第4話 魔都テセルス③
翌日――
ガサッ――
マーベリックは宿舎の椅子に腰を下ろしたまま、手元の書類を一枚ずつ目で追っていく。
「…………。」
最後まで目を通したところで、紙面の端に残された直筆の文字へ視線が止まった。
(未来のために――)
しばらくその文字を見つめたあと、書類を下ろしながら大きく息を吐いた。
ガチャ――
宿舎を出ると、そのまま市街地を歩き、昔から通っている食堂へ入る。
空いている席に腰を下ろすと、すぐに店員が寄ってきた。
「ガーリックトースト……あと、サラミを厚切りで2枚。」
「はい。」
「あと紅茶を頼む。」
「はい。少々お待ちください。」
店員が離れていくのを見送りながら、マーベリックはゆっくり店内へ視線を巡らせた。
(この食堂だけは昔から変わらない……。)
そのまま背もたれに体を預けると、隣の席から押し殺した声が耳に入ってきた。
「ごめんね……泣かないって決めてたのに……。」
「ユナ……テセルスを頼むな。」
「……やっぱり私もあなたと……。」
「君はもう南地区を任されてる。君が抜けたら誰があそこを見る?」
「もう会えないと決まったわけじゃない。」
「……うん……。」
マーベリックは何も言わず、視線だけを天井へ向けると、小さく息を吐いた。
食事を終え、席を立って会計を済ませる。
「釣りはいい。」
「世話になったな。」
「え……マーベリックさん?」
「料理長によろしく伝えてくれ。」
「い、今料理長を!」
「呼ばなくていい。」
「で、ですが……。」
マーベリックが片手を上げると、店員は開きかけた口を閉じた。
「……はい。」
深く頭を下げる店員を残し、マーベリックはそのまま食堂を出た。
市街地を抜けて塔へ向かい、螺旋階段を一段ずつ上っていく。
やがて屋上へ出た瞬間――
フゥォォォ――……
吹き込んできた強い風がローブを大きくはためかせ、マーベリックは目を細めながら外壁まで歩いていく。
手を置いて顔を上げると、沈みかけた陽の向こうまで荒野が広がっていた。
(ここが一番落ち着くな……。)
マーベリックがふっと笑う。
コツ――コツ――コツ――
背後から螺旋階段を上ってくる足音が近づき、そのまま屋上へ入ってきた。
「やっぱり……ここでしたか。」
振り返ると、アストラとウェズリーが立っていた。
「ああ。ここが一番好きなんでな。」
ヒュォォォ――……
三人の間を風が抜け、ローブの裾を揺らしていく。
マーベリックは再び荒野へ視線を戻した。
「明日……ここを出る。」
「…………。」
返事はなく、風の音だけが三人の間を通り過ぎていく。
「テセルスを頼む。」
アストラが一歩前へ出る。
俯いていた顔を上げ、マーベリックを見るが――
「わ、私…………」
そこで唇が止まり、やがて視線が落ちていく。
「……はい……。」
マーベリックは荒野から目を離して振り返ると、二人の前まで歩き、そのまま両手を伸ばしてアストラとウェズリーの頭へ置いた。
「さ、もう行くんだ。夜風は冷える。」
二人の顔が崩れる。
「そういう顔をするな。」
「明日は俺一人で出る。いいな。」
二人とも返事をせず、うなづこうともしない。
マーベリックは頭に置いていた手をそのまま肩へ滑らせると、二人の体を出口へ向け、肩越しに顔を寄せた。
「また……会える。」
そう言って二人の肩を押した。
翌朝――
テセルスの門をくぐり、荒野へ足を踏み出したところで、背後から声がかかる。
「マーベリックさん。」
足を止めて振り返ると、門番がこちらへ近づいてきた。
「話は……聞きました。」
「そうか。テセルスを頼むな。」
「……はい。お気をつけて……。」
マーベリックはひとつうなづくと、そのまま前を向き、荒野の中へ歩いていった。
同じ頃――
塔の最上階では、遠ざかっていくその背中をアストラとウェズリーが目で追っていた。
「ねぇ……ウェズリー。」
「ん?」
「また……会えるよね?」
「……うん。」
「マーベリックさんもまた会えるって言ったから。」
「そうだよね……。」
また――――
会える――――
ヒュォォォ――――……
吹き抜けた風に、二人のローブが揺れた。




