死体より先に納骨室へ入る配達員がどこにいる? 帰りに待ち受けていたのはバニラ香る罠。
現在、バスカラは新しい制服を身にまとっていた。
色褪せたオレンジ色のベストに、傷だらけのシールドがついたレトロなジェットヘルメット(ボゴヘルメット)。
タクシー運転手、婚姻執行人を経て、今の彼は霊界の宅配急便『J-エクスプレス(神速便)』の配達員になっていた。もし皆さんが、我らが18歳の主人公が今何をしているのか気になっているなら、彼は今、バイクに荷物をせせと積み込むのに大忙しだ。
(なぁ黒いの、人間に食料品のパックを届けるのは別に構わねえんだよ。だけど、なんでこの荷物だけは、賞味期限切れの線香みたいな死臭が漂ってんだよ!?)
カラは、手にあるミニサイズの白い死装束(布)で包まれた怪しい荷物を見つめながら抗議した。
[それは濡女の女王様からのご注文ですよ、お荷物さん。中身はプレミアム蛇鱗スキンケア用品です。1秒でも遅れたら、あなたの命がその代償になります。ですがご安心ください、その次には現世のまともな人間からの配達案件が向かい側の住所で待っていますから]
(毎回命を脅かしてきやがって、お前は他のバリエーションの脅し文句を知らねえのかよ!?)
[おや、別の罰ゲームをご所望ですか? それなら、丸一日ゴキブリの姿になって過ごすというのはいかがでしょう?]
(お断りだわ!! そんな罰ゲーム絶対に受け入れねえからな!!)
[罰を与えるのは私ですよ。なぜあなたが自分の好みの罰を選べると思っているのですか?]
(どうせ罰を受けるなら、さっきみたいな心臓に悪いやつじゃなくて、もっと楽な罰がいいに決まってんだろ)
バスカラは皮肉たっぷりに言い返した。
[それはルール違反です、お荷物さん]
(ルールなんて破るためにあるんだよ。だからイッツ・オーケーだろ?)
[好きにしてください、お荷物さん。あなたを相手にするのは本当に疲れます]
(はははっ、疲れただろ? 俺のオーラの前には誰も敵わねえんだよ。なんたってこのバスカラ様だからな。勝てるわけねえだろ)
システムは完全に冷め切った目でバスカラを見つめ、呆れて目をひっくり返した。
(誰でもいいから、今すぐこの男の頭をぶん殴ってくれ。この目の前の男の凄まじいナルシシズムに、私は心底ウンザリしているのだ)
◇
濡女の女王の注文(ちなみに「荷物は古井戸の中に落としといて」という不気味なリクエストだった)を配達し終え、あまりの恐怖に気絶しかけながらも、カラは次の住所へと向かった。
――「村長のお家で開催されている結婚披露宴」である。
現地に到着すると、そこには立派な青いテントがそびえ立ち、マトンのスパイス煮込み(ガライ)やココナッツの肉煮込み(ルンダン)の芳醇な香りが周囲に漂っていた。
マジャパヒト王国の時代から飢えているカラの鼻腔を、その香りが容赦なく貫く。
カラは年代物のボロバイクのエンジンを、ジャヌール(ヤシの葉の飾り)で作られた門の真ん前で止めた。
そして普通なら「配達です!」と叫ぶところを、彼は並べられたバイキング(prasmanan)の料理の数々を前に、完全に口を開けて見とれていた。
「村長夫人、お荷物です!」カラが叫んだ。
村長夫人は少し髪型(お団子結び)を傾かせながらやってきた。
「あぁ、ご苦労様。おいくらかしら?」「すでに決済は済んでおります、奥様」「あら、そうなのね。まだかと思ってたわ、うふふ。……って、どうしたの、お兄さん?」
バスカラが料理の並ぶテーブルをあまりにも血眼で見つめているため、村長夫人は困惑して尋ねた。
「ええと……その、あの……」
カラは目を輝かせながら、料理のテーブルをチラチラと見た。
「俺は地元の伝統や古き良き文化(kearifan lokal)を何よりも重んじる配達員んです。こういうお祝い事の席では、やってきたゲスト――たとえ配達員であっても――そのお腹を満たしてもてなすのが、この土地の礼儀だと聞いたのですが……?」
村長夫人は一瞬あき気にとられたが、すぐにハッと我に返った。
「え……あぁ、そうねお兄さん。よければ、先に何か食べていって頂戴」
カラは二度と言葉を待たなかった。
この青年はすぐさま皿をひったくった。
一枚ではない、二枚でもない。
彼はまるで、大陸横断マラソンを走り終えたばかりの男のような凄まじい勢いで喰らいついた。
一枚の皿を空にすると、さらに次、その次とおかわりを重ね……ついに5杯目の皿に突入した。
「あのお兄さん……あれは、お腹が空いてるの? それともただの食いしん坊? 何日もご飯を食べてないみたいよ……」
周囲の招待客たちがヒソヒソと噂し始める。
カラは完全に耳を貸さなかった。
正直、今の彼にとって周囲の視線などどうでもよかった。
彼はそれどころか、スマホを取り出すと、誰かに電話をかけ始めたのだ。
「奥様、ちょっとすみません。家にいる俺の弟が、まだご飯を食べてなくて可哀想なんです。ここに呼び寄せてもいいですか? 家、すぐそこなんで!」
村長夫人が答える暇もなく、カラはすでに位置情報を送信していた。
5分後、クリュエルが小さな子供用のミニ自転車に乗って現れた。
彼は以前、大粒の蚊のつくだにや肥満のトカゲを売って稼いだお金、その他の労働の報酬をすべて注ぎ込んで、クリュエルにミニ自転車とスマホを買い与えていたのだ 。
自分が仕事で忙しい時の、万が一の連絡用として。話を戻そう。バスカラは弟の姿を見るなり、激しく手を振った。
「こっちだ、エル! 食え! このマトンの煮込み、めちゃくちゃ美味いぞ。システムの甘い嘘の言葉なんかよりもよっぽど最高だ!」カラが誘った。
当然、何のためらいもなくクリュエルは兄の元へと歩み寄り、そのまま食事に参戦した。こうして、今世紀で最もシュールな光景が爆誕した。
――一人の宅配配達員と、その無表情のくせに無駄に顔が良い弟が、結婚式の披露宴の片隅に座り込み、それぞれ5人前の料理を平らげているのである。
クリュエルは静かに、しかしダイソンの掃除機並みの凄まじい吸引力で料理を胃袋に収めていく。その様子に、近所の婦人会の会長も完全に開いた口が塞がらずにいた。
「お、お兄さん……その弟さんも、5人前食べるの……?」
村長夫人は、招待客全員に行き渡る前にルンダンのストックが底を突くのではないかと恐怖し、自分の胸を押さえながら尋ねた。
「はい、奥様。こいつは今、成長期なんです。……食欲の成長期が」カラは最後の海老せんべいを口に放り込みながら、平然と答えた。ゲストたちが再び囁き合う。
「あの配達員、飢えてるの? それともただの強欲? 顔はあんなにイケメンなのに、なんて卑しい食べ方かしら!」
[通知! あなたの羞恥心が、測定不能のマイナス無限大レベルに達したことを検知しました。『エリート物乞い精神ポイント』が+1000されました。住民たちに通報されて風紀委員(警察)が押し寄せてくる前に、迅速にこの場を離脱してください!]
「うるせえよ、黒いの! 満腹になることが最優先だろ。羞恥心なんてのは、将来俺が大金持ちになった後に買い戻せばいいんだよ!」
カラは立ち上がり、油でギトギトになった口元を拭うと、クリュエルを見つめた。
「行くぞ、エル。帰るぞ。明日は隣の村のお祝い事を探すからな」クリュエルはただ無表情にコクンとうなずいた。彼もすでに完食していた。
「……兄さん、マトンの煮込み、少し塩が足りなかった」
背後にいる村長夫人から、尋常ではないドス黒い殺気が立ち上っていることに気がつき、カラは目を丸くした。
「タダで食かせてもらっといて文句言うんじゃねえ! ほら行くぞ、霊界の配達員は次の仕事が詰まってんだからな!」
バスカラは振り返り、顧客という名の仮面をかぶった暗殺者のような目をしている村長夫人を見つめた。
「奥様、ごちそうさまでした! 全部めちゃくちゃ美味しかったです、へへっ!」カラはニカッと白い歯を見せて笑うと、すぐさまクリュエルを連れてその場を脱出した。
先ほどの披露宴で食べたマトン煮込みの余韻がまだカラの喉に残っていたが、あの忌々しいシステムは容赦なく彼に次の住所へとバイクを走らせさせた。
目的地は――『蓮華寺の共同霊園』。
「おい黒いの、本当にお前の住所合ってんだろうな? ここは住宅街じゃなくてお寺の墓地だぞ」ぬかるんだ小道をバイクを押して歩きながら、カラは抗議した。
【住所の正確性は99.9%です。受取人:デウィ様。座標:立派な松の木の真下、大きな石碑(墓石)に座っているオレンジ色の猫が目印です。荷物が賞味期限切れになる前に急いでください!】
バスカラは鼻で笑ったが、それでも足を止めずに進み続けた。
すると本当に、大きな松の木の近くに、代々続く立派な和型墓石の上にどっかと座り込んで自分の足の親指をペロペロと舐めている、まるまると太った不てぶてしいオレンジ色の猫がいた。
その顔つきは、まるで自分の縄張りを監視しているマフィアのボスのようにつまらなそうだった。カラはその猫の前でしゃがみ込んだ。
「なぁニャンコ、デウィさん宛ての荷物ってどれだ?」
猫はペロペロするのを一瞬止め、カラをこれでもかと見下すような目で見つめると、また何事もなかったかのように毛づくろいを再開した。
「おい! 俺は真面目に聞いてんだよ、ニャンコ! 口があるなら喋れよな? そうしないと、隣の猫にお前のカツオぶしを奪われちゃうぞ」
カラは黒いビニール袋の荷物を揺らしながら脅しをかけた。
すると、オレンジ猫はフンと鼻を鳴らした
(そう、カラは確かに猫が鼻で笑ったのを確信した!)。そして、めんどくさそうに立ち上がった。
猫は「うるせえよ、貧乏人間!」とでも言いたげな高い声で一度だけ鳴くと、区画の奥で黒い喪服を着た親族たちが集まっている方へと顔を向けた。
「あっちか? オーケー、ありがとなニャンコ。ダイエットするの忘れるなよ!」
カラは人だかりの方へと小走りで向かった。
行ってみると、そこではちょうど火葬場から戻ってきたばかりの納骨の儀式が行われていた。
辺りは白菊の香りとすすり泣く声に包まれている。
遺族の手には故人の遺影と、白い布に包まれた骨壺が抱えられており、お坊さんの読経が響く中で悲しみの涙が弾けていた。
カラは、目の周りを真っ赤に腫らした若い女性が、開かれた墓穴(納骨室の入り口)の脇に立っているのを見つけた。
(あいつがデウィさんに違いねえ)とカラは確信した。
せめて最後くらいはプロらしく決めたい。
カラの計画では、颯爽と駆け寄り、キメポーズとともに「お届け物です!」と叫ぶはずだった。
しかし、現実はそう甘くはない。
本当にツイていない男である。雨上がりのせいで、新しく掘り起こされたばかりの墓地の地面は、尋常じゃなくぬかるんで滑りやすくなっていたのだ。
「デウィさ――ちょっと待って、ワァァァァァイィィィッ!!!」
ズサァァァァァッ!
カラの足が濡れた泥にすくわれた。
彼の体はまるでフィギュアスケートの選手のように華麗に滑り出したが、目指す先は金メダルではなく、すでに準備万端の深さ2メートルの墓穴(石室)の中だった。
ドスンッ!
お骨が納められるまさにその直前、カラが先に墓穴の底へと着地してしまった。
泥埃が舞い上がる。先ほどまで涙に包まれていた葬儀の場が、一瞬にして静まり返った。
参列者全員が呆然として、穴の中を覗き込んでいる。
暗闇の穴の底から、黒いビニール袋を握りしめた一本の手がニョキッと突き出された。
「デウィ様、お荷物です!!!」
墓穴の底から、カラの声が不気味に響き渡った。
カラが顔を上げると、その顔は泥だらけだったが、目は星5つの高評価をもらうためにしっかりとスマホの画面を見つめていた。
「デウィさんですよね? こちらお荷物です……あてて、ついでにちょっとここで横にならせてください、お姉さん。ここ、結構ひんやりしてて気持ちいいわ」
カラはそう言いながら、泥の壁にだらしなく寄りかかった。
【警告! あなたはもう少しでここを終の棲家にするところでした。一緒に読経されて土を被せられる前に、速やかに脱出してください!】
(おい黒いの、俺は一度死んでるんだよ。でもあの時は死ぬ感覚なんて分からなかったから、ちょっと興味本位で試してみたくなるのは当然だろ?)
【ですが、あなたの好奇心は完全に周りのストレスの種になっています。上を見てください】
バスカラが頭を上げると、そこには先ほどまでシクシク泣いていたはずのデウィさんが、完全に開いた口が塞がらずに自分の胸を押さえている姿がはっきりと見えた。
お経の本を手にしていたお坊さんに至っては、あまりにもくつろいでいるカラの姿を見て、取り乱しながら
「南無阿弥陀仏」を三回唱えていた。
「あの……お兄さん、宅急便の方?」
デウィさんが震える声で尋ねた。
「はい、お姉さん。『J-エクスプレス』です。入り口にいたオレンジ色の猫に聞いたら、お姉さんがここにいるって言うもんで。すみませんねお姉さん、ちょっとフライングして中に入っちゃいました。俺、まだ入るの早すぎましたかね?」
カラは悪びれもせずそう答えると、墓穴から這い上がろうと泥だらけの手を伸ばした。
デウィさんの墓穴から命からがら生還したカラの元に、またしても『J-エクスプレス(神速便)』のアプリから新規顧客のチャット通知が届いた。
【シスカ夫人からのメッセージ:運転手さん、今すぐ荷物を届けて。急いで! でもお願い、主人が仕事に出発したのを必ず確認してからにしてね。もし前に黒い車が止まっていたら、まだ入ってきちゃダメよ!】
その注文内容を読んだカラは呆然とした。
先ほどの泥で少し汚れた顔が、一瞬で引きつる。
「おい黒いの、これどういう意味だよ? 俺はあいつの旦那と隠れんぼでもしろって言うのか!?」
【ピコーン! 探知しました。お客様は現在、極秘ミッションを遂行中のようです。あなたの任務:密輸のシークレットエージェント(配達員)になること。報酬:『豆狸並みの俊敏さポイント』+50】
「シークレットエージェントなわけねえだろ、このポンコツ! 俺はただの配達員だ、浮気相手じゃねえんだよ!」
カラはスマホの画面に向かって怒鳴り散らした。
本当は今すぐ休憩したかったが、カラは思い直した。
今休んだら、いつこの仕事が終わるか分かったものではない。
それに、配達する荷物もあと残り一つだけだ。
しばらく悩んだ末、カラはすぐにその荷物を届けることに決めた。
現在、バスカラはその高級住宅の住所に到着していた。
案の定、カラは生垣の陰に身を潜めなければならなかった。
黒い車が敷地から出て行った瞬間、この青年はすぐさまフロントドアへと猛ダッシュした。
余計な会話は抜きにして、カラがトントンとドアをノックすると、案の定、シスカ夫人がパニック顔で現れた。
「荷物はどこ!? 早く、お兄さん!」
「これです、奥様。でも次回からは、俺の心臓に悪い指示はやめてくださいよ。俺は真面目にホワイトな仕事をしてるんです。奥様の家庭の男尊女卑な修羅場に巻き込まれるのは御免ですからね」
カラはゼーゼーと息を切らしながら言った。
「もう、お兄さん、これは秘密なのよ! 『アマゾン』で高いバッグを買っちゃったから、主人にバレたら7日7晩説教されるわ!」
その主婦の愚痴を聞いたカラは、ただ自分の胸をなでおろすことしかできなかった。
なんとも言えない複雑な気分だったが、これこそが配達員の宿命というものだろう。
家庭の浪費の物言わぬ目撃者になるのだ。
荷物を渡し終えたカラは、バイクに乗って帰ろうとした。
彼がバイクの方へ振り返ったまさにその時、突然隣の家から、カラの未来よりも遥かに肌が『ツヤツヤ(グロウ)』に輝いている一人の青年が現れた。髪型はきっちりと整えられ、パステルカラーのオーバーサイズの服を着ており、その香りは……春のフラワーガーデンの中にいるかのように、めちゃくちゃ良い匂いだった。
「あら……配達のお兄さん? この住宅街では見かけない顔ね?」
隣の家の青年は、少し甘えたような声で門に寄りかかりながら尋ねた。
カラの身体が硬直した。
「え……あ、はい。ここを担当するのは今日が初めてです」
青年はカラを足元から頭のてっぺんまでじっくりと観察すると、まるで宝物でも見つけたかのように甘く微笑んだ。
その視線に、バスカラはあからさまに鳥肌が立った。
「イケメンな配達員さんね、顔にちょっと泥がついてるけど。ねえ、ちょっと寄っていかない? ちょうど今、イチゴジュースを作ったところなの。冷たくて美味しいわよ」
カラは本能的に一歩後退し、条件反射で空のビニール袋を使って自分の胸を隠した。
「あ、あの、ありがとうございます。お名前は……?」
「ジョジョって呼んで。でも、友達からはよく『ジョジョちゃん』って呼ばれてるのぉ」
彼はバスカラに向かってウィンクをしながら答えた。カラは突然、自分の心臓の鼓動が足の親指に移動したかのような錯覚を覚えた。
「す、すみません、ジョジョちゃんさん! 俺、ノルマに追われてるんです! 1秒でも遅れたら、俺のシステムからオカルトな猛毒が噴き出すことになってて! イチゴジュースはご自身で飲んで、さらに美肌を極めてください! お先に失礼します!」
カラはすぐさま自分のバイクへと猛ダッシュしたが、パニックになりすぎて危うく他人のバイクにまたがりそうになった。
しかし、一秒後にハッと我に返り、自分のバイクに飛び乗った。
カラがバイクのエンジンをかけようとしたその瞬間、ジョジョちゃんはさらに一歩前に踏み出し、そのしなやかな手でカラのボロバイクのバックミラーを優雅につかんだ。
「もう、配達のお兄さん、そんなに急がないでよぉ。お名前はなんていうの? さっきから『失礼します』ばっかりで、私、なんだか放ったらかしにされてる気分だわ」
ジョジョちゃんは少し唇を尖らせ、ブラウンのカラーコンタクトが入った瞳でカラをじっと見つめた。カラはゴクリと生唾を飲み込んだ。
レトロなジェットヘルメットの奥から、冷や汗がダラダラと流れ落ちる。
「名前は……カラです。バスカラ」「バスカラ? まぁ、太陽って意味じゃない! 道理で見つめるだけでクラクラしちゃうわけね。この街頭の泥の奥に隠されたイケメンっぷりに眩暈がしそうだわ」
ジョジョちゃんはクスクスと上品に笑った。その笑い声は、まるで風鈴がチリンと鳴ったかのように心地よかった。
【システム:レベル5の口説き文句を探知しました。あなたの精神防御力が低下しています。直ちに『アツアツのたこ焼き!』と3回唱えて、その場の空気を中和してください!】
(うるせえ、黒いの! 黙ってろ!)
カラはパニックになりながら心の中で悪態をついた。
もういっそこのままバイクで逃げ出したいが、この高級住宅街のいたるところに防犯カメラが設置されているため、下手に動いてネットで炎上でもしたら最悪だ。
「ジョジョちゃんさん、本当に俺、行かなきゃならないんです。これ、遅れたらお客さんの荷物が爆発するかもしれないんで」
バスカラは喉を鳴らした。
頼むから誰でもいい、俺を助けてくれ……!
「あら、ちょっと待って! ほっぺたに泥がついてるわよ」
ジョジョちゃんは予告もなしに、ライラック色の可愛らしいショートパンツのポケットからウェットティッシュを取り出した。
そして、ゆっくりとカラの顔へと近づいてきた。
カラの身体は一瞬で硬直した。
ジョジョちゃんが、先ほどの墓穴での悲劇の生き残りである泥の汚れを甲斐甲斐しく拭き取ってくれている間、カラは完全に服屋のマネキンのように硬化していた。
2人の距離があまりにも近すぎて、カラの鼻腔にはジョジョちゃんが纏うバニラムスクの香水の匂いが容赦なく飛び込んでくる。
(落ち着けカラ、キレるなよ。ここでこいつを殴ったら、俺は刑務所行きだ。我慢だ、我慢する男にはきっと可愛い嫁ができる……!)
【ずいぶんと自信過剰ですね、お荷物さん。マンクドゥド流の悪霊のことはもうお忘れですか?】
(それとこれと何の関係があるんだよ! 俺は普通の真っ当な嫁を探したいんだよ! それに、サラさんの家の娘さんだって、結構可愛いじゃないか!)
カラは心の中でシステムと不毛な論争を繰り広げていた。
しかし数秒後、ジョジョちゃんが顔の汚れを拭き終えたことで、カラはハッと現実に引き戻された。
「ほら、綺麗になったわ。こんなにツヤツヤ(グロウ)になると、私、明日の配達がもっと楽しみになっちゃう。明日は私の荷物を一番最初に届けてね、カラ? そしたら、一緒に自撮り……じゃなくて、チップを弾んじゃうから!」
ジョジョちゃんは完璧なウインクをパチリと決めた。
限界を迎えたカラは、お礼も言わずにアクセルを全開にした。
「ちょっとお兄さん! スタンドが上がってないわよー!」
ジョジョちゃんは手を振りながら笑って叫んだ。
カラはバイクのスタンドがアスファルトにガリガリと引っかかり、危うくバランスを崩しそうになった。
「配達のお兄さん! 明日は私の荷物を一番最初によろしくね! 特大のチップと……オマケに連絡先(LINE)もあげるから!」
ジョジョちゃんはエステティックなポーズでひらひらと手を振り続けていた。
【おめでとうございます! あなたは『地域の女神(?)』のハートを射止めました。『ユニバーサルな魅力ポイント』が爆発的に上昇! ブランドアンバサダーへの登録はいかがですか?】
「うるせえ黒いの! 俺は金が欲しいだけで、ファンクラブなんていらねえんだよ!」
カラは猛スピードでその場から遠ざかり、二度と後ろを振り返らなかった。彼の頭にあるのはただ一つ
(この住宅街の配達、ヌレオンナのスキンケアを届けるより遥かに命の危険があるぞ……!)
ということだけだった。路地の端にたどり着いた瞬間、バスカラはバイクを止めて激しく息を切らした。
「おい黒いの! なんでこのエリアの客はまともな奴が一人もいねえんだよ!? 一人は浮気の隠蔽を頼んでくるし、もう一人は俺をスキンケアのターゲットにしようとしてるじゃねえか! 大真面目に俺は人間だぞ!! 普通の男だ!!! ああ!! そのうち頭がおかしくなりそうだ!」
【おめでとうございます! 称号『アヴァンギャルド界の新アイドル』を解放しました。カリスマポイント+200。システムからのアドバイス:ジョジョちゃんが喜んで星5つの高評価をくれるよう、バニラの香水を使用することをお勧めします】
「俺はただの配達員だ!! **蚊の佃煮**やトカゲを売ってるだけで、色気(アイドル精神)を売ってるんじゃねえよ、このポンコツ!!」
カラは怒りを爆発させた。彼は先ほどジョジョちゃんに拭かれた頬に手を当てた。
「でも……このティッシュ、いい匂いだな。……いや、正気に戻れカラ! 家にいるクリュエルが皿まで食い尽くす前に、早く戻らねえと!」




