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時の花嫁と滅びの竜16

目の前が一瞬で赤く染まった。

火炎が地下水路の氷の上を走る。

ゴォォ、と低くうねる音。 その後をパキパキと氷が割れる音が追い、白い蒸気がシュウシュウと吹き上がった。

しかし――轟音が、すぐに近づいてくる。

地下水路の奥で真っ赤な光がふくらみ、 堰を切った水のように、溢れ返って押し寄せてきた。

マリアの時魔法が、炎の巡りを思った以上に増幅させていた。

自分の魔法だというのに、あまりの勢いにたじろぐ。

メルトはマリアの手を強く引いた。

「走って!」

火炎は真っ赤な口を開け、ものすごい勢いで迫り、自分の尾に噛みつくように牙を立てた。

その瞬間、炎が爆ぜるように広がった。

ドーン、と大きな音とともに、石窟が軋んだ。

爆風が二人と一匹を吹き飛ばす。

そのまま石窟の外へ転がり出た。

「ぎゃー!」

「キャー!」

「フニャー!」

谷の端まで退き、じっと山の様子を伺った。

地下水路の氷は、長い年月をかけて洞窟の奥に張りついている。

その氷が、一気に水蒸気に変わった。

山が、下から突き上げられるように揺れた。

洞窟の狭い入口から白い水蒸気がモクモクと立ち上がる。

その直後、洞窟の天井が圧力で破壊され、地盤が崩れ、山全体から空気が音を立てて逃げる。

木々が根元から持ち上がり、そのまま地滑りを起こして流れ落ちていく。

谷全体が揺れている。

メルトは息を呑んだ。

山の下半分が崩れ落ち、一度は崩壊が止まったように見えた。

そう思った瞬間―― 山が動いた。

山肌に亀裂が走り、再び、地滑りを起こしながら、山は大きく盛り上がった。

岩だと思っていたものは、竜の鱗だった。

雪を被った尾根が、竜の背だった。

山腹を走っていた幾筋もの谷は、とじられた翼の襞だった。

ざらざらと土砂や木々が滑り落ち、 崩れた斜面の割れ目から、 黒い塊がゆっくりと立ち上がった。

動くたびに、竜を封印していたあらゆるものが、剥がれ落ちた。

全身を覆う鱗が陽の光をギラリと反射した。

脚を一歩動かすだけで、大地が揺れる。

土煙の向こうから巨大な頭がせり上がる。

太陽のような金の眼がまだ少し眠たそうに光った。

空を見上げると欠伸をするように口を開く。

口の奥で青白い光が一つ点った。

その青白い点がふっと膨らみ、短い火柱となって空へ抜けた。

月光を融かしたような青白い炎。

メルトは震える声で呟いた。


「……これが、竜。」


見上げるメルトとマリアとルル。

竜からすれば塵のような大きさでしかない。

それなのに竜はゆっくりと顔をこちらに向け、二人を金の目に捉え、瞳孔を細めた。

次の瞬間、喉の奥が青白く輝いた。

「逃げて!」

メルトが叫ぶ。

二人は左右に飛び退く。

炎が二人の間の草花を薙ぎ払った。

メルトは転がりながら顔を上げる。

「姉さま!」

その瞬間、竜の首がぐるりと向きを変えた。

メルトではなく――マリアの方へ。

再び、竜の喉が青白く光る。 炎が走った。

間一髪、マリアは岩陰へ飛び込んだ。

ほっとしたのも束の間、竜は岩ごと焼き払った。

マリアが走れば竜も追った。

「なんで私ばっかり!?」

マリアが走る。

背後から炎が迫る。

もう逃げる場所がない。

目の前は断崖だ。

マリアは振り返った。

巨大な口が開く。

青白い光がその奥で膨れ上がる。

・・・・もう、ダメ。

マリアは炎を遮るように左手をかざした。

青い炎が指先に届いた。


ザザッ ザッ


映像障害のように空気が歪んで、炎が止まった。


「姉さま、乗って!」


白銀の聖獣が風を裂いて飛び込んできた。

メルトはマリアの左手を掴み、そのままグイッとルルの背へ引き上げた。

二人を乗せたルルが断崖を蹴る。

巨体が空へ跳ね上がる。

直後、止まっていた炎の時間が動き出す。


轟ッ―――!


炎がさっきまでマリアがいた場所を焼き尽くした。

竜が咆哮した。

空気だけでなく、大地そのものが震えた。

メルトはルルの首輪をしっかり握り、 竜の頭上へ向けて手をかざした。


 ―――穿て、氷柱!


空が白く裂け、 特大の氷柱を一つ、竜の背へ落とした。

ガッと衝突音が響く。

しかし、氷柱は鱗の上を滑り、 そのまま地面へ突き刺さった。

「えぇ、そうなるの!?」

もう一度。落とす場所を変えて、角度を変えて、複数回試した。

すべて、鱗の曲面を滑り落ちていく。

竜がゆっくりと振り返り、金の目がメルトを捉えた。

「くそっ!だったら、直接だ!ルル、竜の背へお願い!」

ルルが木々の間を走る。

シラカバの細い幹がぱきりと折れ、唐檜の若木がなぎ倒された。

怯えたオークの巨木は、しなってルルを避けた。

メルトはマリアに伏せさせて、雷魔法を放つ。

紫の閃光が森が切り裂いた。

ルルは最短距離で、竜の足元へ迫り、竜の筋肉や関節の隆起を踏み台にして、その背に上った。

メルトはルルから飛び降りると、竜の背に手を当てて氷柱を直接叩き込む。

氷柱が生まれた瞬間、 鋼鉄を叩いたような衝撃がメルトの腕に返った。

前へ伸びられなかった氷の破片が飛び散り、光を受けてキラキラときらめく。

竜の黒い鱗の上で、星屑のような光が散った。

反作用で体が跳ね上がった。

落ちるかと思ったが、背は広い。

その広さが格の違いを突きつけている。

どうやらこの鱗はとてつもなく硬いらしい。

どうすればいい?

竜について知っていることと言えば、冬眠することぐらいだ。

必死で考える。

……逆鱗?

迷信かもしれないが、他にいい考えが浮かばない。

「姉さま、ここにいて。僕、ちょっと、行ってくる!」

メルトは駆け出した。

「ちょっと、どこへ?」

マリアが叫ぶ。

竜は、背中で悪さをしている煩い虫を振り落とそうと体を振った。

ぐわんぐわんと波打つ。

ルルは鱗に爪を引っ掛けて、 巨体の揺れに必死で耐えた。

メルトはバランスを崩し、 コロコロと転がった。

運よく竜の首に引っ掛かる。

そのまま首をよじ上る。

下は見ちゃダメ。

顎の下まで来る。

逆鱗らしきものは――無い。

やっぱりないか。

そうはいっても、顎の下の皮膚は他より弱いものだ。

だったら試してみる価値はある。


 ―――穿て、氷柱!


氷が生成される。

竜の喉元に触れた瞬間、 行き場を失った氷が細かく砕け、 光の粒となって舞い上がった。

メルトの体は反作用で弾かれ、空へ投げ出された。

ダイヤモンドダストのような光の中を落ちていく。


「メルティ!」

マリアの声が響く。

金の目が落ちていくメルトを追った。

ルルが走り出す。

マリアがルルに時魔法をかける。


ザザッ ザッ


ルルは竜の 背を滑るように駆け抜け、首の付け根で一度跳ね、落下するメルトの軌道へ向けて大きく跳躍した。

メルトはルルの背にドカッと落ちた。

マリアは急いで首輪を握らせた。

竜は見逃さない。

まとめて叩き落そうと、巨大な前脚を突き出した。

ルルの目が細く光る。

空中で体をひねり、突き出された前脚の甲へ軽やかに着地する。

とんっ。

その反動を踏み台にして、もう一度跳躍。

どさり。

地上に着地した。

背後で竜の脚が地面を叩きつける轟音が響く。

ルルは何事もなかったかのように尻尾を一振りした。

「ルル、すっげー!」


*

セオドアとエルディンら公爵家家門の魔法使いたちは、竜の第二防衛線とされる山の上に出た。

視界がひらけ竜の黒い巨体の上半分が見えている。

胸、肩、首。その上に、ゆっくりと動く頭部。

山の向こうで雷鳴が響くたび、 落雷の閃光が竜の鱗を照らし、巨体が一瞬だけ白い輪郭を持った。

「おぉ。やっとるわい。」

エルディンは目を細めた。

しばらく見ていたが、 雷は竜の体表で散り、効いている気配はない。

「あのバカが。」

セオドアは竜を睨み、見えないが必死に戦っているはずのメルトに向けて、憎まれ口を叩いた。

「言っても仕方がない。そういう運命よ。」

魔法使いたちは陣形を整える。

「火よ、集え。」

エルディンの合図で、家門の魔法使いたちが詠唱を始めた。


 炎より羽を、

 紅き冠を、

 灼ける嘴を、

 燃える尾を、

 天を焼く翼を。


杖が一斉に掲げられ 炎が上空で渦を巻く。

熱の層が重なり、光の脈が形を取る。


 ―――来たれ、火翔鳥!


大きな火の鳥が真っ赤な翼を広げた。

谷に大きな影が落ち、メルトとマリアは空を見上げた。

いつか見た火の鳥。

竜が見上げる。

黒い鱗に赤い光が反射し、谷の底が薄く朱に染まった。


 ―――飛べ!


エルディンは命じた。

火の鳥は一度大きく羽ばたくとそのまま、 火翔鳥は竜へ向かって滑るように降りていった。

あの火の鳥はすごい。

けれど足りない。

メルトは特大の雷を用意した。

炎の鳥は竜の頭目掛けて降下する。

嘴が、竜の額へ突き刺さる。


 ――― 闇を切り裂く雷よ ひれ伏せ、雷槍!


轟音が響く。

竜が悲鳴を上げる。

黒い鱗が焼け落ち、肉が露出し、肉片が飛び散った。

「……効いたのか?」

メルトは目を凝らす。

頭の半分が、確かに抉れている。

勝てるかもしれないという希望が生まれた。

しかし――

焼け落ちた頭部の欠けた部分から、 黒い肉がゆっくりと盛り上がった。

まるで、 世界が巻き戻されているような再生。

肉が形を取り、鱗が生まれ、金の目が再び開く。

何事もなかったかのような姿で、メルトたちを見下ろした。

エルディンは息を呑んだ。


「……これが、竜か。」


竜はみなさんの想像を越えられたでしょうか。ちょっと盛りすぎたかな。

仕方がないね。頑張れメルティ!

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