのは初めてですね」
「あ、なんか、ごめん。ていうかなんか気付いたら説教みたいなことしてたぁー。ゔあ゙ぁぁーーー••••••私なんて絶対人に言えた立場じゃないのに••••••」
その後も冷静さを取り戻したのか、わあーとか、うあーとか言ってのたうちまわっていたが、高校生くらいの乃亜でも年下と見ればこれも可愛らしく見えてくる。
「はぁ。でも、ずっと胸の奥底でつっかえていたものが払えた感じがして楽になりました。ありがとうございます、乃亜」
私が必要無いと決め付けていたそれが、私が最も恋しく思っていたものだと気付かせてくれた。
「だから、少なくとも貴女のことは信用しますよ。あちらは別ですが」
「あー。やっぱりジェスには不信感がまだある?」
「当然でしょう。互いに不可抗力だったとはいえ、私は初対面で昏倒させられてますから」
私は仕事だったし、ジェスは自らの命を守るための行動だったから仕方が無いとは思ってはいる。
事実として命を奪おうとする存在の私や国防隊の人達を殺さずに全員生かしていた。
ただ利用価値があるというだけの考えの可能性もあるが。
「そのぉ、私も今日聞いた突拍子の無い話なんだけど、ジェスは異世界から来ているらしいの」
「自分にファンタジー設定を盛り込むのって、いい年して恥ずかしくないんですかね」
「別に俺が勝手に盛り付けた設定じゃねえからな」
たっぷりの皮肉に応えるように勢いよく病室の扉が開かれた。
「またこの話をし出すと長くなるけど、これ言っとかないと話が始まらないからな。乃亜も一応確認で聞いててくれ」
そこから一通り説明された。
異世界の間では結界の作用が働き外界を認識出来ないようになっていること。
ジェスが門を使ってこの世界に訪れたこと。
そして次の門に行くために乃亜が有している力が必要なこと。
そして予想外にも戦力的に鍛えないと勿体無いと思えるおまけ、つまり私を勧誘しに来たこと。
大きく分けてこの四つが説明された。
「世界間を渡る方法は他にも無くはないんだろうが、現状判明していることは門を使うことだけらしい」
「実際、この世界のどこにその門ってあるんですか?」
「あぁ、南極の大氷の中に埋まってあったな。ドアを蹴破りモグラみたいに掘り進めて地上に出た」
「思ったより脳筋ですね」
「炎で溶かして濡れるのが嫌だったんだよ」
その辺気にするんだと人間味を感じた。
「あのさぁ、ジェス。聞くけどさ、二ヶ月前に南極で起こった大規模地震ってもしかして••••••」
「震源地は俺だろうな。時期もピッタリ合う」
「地球に害しか為してないじゃないですか」
まずい。本当にこの男は殺してしまった方が世の為人の為なのではという思考になってきた。
「そろそろ本題に入ろうか。ちょっと俺の知り合いがイラつき始めてるから急ぎたい。暴れられたりしたら冗談抜きでこの辺一帯が更地になる」
そう言いながらジェスが指を刺した方向、窓の外に真顔だが凄まじい圧を感じさせる存在が浮遊していた。純白の髪と瞳が際立つ男だ。
私達がその人を認識すると上昇して窓からの景色から出て行った。屋上にでも行くのだろうか。
「奏波、俺達についてくるつもりはあるか?」
「••••••乃亜は何でこの男に着いていくことにしたんですか?」
「何で私がその基準になってるの?」
「何で全員が疑問系になるんだよ。話が進まないから乃亜ちゃちゃっと頼む」
「ええ•••••。私はその、端的にいえば産まれがこの世界じゃないらしいから本当の両親にあってみたいなった思ったのと、••••••••ジェスのお陰で少し自信を取り戻したとかで───」
その後もジェスの話になると言葉を濁らせつつ途切れ途切れになっていた。語りづらい事情でもあるのだろうか。
それよりも乃亜の産まれがこの世界じゃないというのに引っかかった。
ジェスが言うように門を使わないと世界間を渡れないのではなかったか。いや、確かに他の方法も無くはないと言っていたから偶然にも条件を満たしていたのだろう。
「かくかくしかじかでこうなってるよ」
「まとめられなくなったら『かくかくしかじか』っていうのどうなん?」
雑に理由付けを終わらせた乃亜に指摘が入っていた。
「先程からの説明的に、これから乃亜を連れ回しに行くわけですよね。それじゃあ私も行きましょうか。久しぶりに出来た気心知れた人ですし」
「そ、それって友達ってことでいいんだよね?」
乃亜が疑心暗鬼と申し訳なさの中心のような口調と態度で確認を取ってきた。
「友人──。はい、そうですね。友人です」
「やったー!ずっと友達いなかったのに今日で二人目!」
友人。私に関しては久しぶりどころか初めてかも知れない。胸踊るという言葉の意味を体感できた気がする。
「それって俺とラグナのどっちが友達認定貰えてないの?」
「あ。••••••それはそのぉ、ジェスは何と言うか•••••別枠?」
「うえぇぇん。酷いよおぉ。三人の中で一番最初に会ってるのに友達以下なんだあー。ぐすんぐすん」
「ちょっ、かなり嘘泣き上手いから分かってる筈なのに心が痛くなるからやめて!そ、それに誰も以下とは言ってないし、───あぁもう!」
(あぁ、成程そういう•••••)
ここに来てようやく奏波も気付いた。
これはよりいっそう面白い事になりそうだ。
あまりおちょくることはしてきていなかったためどうすれば良いのか分からない。だから、自分で見つけていこうと思えた。
「そうそう。奏波、俺に弟子入りする約束は忘れてないよな」
「ええ。覚えていますよ。なので、これからはお師匠様とでも呼ばせてもらいなしょうか」
「お、おお!?なんか師匠っていいな!一度やってみたかったんだよ!」
「──むぅ」
あ。乃亜を差し置いて師弟という程の密接な立場を確立させてしまったのはマズかっただろうか。
こちらを見て頰を少し膨らませながら睨んで来ている。可愛い。子猫の圧はかえって逆効果にしかなっていない。
「よし!これからのおおまかな予定は固まったな。だけど奏波を連れて行くとなると少し問題があるんだよな」
「問題?」
何だろうか。思い当たる筋は無いが、やってはいけない事が何かあったのだろうか。
「いやな、お前はこっちでは結果有名人だから人知れずさようならって訳にも行かないだろ。それにお母さんの方も連れて行かないといけない訳だから、お前ら二人して行方不明者になるんだよ」
「ああ、そういう事ですか。それなら大丈夫です。私はそもそも国防隊に顔見知りと言える程の人も居ないですし、お母さんが起きたとしても笑い飛ばすと思います。そういう人です」
「軽。まぁそれで良いなら俺が言うことは無いんだけど、まぁ最低限の事はこちらの方でやっておこう」
「それよりも奏波が居なくなったことでこの国を守る力が減るのは、なんだか少し居た堪れないね」
「そこが俺の言う最低限の配慮だよ。国に掛け合って少し過剰になるくらいの戦力を置いておこう」
戦力?
ジェスにそんな大きい規模のことが出来るのだろうか。
「それってもしかしてラグナちゃんのこと?」
「そんな訳無いだろ。あんな単独で世界を相手に回せるようなレベルは流石に駄目だ。こっちにもある程度抑止力ってもんが必要だからな」
「••••••ラグナちゃんってそんなに強いんだ」
「まぁあんなお気楽そうにしてる奴が強そうには見えないわな。アレでも『不滅の太陽』の異名がつけられるくらい忌避されてるんだぞ」
「横入りですみませんが、そもそもさっきから話に出てるラグナって誰のことですか?」
「あーしのことだよぉ」
リアルに数センチ跳ねた。
ベッドの中からホラー映画のように足を掴んできたのだ。ホラーで怖いと思ったのも割と初めてだ。
そう考えたとき誰かが倒れるところを抱きかかえる音がした。
「••••••」
「あーあ。乃亜が気絶しちゃった」
「この人でなしぃ」
「貴女のせいですよね」
というかジェスは驚いていないところを見るにこうなる事を分かっていて黙っていたのだから共犯だろう。
乃亜は目が覚めない間、その共犯者に抱きかかえられたまま運ばれていった。
*****
乃亜が気絶してから十時間程経った。
みんな(女子軍団)にはその間眠っていて貰い、俺は不眠不休で結界の形状を風の抵抗を受けづらくしてその中に休眠中の面々を入れて猛スピードで飛び続けた。
具体的には、威力が弱い飛距離全振りの空間の刃を先行させるように連発して間髪入れずにその跡を進み続けた。
その成果もあり俺たちは今、南極にいる。
「わあー。涼しぃ〜」
「うわぁ寒そ〜。ラグナちゃんの体どうなってるの」
「これどうなってるんですか?膜みたいに薄くて、ちゃんと外から酸素を取り入れてるのに寒くない」
「結界は音と酸素と二酸化炭素だけは素通り出来るようにしてるからな、ストーブ代わりの炎で出来た二酸化炭素が溜まることは無いから安心してくれ」
俺を中心に作った結界を動かしながら、中で乃亜と奏波が俺の火炎魔法で暖をとっている。
ラグナは極寒の外で遊んでいる。見てる方が寒くなるといった状態だ。
「ラグナ。乃亜の荷物はもうあっちに運び終わってるんだよな」
「はぁい。あとは奏波ちゃんが持ってるものだけですよぉ」
ちなみに奏波の荷物は旅行するくらいの小さいキャリーケースくらいの大きさの鞄で肩に掛けて今も持ち運んでいる。
「マジで荷物そんだけだったのか?言っとくけど、またすぐには戻らないからな」
「はい。本当にこれだけです。というか、この無駄に大きい鞄もついニ十分前くらいに買ったものですよ」
それだけで奏波の物欲の無さを伺えた。
「それより、お母さんはどうやって連れて行くんですか?」
「ああやって」
そういうと俺は親指で背後を指差す。
その方向からはベッドごと担いだ男が猛スピードでこっちに飛んで来ていた。
アルは足からバゴォーンと轟音を鳴らしながら着地して、結界を開けろと言わんばかりにガツガツと蹴ってきた。
応えて結界を一瞬だけ開けて入らせた。
「さ゛ふ゛い゛よ゛お゛」
「はいはい。もう閉じたって」
乃亜が一瞬で凍えそうになっていたが鼻水垂らしながらまた俺の炎で暖を取り出したから問題無い。
それよりも今来たアルに話しかける。
「確かに連れて来てくれとは言ったけどまさかベッドごと持ってくるとはな」
「こっちの方が早いでしょう。というか、私じゃなくてラグナ殿にさせてればよかったでしょうに」
「ラグナは炎で飛ぶから着地の時に大陸が溶けるかが心配だったんだよ」
「むぅ。そのくらいは気をつけますよぉ」
俺がラグナの心配をしたがそんな事は無いと否定された。
だがどうしても信用出来ない。ラグナは大陸を両断してその間に川を作った前科がある。最も記憶に新しい死にかけた瞬間だ。
「誰ですかこの人?」
「あーそういえばお前らには会わせたこと無かったな。紹介するよ。名前はアルネーブ、結構おっかない奴だけどよろしく」
「一言余計なんですよ」
絶対余計では無い。というか伝えておかなければならない必須事項だと思う。
色々とそつなくこなしてくれるが、人が相手になると荒い。とにかく荒い。こいつを反面教師にして師匠として頑張らねばと心構えをしなければならないほど荒い。もう一度言う。めっちゃ荒い。
それから少し雑談しながら
「そろそろ着くな。••••何だこれ?まぁいいか。一人ずつ入ろう」
「••••••入るって、ん?この穴に?」
乃亜のいうそこには暗さで底が見えない穴があった。だかこんなに側面が整えられていただろうか。
「あーしがさっき乃亜ちゃんの荷物を持って行った時に滑れるように綺麗にしておいたよぉ」
「一応聞きますけど、勾配は大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃないかなぁ?最初は緩いけどその後はぶつからないように直角になったからぁ」
「まぁ確かに滑る時に変に体を動かさなきゃ大丈夫だろうが、高さ百五十メートルくらいありそうだから頭じゃなくても打ち付けられるだけでも乃亜は即死だぞ。これ」
「ちょっとお手洗い行ってきていい?帰って来なくても探さないでね」
「ここに便所は無いし、出て行ったら凍え死ぬぞ」
「やだやだやだ!私バンジージャンプは一生しないって決めてるもん!」
「良かったな。否が応でも初挑戦させてやる」
逃げ場が無いのに足掻こうとする涙目の乃亜の肩を掴んで静止を試みるが全く落ち着いてくれそうにない。
「大丈夫だって。ラグナに担いでもらって一緒に飛び降りれば「ひゃっほーーい!!」
残された全員に沈黙が重くおしかかった。
たった今、頼みの綱が目の前で頭から豪快に滑りに飛び込んだのだから。
バンジージャンプ(命綱無し)へと。命の危険を感じる事は何一つ無いだろうが別の問題が生じる。
「あー•••••取り敢えず、アルは先に行ってくれ」
「分かりました。ではこのベッドは流石に置いて行きますよ。邪魔でしかないので」
そういうと次にアルが奏波のお母さんを肩に担いで飛び込んだ。
そしてその行末を空間魔法を使った感知能力で見つめる。
「門には無事に入れたみたいだな。アルには気遣いを一切しなくていいからこういう時は助かるな」
「ありがとうございます。私を気遣ってくれたんでしょう?」
「はは、分かる?どういたしまして」
奏波は母を残したままでは、先に行くことに躊躇いを生んでいただろう。奏波が落ちる時に怪我するかもしれないからこそ、この順番だ。
「それで、このベッドはどうするんです?」
「本当はラグナが乃亜を担いで俺がベッドを持って行くつもりだったんだが•••••••粗大ゴミとして置いておくしかないな。こっちには申し訳ないけど、ベッドくらいはあっちでいくらでも調達できるし。じゃあ、次は奏波が行こう」
ちなみに順番の理由は、今も暖をとれているこの結界を維持出来る人──つまり俺かアルかラグナが最後尾でないといけないからだ。
なので余りの俺が最後である。
「大丈夫ですかね?流石に死ぬと思うんですけど」
「魔力───あ、この辺の説明はまだだったか。俺と戦った時に身体能力を上げてただろ?アレを全身にまんべんなくすればいい。そうすりゃ最悪骨折で済むけど、奏波の異常なセンスならなることもないさ。それと門を抜けたらその落下スピードのまま放り出されるけど、向こうの門──出口は普通に地面に垂直に立ってるからスライディングで何とか着地してくれ」
「分かりました。あの感じをもう一度やればいいんですね」
そう言って穴の前に立ち、肩を上げて大きめの深呼吸をした後に飛び込んで行った。
つい一時間前まで普通に過ごしていた人間が、悲鳴が上げなかったのは流石としか言いようがない。
それにさらりと言ったが、一度の成功をすぐさま再現してみせるところが恐ろしい。反復練習とかも要らなさそうだなこれ。
「奏波、ちゃんと大丈夫だよね」
「そこは大丈夫だ。ちゃんと無傷で飛び込めたぞ」
(さてと、残るは二人)
「乃亜、この前と同じ質問していい?」
「え?」
「抱っことおんぶ。どっちがいい?ちなみに今回はおんぶ紐付き」
そう言いながら物質生成でおんぶ紐を作っていく。
これは別にアル専用の魔法という訳では無く、ただ物を作るだけなら高等な技術も要らない。
必要なのは一定以上の魔力量と出力であるため、使えるだけでも警戒する必要が出てくる。
ただし生物に限ってはその限りでは無い。欠損部位の修復には細胞の配置などの微細なところまで把握する程の演算能力を求められる。
と、この話は終わり。
「•••••おんぶ紐は要るの?」
「手が滑ったら即あの世行きだけどやってみたい?」
「いやですおんぶ紐使って下さいお願いします。•••••でも、くぅう」
この年でおんぶ紐なんてえ、と嘆いているが知ったこっちゃない。
「で、抱っことおんぶ、どっちがいい?ちなみに言うとスライディングで着地するから抱っこの方が助かる」
「何でちょっとノリノリなの、もぉー•••••。そう言うなら抱っこにして」
「人の不幸は蜜の味って言うだろ?ほら、おいで」
「••••••」
俺は両手を開いて受けの構えを取った。
要するに「ハグ」だ。抱っこというなら当然踏まないといけない過程だろう。
ただし俺の場合、乃亜の気持ちに気付いているためイタズラの側面が大きくなっている。
乃亜の顔が見るからに赤くなっていたが、もう少し揺さぶってやろう。
「ほらほら〜。早くぅー」
「──っ!?」
急かせばさらに狼狽して目が泳いでいた。
遊びがいがあるが、時間の無駄なのも確かである。
「まあいいか。ほいっと」
「••••?、っっっっ!!!!???」
こっちから抱き着いて早業でおんぶ紐を結んで───
あれ?
「どうやって結ぶんだ?これ」
「••••っハッ、ヒュぅ、───キュぅ」
手間取り過ぎて乃亜が過呼吸になっていたから結構本気で慌てて結ぼうとするが、ますます手元がおぼついて余計に時間がかかった。
二分後
「よーし!気を取り直してえー、レッツ・バンジー!!」
「•••••ぉ–」
声ちっさ。せっかくムードを作ろうとしてるのに。だが意識があるなら問題無いはずだ。
生存確認が済んだところで、他の面々にかなり遅れて俺も飛び込む。
それと同時に必要なくなった結界も解除。
「さ゛ふ゛い゛よ゛お゛」
「そこは反応するんだ」
ラグナの言う通り最初の方は緩い勾配だが氷との間に生じる摩擦力なんざたかがしれてる上、ラグナの無駄な頑張りのせいでスケートリンクのようにツルツルになっていたのでそれなりにスピードが出た。
そしてこれが終われば──命綱無しのバンジージャンプが始まる。
落ち始めた辺りで乃亜が「ひゃあー」とか「ぎゃあー」とか言い始めたがこのタイミングでかける言葉は無い。
数秒で百五十メートル程の高さを落ちて、その先に倒れつつも開かれた一つの大きな門が現れる。
白の扉と枠が付いているのが特徴だ。
その門に足から躊躇なく飛び込み、世界を渡る。
*****
《Unknown・age※■×◇□◆※×■□◇◆×※》
フフ、ハハハ♪
本っ当に幸せだなぁ。
これでご主人様はようやく『幸せ』を手に入れることができる!!
でもぉ、無償で手に入る幸せなんてのは誰もが目にしてもつまらないって思うでしょ?
だからこそ描いたんだよ、『運命』ってやつを!
だけど、大成が約束されたつまらないショーだからといってつまらなくしないで欲しいな。
でも•••••杞憂に終わるかもしれないね。
全ては彼女次第になるけれど、あの分なら心配は要らないよね。
さぁ僕の脚本をいかに掻き乱してくれるかな?
どんな結末を魅せてくれるのかな?
何人死んで生け贄に代わるかな?
ご主人様のさぞかし惨めな泣き顔がどう晒されるのかな?
自らの作品を壊される事を知りながら、
史上最狂の災厄はほくそ笑む。
これから先、哀れなご主人様は
いづれ、またその手で仲間を殺すことを死よりも恐れ
不滅の魂と永劫の使命を負うしかなくなる
嗚呼、『神殺し』の舞台が待ち遠しくて仕方がない
その為の布石は、とうに蒔き終えている。
ラグナがいきなりベッドの下に現れたカラクリ。
ジェスが二回目に病室に入るタイミングで超スピードでベッドスライディングしてます。あとこの時肉体の要所要所を炎に変えて軽くすることで風が起こっていません。
あと奏波の弟子入りの「入門」と文字通り門を通る「入門」を掛け合わせたかったから長くなりました。




