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第1話:開かれた記憶:クルエルの幼少期の傷痕

皆様、お久しぶりです!少しの間お休みをいただいておりましたが、本日からいよいよ第二章(シーズン2)をスタートします!体調を崩してしまい更新が止まっていましたが、また皆様に物語をお届けできて嬉しいです。これからもマイペースに更新していきますので、お付き合いいただけますと幸いです。

その白い空間は広大だった。システム空間にしては広すぎる。見渡す限り、シミ一つない虚無の白が広がっており、まるで市場で一番安い漂白剤で丸洗いされたばかりのようだった。


重力に縛られることもなく、ファンタジー世界では「バスカラ」こと「カラ」


と呼ばれていたゼンは、空中に浮かびながら、まるでエアマットの上で平泳ぎでもするかのようにダラリと腹ばいになっていた。


その隣では、どこかぼやけた、くすんだ青い光の球が、諦めたように一緒に浮かんでいる。


そして今、カラはかつての「ゼンラ」の姿に戻っていた。


「なぁ、テム」


何時間続いたかも分からない静寂を破り、ゼンが声をかけた。


『何よ、お荷物ニモツ。またこの部屋の色のせいで白内障になりそうとか、文句でも言う気?』


テムの声が響く。かすかにノイズが混じっているものの、幸いにもその毒舌さは5割ほど戻っているようだった。


「違うって。たださ……こんな何もない白い次元に、2B弾にびーだんとか爆竹とか売ってる店ってないのかな、と思って」


『……は?』


「いや、静かすぎるんだよ、おい! 爆竹くらいあればさ、床に投げつけて『パーン!』って音を鳴らして遊べるじゃん。あるいは、お前のあのイケメン気取りのボスのスーツの足元にこっそり放り投げるとかさ。退屈しのぎにちょうどいいだろ。死を待つだけなんて暇すぎる」


『ラ、あんた消去ターミネーションのせいで本当に脳みそズレたんじゃないの? 私たちは今、魂の消滅を待つ待機室にいるのよ!? なのに爆竹の心配をしてるわけ!?』


システムの声がイライラで震え、怒りのあまり青と赤のディスコライトのように明滅した。


ゼンラはクスクスと笑い、両手で顎を支えながら、空中で足をバタバタと揺らした。


「だってしょうがないだろ? あの不愛想な『プロトコル001』は、消去プロセスが48時間以内に始まるって言ってたけど、ここには掛け時計すらないんだぜ! もう三日三晩待たされてる気分だわ。いっそ爆竹祭りでも開催して――」


『妄想がたくましすぎるのよ、お荷物。あんたにそんなことができるわけないでしょ。死にぎわなのに文句ばっかり言って』


「俺をバカにしてんの? ……なぁテム、お前さ、ちょっと喋りすぎ(ヤッピング)なんだよ。まるでぶただな。時々お前を見てると可哀想になってくるわ。子豚を見てるみたいでさ。まだ小さいのに『ハラーム(禁忌)』なんだもんな」


『あんたの口、iPhoneよりハイスペックね、お荷物。データ通信パックも入ってないくせに、あらゆる情報を手に入れて世界中に撒き散らしてんだから』


「今更気づいた? ひゃー! 俺の口は本当にそんくらいハイテクなんだよ、テム。お前の負けだな、ハハハハ!」ゼンは一人で爆笑した。


『ストレス……全員ストレスだわ。ことわざにある通りね。人生はシンプル、ややこしくしているのは自分の頭の中だけ、って』


システムは冷ややかな目でゼンラを睨みつけながら言い返した。プカプカと楽しそうに浮かんでいる青年は、システムの小言を聞いて退屈そうに目を丸くした。


「それが人生ってやつだろ、テム。謎解きだらけなんだよ。腹立つのはさ、ノーヒントってところだけど。他人の人生が羨ましいわ。みんな平穏無事に生きてんじゃん。怪しいね。俺、母親のお腹の中にいた時、ただ『産まれる』のボタンだけを連打しちゃったんじゃないかって疑ってる。おまけにバカだから、引き換えに『金持ち』とか『ロマンス』のボタンを押し忘れたんだよ、絶対に!!!! その結果がこれさ。最初の人生から二度目の人生まで、ずーーっと独身チェリーのままだよ」


『お腹の中にそんな機能システムないわよ、お荷物。デタラメ言わないで。ガキが読んで真に受けたらどうすんのよ』


「はいはい、分かってますよー。あ、そうだテム。ちょっと聞きたいんだけどさ」


『何よ?』


「あのさ、ギャンブルって『ハラーム(禁忌)』じゃん? でも、出産って『命を賭けた大ギャンブル』でしょ? ってことは、俺たちもハラーム(禁忌)から産まれた存在ってこと? 命の賭けから産まれてんだから」


今度はシステムの方が、目の前にいる青年を大真面目にキレ散らかした目で見つめた。本当に、限界突破するほどブチギレていた。


『なんでそんなこと聞くわけ!? もうちょっとマシな質問クエスチョンはないの!? あんた、学生時代にサボりすぎて脳みそ腐ってんじゃないの? 修理が必要よ、修理が。普通は法律の解釈とか、そういう高尚なことを聞くでしょ。なんでそんなランダムなアホ質問が出てくるわけ!?』


「はっ、法律だって? 法律ほうりつなんて、わざわざ疑問に思う価値もないね、テム。もう知り尽くしてるわ。あんなの、ただの『輪ゴム』みたいなもんだろ」


「庶民に対しては千切れるまでギチギチに引っ張るくせに、『カネ持ち』相手にはゴムがダルダルに緩んで、縄跳びができるレベルになるんだから。俺たちがまきにするための木を盗んだら罪がてんこ盛りにされるのに、あいつらが国民の金を何十億と盗んでもさ、『態度が殊勝しゅしょうだったから』って理由で減刑されるんだぜ? 誰に対して殊勝なんだよ? 死神しにがみにでも媚び売ってんのか?」


『やめなさい、お荷物。おかみの不敬罪で引っ張られたいわけ?』


「いいじゃん、怖くねぇし。お前がさっき『もうすぐ死ぬ』って言ったんだから、恐れるものなんて何もないね。それに俺の言ってることは事実だろ。今の時代、お上品な態度マナーなんて、汚職役人のための『スキンケア』みたいなもんだよ。哀れな顔をして、うつむいて、綺麗な服を着るだけでさ、何十億の罪が50%オフになるんだから。マナーの機能って、倫理のためじゃなくて刑務所の『フリーパス』だったわけ?」


システムは、またしても呆れ果てて目を丸くした。死にぎわだというのに、こいつはまだ社会への不満をぶちまける余裕があるらしい。


「あ、そうだ。思い出したわ。俺たちが消える直前さ、お前なんか言いかけてただろ。何言おうとしてたんだよ?」


システムは突然黙り込み、その思考はどこか遠くへ飛んでいってしまったようだった。本当は、何が起きているのかをゼンラに伝えるべきなのだ。


しかし、それが「アルビル」に関わることだったため、不憫に思って言い出せなかった。


「テム?」


ゼンラがシステムの前で手をひらひらと振ると、システムはハッと我に返った。


『……何よ、おい』


「なんでボケっとしてんだよ。お前のあのボスが恋しくでもなったか?」


『げぇっ、誰が恋しがるもんですか! むしろ、なんで昔はあの男にあんなに敬意を払ってたのか、今じゃ後悔してるくらいですよ』


「じゃあ何でぼんやりしてたんだよ。気をつけろよ、悪霊にでも憑りつかれんぞ」


『私はロボットよ、取り憑かれるわけないでしょ。どこの物好きな幽霊が私に憑りつくってのよ?』


「いや、ワンチャンあるだろ。お前、言動が全然ロボットらしくないもん。むしろ不道徳な人間そのものじゃん」


「まぁいいや、早くさっきの続きを言えよ。気になって夜しか眠れんわ」ゼンラは好奇心に満ちた目でシステムを見つめ、先を促した。


『ええっと……それは……その……ええい……あのね……私……私、話したいことがあって……』「誰の話?」『それは……っ』


テムは必死に頭をフル回転させながら、視線をあさっての方向にそらした。


『――あ、そう! クルエルの過去についての話よ!!! あんた、あいつが昔どんな奴だったか、そしてあんたがバスカラになる前にどんな修羅場をくぐり抜けてきたか、まだ知らないでしょ!?』


突如として響き渡ったシステムの大声に、ゼンラは拡声器を耳元で鳴らされたかのような衝撃を受け、思わず耳を塞いだ。


一瞬、本気で鼓膜が破れるかと思った。


「おい、もっと静かに喋れよ! 俺の耳はまだ正常に機能してんだからさぁ! 叫ぶ必要ないだろ!」


『へへっ、ごめんラ。つい興奮しちゃって』システムはへらへと笑ってごまかした。


「ったく。で、クルエルの過去を話してくれるんだろ? 早く聞かせろよ、気になってしょうがないんだから」


『落ち着きなさい、今あんたの記憶に同期させてるんだから……――【隠蔽された記憶のロックを解除します:『クルエルの幼少期の傷痕』】。

ホスト、心の準備はいい? これ、さんざん「好き」って思わせぶりな態度を取られておきながら、いざ蓋を開けたら「ただの友達キープ」だった時より、よっぽど精神にくるからね』


ゼンラはシステムの言葉を聞いて、呆れたように目を丸くした。こんなシリアスな場面でよくそんなエグい冗談が言えるものだ。


しかも、地味にダメージのデカいタイプのジョーク。しかし、次の瞬間、18歳の青年は言葉を失った。システムが突如として、彼の脳内に記憶の断片を流し込んできたからだ。


そこには、6歳と3歳くらいの二人の子供が、庭でボールを追いかけ回して遊んでいる姿があった。ゼンは直感的に理解した。


あれは、バスカラとクルエルの幼少期の姿だ。


「おにいたん! もっとゆっくり走って、エル追いつけないじょ……」


クルエルの舌足らずな幼い声を聞いた瞬間、それを見守っていたゼンラは思わず口をぽかんと開けて固まった。


『口を閉じなさい、お荷物。恐竜が飛び込んでくるわよ』システムに注意された青年は慌てて口を閉じ、何事もなかったかのように表情を取り繕った。


「なんだよ、人がせっかくいいところで浸ってたのに。エルのあんな舌足らずな喋り方、ビビるだろ。あいつ、生まれた時からあんな小生意気で、口が達者な男なんだと思ってたわ」


『あんたねぇ、少しは頭を使いなさいよ、お荷物。生まれた瞬間から、誰にも教わらずにスラスラ喋れるガキがどこにいるのよ? ここを小説か映画の世界とでも思ってんの? 現実を見なさい、現実を』


「別にいいじゃん、ちょっとショックを受けただけだろ。もう喋りかけるなよ、俺は観賞の続きをするんだから」


ゼンラは再び視線を、バスカラとクルエルの姿へと戻した。


「あんたの走りが遅すぎるんだよ。誰のせいでそんなに足が短いと思ってんだ」


バスカラは冷ややかな目でクルエルを睨みつけ、吐き捨てるように言った。


「あのクソガキ……カラの奴、昔はあんなに口が汚かったのかよ。初めて知ったわ」


ゼンラは怒りのあまり、拳をきつく握りしめた。


「エル、ちゅかれた、おにいたん……」


クルエルはカラのそばにたどり着くと、うつむきながら小さな声で呟いた。


「はっ、言い訳すんな。遊べないなら最初からそう言えよ。できるフリすんじゃねぇ」

クルエルは黙り込み、さらに深くうつむいた。「おい、耳も口もついてんだろ? 人が喋ってんだから返事しろよ、この役立たず!!!(クソガキ)」


カラはエルの小さな腕を荒々しくつねった。エルはその痛みに顔をしかめる。


「痛い、おにいたん、ごめんなしゃい……」


エルは痛みに耐えかねて声を漏らすが、カラはそれを完全に無視し、今度は弟の柔らかい髪を乱暴に引っ掴んだ。


「いいか、役立たず。お前なんて産まれてこなきゃよかったんだよ!!! お前がいるせいで、ママンもパパンも俺のことを見向きもしなくなったんだ!!! 毎日怒られてばかりだ! お前が来る前は、俺がこんな目に遭うことなんてなかったのに!!!」


「エル……エルは、何も知らないじょ、おにいたん……」


カラはクルエルの細い髪から乱暴に手を離すと、そのまま弟を突き飛ばした。小さな体は芝生の上へ無惨に転がっていく。


「エル!!!」ゼンラは慌ててクルエルの元へ駆け寄ろうとしたが、システムに遮られた。『何する気よ?』「助けに行くに決まってんだろ、見れば分かるだろ!!!」


『やめなさい。あんたはただ黙って見てればいいの。余計な真似はしないで』


「はあ!? 見てろってか? テム、お前頭おかしくなったんじゃねぇの!? クソ、こんなの放っておけるわけねぇだろ! 俺の弟にあんな仕打ちしやがって。あのガキ、マジで口が腐ってんのか? 俺だって義理の兄としてエルにそんな酷いこと言ったことないのに、あいつは人間の皮をかぶった悪魔かよ。実の弟だぞ、畜生!!!!」


ゼンラはあまりのフラストレーションに、自分の髪を激しくかきむしった。


『諦めなさい、お荷物。ただの観賞用よ、無駄なドラマは起こさないで』


ゼンラは深く長いため息をつき、再びその兄弟の様子に目を戻した。


「ごめんなしゃい、おにいたん……」


クルエルが再び蚊の鳴くような声で呟く。


「あ? 何て言った?」


「ご、ごめんなしゃい……」


「聞こえねぇよ。もっと大きな声で喋れ」


「ご、ごめ、ごめんなしゃい、おにいたん!!!!」


「チッ、お前の謝罪なんていらねぇよ」


カラはボールをクルエルに向けて乱暴に蹴り飛ばすと、弟を一人残してその場から立ち去っていった。カラが去ったのを確認し、エルはゆっくりと立ち上がった。それを見たゼンはすぐにクルエルの元へ駆け寄り、弟の肩をそっと叩こうとした。しかし、彼の手は虚しく空を切り、触れることはできなかった。


「マジかよ、触れねぇじゃん」


『当たり前でしょ、お荷物。あんたは過去の世界にいるのよ。何も変えることはできない、ただ見るだけしか許されないの』


「俺は弟がこんな風に苦しむのをただ見てろって言うのかよ? 冗談だろ、テム。こんなの、俺を拷問してるのと一緒じゃねぇか、クソッ!!!!」


ゼンラが本気で怒り狂うのを見て、システムはただ沈黙した。


「エル!! 俺が見えるか!? エル! 将来あんたの兄貴のカラになる、ゼン兄ちゃんだよ! 俺が見えるだろ!?」


ゼンラは自分の存在を気づかせようと必死にあらゆる方法を試したが、すべては無駄だった。誰一人として、彼に気づく者はいない。


「あら、エル。一人でここにいるの?」


突然、女性の声が聞こえ、ゼンラは後ろを振り返った。正確には、家のフェンスの方だ。そこには、若い女性が立っており、こちらに向かって歩いてきていた。


「転んじゃったの? なんでお家の中に入らないの? ここは陽が強くて暑いでしょう」


長い髪の美しい女性はエルの前にしゃがみ込むと、優しく手でエルの汗を拭った。


「ううん、大丈夫だよ、ママン。さっきまでおにいたんと遊んでたの、へへっ」小さな子供は、母親に向かって健気な笑みを浮かべた。


「おいマジか、これがクルエルとカラの母親なのかよ!?!!!」ゼンラは完全に固まった。『リアクションが大きいのよ、お荷物』「いや、初めて知ったわ! 母親、めちゃくちゃ美人じゃん、おい!!!」


『ちょっと美人が見えたからって、すぐそれね』


「マジでテム、これ、ド真ん中ストライクの俺の理想のタイプだわ!!!」


『忘れなさいお荷物、それあんたの母親でもあるのよ。自分の母親に欲情してんじゃないわよ、バカ!!』


「そんなわけねぇだろ! 母親だってことはちゃんと自覚してるし、そこまで倫理観ぶっ壊れてねぇわ!」


『あんたの実の母親……あのヴィナとかいう女と比べて、どっちが美人よ?』ゼンラは真剣に考え込んだ。


「うーん、俺の意見としては……二人とも同じくらい美人だけどさ。ただ、俺の元の母親は『見た目がすべて』って感じの派手なタイプだったから。

こっちの母親は清楚で素朴だろ。放ってるオーラが全然違うんだよ。俺の元の母親には、そういう『母親としての包容力』みたいなのが一切なかったからさ。カラの母親とは大違いだわ」


システムは再び黙り込んだ。本当はさらに深く問い詰めたかったが、ゼンの古い傷口を抉るのを恐れたのだ。


「それじゃあ、お家に入りましょうね。本当に暑いわ、熱中症になっちゃうもの」クルエルとバスカラの母親であるフラメスティは優しく微笑み、エルの小さな手をそっと引いて家の中へと歩き出した。


ゼンラが二人の後を追おうとしたその瞬間、突如として周囲の景色が眩い白一色へと変化した。そのあまりの眩しさに、彼は思わず目を強く瞑った。再びゼンが目を開けると、最初に視界に飛び込んできたのは、どこかのダイニングルーム(食堂)だった。


「おい、今度はどこだよ、ここは!?」


青年は混乱しながら、キョロキョロと辺りを見回した。


『まだ地球の上よ、お荷物。安心しなさい、水星や宇宙人の惑星に飛ばされたわけじゃないから』


「地球なのは分かってるよ、テム! 俺が言いたいのはさ、さっきまで家の庭にいたのに、なんで急にここにいるんだってこと!」


『あんた、これがクルエルの過去の記憶だってことを忘れたわけ? これが全部終わるまで、私たちは外に出られないのよ』


「あ、そうなの? へへっ、忘れてたわ。それにしてもテム、ずっと不思議なんだけどさ。俺がカラの体に憑依した時、俺とエルってなんであんなボロ小屋に住んでたんだ? この家、普通に立派じゃん」


『ある事件が起きたのよ、お荷物。その話は長くなるわ。まぁ、進めていけばあんたも嫌でも知ることになるわよ』


「ネタバレ(スポイラー)はなし?」


『ないわよ!! ずうずうしい!!』


テムは冷ややかな目でゼンを睨みつけた。一方、睨まれた方のゼンは、近くにある階段の段差にちゃっかり腰掛け、のんびりとくつろぎ始めていた。


「お兄ちゃん、エル、降りておいで。夜ご飯にするわよ」


フラメスティは食卓に白米とおかずを並べながら、上の階に向かって声をかけた。


「子供たちはまだ降りてこないのかい?」


バスカラとクルエルの父親であり、フラメスティの夫であるルキーが尋ねた。


「ええ、まだよ。きっと今、お風呂にでも入ってるんじゃないかしら」


妻はそう答えながら、デザートの果物を包丁で切っていく。


「あなた、本当にあの子たちに話すつもり?」


夫が食卓の椅子に腰掛けると、女性は続けて問いかけた。ルキーは少し沈黙し、考え込んでいるようだった。


「あぁ、話すつもりだよ。どっちにしろ、あの子たちももう大きくなったんだから」


男はそう言いながら、妻が切ったばかりの果物の一片に手を伸ばした。


パシッ!!


一切れつまみ食いしようとした瞬間、その手は妻の持っていたお玉で容赦なく叩かれた。


「これは食後のデザートよ、つまみ食いはダメ。食べたかったら自分で剥きなさい」


「なぁ、お前、そんなに怒らなくてもいいだろ。たったの一切れじゃないか」


フラメスティは微笑んだ。その微笑みは、クルエルが人を処刑する時や悪魔を召喚する時に見せる笑みと完全に一致していた。


「あら、たったの一切れ? ええ、いいわよ。食べなさいな。後で私がまた『切って』あげるから」


「果物をかい?」


「あなたをよ」


ルキーは喉を鳴らし、生唾をゴクリと飲み込んだ。そして、今しがた手に取った果物の一片を、大慌てで元の場所へと戻した。


「クルエルのあのサイコパス気質、完全に母親譲りだったのかよ……。てっきり突然変異かと思ってたわ。俺がカラの体に憑依した時、母親がもういなくて本当に良かったぜ。もしいたら、毎日が命がけのアドベンチャー(精神修行)だったわ」


ゼンラは一部始終を眺めながら、ボソボソと独り言を呟いた。それから間もなくして、バスカラとクルエルが上の階から降りてきた。


二人は、ゼンラが腰掛けている階段を通り過ぎていく。もちろん、そこに別の魂が存在していることには誰も気づかない。


どこからどう見ても、今のカラとクルエルの年齢は15歳と13歳ほどに成長していた。


「あいつら、デカくなるの早すぎだろ」


『時間をスキップしたのよ、お荷物。あんた、あの子たちが赤ん坊の時から今までの成長をずっと見守る気? こっちが老け込んじゃうわよ』


「いや、驚いただけだっての。っていうか、お前が勝手にスキップするから、俺の可愛い弟の成長過程が見られなかったじゃねぇか」


システムはゼンラの文句を完全に無視し、再びその家族へと視線を戻した。


「母さん、今日のご飯何?」カラがそう言いながら、父親の隣の席に腰掛けた。


「今日は鶏肉の甘辛煮アヤム・ケチャップよ。お兄ちゃんもエルも、大好物でしょう?」


兄の隣に座ったクルエルは小さく頷いたが、バスカラの方はただ黙ったままでいた。


「よし、これで準備万端ね。みんな、ちゃんと手は洗ってきた?」


三人の男たちは、一斉にコクコクと頷いた。「よくできました。さあ、食べましょう。お兄ちゃんもエルも、たくさんお代わりしてね」フラメスティは三人の「愛しい我が子たち」に白米とおかずを取り分けながら、聖母のような微笑みを浮かべた。


「この家族、昔はめちゃくちゃ理想の家庭アットホームだったんだな……」


ゼンラはその温かい光景を、ぽかんと虚ろな目で見つめていた。


「俺、昔からこういうの経験したことないわ。実の親の奴ら、俺を食卓で一緒に食事させることすら許さなかったからな……。あ、なんかアル兄ちゃんのことも思い出してきたわ……」青年は自分の頬を指で拭った。


そこには、いくつかの涙の雫がこぼれ落ちていた。


『ちょっと、泣かないでよお荷物。あんたが泣いたら、私まで涙が出てきちゃうじゃない……』


「誰が泣いてるって? 違げぇよ、ただ目にゴミが入っただけだわ」


ゼンラは掠れた声を震わせながら、必死に言い張った。システムは切なげな目でゼンラを見つめた。これ以上、彼の心の傷に触れて状況を悪化させないよう、それ以上は何も言葉を返さなかった。


カチャカチャとスプーンが皿に当たる音だけが響く。その家族は静寂の中で食事を進めていた。


誰も口を開かない。ルキーが子供たちに厳しく食事のマナーを叩き込んでいたからだ。しばらくして、ようやく全員が夕食を終えた。


「お兄ちゃん、エル。お父さんからお前たちに、大切な話があるんだ」


それまで退屈そうに鼻をほじりながら眺めていたゼンラは、その言葉にピクリと反応し、身を乗り出した。


「話って何、父さん?」


バスカラが不思議そうに尋ねた。ルキーは一度、妻のフラメスティの方へ視線を手向けた。まるで許可を求めるかのように。妻が静かに頷くのを確認すると、彼は再び息子たちに向き直った。


「明日な、お父さんとお母さんは友達の家に行こうと思ってるんだ。その友達のお父さんが亡くなってね。お葬式に向かうから、お前たちを連れていくことはできない。二人だけで留守番をすることになるが、大丈夫かい? 一応、ヴィアナ叔母さんにもここに来てくれるよう頼んであるから」


バスカラとクルエルは沈黙した。そして、それまでやり取りを特等席で見ていたゼンラとシステムは、その言葉を聞いた瞬間、顔面蒼白になって固まっていた。


「テム……俺の聞き間違いじゃないよな? まさか、この移動中に、カラとエルの両親は事故に遭うのか……?」


『……』


「テム!?」


システムは深く長いため息をつき、視線を気まずそうにそらした。


『……そうよ、お荷物。二人は車の衝突事故に遭って、即死するの』


「だったら、あいつらが明日出発するのを阻止しなきゃダメだろ、テム!!!」


『無駄よ。あんたに過去を変えることなんてできないわ』


「じゃあ俺は、クルエルとカラが親を失うカウントダウンを、ただ黙って指をくわえて見てろって言うのかよ!?!?」


『……』


「冷血漢だな、お前!!」


『ラ、私の話を聞きなさい!!! 私たちは今、ただクルエルのフラッシュバック(過去の記憶)を見てるだけなの! 私にだってどうすることもできないわ!!! あんたも分かってるでしょ、私たち自身もうすぐ消去される身なのよ!? なのになんで他人の心配をしてるわけ!? しっかりしなさいお荷物、こんなところで感情に流されないで!!』


ドンッ!!!!

第一話をお読みいただきありがとうございました!実は学業や他の創作活動が重なり、少しキャパオーバーで体調を崩しておりました……(苦笑)。皆様もどうかご自愛くださいね。ストックもありますので、これからは無理のない範囲で定期的に更新していく予定です。クルエルの過去に何があったのか、これからの展開も楽しみにしていただけると嬉しいです!よろしければ、ブックマークや評価、感想などもぜひよろしくお願いします!

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