元システムとヤンデレ弟を引き連れて生徒指導室へ!……って、先生をトイレに置き去りにして良かったんだっけ?
ラッファはルカの腕をがっしりと掴んだまま、一階の廊下を早足で突き進んでいた。その背後を、グザヴィエは二人のピリピリとしたブラコン空気に怯む様子もなく、悠然とした足取りで追いかける。
「離せって、ラッファ! 腕がもげちまうだろ!」
ルカは弟の拘束から逃れようともがきながら抗議した。
「もうすぐ教室に入るんだよ、物理の教師が来ちまう!」
ラッファは前触れもなく、ルカとヒロのクラスの教室前でようやく手を離した。
「とにかく兄貴、俺の言ったことを忘れるなよ。さっきの青い日傘のガキには絶対に近づくな」
ルカは気怠そうに鼻を鳴らし、さっさと教室に入ろうとドアノブに手を伸ばした。
しかし、ルカの指先がその金属製のノブに触れた、まさにその瞬間――。
――カチャリ! カチャリ!
学校中の廊下の至る所から、電子ロックが一斉に噛み合う機械音が響き渡った。ルカがドアノブを押し下げようとするが、それはピクリとも動かない。
完全に施錠されていた。
「あれ? なんで開かねぇんだ?」
ルカは眉をひそめ、木製のドアに肩をぶつけてみたが、手応えは皆無だった。ドアはまるで壁と完全に一体化してしまったかのようだった。
ラッファとグザヴィエが反射的に駆け寄る。ラッファが隣にある自分のクラスのドアを確かめてみたが、結果は同じだった。外側から自動で完全にロックされている。
ブツッ……ブツッ……。
突然、窓ガラス越しに見える教室内の全コンピューターのモニター、そして廊下に設置された告知用のテレビ画面が一斉に明滅した。
さっきまで授業の教材を映していた画面が、突如として禍々しい鮮血のような赤色に染まる。その赤い画面の中央に、システムによって自動入力された白い文字列が浮かび上がり、デジタル式のカウントダウンが冷酷に刻まれ始めた。
『プロジェクト:リユニオン ―― ステージ1』
【学校敷地内のすべての扉は、中央システムによって絶対的に封鎖されました。30分後、天井の排気弁から高濃度の神経ガスが放出されます。制限時間内にこのロックの謎を解き明かさなければ、この校舎内にいる全人類が中毒死することになります】
【残り時間:29:59】
廊下の空気は一瞬にして凍りつき、息が詰まるほどの緊迫感に包まれた。ルカは頭上のテレビ画面を硬直した目で見つめ、呼吸が急激に重くなるのを感じた。
さっきまで滾っていたがめつい精神(金への執着)は消え失せ、代わりに警戒に満ちた生存本能が目を覚ます。
「おいおい……マジかよ、これ。学校襲撃のテロか!?」
ルカはパニックになりながら叫び、弟と転生仲間である元システムに視線を向けた。
「グザヴィエ! お前、元システムだろ! こんなのハッキングで逆制御できねぇのかよ!?」
グザヴィエは一番近くのモニターへと一歩近づき、その平坦な瞳を素早く動かして、画面上の赤いコードの羅列を機械的にスキャンした。
「テクニカル分析:このシステムに使用されている暗号化技術は極めて異質であり、この世界のテクノロジーを遥かに凌駕する上位構造を持っています。これは通常の人間によるサイバー攻撃ではありません。何らかの『外在的実体』が、この建造物の絶対的な制御権を掌握しています」
ラッファは拳を強く握り締め、貴重な秒数を容赦なく削り取っていくカウントダウンの数字を鋭く睨みつけた。
「どこのどいつが仕組んだか知らねぇが……完全に俺たちに喧嘩を売ってやがるな。ルカの兄貴、俺から絶対に離れるなよ」
虚無に沈んだ暗黒のシステム室の向こう側で、アルビルはルカ、ラッファ、グザヴィエの三人が廊下に閉じ込められている映像をモニターで見つめていた。その口元が、冷徹でミステリアスな笑みに吊り上がる。
最愛の弟を奪還するための彼の最初の「ゲーム」が、この日の昼、静かに幕を開けた。廊下の天井からは、空気パイプから漏れ出す微かな破裂音が静かに響き始め、神経ガスがいつでも放出される準備が整ったことを告げていた。
告知用画面のデジタル数字は、無慈悲に減り続けていく。
【残り時間:27:14】
「クソがッ! ドアすらぶち破れねぇのに、どうやって手がかりを探せってんだ!?」
ラッファは何度も教室のドアを蹴り飛ばしたが、何の手応えもないことに苛立ちを爆発させて悪態をついた。
緊迫感が最高潮に達したその瞬間、西側の廊下の曲がり角から、慌ただしく駆け抜けてくる足音が響き渡った。
「ル、ルカ先輩! ラッファ先輩! 助けてくださぁい!」
ルカは反射的に振り返った。そこには、顔を真っ青に染めたヒロが全力でこちらに向かって走ってくる姿があった。
水色の折りたたみ傘はどこかへ消え去り、その丸い瞳には今にも涙が溢れ出しそうなほど、絶望的な恐怖が浮かんでいる。
ルカの目の前にたどり着いた瞬間、ヒロは激しく体を震わせながら、ルカの制服の裾をギュッと掴んだ。
「ルカ先輩……ヒック……これ、一体何が起きてるんですか? なんで教室のモニターが真っ赤になって、僕たち全員死ぬなんて書いてあるんですか!?」
ヒロは震える声で問いかけた。
「僕、すごく怖いです、先輩……。僕たち、もう学校から出られないんですか?」
天使のような顔をしたクラスメイトが泣きじゃくりながら縋り付いてくるのを見て、ルカの『お節介な兄貴肌』が再び大爆発した。彼はすぐさまヒロの肩を抱き寄せ、安心させるように言葉をかける。
「落ち着け、ヒロ、落ち着けって! 俺がここにいる。お前は俺とラッファ、それにグザヴィエと一緒にいれば安全だ。絶対にここから脱出してやるから、な?」
ヒロが再び自分の兄にべったりと張り付くのを見て、ラッファは忌々しげに舌打ちをした。
その眼光が鋭さを増す。これほど重大な局面に、いつもタイミングよく現れるヒロの存在に、彼は明確な違和感を抱いていた。
しかし、ラッファがヒロをルカから引き剥がそうとするよりも早く、廊下の突き当たりにある教師用トイレの方から、突如として超凄まじい乱打音が響き渡った。
――ドンドンドンドン!!!
「おーーーい!!! 誰でもいいから外にいる奴、助けてくれぇぇぇ!!! トイレに閉じ込められたんだよ、ジャンーーーン!!!」
それは彼らの生徒指導の担当であるハスナ先生の声であり、この日の昼、最も哀れな運命を辿っているこの世界の『創造主(作者)』の声だった。
「あれ? 今の声、ハスナ先生か?」
ルカは呆然と口を開けた。
「神経ガスの脅威が迫ってるって時に、何だってトイレのドアをぶち叩いてんだよ!?」
グザヴィエは、同じく電子ロックシステムによって自動施錠された教師用トイレのドアへと歩み寄った。
彼はぶ厚い木製のドアに耳を澄ませる。
「音声確認:間違いありません、対象はハスナです。音響およびドアの振動分析に基づくと、彼女はこの絶対施錠システムが起動するよりも前に、内部に閉じ込められたものと推測されます」
狭くて息苦しい教師用トイレの個室の中で、ハスナ先生は血の涙を流しながら、ラバーカップ(トイレの詰まりを直す道具)でドアを殴りつけていた。彼女の『作者の魂』は、神レベルの羞恥心とフラストレーションで今にも狂いそうだった。
「クソったれぇぇぇ!!! ちょっと急いでトイレに駆け込んだだけなのに、なんで神経ガスのテロが起きてる最中にトイレに閉じ込められなきゃいけないのよ!? どんな世界設定よ、これ、チクショー!!! こんな人間の排泄物の処理場で犬死にするなんて絶対に嫌ぁぁぁ!!! ルカ! ラッファ! グザヴィエ! 助けてぇぇぇ!!!」
ハスナ先生は中から喉が枯れるほどの声で狂ったように叫び続けた。ルカは思わず自分の額に手を当てた。
あまりにも想定外すぎるクソ教師の受難に、同情すると同時に吹き出しそうになる。
「おいおい、先生、このタイミングでトイレに閉じ込められるとか勘弁してくれよ! 先生、ウンコは我慢できるのに、神経ガスは我慢できねぇのかよ!? 待てよグザヴィエ、早く画面から最初のヒントを見つけ出せ! 先生を救出するついでに、俺たちの命も救うぞ!」
グザヴィエは再び、鮮血の赤に染まったモニターへと視線を戻した。そこにはカウントダウンの数字の下に、新たな謎解きの文字列が浮かび上がっていた。
『謎解き1:穴のない鍵を探せ。それは、過去と未来が交錯する場所にある。もしコードの入力を誤った場合、制限時間は自動的に5分短縮される』
「な、謎解き……?」
ルカの隣で、ヒロは無垢で困惑した表情を装いながら呟いた。
「穴のない鍵……過去と未来が出会う場所……」
ルカは額に深いシワを寄せながら、画面の文章をなぞるように読んだ。
「何だよそれ? 過去と言えば『元カノ』で、未来と言えば『結婚』だろ。じゃあ二人が出会う場所ってどこだよ? 結婚式場か!?」
「緊迫した状況で馬鹿な妄想をするな、兄貴」
ラッファが鋭く遮った。彼の視線は、薄く霧がかかり始めた廊下へと向けられる。天井のパイプから漏れ出す神経ガスの不気味なシューという音が、刻一刻と現実味を帯びてきていた。
「グザヴィエ、過去と未来が出会う場所なら……まさか学校の資料室じゃないか? あそこには昔の生徒の古い書類も、これからの新入生の書類もたくさんあるだろ?」
グザヴィエは静かに首を横に振った。
「確率はわずか15%です、ラッファ。資料室は過去の静的なデータを保管しているに過ぎず、機能的に未来を体現しているとは言えません」
先ほどからヒロの動向を監視していたラッファが、突き放すような声で口を開いた。
「じゃあ図書室はどうだ? 歴史の本は過去、予言書やSF小説は未来だ。だが、穴のない鍵ってのが分からねぇ」
ルカの隣で、ヒロは前髪の陰で誰にも気づかれないよう、ごく僅かに口元を歪めて冷笑した。空間を支配する緊迫感など、彼にとってはただの舞台装置に過ぎないのだ。
そしてすぐに、再び怯えたような純粋な表情を作り直すと、ルカの制服をきゅっと弱々しく引っ張った。
「る、ルカ先輩……もし僕の勘違いじゃなければなんですけど……過去と未来が出会う場所って……『生徒指導室』のことじゃないでしょうか……?」
ルカ、ラッファ、グザヴィエの三人が、反射的に一斉にヒロの方を振り返った。
「なんで生徒指導室なんだよ、ヒロ?」
ルカが不思議そうに尋ねる。ヒロは、まるで当てずっぽうで言ってみただけという風に、無垢にパチパチと瞬きをした。
「はい……だって、もし生徒が過去に何か問題や過ちを起こしたら、生徒指導室に呼び出されて指導を受けるじゃないですか。それに、あそこはこれからのより良い未来のために……進学やキャリアの相談とかで、未来を導いてくれる場所でもありますよね……? えへへ、間違ってたらごめんなさい……」
「嘘でしょおおお!? なんであのガキ、そんなに頭がいいのよ!?」
ハスナ先生の声が突如としてトイレの中から轟き、ラバーカップの乱打音が再び大騒ぎで響き渡った。
「ルカ! グザヴィエ! ラッファ! ヒロの言う通りよ! 生徒指導室がその場所よ! 私のデスクの上に、外れたコンピューターのキーボードのキー(キートップ)があるわ! あれなら鍵だけど穴なんてないじゃない! 全員、今すぐ生徒指導室に走りなさい! 私たちがこの学校の地縛霊になっちゃう前に早くぅぅぅ!!!」
ルカは興奮気味にパチンと指を鳴らした。
「すげぇ、ヒロ、お前天才かよ! キーボードのキー(鍵)か! 確かにあれには穴なんてねぇな! それに、あそこにはコードを入力するための生徒指導室のメインPCもある!」
ラッファは目を細め、さらに詮索と疑惑に満ちた眼光でヒロを睨みつけた。
(このガキ……なんでこの緊迫した状況で、そんなに正確な当てずっぽうができるんだ?)
ラッファは内心で強く警戒した。彼のヤンデレ的で独占欲の強い本能が、ヒロから発せられる危険信号をさらに敏感に察知していた。
「グザヴィエ、ラッファ、ヒロ! 今すぐ生徒指導室に走るぞ!」
ルカは威勢よく声を張り上げると、二階にある生徒指導室へと向かう廊下を、先頭を切って全力で走り出した。
「おーーーい!!! トイレに私を一人きりにして蚊帳の外にするんじゃなーーーい、この大馬鹿野郎どもがァ!!! ルカァ!!! ラッファァァ!!!」
ハスナ先生は、教師用トイレの中に完全に見捨てられた己の運命を呪い、悲痛な叫び声をあげた。




