二年の闇が明ける時
読者の皆様、大変ご無沙汰しております。前回の更新から長い間お待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。ここ最近、私生活の予定が非常に立て込んでおり、執筆のための時間を確保することが難しい状況が続いておりました。
皆様のお待ちかねの気持ちにお応えするため、今回は2話同時に更新させていただきます!少しでも楽しんでいただければ幸いです。それでは、本編をどうぞ。
ベキッ!
レンディは激痛に悶え、地面に崩れ落ちた。しかし、ハスナの手は止まらない。黒帯としての技術が彼女を突き動かしていた。
レンディが体勢を立て直す隙を与えず、ハスナは背中と胸に向けて、踏み込み(ふみこみ)の蹴りを何度も何度も叩き込んだ。
ドカッ! ドカッ!
「これはレイチェルの分! これはアキヤスの分! そしてこれはナジュワちゃんの分よ!」
ハスナは激昂し、容赦ない攻撃で相手を圧倒した。そして最後の一撃として、ハスナは足を高く掲げ、レンディの急所を目がけて必死の踵落とし(かかとおとし)を振り下ろした。
ドガァァァン!!
ハスナの踵から放たれた衝撃により、レンディの体は埃まみれの床を滑り、部屋の隅まで吹き飛ばされた。男は腹部を押さえ、苦痛に喘ぎながらうずくまった。サビエルは静かに後ろに下がり、冷徹に眼鏡の位置を直した。
「因果関係の分析:彼の行為の累積は、相応の報いを受けるに値する」と、冷ややかな目で見つめながら呟いた。
部屋の隅では、ラッファがルカを介抱していた。ルカは痛みに耐えながらも、強い怒りを込めてレンディを睨みつけた。
「俺も大概な人間だが……お前の非道さは、誰にも救いようがないな、レンディ」ハスナは荒い息をつきながら立ち尽くしていた。
汗を拭い、軽蔑の眼差しをレンディに向けると、そのままアマラの霊の方を振り返った。ハスナは二歩下がり、道を譲った。
「アマラ……」ハスナの声は、被害者への共感から柔らかさを帯びていたが、その奥には揺るぎない決意があった。
「この男は、もうあなたのものよ。私たちができることはここまで。あとはあなたが、自分と子供たちのために決着をつけなさい」ルカ、ラッファ、サビエル、そしてハスナは並んで立ち、その行方を見守ることにした。
彼らは沈黙し、正義の執行を本当の被害者に委ねたのだった。
その言葉を聞いた瞬間、レンディは激しくガタガタと震えだした。ハスナに痛めつけられてボロボロになった体に最後の力を振り絞り、男は恐怖に怯えながら埃まみれの床を這いつくばった。
腫れ上がり、血まみれになった無残な顔で、ゆっくりと近づいてくるアマラの本体を必死に見上げる。
先ほど目の当たりにした死の記憶――レイチェルの飢えに苦しむ泣き声、毒を素直に飲み込んだアキヤスの健気さ、そして命が消えゆく直前に「ありがとう」と呟いたナジュワの舌足らずな声が、壊れたテープのようにレンディの脳裏で突然フラッシュバックした。
利己的に生きてきたその人生で初めて、あまりにも巨大な罪悪感が胸を強く打ちのめし、目の前に迫る絶対的な死への恐怖と混ざり合って、彼は息もできないほどの圧迫感に襲われた。
「ア、アマラ……許してくれ、ラ……俺が悪かった……助けてくれ、ラ……」レンディは、頬の血と混ざり合った大粒の涙を流しながらむせび泣いた。
その声はしゃがれ、今さら遅すぎる後悔に魂を締め付けられて完全に潰れていた。
「すまなかった……俺の子供たち……パパを、許してくれ……」
しかし、アマラにはもう、ひとかけらの慈悲も残っていなかった。この男がどれほど悔い改めようと、失われた3人の我が子の命は二度と戻らない。
彼女の美しい顔は、次第に黒銀色の不気味なオーラに覆われていった。血のように真っ赤な瞳が、自分の人生を破壊し尽くした夫を鋭く見据える。
アマラは3人の子供たちを優しく腕から離すと、ゆっくりとレンディに向かって歩を進めた。アマラの幽幻な足が床を踏みしめるたび、埃っぽいコンクリートの床に冷たいひび割れが刻まれていく。
後ろでは、レイチェル、アキヤス、そしてナジュワがただ静かに立ち尽くし、感情の消え失せた虚ろな目で父親を見つめていた。
まるで、今夜母親が下そうとしているいかなる処刑をも、黙って受け入れているかのように。
「ア、アマラ……許してくれ、ラ……俺が悪かった……助けてくれ、ラ……」レンディは壁の隅で恐怖に怯え、ハスナの蹴りによって砕かれたみぞおちを抱えながら、むせび泣いた。
アマラは平伏するレンディの真ん前で足を止めた。そしてゆっくりと身をかがめ、至近距離から夫の目を見つめる。アマラの青白い唇から、命を凍てつかせるような冷気が吹き出した。
「誰に助けを求めているの、あなた?」アマラが囁いた声は二重に重なり、レンディの頭の中で不快に響き渡った。
「あなたが置き去りにした妻に許しを請うているの? それとも、見殺しにした子供たちに? あなた……自分の子供が、喉の渇きで声が枯れるまで泣き叫ぶ姿を見る痛みがわかる? この家に米一粒すらなくて、自分の手で子供たちの口に毒を流し込む気持ちが、あなたにわかるというの!?」レンディは狂ったように首を振り、震える手のひらで両耳を塞いだ。
「嫌だ、アマラ! 嫌だ! もう何も言わないでくれ! 頼む、許してくれ!」
「二年間よ、あなた……私たちはこの暗い家に取り残され、あなたが牛乳を持って帰ってくるのをずっと待っていたの」アマラの顔に、悲痛で、そして恐ろしい微笑みが浮かんだ。
「それなのに、あなたは外で贅沢三昧。さあ、今度はあなたが、私たちの苦しみの残りを味わう番よ」その瞬間、部屋の中を支配していた冷気が、突如として息の詰まるような熱気へと変貌した。アマラの肌の毛穴から、蚊取り線香のあのツンとした焦げ臭い黒煙が噴き出し、一瞬にしてレンディの身体を包み込んだ。
「うっ! ゴホッ、ゴホッ! あ、熱い……胸が、熱い……アマラ、助けてくれ!」レンディは、突如として自分の首を激しく掻きむしり始めた。
周囲の酸素がまるで消滅したかのようだった。アマラの呪いが見せる幻覚は、レンディの神経を強制的に支配し、内臓が激しく焼け焦げる感覚を味わせる。
それは二年前、彼の子供たちが毒を飲み込んだ時に悶え苦しんだ感覚そのものだった。それだけでは終わらない。アマラの激しい怨念は、レンディの脳内に絶対的な視覚的幻覚を作り出していった。
立ち込める黒煙の向こうから、レイチェル、アキヤス、ナジュワの三人が、自分に向かって這いつくばりながら進んでくるのが見えた。子供たちの顔は硬直して青白く変色し、虚ろに見開かれた目、そして唇の端には泡立った液体の跡が残っている。
「お父さん……お腹すいたよ……どうしてお父さん、アチャの牛乳のお金、全部使っちゃったの……?」
「お父さん……ナジュワ、お腹がすごく痛いの……お父さん、ひどいよ……」
子供たちの不気味な囁き声が何度も何度も木霊し、レンディの脳の神経中枢を直接突き刺す。レンディは背中が壁にぶつかるまで這って後退したが、無残に死んだ三人の子供たちの恐ろしい姿はどこまでも近づき、どれほど強く目を閉じても、彼の角膜のすぐ目の前に張り付いて離れなかった。
「嫌だ! 来るな! 俺に近づくな! レイチェル、アキヤス、お父さんを許してくれ! 頼むから!!」レンディは狂ったように叫んだ。積み重なる罪悪感の重圧、呪いによって胃袋が焼き尽くされる肉体的な激痛、そして復讐を迫る子供たちの視覚的恐怖。
それらがレンディの脳内の理性の回路を激しく軋ませ、そしてついに――。ぷつりと、音を立てて完全に破綻した。あまりの凄惨な現実に叩きのめされ、彼の正気は崩壊した。
「へへへ……牛乳……レイチェル、牛乳が欲しいのか? ははは! ギャンブルだ! 俺の大勝ちだ! アマラ、俺が勝ったぞ!」レンディは突如として甲高い声で笑い出した。
自分の爪で顔を激しく掻きむしったせいで、残った涙が血と混ざり合う。このクズ男は、自身の家族の怨霊による精神的拷問によって、その場で狂い果てたのだ。彼は部屋の隅を這い回り、まるで高級料理でも貪るかのように自分の指を夢中でしゃぶり、噛みちぎっていた。
もはや自分自身のことすら、周囲の現実すら、何一つ認識できていなかった。その精神的処刑が終わりを迎えたのを見届け、サビエルは静かに一歩下がった。
ズボンのポケットからスマートフォンを取り出すと、アマラ、レイチェル、アキヤス、そしてナジュワの遺骨を回収するため、すぐに警察と救急へ連絡を入れた。
「戦術報告です」サビエルは淡々と受話器に向かって告げた。
「教員住宅の空き家にて、干からびた4体の遺体を発見。医療救護班、鑑識チームの派遣、および現場で急性精神障害を発症した成人男性1名の身柄拘束を要請する。至急頼む」サビエルは淡々と受話器に向かって告げた。
先ほどまで部屋を包み込んでいた濃密な空気は、ゆっくりと薄れていった。アマラの黒いオーラは完全に消え去り、本来の美しく、穏やかで、光に満ちた姿へと戻っていく。それまで不可解に閉ざされていた家の扉が、今はゆっくりと大きく開き、銀色の月光が差し込んできた。光は荒れ果てたリビングを照らし出し、そこへ幻想的な静けさをもたらす。
彼らが本当にこの現世を去ってしまう直前、レイチェルが軽やかな足取りでルカのもとへと歩み寄った。彼女は見上げ、丸い瞳でルカを見つめる。その瞳からは、穏やかで清らかな白い光が放たれていた。
「ありがとう、イケメンのお兄ちゃん。レイチェルと遊んでくれて、さっきは一生懸命探してくれて、ありがとう」レイチェルは強張りの消えた純粋な笑顔で、優しく言った。
「レイチェル、すごく楽しかったよ……あっちに行ったら、お兄ちゃん、またレイチェルと遊んでくれる?」ルカは薄く微笑んだが、その目はこみ上げる感動を堪えるように潤んでいた。彼は震える手を伸ばし、氷のように冷たくも心地よいレイチェルの幻影の頭を優しく撫でた。
「どういたしまして、ツインテールのちびっ子。あっちの世界はすごく広いからさ、もう暗い家に隠れなくても、思いっきりかくれんぼができるよ。いつか俺の番が来たら、俺が真っ先にそっちへお前を探しに行ってやるから。だから、あっちではもう悪戯しちゃダメだぞ」
その傍らでは、アチャ(アキヤス)がラッファのもとへ歩み寄っていた。3歳のその男の子は、もう食べ物を求めて泣き叫ぶことも、駄々をこねることもなかった。彼は極めて穏やかな様子でラッファの前に立つと、先ほどの混乱の中でコンクリートの床に落ちていた、ラッファのビスケットの袋を差し出した。
「ありがとう、怒りん坊のお兄ちゃん。さっきのビスケット、すごく美味しかったよ」アチャは無垢に呟き、ビスケットをラッファのすぐ傍に置いた。
「これ、残ったやつ返すね……アチャ、もうお腹いっぱいになったの。お兄ちゃん、もう怒ってばかりいちゃダメだよ……お兄ちゃん、ありがとうね……」
まだ力なく座り込んでルカに寄りかかっていたラッファは、床のビスケットを見つめたまま呆然とし、それからアチャの無垢な瞳に目を向けた。彼の人生で初めて、いつもは頑なで冷酷なラッファの口元がわずかに上がり、極めて珍しい、心からの優しい微笑みが浮かんだ。
「どういたしまして、おチビちゃん。あっちでお母さんとお姉ちゃんを守ってやれよ。もし他の悪霊が手出ししてきたら、俺の名前を呼べ。ここからぶっ潰しに行ってやるから。あっちではいい子にするんだぞ。……別に怒ってなんかいない。ビスケットは持っていけ、旅の道中のおやつになるかもしれないだろ」ラッファは劇的に声を和らげ、低い声でそう言うと、ビスケットをアチャの手の中へと優しく押し戻した。
ナジュワも同様だった。2歳の幼児は、寄り添って立つハスナとサビエルの元へ足元を覚つかせながら近づいていった。ナジュワは見上げ、澄んだ瞳で目の前の二人の大人の顔をじっと見つめると、小さな手を元気に振った。
「ママ……パパ……ナジュワ、バイバイ……ナジュワのこと、だっこちてくれて、ありがとう……」ナジュワの純粋で舌足らずな声が響いた。その無垢な言葉は、ハスナの理性の防波堤を完全に打ち砕いた。
涙が再び激しく溢れ出し、彼女の頬を濡らす。学校のカウンセラーである彼女は、服が汚れるのも構わずに埃っぽい床に膝をつき、激しい嗚咽で身体を震わせながら、ナジュワに手を振り返した。
「うん、可愛い子……いい子ね……バイバイ、小さな星。もうこれからは、お腹が空くこともないからね……あっちへ行ったら、牛乳も好きなだけたくさん飲めるよ。天国で幸せになるのよ、いい子ね……」ハスナの声は涙で完全に潰れ、 かすれていた。
皆が別れの言葉を告げる中、サビエルだけは硬直したように立ち尽くしていた。彼の眼鏡の奥にある両眸が、ロボットのような虚無の光ではないものを宿したのは、これが生まれて初めてのことだった。
幼い幽霊から「パパ」と呼ばれた瞬間、彼の胸の中に激しい衝動が走り抜けた。サビエルはハスナの隣にゆっくりとしゃがみ込み、厳かに瞬きをした。
「被験体ナジュワ……」
サビエルが呼びかけた声は、いつもの平板なものではなく、低く、そして心からの実感がこもっていた。
「確認の言明:『パパ』という呼称を、私のメモリーへ登録しました。現時刻を以て、君の身体システムを損なうような冷たい夜も、飢えも、一切を排除します。安全に移行してください。以上です」
子供たちの後ろに立つアマラは、この上なく美しく、気品ある笑みを浮かべていた。彼女はルカたちに向かって深い感謝を込めて一礼すると、両腕を大きく広げた。レイチェル、アチャ、ナジュワの三人はすぐに振り返り、母親の温かい抱擁の中へと小走りで飛び込んでいった。
アマラは三人の我が子を愛おしそうに強く抱きしめながら、ルカたちのグループを真っ直ぐに見つめた。その美しい両眸は今は穏やかで、一同の姿を正面から捉えている。彼女の目から涙が零れ落ち、青白い唇は感極まった笑みの曲線を彩った。
「みんな……ごめんなさい」アマラの優しく震える声が、静まり返った部屋の中に木霊した。
「復讐心に目が眩んで、あなたたちまで巻き添えにしそうになってしまった。それに……ありがとう。本当にありがとう。私たちの遺体を解放してくれて。この二年もの間、私たちが暗闇の中で泣き叫び求めていた正義を、形にしてくれて……。そして、今夜我が子たちを心から愛してくれて、本当にありがとう」ルカ、ラッファ、サビエル、ハスナは沈黙し、胸を締め付けるような深い哀悼の念を抱きながら、その強く気高い母親の姿を見つめていた。
その時、アマラの周囲の大気が突如として僅かに冷え込んだ。先ほどまでの穏やかな眼差しが徐々に鋭さを増し、まるで一同の魂の奥底まで見透かすかのように、一人一人の顔を意味深に見つめる。まるで、彼らのうなじに奇妙な悪寒を走らせるような、魔術的な警告を暗示しているかのようだった。
「この世界の宿命に囚われた、同じ魂の同胞として……あなたたちに警告しておきたいの」アマラは囁いた。朽ち果てた教員住宅の換気口から吹き込む夜風の微かな音に紛れるように、彼女の声は突如として低くなった――。
「あなたたちの中の一人から、極めて異質なオーラの気配を感じるの。目に見えない因縁の鎖が、すぐそこで牙を剥こうとしている。それは私が抱く復讐の呪いなどよりも、遥かに強く、深く、そして悍ましいほどに古のナニカ……」
アマラはそこで一度言葉を区切った。その視線は、コンクリートの床の上で今も互いを支え合っているルカとラッファの二人へと、真っ直ぐに向けられていた。
「私からの忠告よ。自分たちの周囲にいる人間を信じる時は、どうか細心の注意を払いなさい。今、あなたたちを縛りつけているその『赤い糸』は……すぐ目の前にいる者の手によって紡がれ、あなたたちを本当の『ゲーム』の深淵へと突き落とす準備を進めているわ。かつての私のように、手遅れになってから気付くことのないようにね……」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。今回のエピソードはいかがでしたでしょうか?
最後になりますが、現在、私の母国であるインドネシア(カリマンタン島)では大規模な山火事が発生しており、今もなお鎮火にいたっておりません。
その他にも、国内で様々な災害が相次いでおります。被災された皆様に心よりお見舞い申し上げますとともに、被害に遭われた地域の皆様の安全と、一刻も早い事態の収束、そして平穏な日々が戻ることを切に願っております。
これからも作品を書き続けてまいりますので、温かく見守っていただけますと幸いです。次回もどうぞよろしくお願いいたします!




