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ごめん、うちのちびモンスターがパニック中(だから世話をしなきゃ)  作者: HASNA


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天国への誤送信と、華麗なる気絶あそばせ

「被験者ハスナについて。彼女は、約二時間前にお引き取りになった」


ドクン。


ルカの心臓は、まるで大ハンマーで殴られたかのように激しく波打った。隣の心電図モニターの波形が急激に跳ね上がり、耳障りな「ピッピッピッ」という電子音が急加速する。ただでさえ半分しか正常に機能していない脳の回路が、完全にフリーズした。


(ハスナ先生が……亡くなった? 俺の顔を見てショック死したってのか……?)


ルカは心の中で悲痛な絶叫を上げた。かろうじて残る気力を総動員し、点滴の針が刺さったままの両手を、震えながら胸の前でゆっくりと合わせる。その動作は酷くおぼつかない。彼は厳かに目を閉じ、消え入りそうな掠れ声でブツブツと祈り始めた。


「神様……ハスナ先生のこれまでのご慈悲に感謝します……。彼女の罪を赦し、御許(みもと)へお召しになってください……。いつもやたら減点してきたり、生徒をうるさいって怒鳴ったり、ケチだったりしましたけど……いい人でした……」ベッドの縁に寄りかかったままのラファは、きょとんと首を傾げ、哀れな姿でありながら謎の行動に走る兄を怪訝な目で見つめた。


「おい、何やってんだよ、兄さん? 毒素の後遺症で変な神様でも降臨したのか?」


「俺は……ハスナ先生の冥福を祈ってんだよ、ラファ……」


ルカは切なそうに囁き、固くまぶたを閉じたまま、荒い息を弱々しく吐き出す。


「お前、聞いてなかったのかよ……グザヴィエが言っただろ? 先生は……もう亡くなったって……」グザヴィエは眉をひそめ、ルカの思考回路にシステムエラーでも検知したかのような顔をした。


「戦術的修正。俺が言ったのは、被験者ハスナは身支度と休息を取るため、配車アプリを利用して自宅へ引き取った(帰宅した)という意味だ。俺が使用した『お引き取りになった』という語彙は、単に当該被験者が病院から自邸へ物理的移動を行ったことを指す。なぜお前は祈祷を始めている?」


ルカは一瞬で固まった。病室に重苦しい静寂が訪れ、ただ心電図の電子音だけが、ゆっくりと元のペースに戻っていく。


さっきまで合わせていたルカの両手が、そのままベッドの上へ脱力しきったように崩れ落ちた。真っ青だった顔が、みるみるうちに超無表情へと変貌する。彼はうつろで疲れ切った目をしながらも、北極の氷をも凍らせる冷徹な視線をグザヴィエに向けた。


「グザヴィエ……」ルカは絞り出すように呟いた。その声は酷く低く、かすかな囁き声でありながら、殺気すら帯びていた。


「お前が……もう一回……そんな紛らわしい言い方をしてみろ……その点滴の針を……お前の鼻の穴に突っ込んでやっからな、この野郎……」胸が激しく締め付けられたため、ルカは途中で言葉を区切り、酸素を大きく吸い込まざるを得なかった。


「帰ったなら『帰った』って言えよ! なんでわざわざ『あの世へ召された』みたいな言い方すんだよ……! 俺はもう……天国に向けてダイレクトにお祈り送っちまっただろ、このヤギ野郎……!」


ルカは言葉の最後で力尽き、そのせいで脅迫のセリフは威嚇というよりも、飢えた幽霊のうめき声のように聞こえた。彼は酸素マスクから再び必死に空気を吸い込みながら、悪びれもせず平然と立ち尽くしているグザヴィエを睨みつけた。


「言っとくがな、グザヴィエ……」ルカはさらに、底知れぬ悪意(毒舌)を込めて囁き続けた。


「お前のそのボキャブラリー……元・管理システムのくせに無駄に文学的なんだよ。お前が王宮系ローファンタジーの世界に転生したら、黒い封蝋の手紙で主人公の訃報を冷淡に告げる執事役のポジションだろ絶対。心臓に悪いわ! 残り半分しかねえ俺の心臓が、危うくお前のせいで二度目の異世界転生キメるとこだったぞ!」


さっきまで緊張しきっていたラファは、思わず吹き出し、笑いを堪えようとベッドの端に頭をぶつけるほど激しく肩を揺らした。


「全くだよ、兄さん! ハハハ! グザヴィエの話し方って、本当に人を心臓麻痺にさせる天才だよね」


ラファも乗っかって、さらに煽り立てる。グザヴィエはただパチパチと瞬きをするだけで、ルカのフィクションに基づいた分析に少しも気を悪くした様子はなかった。


「修正。俺にはフィクションの執事としての資格はない。それから、俺の的確な医学的処置のおかげで、お前が今から異世界転生する確率は五パーセント未満だ」


「少し黙れ。俺の点滴スタンドがお前の顔面にフライングする前に、その口をミュートモードに設定しろ」ルカは残った最後の毒舌力を振り絞り、青白い顔を歪めて言葉を遮った。


「俺、呪毒から生き残ったばっかの重症患者なんだけど? 本来ならもっと感動の嵐で、悲しげなインスト流れて、お前ら二人が号泣しながら抱きついてくるシーンだろ。なんで俺がお前の言葉選びで心臓ビクつかせなきゃいけないわけ?」


「了解。ボキャブラリーの選定については、俺のデータベース内で評価・修正を行う」グザヴィエは相変わらず淡々と言い放った。ルカは、喉の奥が熱くなるような重いため息をついた。


グザヴィエのせいで心臓が突然止まってしまわないよう、感情を落ち着かせるためにしばらく目を閉じた。頭の中の目眩が少し和らいだのを感じてから、彼は再び目を開け、静まり返った病室のドアへと視線を向けた。


「それで……」ルカは再び囁くような声で問いかけた。ラファへと向けられたその瞳は、少し寂しげに光を失っていた。


「俺の……父さんと母さんは……来てないのか?」ラファはため息をつくと、上体を起こして腕を組み、気まずさを隠すように少し不機嫌そうな顔をした。


「来るに決まってんだろ。兄さんがここに運び込まれた初日から、バーゲンの大行列に並ぶみたいに、目を覚ますのを今か今かと大騒ぎで待ってたんだからさ」


今のルカのあまりの痛々しさに、ラファの口調も自然と柔らかくなっていく。


「でも、ついさっき、会社の株主関連の急用が入ったらしくて、アシスタントの人に無理やり連れ戻されちゃったんだ。うちの親も同じだよ。親父も、こっちの安全が全部確認できたってことで、三十分前に本社のオフィスに戻ったところだから」


ルカは酸素マスクの奥で、苦笑い混じりの自嘲気味な笑みを浮かべることしかできなかった。


「そっか……忙しいんだな……」


「でも、変な誤解すんなよ、兄さん」ラファが慌てて言葉を挟んだ。その不機嫌そうな顔が、一瞬にして悪戯っぽいニヤけ面に変わる。彼はグザヴィエに視線を送った。


「兄さんがここに担ぎ込まれた初日さ、おばさんのパニックぶりったら本当に常軌を逸してたんだから。グザ、兄さんに説明してやってよ、実演付きで。お前、あの時のクロノロジー(全記録)を脳内に詳細に記録してんだろ?」グザヴィエは眼鏡の位置を直した。


嫌がる素振りも見せず、彼はベッドの脇へ一歩踏み出し、相変わらず洗濯板のように抑揚のない表情のまま直立不動の姿勢をとった。


「了解。七十二時間前の状況を再構成する」グザヴィエは独特のロボットのようなトーンで告げた。


次の瞬間、グザヴィエは突如として片手の甲を額に当て、首を四十五度の角度に傾けると、その高い身長にはおよそ不釣り合いな、しなやかで大袈裟な動作で左手を宙へと泳がせた。


「救急外来に突入した際のアウレル叔母の視覚的再現」グザヴィエの声は相変わらず平坦だが、紡がれる言葉は極めてドラマチックだった。


「『ああ、なんてこと! 私の愛しいルカ! どこのどいつが、あなたのそのお高いスキンケアで整えたお肌を、こんな煎餅(せんべい)みたいにカサカサに青白くしてくれたのかしら!? グザヴィエ、今すぐこの病院を買い取りあそばせ! 十五分以内にスイスから最高峰の医師をプライベートジェットで呼び寄せるのです!』」


ルカは酸素マスクの奥で、自分の唾に激しくむせた。ポーカーフェイスのままアウレル叔母さんの昼ドラばりの演技を完コピするグザヴィエの姿にショックを受け、小さな咳が出たせいで胸と背中が急激に痛む。


「兄さん、マジで、マジで今は笑うな! まだ終わってねえから!」ラファはルカの太ももをポンポンと叩いた。ラファ自身の顔も、笑いを堪えすぎて涙目で真っ赤に染まっている。



「それで、医者から兄さんの脈が落ちたって言われた時はどうだったんだ、グザ?」グザヴィエは額から手を下ろすと、今度は胸の前で両腕を組み、まるで今にも卒倒しそうなポーズで上体をわずかに後ろへと反らせた。しかし、その顔はやはり完全な無表情のままである。


「貴方の容態が危険水位に達した際の対応手順」グザヴィエは淡々と続けた。


「『まあ、秘書! 私を受け止めなさい! でも、ゆっくりよ? 菌だらけの病院の床で、私の限定版エルメスのバッグに傷でもついたらどうしますの。ああっ、私の心臓が……あら、私の保有株が……』。以上だ。その後、アウレル叔母は特等席のソファの上へ美しく気絶あそばされた」


グザヴィエは元の直立の姿勢に戻り、わずかに乱れた衣服を整えた。


「評価。お前の医療管理手続きが、衝動的な企業買収プロセスによって妨害されるのを防ぐため、俺は三十日間にわたり彼女のブラックカードを一時的に没収せざるを得なかった」


ルカは固く目を閉じ、力のない手でベッドのシーツをぎゅっと握りしめた。笑いすぎてお腹がよじれそうだ。頭の目眩が急激に増悪していく。


アマラの呪毒の後遺症ではなく、母親のぶっ飛んだ行動に対する羞恥心と、あの鉄面皮のグザヴィエが全力で悪ふざけをしているという精神的ショックの相乗効果のせいだった。


(頼むから……誰か今すぐ俺をもう一回気絶させてくれ……)ルカは心の中で惨めに懇願し、心身ともに白旗を上げた。

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