9.この手は貴女を地獄に引き堕とす
《ジェスside》
俺が指パッチンをミスった時笑い声が聞こえた気がするので後で問い詰めてやろう。と心に決めた。
指パッチンは苦手だが何かとやりたくなってしまう。理由は単純、カッコいいからである。
まぁそんな話はどうでもいいためとっととこんな失敗を忘れてしまったことにして、目の前の事を処理しよう。
さて、竜巻を起こしたはいいがどうやって収拾を付けようか。難問である。そもそも竜巻なんて粗大ゴミでも混ざってない限りただ上空にぶっ飛ばされるだけの風である。つまりはここからでは落下ダメージ以外に攻撃法が無いわけだが、魔力を使った身体強化がおぼつかないこの世界では普通に死んでしまうだろう。風や空間の刃も無しだ。普通に両断してしまう。
程良くいい安牌で解決する方法は・・・・よし、こうしよう。高速回転&急逆回転で三半規管をバグらせる。
風魔法の形を変えて飛び回ってる者達にそれぞれ風を当てて高速回転を始める。俺の気分で一定時間経過したら急停止からの逆回転。また俺の気分で縦回転も追加。またまた俺の気分で急停止からのジェット機ばりの超スピード体験をトッピングしたところでほぼ全員が気を失っていた。だが吐いてる者も多数。やり過ぎた。
そのまま衝撃が無いように地上にゆっくり並べて下ろしておいた。
辺りを見渡していると流石に立ってる者は居なかったためこれでここから去れるだろう。というわけで少し前に結界内に放り込んだ魔人の親玉と乃亜の回収のために校舎に歩みを進め、不必要になった結界は解除した。
まぁフードが外れているとはいえ、全員が俺がここの生徒だったことを認識してる訳では無いだろ。なにせ入学から一ヶ月余りしか経っていないし部活もやっていないため他クラスや先輩はほぼ俺のことなんか初めて見る顔くらいのイメージだ。
よってわーわー騒ぎになることも特に無く普通にたどり着いた。
「やあ、サプライズはどうだったかな?お二人さん」
「「ふーんって感じ」」
「もうちょい尺取らせてくれ」
観斗と友弦は相変わらずだ。
「乃亜は喉大丈夫なのか?」
「う、うん。おかげさまで」
喉を握りつぶされそうな勢いで、今も少し掠れた声だが心拍も落ち着いて普通に喋れているから問題無し。
なんか露骨に目を合わせようとしないし、少し顔が赤くなってる気がするがさっきもそうだったから問題無いのだろう。
「••••••なぁ、観斗、友弦。色々あったけどさ、まだ友達でいてくれるか?」
やはり、ここでの学生生活が楽しく無かったと言えば嘘になってしまう。だが正体を明かした以上それを続ける事は当然出来ないし、俺も他の事があるためずっとこの世界に居座ることも出来ない。
だけど••••••まだこの世界に知り合いが居てくれるなら───こんな世界に、たまには戻ってこられるかもしれない。
「うん。僕は全然良いよ。死神を演じていたとかなんだろうが終は終だしね」
「俺もだな。さっきのクソダサいミス指パッチンに誓って───おいおいおい!?そんな物騒な物振り上げんな!」
「何となくお前のフォローはイラッときたからな。心配しなくても柄で殴る分じゃ死にはしないから気にすんな」
「気にしすぎるわ!さっきの暴れっぷりを観た後だと本当に脳天かち割れそうだから止めろ!」
ああ、いつも通りだ。本当に、波瀾万丈なんかが無い方がずっと幸せなんだ。
まぁこれから波瀾万丈を引き起こしにいくのだが。
「ありがとな。観斗、友弦。時間が出来たらまた会いに来るから、連絡先は繋いだままにしておいてくれよ」
「ジェ、源乃亜さ、去っていく雰囲気出してるけど実際どこに行こうとしてるの?」
「ふふふ。『異世界』、とか言い出したらどうする?」
「••••••『妄想』じゃないかなぁ、とか?」
だろうな。それが普通だ。
「でも実際、大マジであるんだよなぁ!『異世界』!それがいくつも!」
「「「••••••••」」」
「その『何言ってんだコイツ』みたいな目やめて。結構効く。じゃあ自画自賛みたいに言わせてもらうけど、あんな事が出来るくらい強い俺が今までどこで何してたんだってなるだろ?」
「確かにそうだけど•••••••」
全員何か言いたそうにしているが、一々受け応えしていたら永遠と話が終わらない気がしてきたので俺一人でつらつらと語らせてもらう。
「人類が異世界を認識出来ないのは特殊な『結界』が世界を覆うように囲われているから異世界とは完全に隔絶されてるんだよ。
そして、『界渡り』する時にほぼの物質が消滅しちゃうから特殊な門が必須になる。でも門もどこでも誰でも使えるわけじゃない。でないと今頃この世界は魔物だらけの地獄絵図になってるだろうしな」
「•••••でもそうなると何で今までこっちの世界?現世?に誰かしら来なかったのかってなるくない?それとも魔物がそれ?」
「はぁ、もうあと30分くらい喋るの面倒臭いから止めとく。どうせもう一回同じ事を喋る事になるんだし」
詳しく話すのはあっちに帰ってからでも問題無いはずだ。
「で、その異世界に俺は今から色々してから帰らないといけないんだが、乃亜」
「え、何でここで名前呼び」
「悪いけど強制連行させてもらう」
「••••••はい?」
悪いけどこれも大マジだ。
「短い話、俺じゃ全部の門を扱いきれないんだよ。だから乃亜の協力が欲しいわけ」
「な、何で、私?」
「権能なんて、所持している人すら貴重なのに各々で性能が全く違うものなんだよ。だから俺には出来ない事が乃亜の唯一無二の力にはできるんじゃないかって次第」
実際、嘘は付いていない。
共通して強者が権能を持っているのが当たり前みたいな風潮がどうしても根付いているが、権能を所持しているだけの人物が強い訳ではないし、逆も然りで所持していなくても強い奴はいる。
俺もアルに「私は魔力を使った身体強化しか使わないから思い切って来なさい。ハッハッハ」とか言われて結果ボッコボッコにしごかれた事がある。
まぁとにかく俺の権能に出来る事では門の結界を破れなかった。
だか、乃亜の権能ならあるいは───そのい異質な気配を漂わせる力ならあり得なくはないと考えている。
返答は、
「•••••••い、嫌だ」
泣きそうにか細くそう答えた。
それはそうだ。ついこの前にはじめましての挨拶をした相手が荒唐無稽な話をし出して、それを信じてついて来い。なんて言われているのだから至極真っ当な返しだ。
だからこそ用意したわけなんだけど、効くだろうか。
「••••••乃亜、この前のアレでさ、」
「あ、ご、ごめん。あなたが怖いとか、今更あなたが言うことを信じられないとか、そういうんじゃ、ないの•••••••」
最後の方は声を小さくしてボソボソと言っていたため聞き取れたのはそこまでだ。
だが、俺の知らない所で思い悩んでいる事は明らかだろう。
「私は、また、自分自身が何か分からなくなるかもしれない。また、私のせいで死ぬかもしれない」
「•••••この前の昔話、まだ続きがある?」
俺は乃亜の前でしゃがみ込んでそう問いた。
口での応えは無かったが首を縦に振り肯定を示した。
少し顔を覗き込んでみると目頭に涙が溜まっていて瞬き一つで溢れそうになっていた。
「少しずつでもいいし、落ち着いた後でもいいからさ、聞かせてよその話。興味本位とかじゃ無くて、乃亜が何かに怯えて生きてるんなら力になれる事があるかもしれないよ?」
あくまで力になれると言う。俺は創作の正義のヒーローなんかじゃ無いから、本当の意味での救いは与えられない方が多いに決まっている。
だからこれは、何もしないよりかは気が楽になるという自己満足だ。
「••••••おぉ!心なしか終がカッコよく見えてきたな。ていうかちょっとだけ顔変わってないか?」
「本当だね。ニキビとか綺麗に無くなってるし目の色も緑を基調とした黒みたいになってる。厨二心で死神チョイスが無ければ良かったんだけど」
「だよなぁ。なんか古風なローブみたいになって年取った魔導士みたいに見えなくはない」
「そこ、ちょっと黙ってろ」
せっかく人が良い話をしようとしているのに場の空気を乱さないで欲しかったが、
「•••••ふふ、」
今の乃亜にはこのくらいの和んだ空気の方が楽なのかもしれない。結果オーライという事にしておこう。
乃亜は両目の涙を袖で拭き取って目を合わせてくれた。と思ったら首を90度曲げて目線を逸らされた。
分からん。
「••••••私が───確か、小学生の三、四年生の頃なんだけどね、」
「何でそのまま話すのかな?」
「で今から何の話が始まんの?」
「一応言っとくとこの二人がアレなだけでバレバレだよ?」
「••••••••」
全く気付かない者一名。
話の内容を五秒で忘れた者一名。
とっくの前から気付いていた一名。
当の本人に気付かれていないことに安心しつつもモヤモヤする者一名。
神妙な空気の中、かくして過去話が語られる。
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《七年前〜四年前──乃亜side》
少し前に学校で飼っていたウサギがバラバラになっていた事件の犯人に私が仕立て上げられた。誰か私がウサギ関連で先生と会話していたのを盗み聞きでもしていたせいだろうか。
当時の私としては私以外の何かがしでかした事なのだろうと考えてしまうのも仕方のない事だったと思う。
だが、以前と同じように私が虐められても助けてくれる人といた。私は悪くない、と。
しかしながらいつまでもその恵まれた環境が続くわけでもなかった。
私を守ってくれていた人が転校してしまい、また私は虐められはじめた。良くも悪くもという言葉があるが、賢くなることが悪く働くことで、先生の目につく露骨な方法を使わず遠回しな言い方をつかったり低学年の人に風潮するなど、教師の目につきづらい手段を取るようになった。
結局私は誰かに守られているという環境に依存していたのだ。一人でいたら何もできやしない弱い人。
その後両親──とはいっても血のつながりは無い──が、私の家での様子を見兼ねて転校させてくれて随分とまともに学校生活を送れるようになりはしたものの、編入で顔見知りもあるはずも無い上に自身の中の恐怖が災いして友達を作りづらくなった。
流石にこの時期に差し掛かると周りの目や自身の行いがどう影響するかを考えられるようにもなってくる。だから自然と事件の事を振り返るようになった。
あの場には間違いなく私しかいなかった。
いじけて一人でいたくてあの場に行ったのだから。
ならば当然、ウサギがバラバラになったのは私の所為だと。
もう誰かに触ることですら自分自身に不信感を感じ過ぎて避けたかった。だが、生活する上でそれは不可能に近いしあの事件の原因が私にあることを話すのは憚られる。まだ私が犯人と断定は出来ない、というよりしたくないというのもあった。
必然として家でも一人の時間の方が多い程になる。私自身のせいで。
ほどなくして小学生が終わろうとしていた頃、母が交通事故で亡くなった。
私の両親は不妊の関係で私を養子にしたらしいので血の繋がりは無い。私の元の両親の事を聞いても「分からない」とはぐらかされたため本当の両親については何も分からずじまいになっている。
それでもやはり付き合いの長さも暖かさも母親同然だったため悲しかった。
その影響で父が鬱になりつつも私を励ましながら働いてくれていたが、不調が災いして失敗を複数回重ねてしまった所為でリストラされてしまったらしい。父は家で嘆き続けた。ごめん、死ね、情け無いと。他にも呪詛のように呟いていたが覚えているのはこれだけだ。
私はまだ家事の手伝いすらも出来ずじまいで本当に何も出来ない子供だったため、父の背をさすることしか出来なかっただろうにそうしなかった。感情が激しく揺れ動いている状況にあの事件と重ねさせてしまったからだ。今度は父がそうなるかもしれないと逃げたのだ。汚い言い訳に。
程なくして父の様子が変化、否、変貌した。
癇癪と共に家の物に当たるようになった。それが終わればまた嘆き崩れ、そしてまた物に当たりはじめる。
そんな事を続けていけば壊れる物も無くなってきた。ならば次は?人に当たるようになった。家にいるのは私と父の二人きり。誰にあたるかは言うまでもない。
基本的には殴る蹴るばかりで性的な事に関して何も無かったのは今になってみれば助かったと思っている。それも理性が少しは残っていたのか加減されていたため、骨が折れるほどの重傷を負うこともなかった。
だが虐待の自覚はあったのか、私を外に出さないようにして学校にも体調不良と断って休まされた。連絡手段が断たれたことで止める者など誰一人いない。
そういった生活が一ヶ月程続いた。
確か私が本来、小学校の卒業式があった日にそれは起こった。いや、行ったの方が正確だろう。
父が嘆いている状態の時に台所から包丁を持って私の所に来た。
この辺りは記憶が朧げになっていたため確かでは無いが「一緒に死のう」か「楽になろう」のどちらかを言っていた気がする。
だが当然この時に大事なのは台詞よりも行動だ。私は漫画の知識で一緒に心中するシーンを見たことがあったためそれだろうなとは考えられた。
だが私にはそんな気は無かった。痣や擦り傷だらけになっている自分の体を証拠に、父に対する親への愛情や尊敬など寸分も無くなっていても当然だと思っている。
自分自身に恐怖を感じるようになって以来生きたいと強く願う事もなく、死にたいと思う事も少なく無かった。でも自殺するのは痛そうだし怖いと思うのは私の弱さ故だろう。だが今死なせてくれる人が目の前にいる。
だから目を瞑って、ふうぅ、と大きめなため息か深呼吸なのかも分からない呼吸をして心構えたつもりだった。
瞬間、頭にノイズのようなものが奔った。
『お■い。こんな■■なんか■れて。■かく生きてね。・・・・・・ハァ、ハァ。ご■んね。■■■■』
映像化されずにレコードのように音声だけが頭に響いた。
それをキッカケに身体が動いてしまった。
ここで死んではいけないと本能的に感じた。
既に生きることを辞めようとした身体で踏み込む。
目の前にいる私の命を脅かそうとしている奴を倒そうと両手で押すように飛びつく。
そのまま───両手が父の身体を突き抜けた。
まるでさっきまでそこには何も無く、元から穴だけがあったと言わんばかりに。空気を押し除けるように反発してくる力も感じなかった。
そのまま私は腹に顔が入る程の穴が空いた父の上に転び、その空いた身体の底にある浅く血が溜まった床に手を着いた。
何があったのかを思い返そうとしても思い出せない。
ハッキリと聴き取れていたはずの何かも穴だらけになった言葉だけしか思い浮かばない。
喉に引っかかってあと少しで記憶に触れられる感触があっても血を吐いたっきり両目の昇天が合わす微動だにしない父の顔を見て引っ込んでしまう。
数秒後に感じられたのは目の前の理解不能の事実により錯乱状態の私の息切れと心音がその部屋を満たし、今も少しずつ広がっていく血だまりを眺めているということ。
そして人の血溜まりはぬるま湯のように感じられたが気分は最悪。
試しに目の前にある頬を触ってみると、まだ少し寒さが残る季節だったため肌は少し冷たかった。
その後私が何をしていたのかは分からない。
私の絶叫が轟いたのは時間にして数十分は経った後だったと思う。
後に聞いた話、卒業式があったという事もあり学校の先生が家まで来てくれていたそうだ。だがインターホンも電話も無反応だったため窓に掛けられたカーテンの隙間から例の地獄の光景を見て警察に通報したらしい。
なお地獄の光景とは、死体の上に座る少女よことである。
この事は事件として処理されたが、私が容疑者になるはずもなかった。
唯一凶器と成り得た父の手に握られた包丁に私の指紋が検出されなかったらしい。おそらく生前の父が洗いでもしたのだろう。
そしてこの事件は、父が私を隔離した事による密室かつ、人の腹を抉り取り、持ち出した狂気的事件とされた。事実、腹がごっそりと抜け落ちた様になっており、それがどこにも見当たらないのだからいたのだから。
その後にこの事件がどのように片付けられたかは知らない。未解決事件となったか冤罪ででっち上げられた人がいるのかはどちらでもいい。
だが、力の正体が分からない私を含め真相を知り得る者は誰一人としていなかった。
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《現在──乃亜side》
「だから、また、私のせいで、誰が居なくなるのが、怖いの・・・・・・・・」
大事にしたかった人の味方になってあげられることもなく、ただ私の周りに居てくれる人が不幸になる。それだけの存在が私。
頼る事を怖がっていたから今もこうして独りを望んで受け入れようとしているのだ。私はそう在ることしか許されないと自分自身を戒めて。
「ごめんね。私は此処で今まで通り暮らせればそれでいいから」
まだ自信を持って言えるわけではないが久しぶりに自分なら話しかけられる友達が出来たのだ。
目の前にいる気になる人のおかげで。
だから私は苦し紛れの言い訳を思いつきの言葉をつらつらと並べていく。
「そ、それに私がついて行ったって出来ることなんて何も無いと思うよ?どうせ、こんなのがいたってあなたの足を引っ張って期待にも応えられなくて迷惑かけるだけなんだからさ!連れてくだけ損で──」
「自虐を始めた途端に饒舌になったな。その癖こそ早いうちに消してしまったほうがいい」
「・・・・・・・え?」
私の言葉が遮られて、諭された。
「自分を責めてるときは大抵、自分を下げる事で周りの人を立てようとしてる。でも本当に周りの奴らは何も悪くないと言い切れるのか?」
「で、でも!確かにやったのは私なの!私以外の人は何も悪くない!」
「それでもだよ。たらればの話になるけどね、もし乃亜の周りのガキ共が乃亜を虐めずに和やかに触れ合おうとしたら。乃亜の言う母親が死んでいなかったら。そもそもそんな力が無かったら。その他どれか一つでも違えていたらもっと自信に満ち溢れた乃亜になっていたかもしれない」
あのときこうしてたらなんてもう私も、何回どころじゃない何千回も想像した!
でも!結局、現実は
「でも、もう終わった事でしょ!」
「ああそうだ。でもお前だけが悪かった訳じゃ無い。それは何人もの悪意と失敗が重なった結果で、それを全部ひっくるめて私だけのせいですって言い切るほうが傲慢な考え方に聞こえるけどな」
「・・・・・・・は、はぁ?」
説教のように語られたにしては過去に負い目を感じている私が傲慢だという謎理論。
だからスッとその言葉が私の腑に落ちることは無かったため、思考する時間の間をたっぷり取ったにも関わらずまともな返しが出来なかった。
「だから責任を感じるのも、それを胸に抱えて生きるのも、一人じゃなくていい───っていうことにしておけば幾分か楽になると俺の知り合いが言ってたような気がする」
「そこはせめて終が自分で考えた名言であって欲しかったね」
動きがなかったため、外野から野次が飛んでこようとジェスは未だにしゃがんで私と同じ目線の高さのまま私をじっと見たままなのだとわかる。
「それに、ここまでが悪かっただけかもしれないだろ?過去の過ちを振り返るのは結構だが、そこからどうするかは当の本人次第だろ。このまま嫌いから去るにせよ、過ちを二度と犯さないと違うにせよ、挫けず再挑戦するにせよ、乃亜がやりたいと思ったことをするんだ」
「・・・・・・・・・・・」
でも、私が自分自身を克服したとしても、もうやり直しは無い。大切にしていたものはもう無いのだから。
「自信なさげだな。ちゃんと成長してる所があるのに乃亜自身で気付けてない」
「え?」
何だろう。正直言って何も思い至らなかった。
その様子を見たジェスが呆れたようにため息を吐くと答えを教えてくれた。
「敬語で話しかけていたのに、タメ口になってるだろ。元々誰かと話すこと自体は嫌いじゃないんだろうな。ただ相手を気遣ってしまって結果的に遠ざかる形で壁を隔ててしまっただけだと思うぞ」
確かにそうだった。最初は何を聞くにも聞かれるにせよ私は相手と一線を引いていた感覚はあったが、次第にこの人にそんな心配は要らなさそうだなと思い始めたことで近寄りやすい人柄を含めて話しやすくなっていた。
「とまぁ色々説教みたいなことしたけど、もうやりたい事がそんなに無いとか言い出しそうだな。やりたいことを見つけられないんじゃ何も始まらないし、ここは俺が発言に責任を持ってせめて道を示してあげよう」
「──?」
さっきの門がどうこうの話に戻ってくるのだろうか。と考えていたところに爆弾なのか兆しなのか判断しかねる事実が告げられる。
「乃亜がこの前知らない人の顔がチラつくとか言ってたの覚えてるか?」
覚えてはいるがあのキス寸前の状況も含めて思い出してしまい勝手に気まずくなったため、こくりと首を縦に振って頷いた。
「乃亜の身体にはね、かなり高精度かつ強力な支配が施されている。それも最近じゃなく少なくとも君が産まれた直後くらいには古くからな」
「えっ?」
全てを鵜呑みにするべきじゃ無いと思ってはいるが、私が産まれた直後というのが引っかかった。
私の義両親は養子として私を迎え入れてくれていた。ということは元の親が絡んでいるのだろうか。
「いやー解除しようとしたんだけどな、その支配を剥がそうとしたら脳に絡み付いてたせいで無理だったんだよ。術自体は把握出来たんだけど、産まれた時からその術式が身体にある前提で熟しちゃってて完全に肉体の一部になってたから、取り除いたら脳神経が殆どダメになると思うぞ」
「何それ怖い」
急に私の命を脅かす話をしないで欲しい。
「私にその支配を受け入れて生きろってこと?」
「まぁそうなるが、乃亜が受けてる被害はあくまでも現状のところ記憶だけだ。それなら自分で過去に何があったのか確かめに行けばいい」
「———どこに?」
結局この話が私の今後を変えるような事になるとは考えなかった。
これまでもその支配に晒されていたとしても私は私でいられた事がその証明。別にこのままでも———
「でもね、そんな事ができる存在はこの世界にはいはい。俺の言いたいこと分かった?」
少し考える。
ジェスはこの支配が私が産まれた直後にされたものだろうと言っていた。だが肝心の支配を行える人間がここにはいないとも言う。
これまでの話と結びつけるのなら、
「———私が産まれたのは、別の世界ってこと?」
「正解。よく出来ました」
パチパチと拍手をしてそう言った。完全に子供扱いされている気がする。
「事実として門を使わずに界渡りをしてみせたと言う事になってしまうが、その権能を産まれつきで無意識に発動しっぱなしだったとしたらまぁ有り得なくも無いかもな。乃亜以外にも事例はある訳だし」
「・・・・この力ってそんなに便利なものなの?どう考えても貴方がさっきまでやってたことのほうが凄い事に見えるんだけど」
「俺がさっき使ってたのは初撃の雲を断ったのを除けば他は全部『魔法』や『スキル』のくくりに入ることだ。まぁこの辺の諸々は追々教えていくつもりだけど、」
そこまで言うとジェスは立ち上がって私に手を差し伸べ、その顔には私なんかよりもずっと余裕がある表情で微笑んでいた。
それでもまたアレに巻き込まれるのは怖い。
「大丈夫だよ。乃亜が俺について来てくれるのなら、俺はお前に付き添い守り通すと誓おう」
・・・・・・・誓うとまで言われると気恥ずかしい。
あと言葉選びが一々プロポーズじみているのではないだろうか。
「だから、どうか乃亜には本当の両親を探しに行くことを選んで欲しい。まだ生きてるかもしれない自分の肉親の名前すら知らないままじゃ死に切れないだろ。それに、お前みたいな自己犠牲に走るような奴は誰かがそばにいてやんなきゃ勝手に潰れてしまいそうになるからな。乃亜の選択とか力を受け入れてくれる人達に囲まれて暮らしてみないか?あ、部屋とかは幾らでも用意出来るから大丈夫だぞ」
自分の本当の両親という言葉に強く惹かれる。
私の事情を聞いて理解してくれる人なんてきっと何処にも居ない。それなら、もしかしたら私よりも私の事を最もよく解ってくれる人がいるなら。
やり直しが効くなら、会ってみたい、行ってみたいと思える。
それに、
「一緒に行こうぜ、世界を跨ぐ大旅路に!」
ニヒルに笑って私の心に触れたこの人について行ってみたいという気持ちが決め手になってしまった。
私がこの有様になってから初めて勇気を持って打ち明けて、それを受け入れてくれた人が。
(──好きだなぁ──)
差し伸べられた手に私の手を重ねて応えると、手を引かれるのに合わせて立ち上がる。
そして固く握り返してくれて
「ん、ありがとな。一緒に来てくれる選択をしてくれてこっちも助かるよ」
久しぶりに真っ直ぐお礼を言われた気がして嬉しかったが、そういう相手だと恥ずかしさが勝ってしまったためいたたまれなくなりまた目線を合わせることができなくなる。
「なぁ観斗、扶神さんってあれじゃね?」
「はぁーあ。友弦もようやく気付いてくれたようで嬉しいよ。これでようやく中々縮まらないという愉しさを分かち合えるようにな───」
「エロ漫画で色々あった次の日会っちまって気まずくなってるアレに似てね?」
「••••••友弦、金輪際百歩離れて。流石にその例えは気持ち悪い」
「悪ぃ、金輪際ってどういう意味なんだ?」
会話のキャッチボールになっていないのは分かる。
そして掴みどころが無いこの二人を取り纏める大変さも伺えた。
そしてふと浮遊感を感じると手が繋がれたまま身体が宙に浮いていた。だが足場の無い場所では上手く体制を整える事ができずにその場でクルクルと回転しまくっていた。
「わっ、わぁあ!?」
「流石に運動神経悪すぎでしょ。メチャクチャ丁寧に持ち上げてはずなんだけど。ほら、長居する訳にもいかないからかっ飛ばすよ。おんぶと抱っこどっちが良い?」
運動神経の悪さを再認識させられた後に究極の二択を迫らされた。
「••••••おんぶで」
どちらも身悶えするほど恥ずかしくて嫌──というわけでは無いが恥ずかしい事に変わりは無いため、せめて顔を見られることが無いようにおんぶを選択した。
「ん?ていうか今から何処に行こうとしてるの?」
「乃亜の家。荷物まとめは流石に自分でやって貰うよ。補助は付けてあげるから」
確かに家具くらいは問題無いが下着は流石に不味い。補助が誰なのかを問い出す私の言葉の前にジェスが別れの言葉を告げる。
「じゃあな観斗、友弦。暇が出来たら遊びに行くよ。いつ現れるか分からないから楽しみにしといてくれ」
「幽霊みたいだな」
「あ、そうだ。先生に俺と乃亜は中退するからさようならとでも言っといてくれ。適当でいいから」
「はいはーい。お元気で」
そう言ってジェスは二人に背向けて飛び出した。
「そうしてさらりと古典の再テストをすっぽかしていくのでした。めでたしめでたし」
「このまま良い感じの雰囲気で去ろうとしてる所で余計なこと言わんでくれ。あと終わらねぇからな」
台無しにされていた。
おぶられた乃亜は温かい背中にしがみついて生身で風を切って進む恐怖を知りました。




