時の花嫁と滅びの竜12
メルトはどうにも気分が晴れず、気がつけばトネリコの木の前に立っていた。
幹に手を置き、呟くように言った。
「ガイアスに会いたい。」
「ってことは、ワイズマンの所ってことだよね。」
フルドラは、あからさまに嫌そうに返事をしたが、メルトの死にそうな顔を見て観念した。
「……仕方ないな。」
道が開いた。
降り立った先は夜だった。
空を仰ぐと、巨大なカウリの木の上にツリーハウスが見える。
十年前と変わらず、星々と白い月を背景に浮かんでいた。
「おいで、ルル!」
紋章が水色に光り、ルルが姿を現す。
メルトは頭を撫でながらツリーハウスを指した。
「昔は窓から入れたんだけど……今の僕、窓サイズじゃないよね。」
ルルが窓を見て、メルトを見て、また窓を見る。
「……いや、いけるか。」
あの家は、見かけよりずっと大きな魔法の家だ。
ルルはメルトを乗せると、軽く助走をつけ、 梯子を踏み台にして枝へ跳び移り、 ガサガサと枝葉をかき分け、そのまま窓に飛び込んだ。
パジャマ姿のガイアスが奥の部屋から現れた。
「ガイアス、来ちゃった。」
メルトは申し訳なさそうに首をこてんと傾けた。
「おぉ、坊。よく来たな。」
ガイアスは嬉しそうに笑った。
「煩い、さっさと摘み出せ!」
怒声が上の方から降ってきた。
見上げると、吹き抜けに掛かったハンモックから、ナイトキャップ姿のワイズマンが顔を出していた。
いったいどうやってそこへ乗ったのか。
「夜分遅くにすみません。
僕、メルトです。
世界一の大魔法使いワイズマンの観察対象だったんだけど、忘れちゃいましたか?」
「ガイアス、ちゃんと仕事しろ。」
そういうと、ワイズマンは手を振って顔をひっこめた。
ガイアスは部屋の隅にある書斎机にリンゴを二つ置いた。
「いやー、客人に出せるようなものが酒しかなくてな。
で、どうした。」
ガイアスの柔和な笑顔を見た途端、メルトはあっという間に昔へ戻り、大好きなおじいちゃんに悩みを打ち明ける孫の顔になった。
「僕、どうすればいいかわからないんだ。
姉さまが王妃様になるんだけど、魔力切れで死んじゃうかもしれない。」
メルトは話しながらリンゴを指で転がした。
「えーと。私の記憶では、嬢ちゃんは坊と結婚するはずだし、時魔法は隠していたはずだが。」
メルトは前公爵が毒槍で刺されたあたりから、現在までの出来事を一通り話した。
「……僕、どうしたらいいんだろう」
ガイアスは笑った。
「嬢ちゃんがそうすると言うなら、仕方がないんじゃないか。」
「仕方なくない!」
思わず強く言い返す。
それから、口を尖らせて、ぼそぼそと続けた。
「僕のために無理してるんだよ。
本当は魔法なんて使いたくないのに。」
「嬢ちゃんらしいな。
じゃぁ、お前はどうしたいんだ?」
「……どうしたい?」
自分で決める。それが一番苦手だ。
押し黙っていると天井から声が降って来た。
「成長しない弟子ほど、見ていて退屈なものはない。」
メルトは上目遣いにガイアスの様子を伺った。
ガイアスは、メルトの言葉を静かに待っている。
観念したように、メルトは口を開いた。
「僕は……姉さまには、幸せになってもらいたい。」
ガイアスは笑った。
「嬢ちゃんの幸せって、何だ?」
「姉さまの幸せ……?」
また、上目遣いにガイアスの様子を伺った。
ガイアスは答えを教えてくれない。
「私に聞くなよ。私よりもずっと一緒にいたんだ。お前の方が分かっているに決まっている。」
メルトは逃げ道を失った。
―――私を連れて逃げて。
あの夜のマリアの言葉が脳裏に蘇った。
リンゴを転がす手がぴたりと止まる。
もう一度、心の中で再生してみる。
ずっと胸の奥に引っ掛かっていたその言葉が、意識した途端、今まで以上に鮮やかに響いた。
その先に多少(?)の苦労はあっても、死ぬよりはマシな気がする。
そうだよ、マシだと思えるように努力すればいい。
「ありがとう、ガイアス。どうすればいいか、やっと決まったよ。」
吹っ切れたように笑った。
「どうするんだ?」
「僕のこと、ちゃんと見ていて。
もしもの時は、二人でここに逃げて来るから、よろしくね。」
ガイアスは大笑いした。
「略奪婚か、思い切ったな。あぁ、来い来い。」
天井から声が降ってくる。
「こら、ガイアス!何を勝手なことを!」
ツリーハウスに、十年ぶりの喧噪が戻ってきた。
メルトは思わず笑った。
言い合う二人を残して、そっと外へ出た。
見渡す限り、空だけが広がっている。
巨大なカウリの木のてっぺん。
まるで、世界の一番高いところにいるようだった。
東の空が、ゆっくりと朱に染まっていく。
白い月の輪郭が、朝の光に溶けていく。
もう、朝だ。
*
王宮に戻る前に、メルトはマリアの庭のトネリコの木の三又の枝に立って、マリアの部屋を見つめた。
うぬぼれかもしれないが、マリアは僕のためなら何だってする。
ただ、その“僕のため”は、マリアが正しいと思う“僕のため”なのだ。
だから、今ここで「一緒に行こう。」と手を差し出しても、きっと窘められるだけ。
だったら派手にやるしかない。
「待ってて。必ず助けるから。」
トネリコの葉が、ざわざわと揺れる。
茂った葉の隙間から、夕日の欠片がこぼれ、光の粒が、メルトの銀の髪に降りそそいだ。
まるでフルドラが、背中を押してくれているようだった。
連休なので、おまけ投稿。




