アリス
どこで切ればいいかわかんなくて意外と長くなった。
「…ここ、どこ…?」
その声は、誰かが反応することもなく、消えていった。
私がいるこの場所は、まさに『不思議の国』。
色とりどりの木々、羽がトーストの蝶、バイオリンの形の虫。
こんなの見たことがない。
まさか、喋るウサギを追いかけただけでこんな場所に来るなんて。
どうにかして帰らなきゃ。でも、道がわからない。落ちてきた穴は深いから戻るのは無理みたいだし、道を聞く人も見当たらない。
「どうしたんだぁい?困ってるみたいだねぇ。」
いきなり背後から聞こえた声。ねっとりとした口調の声の主を探そうと振り向いた。
そこにいたのは青い猫。口を三日月のような形にして、ニタニタと笑っている。
私は恐る恐る声をかけた。
「はじめまして、私、アリスです。ウサギを追いかけて穴から落ちてきて、気付いたらここにいました。もしご存知なら、穴の上に戻る方法を教えてもらえませんか?」
「あぁ、君は『外』の人かぁ。それならマッドハッターと三月ウサギのところに行くといいよぉ。この道をまっすぐ行けば会えるからねぇ。」
「…ありがとうございます。」
あまりにも普通に人間の言葉を話すものだから、驚いて反応が少し遅れた。そんな私を見た猫は、愉快そうな顔をして消えた。
猫が消えた事にまた驚きつつも、歩き出そうとしたとき。
「がんばってねぇ。抜け道は必ずあるよぉ。頼れるのは、自分だけだからねぇ。」
あの猫の声がして辺りを見たけれど、猫は見当たらない。
頼れるのは自分だけ。当然だ。知人がこんな所にいるとも思えない。
マッドハッターとかいう人の所に行かなきゃ。
そう思って歩き出した。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「…おや!どうしたんだい!?随分と疲れているようだけど!!」
疲れているように見えて当然だろう。
チェシャ猫と別れてからこの人と会うまで。
通れない程小さな扉があり、その近くに液体が入ったガラスの小瓶があるから飲んでみれば体が小さくなった。
そのまま歩くと小屋があって、人がいないかと入ってみれば「私を食べて」というメモのそばにあったのはケーキ。食べてみたら体が大きくなった。それを見かけた通りすがりの小動物に「化け物だ」と石を投げられた。視界に入ったニンジンを食べたら、体の大きさが元に戻った。
そのあとは大きな芋虫によくわからない質問をたくさんされた。かじると体の大きさが変わるキノコをもらった。
…こんなことがあって疲れない人はいるのでしょうか。
回想が終わったので、不思議そうな顔をする目の前の人に視線を戻す。
「…すみません。私、マッドハッターという人を探していて…」
「あぁ!それならボクだよ!!何のご用かな!?」
「えっと、私、ウサギを追いかけていたら穴に落ちて、気がついたらここにいました。もとの場所に戻る方法を教えてもらえませんか?」
「そうか、君は『外』の人か!一度冷静になってチェスでもどうだい!?」
「…あら、それはいいですね。チェスは好きです。」
この人、多分チェスしなきゃ教えてくれない。そう思って、大人しくチェスをすることにしたのだけれど。。
机の上のチェス盤。君は白だと言われた。黒の方は、ポーン、ルーク、ナイト、ビショップ、クイーン、キングのすべてが整然と並んでいる。
一方、白はというと。ポーンがひとつだけ。勝てるはずがない。
驚く私に言葉をかけたのは、マッドハッターではなく、いつから居たのか、茶色いウサギだった。きっと三月ウサギだろう。
「味方がいる、とは、限らない。しかし、恐れなければ、勝てる。恐れるな。この先、何が、あっても。」
この言葉に、私にこれから何があるのか不安になった。
たかが駒の配置がおかしいチェスで、どこか意味深な発言をするこの茶ウサギは、何か知っているのかしら。
そう思って尋ねようとした。その時だった。視界の端に、跳び跳ねる白い影。すぐに、白ウサギだとわかった。
「ありがとうございました!私、これで失礼します!」
早口でマッドハッターと茶ウサギにそう告げて白ウサギを追いかける。
途中でウサギを見失って、足跡をたどって歩いた。
すると、大きな扉の前で、白ウサギが立っていた。
「おや。足跡をたどってくるとは賢いね。」
「…ありがとうございます。あの、一つお伺いしてもいいですか?」
「何かな?僕からも話があるから、手短にお願いするよ。」
「…私、あなたを追いかけていたら穴に落ちて、気がついたらここにいたんです。もとの場所に戻る方法を教えてもらえませんか?」
「僕もこれからその話をしようと思っていたんだ。まず、この扉の中には女王がいる。今すぐに君がもとの場所に戻る方法は一つ。女王との勝負に勝つことだ。」
「…負ければ?」
「君が次の女王だ。君が勝てば、今の女王が変わらずに女王であり続ける。」
驚きはしたが、一応仕組みはわかった。
女王に勝たなければ。覚悟を決めた。
ウサギはそんな私の様子を見て言った。
「覚悟はできたみたいだね。扉を開けるよ。」
ギギィ…と重そうな扉が開く。
「――ハートのジャックは、私のパイを食べた罪で、死刑に処す!!」
聞こえてきたのはそんな怒声。部屋の奥には、玉座に座った、豪華なドレスを着た女性。あの人が女性でしょうか。そして、その女性の前には、大きなトランプに頭と手足が生えた何か。それの体部分のトランプを見た。ハートのジャック。あれが死刑にされたトランプなのでしょう。
部屋を見回すと、壁に張り付くように立つ、槍を持ったトランプたちに気づいた。まるで兵士ね。いちばん扉に近い所に立っているトランプに話しかける。
「…あの、どういった状況なんですか?」
「…アイツ、女王のアップルパイを勝手に食べちまって。女王が激怒して、裁判の結果、アイツが死刑だ。まあ、女王に逆らえる奴もいないから、裁判なんてする必要もねえんだが…」
「『女王に逆らえない』とは…?」
「女王は自分の思い通りにならないのが嫌なんだ。逆らおうもんなら即死刑。」
私はこんな人と勝負しなければいけないの?
再び女王の方を見ると、項垂れたハートのジャックが他のトランプに連れて行かれるのが見えた。
白ウサギが数歩前に出て女王に言った。
「失礼します、女王陛下。アリスを連れて参りました。」
女王は私をまじまじと見て、この小娘が、といった様子でくすりと笑った。私は軽くお辞儀しながら言った。
「…アリスと申します。一つ、お伺いしたいのですが…」
「なんだ。」
なんかちょっと食いぎみに返事された。
「先程の、ハートのジャックについてお聞かせ願えますか?」
「あれは、私のアップルパイを勝手に食べた。だから死刑だ。トランプ兵は減っても構わん。トランプさえあれば新しいトランプ兵を作れるからな。新しいハートのジャックを作らなければいけない。」
「…傲慢ね。」
つい口からでた小さな声に女王は素早く反応した。
「傲慢だと?笑わせるな。私は女王だ。気に入らない奴を死刑にして何が悪い?私が絶対だ。」
「そんな考えも好きじゃないし、『誰かに代わりがいる』って考えも酷いと思うわ。あなたが女王になって、トランプ兵は何人死刑になったの?」
「162だ。」
「トランプ3セットは無駄にしてるわね。あなたが殺さなきゃそんなに使う必要もなかった。…そうでしょう?」
私の言葉に、トランプ兵たちが賛成の声をあげる。
私はこの時、あれらの言葉の意味を理解した。
チェシャ猫が言った。
抜け道は必ずあると。頼れるのは自分だけだと。
茶色いウサギが言った。
恐れなければ勝てると。必ず味方がいるとは限らないと。
しかし、味方はいないなら作ればいい。恐れずに私が声をあげれば、抜け道が見える。あのチェスだってそう。私の方に味方はいない。ポーンが一つだけ。ならば、駒を増やせばいい。
女王は今、とても焦っている様子。このまま勝負に持ち込めば、勝負の種類によっては勝てるかも。そう思って聞いた私が馬鹿だった。
「…失礼しました。それで、勝負とは――」
「勝負なんてしてられるか!お前もトランプ兵も、皆死刑だぁぁ!!」
走って来たトランプ兵に両腕を捕まれて引っ張られる。ハートのジャックを連れていったトランプ兵二人。ハートのジャックを連れていっている間に起こった今の出来事を、この二人は知らない。
後ろを見ると、トランプ兵が泣きながら列をなして私の後ろをついて歩いていた。女王のいうことを聞いても死刑、あの場に残っても、女王に逆らったことになり死刑。
結局、私がたくさんのトランプ兵を殺すきっかけを作ってしまった。
そう思いながらトランプ兵に引きずられて歩いた。
いつの間にかギロチンの前。観衆はいない。なぜなら、観衆となるべきトランプ兵が、二人を除く全員、死刑宣告された『罪人』だから。
私の首が断頭台に乗せられ、トランプ兵に押さえつけられる。
私を押さえつけているトランプ兵二人に、力ずくで勝てるとは思わない。どうすれば逃げ出せる?考えろ、考えろ、考えろ―――!
答えが出ないまま、私の首は落ちた。
私は死んだ。
頭良い設定のキャラ難しい。




