↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
83/84

時の花嫁と滅びの竜15

街道沿いに一軒のパン屋がありました。

店先で女の子が一人、客番をしています。

お昼時を過ぎて客足も途切れ、暇になり、うつらうつらしています。

腕には、お母さんが端切れの布を集めて作ったお人形。

こっくり、こっくり、かくん。

ぽとん。

「はっ」

大切な人形が床に落ちて目が覚めました。

目を開けると、大きな窓から不思議なものがふわりと降りてきたのが見えました。

次の瞬間、真っ白なふわふわの毛の大きな猫の顔が、まーるい青い目でこちらを覗きました。

「化け猫?」

でも、不思議と怖くはありません。まだ夢を見ているみたいです。

目をぱちくりさせていると、ドア鈴がカランカランと鳴って、男の子が顔をのぞかせました。

背中に光を受けて、白銀の髪の輪郭がふわり、肩章がチリンと光ります。

長いまつ毛で縁取られたくりくりとした瞳が女の子を見つけると、ぱちぱちと瞬きをしました。

「こんにちは。お店、やってますか。」

女の子はこくこく頷いた。

「よかった。」

柔らかく微笑み、店の中に入って来た。

その可愛らしい顔立ちに似合わない、立派な紺の軍服に帯剣。

「やってるって。姉さま。どうぞ。」

扉を押し広げて、首をちょこんと傾げた。肩章がまたチリンと光った。

入って来たのは、ひらひらのドレスを着たお姫様みたいな女の子。

「……やっぱりお人形さんだ。」

どこかのお邸の窓際に飾られていたお人形が、勝手に抜け出してきたに違いありません。

「パンをいくつかくださいな。」

お姫様のお人形が鈴のような声で言いました。

女の子は慌てて椅子から飛び降りて、 自分の好きなパンをいくつか見繕って二人の前に置きました。

「銅貨10枚になります!」

すると二人は顔を見合わせて、こてんと首を傾げます。

「ぜんぜんピンとこないわ。」

「僕も。」

お姫様のお人形がおもむろに耳飾りを片方外しました。

チリン。

「お金は持ってないの。これと交換してもらえないかしら。」

女の子の手の上にチリンと置きました。

女の子は光にかざしてみます。

細い金の輪がキラり、その下で雫形の乳白色の石がゆらり。

「うわー、きれい!」

しかし、すぐに女の子の顔が曇りました。 手にした耳飾りと、お人形さんの顔を何度も見比べます。

「どうしたの?」

「うん。お人形さんの耳飾り、片方なくなっちゃうね。」

「平気よ。」

「でも、かわいそうだから……やっぱり要らない!」

女の子は耳飾りを返しました。

耳飾りはお姫様の耳元に返りキラリキラリ。

「困ったわ、他に何を渡せばいいかしら。」

「じゃぁ僕の――」

「要らない。あげる。おなかすいてるんでしょ。」

「いいの?」

「うん。」

女の子はパンを袋に入れて渡します。

二人は顔を見合わせると、にっこり笑って「ありがとう。」と言ました。

カランカランとドア鈴を鳴らして二人は店を出て行きました。

女の子は急いで後を追います。

ふわふわの大きな猫は女の子を見ると、ふわりと尻尾を揺らしました。

二人が猫の背に乗りました。

「バイバイ、お人形さん!」

女の子が手を振った。

お人形さんも手を振り返します。

大きな猫は走り出しました。

そして小川をぴょんとひとっ飛び。

ドレスの裾がひらひら揺れて、銀の髪がさらさら光って、あっという間に遠ざかっていった。

「行っちゃった。」

女の子はしばらく呆然として、はっとしてお店に戻ります。

「ねぇ、ママー!今、お人形さんが来たの!」


*

二人は夕方に公爵家の本邸に帰りついた。

お嫁に行ったはずのお嬢様が、メルティ坊ちゃまを連れてこんな時間に帰ってきた。

結婚式は一昨日では?メレオロイデス教会までの道のりは普通の行程で10日ほどかかる。

「あぁ、くたびれた。」

公爵様や先代様、メアリはどこに。

使用人たちは頭に疑問符を浮かべながら、慌ただしく動いた。

二人は窮屈な服を脱ぎ、楽な服に着替えて食卓を囲んだ。

おいしそうなローストチキンの香りが部屋に広がり、たくさんの料理がテーブルに並んでいる。

燭台の炎がゆらゆらと揺れ、オレンジ色の光がナイフやフォークに映って、星の様に瞬いた。

ルルが尻尾をゆるゆると揺らしながら、山盛りのごはんを貪っている。

もりもり、もぐもぐ。

メルトのくりくりとした瞳がプリンに釘付けになっている。

表面には薄く蜜がかかり、その上に白い生クリームが雲の様に乗っている。

「ふふっ。相変わらずね。」

マリアが笑った。

「叱る人もいないから、先に食べればいいわ。」

メルトの顔が、ぱぁっと明るくなった。

スプーンで生クリームが乗っているところを大きく掬って、ぱくっと頬張る。

「うーん、幸せ。」

頬を押さえた。

「ふふふ」

マリアも一口プリンを食べた。

「お母さまの顔ったら、なかったわね。」

メルトは長いまつ毛をぱちぱちさせた。

「帰ってきたら、たいへんよ。」

マリアが眉を寄せ、わざと怖い顔をして見せた。

「くすくすくす」

メルトは笑って、プリンをぺろりと平らげると、口直しにレモングラスのハーブティをごくんと飲んだ。

「でも、殿下に可哀そうなことしちゃったな。」

メルトがチキンを切る。

ぱりっ、と皮が鳴った。

「ふふっ」

マリアもナイフを入れる。

ぱりっ。

「でも、仕方なかったよね。」

メルトがぱくり。

「ふふふっ。そうね。」

マリアもぱくり。

二人の目が合う。

「くすくすくす」

「ふふふふふっ」

燭台の炎が二人の瞳の中で揺れた。

窓の外では、月の白い光が降り注ぎ、庭の白百合の花が淡く光っている。

マリアのじゃが芋のポタージュを掬おうとして、ふと手を止める。

「明日は、どうする?」

「谷へ行くよ。」

メルトはポタージュを口に運んだ。

ガーリックの効いたクルトンが、カリッ、と鳴った。

「私も行くわ。」

メルトのまつ毛が、わずかに揺れた。

「――うん。」

「久しぶりね。」

マリアが窓の外を見る。

「お花は咲いているかしら。」

メルトも窓の外を見る。

レッドクローバーに黄色いバターカップ、白いデイジー。

風が吹くと、花々が一斉に揺れる光景を思い浮かべた。

「きっと、咲いているよ。」

食事が終わる。

二人は、昔と同じように別れた。

「おやすみなさい。」

「おやすみなさい。」

パタンと扉が閉まる。

ベッドの上で、ルルに包まって目を閉じた。

眠れず、何度も寝返りを打った。

どこからか歌声が聞こえてくる。


眠れ 眠れ 境界の子

夜が明ければ灯が消える

長い 長い夜を越えて 

旅人のために扉は開く

銀の髪を風に靡かせ 色褪せた野へと帰る

泣かないで 泣かないで

もう長い悪夢を見なくてもいいのだから


泣いているみたい。

どうして泣いているの?

高く低く、歌声は波のように繰り返す。

気付けば眠りに落ちていた。


*

朝の光がカーテンをすべり落ちるように差し込んだ。

朝食をしっかり食べて、支度を整えた。

メルトは白いシャツの上から革鎧を着こみ、胸元をきゅっと締めた。

マリアは乗馬服に濃紺の革のベストを重ね、ケープの留め具を整えた。

準備ができると、二人と一匹はトネリコの木の前に立った。

「フルドラ、フルドラ、守り人の谷へ。」

フルドラが現れ、首を傾げる。

「今日はどうしたの?そんな恰好で。」

メルトは笑って言った。

「ちょっと、世界を滅ぼしに。」

マリアが声にだして笑った。

「は?何それ。まぁ、いいか。仲がいいことはいいことだからな。」

フルドラは背中を向けて、境界を開いた。


★

守り人の谷には、 レッドクローバーに黄色いバターカップ、白いデイジー、 青紫色のベルの形をした花々がそよそよと風に揺れて、 青い羽根に白い水玉の小さな蝶がひらひらと舞い、 穏やかで、隔絶された世界が広がっている。

花畑の中央に、石造りの小さな家がぽつんとある。

二人はその裏手へ向かった。 裏手は、代々の守り人が眠る墓地だ。

ここで生きることしか許されなかった人生なのに、墓石だけはみな立派だった。

一番新しい母の墓石のまわりの草を払うと 白いデイジーを数本手向けた。

メルトは首にかけた父母の指輪を引き出し、そっと握る。

「これで、いいよね?」

答えは返ってこない。

風が草木を揺らす音だけが聞こえた。

「よかったと言ってもらえるように――する。」

メルトが小さく言うと、 隣でマリアが祈るように目を閉じた。

「どうか、メルティをお守りください。」


竜が眠る山の岩窟の入口は、狭く目立たない。

僕の前世の記憶では、この場所に立つのはマリア一人だった。

まさか僕も一緒に立つことになるなんて、思いもしなかった。

「ここにいた方がいいんじゃない?」とマリアを見る。

「今更、何を言っているの?」 マリアは微笑んだ。

あの時のような悲壮な顔はしていない。

「姉さまのことは、僕が守るよ。」

メルトは手を差し出した。

「あなたのことは、私が守るわ。」

マリアがその手を握った。

火魔法で小さな炎を灯にして、長い坑道を歩く。

足元の感触が、ふいに氷へと変わった。

「姉さま、覚悟はいい?」

マリアは握った手を強く握り直すと、大きく息を吐いた。

「ええ。」

メルトは左手を、マリアは右手をかざす。


――― 清祓の火よ 時を切り裂け、焔

――― 導け、時烏 光陰の彼方へ


なんで烏なのか。烏はケルト神話の女神モリガンの象徴として、絵画では美女とセットで描かれます。モリガンは死・戦・変化の女神で、時間の境界(生と死の境界)を揺らす存在です。また、四文字熟語の烏飛兎走。烏は太陽、ウサギは月で、時が過ぎるのは早いことの意味です。なんで太陽が烏かというと八咫烏だと思います。太陽に住む三本足の烏は中国神話由来です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。