悪霊心理カウンセリング」の市場需要と、ブラコンの弟が放つ本気の殺意
ザザザザーーーッッ!!!
扉の上の通気口の隙間から、正体不明の不気味な黒い巨大な爪が飛び出してきた。
そして、ザビエルの頭にのっていたスポーツタオルをひったくると、2秒もしないうちに部屋の中へと引きずり込んでしまった。
「俺のタオルが!!!」
ザビエルは叫んだ。普段は死んだ魚のようにつぶらな目が、ショックで大きく見開かれている。
「うそだろ?! 呪いは本物だった! ザビエルの最も大切なものが盗まれたぞ!」
ルカがパニックになって叫んだ。
「……いや、ちょっと待て。ザビエル、お前の最も大切なものって、たかが数百円のタオルなのか?」
ラッファはニヤニヤしながらザビエルを見つめた。
「あのタオルは、昨日あの厳格な生徒会長から借りたものだ。俺の私物を紛失したからな。もしあのタオルが消滅すれば、俺がグラウンドを50周走らされるペナルティを受ける確率は99.9%だ!」
ザビエルは荒い息を吐きながら答えた。ザビエルにとって、肉体的な罰を受けることは、自身のエネルギー効率に対する最大の侮辱だった。
「じゃあ、どうするんだよ?」
「取り返すに決まってるだろ、バカ! お前は、この美形の俺が罰走させられるのを見たいのか?!」
ザビエルがキレ気味にまくしたてた。
「おいおい、落ち着けよザビ。冷静になれ、チルしろよ友よ」
「落ち着いていられるか! 罰走させられる前に、あのタオルを絶対に回収する!」
ザビエルは建物の脇にあった手頃な大きさの石を拾い上げると、南京錠に向かって力任せに叩きつけた。
鍵が壊れると同時に――
バターン!!!!
彼は建物の扉を勢いよく蹴破った。
部屋の内部は、光が一切届かない暗黒で、空気が淀んでいた。
部屋の中央には、白い服を着て、髪をボサボサに振り乱した怪しげな影が浮かんでいた。顔の片半分は崩れ落ち、血のように真っ赤な目を剥き出している。
その手にはザビエルのスポーツタオルが握られており、不気味な高笑いを上げながら、これ以上ないほどの威圧的なオーラを放とうとしていた。
「ヒヒヒヒヒヒ……愚かな人間どもめ! お前たちの最も大切なものは我が奪った! 恐怖に震えながら死ぬがいい――」
「おい、偽サダコ!」
ルカは幽霊の言葉を遮り、全く恐れる様子もなく、のそのそと怪物に向かって歩み寄った。
その目に恐怖の色は微塵もない。幽霊は笑うのをやめた。
いつもなら新入生が悲鳴を上げて逃げ惑うか、気絶するはずの場面なので、少し困惑しているようだ。
「お、恐ろしくないのか?! 私はこの場所の地縛霊――」
「地縛霊が何だって? あんた、演技が下手くそすぎるんだよ、分かってる?」
ルカは幽霊の手からザビエルのタオルを一突きで奪い返すと、冷ややかな視線で幽霊を品定めした。
「髪が長すぎるし、ボサボサ。トリートメントとかしたことないわけ?それにさっきの高笑い、完全に音程が外れてる。ベースの腹式呼吸が足りてないんだよ。俺が前世でやってた『妖怪バイクタクシー』のお得意様の妖怪連中はさ、笑い声だけで街中の窓ガラスを叩き割るくらいの声量があったぞ。あんたのなんて、ただのマフラーの排気漏れレベルだわ」
新世界のクネクネ系幽霊は、完全に呆気にとられた。一メートルほど後方に浮遊しながら退き、この学校の先輩幽霊としてのプライドが、一瞬にして音を立てて崩壊していくのを感じていた。
「あ、あんた……なんで私のボーカルレッスンを始めだしてんのよ?!」
「ボーカルだけじゃない、浮遊するポジショニングも間違ってる!」
ルカはさらに一歩踏み出し、幽霊の鼻先を指差した。
「人を怖がらせたいなら、こんな埃っぽい部屋の真ん中に突っ立ってちゃダメだろ。美意識が足りないんだよ! 電気をチカチカ点滅させるとか、せめてクローゼットの影からじわじわ現れるとかしなさいよ。アマチュア丸出しだな、お化けのくせに!」
ラッファは後ろで腕組みをしながら、不敵な笑みを浮かべた。
「ざまあみろ。元・怪異の仲人に論破されて、メンタルボロボロじゃねぇか」
その地元の幽霊は、突如として目を潤ませた。
血のように赤かった眼球からは、十代前半のガキどもにボコボコに口撃された恥ずかしさのあまり、本物の涙が溢れ出ていた。
「ヒック……ひどすぎる……。私はただ、生徒会からの指示で新入生を驚かす任務をこなしてただけなのに……なんで逆にしごかれなきゃいけないのよぉ……」
「チッ、大げさだな」ザビエルは冷ややかな目で幽霊を見つめ、吐き捨てた。
ホラームービーから一転、一匹の幽霊に深いトラウマを植え付けるイベントが幕を閉じ、彼ら4人とハスナ先生は駐車場へと向かって歩いていた。
ヒロはルカとラッファに挟まれるようにして、真ん中を歩いている。
「先輩、あの……帰るの、車に便乗させてもらってもいいですか? 迎えの車が故障しちゃったみたいで」
ヒロはルカの制服の裾をいじりながら尋ねた。
「車が故障? お前、さっき高級セダンで登校してただろ!」
ラッファが眉をひそめて抗議した。
「それは……その……運転手さんに急用ができて、僕を置いて行っちゃったんです」
ヒロは苦し紛れに言い訳をした。
「いいよ、気にするな。俺のアルファードに乗っていけよ」
ルカはあっさりと答えた。
「アニキ、本気でこいつを送る気か?」
ラッファは、兄の正気を疑うような目でルカを見つめた。
「いいじゃねぇか、ラッファ。昨日の件もあって、まだ怯えてるみたいだしな」
それを聞いたヒロは、ラッファに向かって甘い笑みを浮かべた。
その笑顔があまりにも不気味に感じられ、ラッファは理由も分からぬまま、すぐに顔を背けた。
「ありがとうございます、ラッファ先輩! 先輩って本当に優しいんですね!」
ラッファは鼻で笑った。
「勘違いするな。優しさじゃなくて、不可抗力だ」
少し離れた場所では、ハスナ先生がすでにエンジンをかけて待機していたザビエルの大型バイクに向かって、フラフラと歩み寄っていた。
「ザビエル、私をまた送って頂戴。鍵をどこに置いたかまた忘れちゃったのよ」
ハスナ先生は何の罪悪感もない様子で言った。
ザビエルは彼女を鋭く睨みつけた。
「通知。私は無能な教師のためのタクシーサービスではありません。しかし、あなたの心理データを観察の素材として必要としているため、同意します」
「やった! ザビエルはやっぱり私の自慢の秀才ね!」
ハスナ先生は、相変わらず上品さの欠片もない動作でバイクのリアシートに跨った。
「お先に失礼するわねーー!!!」
車の手前でまだ立ち往生しているルカ、ラッファ、ヒロに向かって、彼女は大声で叫んだ。
「先生、声を落としてください。鼓膜が突然破裂しかねません」
ザビエルが忌々しそうに言った。
「大丈夫よ、私の声はこんなに美声なんだから!!」
ハスナ先生はさらに大きな声で言い返した。
ザビエルのバイクの爆音が曲がり角の向こうへと消え去り、リアシートに座るハスナ先生の姿も見えなくなった。
駐車スペースには、車の前に佇むルカ、ラッファ、ヒロの3人だけが残されていた。
「これ以上ここにいてどうする。さっさと帰ろうぜ」
「俺も便乗するわ、アニキ」
ラッファはヒロを遮るようにルカに視線を送った。
「じゃあ、お前の車はどうするんだよ?」
「運転手に乗らせて帰らせる。どっちみち俺たちの家は近いし、後でアニキの家に寄りたい用事もあるからな」
「分かった、じゃあ一緒に帰ろう。俺も腹減ったしな……。よし、車に乗れ」
そう言うと、ルカが最初に乗り込み、続いてヒロ、そしてラッファが車内へと入った。
それからしばらくして、車は夜の静まり返った道路を滑るように走り出した。
運転手のショフィさんは前方に集中しており、ルカ、ラッファ、ヒロの3人はそれぞれ自分の時間を過ごしていた。
ヒロはスマホをいじり、助手席に深く腰掛けたルカは何度もあくびを噛み殺していた。
後部座席のラッファは静かに目を閉じている。
眠っているわけではなく、ただ少し疲れているだけだった。
「ヒロ、お前の家はどの地区だ? ショフィさんに直接送らせるから」
助手席に座るルカが後ろの席を振り返り、ヒロとラッファの様子を窺った。
「あ……えっと……僕の家は、蓮華地区の23号です、先輩」
「ショフィさん、今の住所、聞こえたか?」
「はい、ルカ様」
ショフィさんは冷静に答えた。ルカは納得して頷き、再び窓の外の景色へと目を向けた。
「ルカ先輩……ちょっと聞いてもいいですか?」
ヒロの言葉に、ラッファはゆっくりと目を開け、耳を傾けた。
「何をだ?」
「ルカ先輩とラッファ先輩って、本当の兄弟なんですか? なんだか、別の家族のように見えるんですけど」
ドクン!!!
ルカの心臓が跳ね上がった。
どう説明すべきか分からず、一瞬で頭が真っ白になる。まさか、これが2度目の人生における弟だなんて、この少年に説明できるわけがない。
認めたい気持ちは山々だが、重大な秘密を漏洩するわけにはいかなかった。
(やべぇ、なんて言えばいいんだ……。運転手さんもいるしな……。もし変なことを聞かれて親に報告でもされたら、中身が別人の偽物だとバレて家を追い出されかねない……!)
「そ、それは……俺――」
「ルカ兄は、俺の義理の兄貴だよ。俺はもう本物の兄貴だと思ってる。血の繋がりなんてなくてもな。俺は兄貴を大切に思ってるし、兄貴も俺を大切にしてくれてる……。兄貴がどこに行こうと俺はついていくし、これからもずっとそうだ。俺たちを切り離せる奴なんて誰もいない」
ラッファがルカの言葉を遮り、ヒロを冷酷な眼差しで睨みつけた。
「そして、もし俺たちを引き離そうとする奴がいたら……。そいつはこの世界から永遠に消えてもらうことになるな」
ラッファは一文字一文字に明確な殺意を込めて、低く、冷たく言い放った。
「ほら、これで満足だろ? もう余計な質問はしないで」
ラッファは再び背もたれに体を預け、気だるげに目を閉じた。
その言葉を聞いていたルカは呆気に取られていたが、同時に弟の言葉に激しく感動し、胸が熱くなるのを抑えきれなかった。
(あの生意気だったクソガキが、こんなに大きくなりやがって……。昔、こいつを食わせるために死ぬ気で働いた甲斐があったもんだぜ……)
ルカは目頭を熱くしながら、心の中で涙を流した。
「……あ、あはは……そうなんだ……。てっきり、何か特別な関係でもあるのかと思っちゃいました」
ヒロは痒くもない首の後ろをポリポリと掻いた。
「それにしてもヒロ、なんでそんなこと聞いたんだ?」
「ただの好奇心ですよ、先輩……。それに僕、もしラッファ先輩が弟でいいなら、僕も先輩の新しい弟になっちゃダメかな、なんて考えてて――」
「駄目だ。絶対に許さない」ラッファはカッと目を開き、ヒロに向かって鋭い視線を突き刺した。その声は氷のように冷たかった。「な、なんで駄目なんですか?」
「ルカ兄は俺のものだ。弟は俺一人でいい。俺以外の弟なんて存在させない。もし現れたら、今すぐここでぶっ殺す」
「おいラッファ、やめろ。他人の家の子を怖がらせるな、可哀想だろ」
ルカは必死に二人の小競り合いを仲裁しようとした。
「大丈夫だよ、ヒロ。あのラッファの奴、今はお金の心配をしすぎてちょっと情緒不安定になってるだけだからさ。ただの冗談だよ、な?」
「アニキ、俺は本気だ……」
(この二人は一体なんなんだよ、なんでこんなにバチバチに威嚇し合ってんだ?! ああ、もうストレスでハゲそう!!!)
ルカは心の中で絶望した。
「ほら、もうおしまい! これ以上喧嘩するな、いいな?」
「こいつが先に仕掛けてきたんだよ、アニキ」ラッファは不機嫌そうに呟いた。しかし、息遣いにはまだ怒りが滲んでいたものの、ようやく背もたれに体を戻して目を閉じた。
ヒロは申し訳なさそうに深くうつむき、悲しげに唇を尖らせた。
「ごめんなさい、ラッファ先輩。生意気なことを言うつもりじゃなかったんです……」
「ハッ、わざとらしい演技だな」
ラッファは目を開けないまま鼻で笑った。ルカは諦めの混じったため息をついた。急にズキズキと痛み出したこめかみを押さえながら、静まり返った夜の街路を流れる窓の外を虚ろに見つめた。自分の不運な運命を呪わずにはいられない。覚えている限りの前世では、妖怪バイクタクシーの運転手として死ぬ気で働き、今世では今世で、隙あらば噛み合いを始める二頭の若い肉食獣の猛獣使いにされている。おまけに、さっきのヒロの突拍子もない質問のせいで、転生者であるという最大の秘密が危うく漏洩しかけたのだ。
心臓が口から飛び出そうだった。
(神様……兄貴分をやるのってこんなに疲れるんですか。こんな十代のガキどもの冷戦に付き合わされるくらいなら、もう一度妖怪タクシーを運転させられた方がマシだわ)
ルカは心の中で頭を抱えた。彼は知る由もなかった。
自身にはさらに古い超古代の、もっと不条理な前世――名前がまだ「ゼンラ」だった頃、物干し竿が直撃するというあまりにも悲惨(かつ間抜け)な事故で命を落とし、それが彼ら全員の運命を狂わせる引き金になったという事実を。
車内に再び沈黙が戻ってきた。
ショフィさんは静かにハンドルを握り続け、ルカは一刻も早く家に到着するよう心の中で神に祈りを捧げていた。しかし、ルカの視界が届かない後部座席の暗闇の中で、空気の冷たさが突如として一変し、息が詰まるほどの威圧感が立ち込めた。
ヒロが、ゆっくりと頭を上げた。ルカの前で見せていた悲しげで、怯えた、無垢な表情は一瞬にして跡形もなく消え去っていた。
その少年は首を回し、目を閉じているラッファをじっと見つめた。
その刹那、ラッファは肉食獣が危険を察知するかのような本能的な恐怖に襲われ、勢いよく目を開けた。二人の視線が交差する。
ラッファの身体が、一瞬で凍りついた。
ヒロの瞳は、先ほどまで怯えていたヘタレな子供のそれなどでは到底なかった。
その眼差しはどこまでも暗く、虚ろで、執念深く濁った狂気のオーラに満ち満ちていた――まるで、自分の所有物を侵されようとしている怪物が放つ、あの特有の視線。ヒロの口元が、ほんのわずかに歪んだ。
冷徹な笑みを浮かべるその表情に、ラッファの全身の毛穴が恐怖で逆立った。
その視線は、無言でこう告げているようだった。
『誰が誰のものだって? 彼は、この世界が生まれるよりも遥か昔から、僕と一緒にいるんだよ』
ラッファは車のシートを強く握りしめた。
顎に力が入り、こめかみから冷や汗が静かに流れ落ちる。クソ喰らえだ。自分の直感は100%正しかった。隣にいるこのガキ……底知れない狂気を孕んでやがる。
「ルカ様、蓮華地区の23号に到着いたしました」
運転手のショフィさんの穏やかな声が、後部座席の極限の緊張感を一瞬で打ち砕いた。アルファードは、そびえ立つ黒い門の前にゆっくりと停車した。
瞬きをするほどのほんの一瞬で、ヒロの瞳の奥にあった恐ろしい光は消え失せ、再びあの愛らしい無垢な輝きへと戻った。彼はルカの方を向き、弾んだ声を出した。
「わあ、着いた! ルカ先輩、ラッファ先輩、それに運転手さん、本当にありがとうございました!」
ヒロは元気いっぱいに挨拶すると、車のドアを開けて軽い足取りで降りていった。ルカは、まるで死刑執行の直前に恩赦を受けたかのような、気の遠くなるほど深い安堵のため息を吐き出した。
「ふぅ、助かった。着いて良かったぜ。よし、ショフィさん、このまま一気に家まで飛ばしてくれ! もう腹が減りすぎて限界だ!」
ルカは一転して、やる気満々の声を上げた。
ドアが閉まり、車は再び走り出した。バックミラーの向こう、薄暗い街灯の下で一人佇み、アルファードの去りゆく後ろ姿を顔から消えない不気味な笑みで見送り続けるヒロの姿を残して――。
ヒロを見送ったアルファードは、再び夜の静寂を切り裂いて走り出した。
ルカは安堵の表情でシートに背をもたれかけ、ラッファは先ほどの無垢な少年の奇妙な眼差しについて、まだ考えを巡らせていた。
しかし、その張り詰めた空気は、車のヘッドライトが前方の寂しい道路脇にぽつんと佇む見慣れたシルエットを照らし出した瞬間、一気に吹き飛んだ。
そこには大型バイクが静かに停まっており、その傍らで、制服に身を包んだ一人の少年がしゃがみ込み、完全にペチャンコになった後輪を眺めながら、うんうんと深く首を振っていた。
「おい、ショフィさん、ちょっと停めてくれ。あれ、ザビエルじゃねぇか?」
ルカは目をこすりながら言った。車はザビエルのすぐ横に滑り込むように停車した。ルカが窓を開ける。
「ザビ! お前こんな夜中に道路の脇で何うなずいてんだよ? 霊感でも研ぎ澄ませてんのか?」
ザビエルは淡々と振り返った。彼の愛車が無残な状態であるにもかかわらず、その氷のように冷ややかな表情は微塵も崩れていなかった。
「バイクのタイヤが極端な気圧の低下、いわゆるパンクを起こした。このまま家まで力任せに押し戻した場合の、摩擦力によるエネルギー消費の推定値を計算していたところだ」
「摩擦力とか計算してる場合かよ、バカ!」
ルカの言葉に続いて、ラッファも窓から顔を出した。
「そんな重い大型バイクを夜中に押せるわけないだろ。っていうか、あのカウンセラーのハスナ先生はどうしたんだよ?」
「五月蝿すぎたので、手前の交差点で降ろした。彼女をリアシートに乗せたことにより、バイクの許容積載量を大幅に超過し、このパンクを引き起こした可能性が極めて高い」
ザビエルは冷静沈着に、しかし毒のある口調で答えた。
「もういいから、ここで野垂れ死ぬ前に、そのバイクは先の24時間営業の修理店に預けて、俺の車に乗っていけよ。とりあえず俺の家に来い」ルカが提案した。
「有料か?」
「おいおい、なんでそこで金の話になるんだよ?」
「お荷物、お前のケチな本性を俺が知らないとでも思うのか? ギブ・アンド・テイクが基本のお前が、無償で人を助けるとは思えないな」
ザビエルは眼鏡をクイッと上げながら、ルカを鋭く見据えた。ルカはただただ鬱陶しそうな顔を作った。
「今回は俺の慈悲の心が勝ったんだよ。お前限定でタダにしてやるから安心しろ」
「正直、怪しいな」
「このままバイクを押し続けるか、ここに置いていかれるか、今すぐ選べよ」
ルカがぶっきらぼうに言い放った。ザビエルは深くため息をついた。
「お前の車に乗せてもらう、お荷物。費用の節約になるし、ちょうどお前たちと共有したい重要なデータもあるからな」
ザビエルは鼻にずり落ちた眼鏡を指先で直した。長い押し問答の末、彼らはようやくザビエルのバイクを近くの修理店へと預けた。
すべての手続きを終え、この無表情な秀才はアルファードの車内へと合流した。ただし、今回は座席の配置が変わっていた。
ザビエルは後部座席でラッファと並んで座り、ルカは変わらず助手席でショフィさんの隣に座っていた。車が走り出してわずか5分後、車内の沈黙を破ったのは、やはりザビエルの淡々とした声だった。
「ルカ、ラッファ。先ほどの学校でのオンリョウ(怨霊)との遭遇イベントに基づき、私は非常に将来性の高い社会学的な啓示を得た」
ルカは面倒くさそうに振り返った。
「今度は何の啓示だよ、お前。脳みそが数式で埋め尽くされてんのか?」
「数式ではない。ビジネスチャンスだ。私は新たなコンサルティング機関『悪霊心理カウンセリング』の設立を計画している」
ザビエルは何の悪びれもなく言った。ちょうどミネラルウォーターを飲んでいたラッファが、激しくむせた。
「ぶっほ!! ゲホッゲホッ……今、何のビジネスって言った、ザビ?!」
「悪霊心理カウンセリングだ」ザビエルは毅然として繰り返した。
「お前たちも先ほど目撃しただろう。現代の幽霊は、人間の世代交代に伴い、深刻なアイデンティティ・クライシスと精神力の著しい低下に直面している。彼らにはスピリチュアルなカウンセリングと、恐怖パフォーマンスの効率を最適化するための戦術的指導が必要だ。ターゲット市場のニーズに合わせるためにな」
ラッファは呆気にとられた。
「お前、幽霊のカウンセラーになる気か? 正気かよ」
「市場の潜在需要は極めて大きいぞ、ラッファ。我々が怪異どもにポジショニング、発声管理、そして現代的なホラーの美学を教育すれば、超自然産業を完全に独占することが可能だ」
ザビエルは、異様なビジネスの野心で瞳の奥をギラつかせた。
「おいおい、さっきアリの養殖を持ちかけた時は断ったくせに、今度は幽霊のカウンセラーかよ。でも、お前のそのアイデア、意外と悪くないな」ルカはルームミラー越しにショフィさんの様子をチラリと盗み見た。忠実な運転手は、ハンドルを握る手がわずかに震えており、自分の雇い主とその友人たちが
「化け物向けのコンサルティングビジネス」
を計画している会話を必死で聞き流そうと、完全に耳を塞ぐ努力をしていた。
(最近の若い子たちはお金を稼ぐのが上手だね……。でも方向性が過激すぎて、こっちの寿命が縮まりそうだよ……)
ショフィさんは必死に無表情を保とうと奮闘していた。
ルカはすぐにゴホンと大きな咳払いをし、目線でザビエルとラッファにサインを送った。
「コラ、ザビ、ラッファ……その、裏社会のビジネスの話はさ……俺の部屋に着いてからじっくりやろうぜ」ルカは引きつった笑いを浮かべながら、小声で囁いた。
「ショフィさんが可哀想だろ。これ以上話したら、怖がってこの道を二度と通りたくなくなっちゃうかもしれないからさ」
ザビエルは後ろからショフィさんの後頭部を一瞥し、納得したように頷いた。
「了解した。データは一時保存する。サダコ系怪異のカウンセリング料金体系の策定については、アジト(部屋)で解剖しよう」
ラッファは自分の額を手のひらで押さえ、新世界に来てから日を追うごとに手遅れになっていく親友とアニキの思考回路に、ただただ白旗を上げるしかなかった。




