漆黒の縛鎖
ドン!!!
「ガハッ……! ア、アマラ……許してくれ……アマラ!」
おじさんは首を絞められ、一瞬で顔を真っ青にしながら命乞いをした。
「私の子供たちに触るなぁぁぁ!!!」
怨霊となった母親の金切り声が部屋の隅々にまで轟き、目に見えない衝撃波を巻き起こした。
その凄まじい突風はルカ、ラファ、シャビエル、そしてハスナの体を吹き飛ばし、部屋のドアを突き破って真っ暗なリビングへと叩き出された。
四人はリビングの埃っぽい床の上で激しく咳き込んだ。その間も、部屋の奥からはおじさんの悲惨な悲鳴が響き渡っている。
すると、目の前の木製のドアが突如として猛烈な音を立ててバタンと閉まり、おじさんを過去の後悔と怨念と共に部屋の中へと閉じ込めてしまった。
ドアの向こうの状況が完全に制御不能に陥ったのを察し、ラファは黙って見てはいなかった。その瞳が鋭くきらめき、兄と全員を守るために一瞬で戦闘モードへと切り替わる。
闇の存在を従える秘められた能力を持つラファは、リビングで一歩後ろに下がり、足元をしっかりと踏み締めると、右手を高く空へと掲げた。
ドアの隙間から染み出す不気味な妖気に抗うように、彼の指先から禍々しく冷たい漆黒のオーラが溢れ出す。ラファは目を閉じ、重く響く低い声で、力を込めて古の悪魔召喚の呪文を唱え始めた。
「テネブリス……エクサウディ・ウォケム・メアム。ベリアル、スルゲ・エト・デウォラ!」
(闇よ……我が声を聞け。ベリアル、湧き上がり、喰らい尽くせ!)
ラファの手の周りの空気が凄まじい音を立ててうねり、ドアを粉砕し、怨霊の怒りを鎮めるための黒い竜巻を形成し始めた。
しかし、ラファがその全能力を解き放ち、怨霊を封じ込めようとしたまさにその時――バチバチッ!
ドスン!まるで鉄の鉄槌で殴られたかのような激しい激痛が、突如としてラファの胸を襲った。彼が唱えていた古の呪文は、途中で無残にも途切れてしまう。
飛び出すはずだった悪魔の黒いオーラに代わり、ラファの手は激しく震え出し、エラーを起こして暴走した赤いエネルギーの火花に包まれた。
その力はまるで封印されたかのように急激に弱まり、制御不能に陥っていく。
昼間に学校で浴びた神経ガスの放射の影響か、あるいはこの住宅地に働く逆システム操作のせいか、彼の体内の魔力回路が完全に破壊されてしまったようだった。
「クソッ……なんで出ないんだ?!」
ラファはフラストレーションを爆発させて悪態をついた。その端正な顔を激しい痛みに歪ませ、自らの胸を強く押さえる。
最悪なことに、ラファの手から暴発した赤いエネルギーの衝撃波が、閉まっていた部屋のドアに直撃し、それを粉々に粉砕してしまった。
リビングへの防壁が消失し、ラファが無防備に隙を晒したのを見た部屋の中の母親の怨霊は、狂ったように木片を突き破って飛び出してきた。
電光石火の速さで、彼女の黒髪が鉄の鞭のように長く伸び、ラファの胸元を目がけて真っ直ぐに襲いかかる。
「ラファ、危ねえ!」
ドカッ!
ミリ秒単位の刹那、ルカは何も考えていなかった。その破天荒な兄としての本能のままに跳躍し、反射的にラファの体を強く抱きしめると、リビングの空中でお互いの位置を入れ替えたのだ。幽霊の髪の鞭による強烈な一撃が、ルカの背中にまともに命中した。
「ぐああぁっ!!」
ルカは苦悶の悲鳴を上げ、ラファを抱きしめたままリビングのコンクリートの床へと崩れ落ちた。制服の背中は引き裂かれ、黒く焦げたような傷跡から鮮血が溢れ出す。
「ルカ兄!!」
ラファは半狂乱になって叫んだ。自分を庇う生きた盾となり、力なく倒れ込む兄の姿に、その瞳が硬直したように見開かれる。
血を目にしたハスナはヒステリックに悲鳴を上げ、シャビエルは素早く動いて彼らの前に立ちはだかり、警戒態勢を取った。
母親の怨霊は、その怨念を晴らす邪魔をする者は誰であれ容赦なく葬り去るべく、鋭い爪のついた手を再び掲げ、第二撃を放とうと身構えた。
しかし、そのパニックが最高潮に達した瞬間、母親の怨霊が放った悲痛な金切り声が、突如として家の中に不気味な霊的共鳴を引き起こしたのだった。
廊下で子供たちが消えたあとに残っていた灰色の煙の残滓が、突如として再び中心へと集まり始めた。母親の苦しむ姿を黙って見ていられないという、子供たちの強い絆に引き寄せられたかのように。
ヒュウウウッ……!
リビングの暗い隅から、その煙の塊が急速に凝縮していく。よちよちとした小さな足音がかすかに響き始め、次の瞬間、レイチェル、アキャス、ナジュワの姿が奇跡的に再び実体化した。
今回の彼らはもう無邪気に笑ってはいなかった。怯えた表情で小走りに駆け寄ると、怨霊となった母親の足にぎゅっとしがみついたのだ。
「お母さん……ダメだよ……」
聞き覚えのある舌足らずな声が、張り詰めた静寂を破った。
「お母さん、怒っちゃダメ……レイチェル、怖いよ……」
レイチェルは母親の引き裂かれた白いドレスに顔をうずめながら、か細い声で囁いた。アキャスも小さな両手でドレスの裾を握り締め、ナジュワは顔を上げて、その澄んだ瞳で母親の恐ろしい形相を恐れることなくじっと見つめていた。
「おかーたん……あそぼ……おこっちゃ、だめぇ……」
ナジュワがぽつりと、無垢に呟いた。その瞬間、宙に掲げられていた母親の怨霊の手がピタリと凍りついた。
激しい怒りに燃え上がっていた血のような赤い瞳が、自分の足元にすがる3人の我が子を見つめるうちに、ゆっくりと光を失い、穏やかになっていく。部屋を満たしていた禍々しい殺気は一気に消え去り、胸が締め付けられるような、切なく悲痛な静寂へと変わっていった。
オカルトじみた緊迫感が静まり返ると同時に、リビングの焦点は、背中の傷の激痛に耐えながら荒い息を吐き続けるルカの姿へと移っていった。
ルカに抱きしめられたままのラファは、最初、彫刻のように硬直していた。しかし次の瞬間、兄の制服の背中を押さえていた自らの手のひらに、温かく粘り気のある何かがゆっくりと染み込んでくるのを感じた。
ラファは静かに手を引いた。リビングの薄暗い光の下、彼の掌はどろりとした鮮血で真っ赤に染まっていた。ルカの血だ。
ラファの瞳が凍りついたように見開かれた。引き裂かれ、黒く焦げたルカの背中へ視線を落とす。その刹那、ラファの中で何かが木っ端微塵に砕け散った。
彼に付きまとう
「小魔」という呼び名は、決して見掛け倒しのただの看板ではない。唯一無二の愛する兄が血に染まり、傷つけられた姿を目にしたことで、彼の防衛本能は純粋な闇へと変貌し、ラファは完全に正気を失った。その眼差しは突如として虚ろになり、冷酷極まりない漆黒の霧に覆われていく。
もはや自身の胸の激痛も、体内に残る神経ガスの残滓も、そして目の前にいるのが誰であろうとも、彼には一切関係なかった。
この瞬間、ラファはかつて見せたあの恐るべき姿そのままに、敵味方の区別なく誰であれ惨殺しかねない絶対的な恐怖の存在へと変貌を遂げたのだ。
言葉もなく、ラファは静かに立ち上がった。この部屋のいかなる悪霊をも凌駕する、底知れぬ濃密な殺気を放ちながら歩みを進め、第二撃を放とうとしていた母親の怨霊へとその視線を固定する。
ラファは両手を掲げ、魂の深淵から残るすべての闇のエネルギーを強制的に引きずり出すように指先を硬直させた。絶対的な縛鎖の呪文を唱える彼の声が重く響き渡り、ボロボロの官舎の土台そのものを激しく揺るがした。
「ウィンクラ・タルタリ、エクススルゲ! ルンピテ・スピリトゥム、エト・コンストリンギテ・イン・アエテルヌム!」
(地獄の縛鎖よ、湧き上がれ! 魂を切り裂き、永遠に束縛せよ!)
ドオォォォンッ!!!
セメントの床の影から、不気味な棘にまみれた漆黒の鎖が突如として何本も飛び出してきた。その鎖は飢えた大蛇のごとく狂暴にうねり、母親の怨霊の体を瞬時に激しく締め上げ、残虐極まりない拷問を加え始めた。
禍々しい魔力がその霊体を焼き焦がし、黒い煙と、耳を瞑りたくなるほど悲痛な金切り声をあげさせた。
「ああぁぁっ! や、やめて……私の子供たちが……!」
母親の怨霊は悲鳴を上げ、ラファの呪文の凄惨な拷問の下で、その体を激しく痙攣させてのたうち回った。
母親が惨酷に拷問される姿を目にし、ガキ三人組は一斉にヒステリックに泣き叫んだ。レイチェル、アキャス、ナジュワは、黒い鎖に縛られた母親の足にすがりつきながら、必死に命乞いをした。
「こわいお兄ちゃん、お願いだからやめて! お母さんを傷つけないで! ヒック……レイチェルからのお願い、お兄ちゃん!」
レイチェルは激しく涙を流しながら叫び、引き裂かれた母親の白いドレスに顔をうずめた。
「お母さん! アチャのお母さんを連れていかないで! 意地悪なお兄ちゃん、離してよ! うわぁぁぁん!」
アキャスの泣き声が弾け、その小さな両手で黒い鎖を叩き続けた。その手は魔力のエネルギーに触れて火傷を負い、水ぶくれになっていく。
一番小さなナジュワまでもが、ラファの足元に土下座するようにへたり込み、彼の制服のズボンの裾を引っ張りながら、しゃくり上げて泣いた。
「おにーたん……だめぇ……ヒック……おかーたん可哀想……おこっちゃダメ、おにーたん……」
完全に理性が吹き飛んだこの状況を前に、シャビエルとハスナはついに力ずくで介入せざるを得なくなった。
「小魔」と化して暴走し、泣き叫ぶ子供たちの目の前で母親の霊を容赦なく痛めつけるラファの姿を、これ以上黙って見てはいられなかったのだ。
「ラファ、やめなさい! このままじゃあの子たちの魂まで完全に破壊されてしまうわ!」
ハスナはパニックになりながら叫んだ。考えるよりも早く、その保健室の先生は前に走り込み、ラファの屈強な体を後ろから両手で必死に抑え込もうとした。
同時に、シャビエルは冷徹かつ精密な速度で動き出した。
その瞳は、ラファを取り囲む黒いエネルギーの回路を冷酷に見据えている。「危険分析:被験者ラファは絶対的な精神病理モードに突入した。即座に強制停止を実行せねばならない」シャビエルは抑揚のない声で呟いた。
シャビエルは電光石火の速さで踏み込み、ラファのエネルギーの流れを封じるべく、彼の肩の神経の基点へと手のひらを真っ直ぐに突き出した。
しかし、ラファは逆に攻撃の手を強め、敵味方の区別なく二人に向かって容赦なく反撃を仕掛けた。
「……俺の邪魔を……するな」
ラファが低く身震いするような声を漏らした。その声は、彼の喉の奥から響く禍々しい悪魔の声と重なり合い、二重に聞こえた。
ドォォォン!!!
シャビエルの手が彼の肩に触れるより早く、ラファは左足をセメントの床に叩きつけた。彼の体から、黒赤色の衝撃波が凄まじい勢いで爆発したのだ。
その魔力の奔流はあまりにも巨大で、シャビエルの体は数メートル後方へと吹き飛ばされ、埃っぽい床の上で靴底がキチキチと鈍い音を立てて引きずられた。
ラファの背後にいたハスナは、さらに酷い衝撃をその身に受けた。彼女の体は宙に舞い、リビングにあった古びたソファに叩きつけられ、それを木っ端微塵に粉砕した。
「ガハッ……! クソ……このガキ、マジで規格外のバケモノじゃん……!」
ハスナは激痛に顔を歪め、激しい腰の痛みに耐えながら呻いた。ラファはそれだけでは止まらなかった。恐るべき虚ろな瞳のまま、左手の内指をシャビエルとハスナの方へと向けた。
壁の影から新たに這い出てきた、不気味な棘にまみれた黒い鎖が凶暴な勢いで飛び出し、二人を同時に貫き、縛り上げようと襲いかかる。
ラファは本当に完全に正気を失っていた。今の彼の頭の中では、自分を止めようとする者は誰であれ、この世から消し去るべき敵――たとえそれが親友であっても、教師であっても――に過ぎなかった。
ヒュウウウッ! ドシュッ!!!
棘だらけの鎖は電光石火の速度でリビングの暗闇を切り裂き、もはや回避する猶予すらないシャビエルとハスナの胸元を目がけて肉薄する。
部屋の隅では、鋭く尖った鉄の先端が、この呪われた夜に新たな血の海を呼び起こそうとするのを数センチ手前で見つめながら、レイチェル、アキャス、ナジュワがさらに悲痛な悲鳴をあげていた。




