第3話 魔都テセルス②
「マーベリックさん、こっちです。こっち!」
声のした方へ顔を向けると、アストラが手招きしていた。その少し先ではウェズリーが片手を上げており、マーベリックは二人のいる席へ向かった。
「ウェズリー。遅れてすまなかったな。」
「いえ。間に合ってよかったです。」
ウェズリーが軽く微笑む。
周囲から重なる話し声と人の気配が押し寄せ、座っていても熱が籠もっているのがわかる。
「いつもより人……多いね。」
アストラが周りへ目を向けながら隣のウェズリーに話しかける。
「ルーフェンス代表が通達出したみたいね。」
「全員集まるように。って?」
ウェズリーがうなづく。
「なんだろ……話って……。」
「それは私にもわからない。」
「マーベリックさんは知らないんですか?」
ウェズリーの視線が向き、マーベリックも周囲を見回してから答えた。
「ん?ああ。俺も聞いてはいないな。」
(通達……魔道士全員にみたいだな……。)
カァーン――カァーン――……
甲高い鐘の音が院内に響き、それまで重なっていた声が少しずつ消えていく。
「静粛に。時間になりましたので報告会議を始めます。」
最後に残っていた話し声まで途切れ、マーベリックも正面へ視線を戻した。
報告が進み、黒影の数、討伐の結果、検知による予測が次々と読み上げられていく。聞こえてくる数字が増えるほど、周囲から身じろぎする音さえ減っていった。
やがて最後の報告が終わり、張っていた空気がわずかにほどけかけたところで、再び声が響く。
「最後に代表のルーフェンス殿から今後に関する重大な報告があるということですのでそのままお待ちください。」
ざわつきかけた声が止まり、壇上へ上がるルーフェンスを追うように視線が集まっていく。
「皆忙しいところすまない。今日は私から皆に伝えたいことがあり、集まってもらった。」
誰も声を出さないまま、ルーフェンスを見ている。
「報告にもあった通り、黒影の出現が日々増えている状況だ。これから先も黒影の圧は高くなるだろう。」
「我々もそれに対応していかねばならない。」
「対応できる力……これがもっとも重要になる。」
「魔道士の未帰還……黒影化……帰還後、毒の影響によるテセルス内での瘴気の飛散……。」
「魔道士の死がさらに新たな死を呼ぶ……。」
「これはあってはならないことだ。」
ルーフェンスが一枚の紙を取り出して開くと、その音さえ聞こえそうなほど周囲が静まった。
「ここには直近1年のある記録が書かれている。」
「読み上げる。」
「テセルス所属魔道士――」
「上位、32名――」
「中位、194名――」
「下位、151名――」
「見習い、95名――」
「これは1年前の人数だ。」
一度紙へ目を落とし、ルーフェンスは続ける。
「現在。」
「上位、32名――」
「中位、189名――」
「下位……」
わずかな間が空く。
「116名――」
「見習い、92名――」
その数字が落ちたあとも、誰も動かなかった。
「この数字が現実……。」
「そして……魔道士が魔道士に守ってもらう――」
「これもあってはならないことだ。」
「魔都テセルスは黒影に対抗するために作られた都市だ。」
ルーフェンスが大きく息を吐き、もう一度まっすぐ前を見る。
「テセルス代表として……これから先の未来のために――」
「今現在、黒影に対応できない者はテセルスの魔道士称号を剥奪――」
「魔都テセルスからの脱退とする。」
一瞬の静寂のあと、堰を切ったように声が広がった。
マーベリックはそのざわめきの中で小さく息を吐き、口元をほんのわずかに緩める。
(ルーフェンス……それでいい。お前は間違っていない。)
ガタッ!
椅子の鳴る音に視線を向けると、アストラが立ち上がっていた。
「ルーフェンス代表!」
一斉に集まった視線の中、アストラは壇上を見たまま口を開く。
「みんな……必死に戦っているんです……。」
「それを……」
「アストラ。止めろ。」
マーベリックの声にも、アストラは動かなかった。
ルーフェンスが壇上からまっすぐアストラを見る。
「追い出すような……そんなことは……絶対に……。」
握られたアストラの手が小さく震える。
「私が決めたことだ。」
「ルーフェンス代表!」
アストラがさらに前へ身を乗り出す。
「アストラ!座れ!」
「で、ですが……。」
「座るんだ。」
しばらくマーベリックを見返していたアストラだったが、やがて視線を落とし、そのまま椅子へ腰を下ろした。
「対象者には追って連絡する。」
「以上だ。」
ルーフェンスが壇上を降りていく中、アストラは膝の上で握った両手をほどかなかった。
「アストラ……。」
ウェズリーがそっと、その手の上へ自分の手を重ねる。
カァーン――
カァーン――
「今日の報告会議はこれまで。解散。」
鐘の音が消えるより先に椅子が鳴り、魔道士たちが次々と立ち上がっていく。
「俺……たぶん対象だ……。」
「違うよ……ちゃんと功績残してるじゃない……。」
立ち上がった人の波から声が途切れ途切れに流れ込み、アストラの耳にも届く。
「う……うぅ……。」
「俺たちだって……死に物狂いで戦ってるんだぞ!それをあんな言い方……ないだろう……。」
マーベリックは立ち上がると二人へ目を向けた。
「行くぞ。」
「アストラ。」
ウェズリーが肩へ手を添えると、アストラもゆっくり立ち上がった。
魔道院を出て市街地を抜けても、三人の間に言葉はなかった。
宿舎へ続く通りまで来たところでマーベリックが足を止めると、夜気を含んだ風がローブの裾を揺らした。
「通達は俺にも来る。」
うつむいたままのアストラから、小さな声が返る。
「……来ないです……。」
「通達なんて……。」
マーベリックが振り返る。
「ルーフェンスは正しいことを言っている。」
アストラが顔を上げた。
「何があったんですか?ルーフェンス代表と……。」
「この間、ルーフェンス代表の所へ行ってたんですよね?」
潤んだ目がまっすぐマーベリックへ向く。
「教えてください!こうなること……知っていたんですか!?」
「自分が……対象になることを……。」
言葉の途中で溢れた涙が頬を伝う。
「俺はルーフェンスという男をよく知っている。」
「ルーフェンスは今の話をしているんじゃない。これから先の話をしている。」
「アストラ。ウェズリー。これは必要なことなんだ。」
アストラは何度も小さく首を横へ振った。
「ウェズリー。」
「はい。」
「頼む。」
マーベリックが背を向け、一歩踏み出す。
「マーベリックさん!」
動こうとしたアストラの肩を、ウェズリーが押さえる。
「アストラ。中に入ろう……。」
その声を背に受けながらマーベリックは歩き出し、暗い夜道を抜ける風がローブを後ろへ流していった。




