時の花嫁と滅びの竜11
翌日、メルトは王子のもとを訪れた。
「殿下。公女様の治癒魔法ですが、もう、やめにしてください。」
王子は少し驚いたように目を瞬いた。
「魔法は、無限には使えません。」
メルトは、まっすぐ王子を見た。
「もう、聖女の証明は十分したでしょう?」
王子は少し考え、短く息をついた。
「……わかった。陛下にお願いしてみよう。」
「ありがとうございます。」
メルトのほっとしたように微笑んだ。
「それなら、こちらも相談がある。」
王子は傍らに置いていた黒いベルベットの箱を取り上げ、蓋を開いた。
深い緑のエメラルドが光を受けて輝いている。
「公女に、これを贈ろうと思うのだが。どう思う?」
メルトの視線が、宝石に落ち、一瞬、言葉が途切れた。
「……緑は、殿下の色ですね。」
「そうだろう?」
王子は嬉しそうに笑った。
「きっと喜ぶと思います。」
メルトも笑った。
「そうか。君がそういうなら、間違いないな。」
王子は、ほっとしたように頷いた。
*
マリアの寝台のサイドテーブルに、 麻布に包まれた妖精印のハーブティーと、 箱に収められたエメラルドが並んでいた。
それぞれに短い手紙が添えられている。
――これを飲んで、たっぷり休んでね。
――一日も早いご快復をお祈り申し上げます。
マリアは暫く二つの贈り物を眺めていた。
やがてふっと口元を緩める。
どちらも、その人らしい贈り物だった。
★
王宮の温室は初夏の光で満ちていた。
窓際には柑橘の木々が並び、青い実が風に揺れている。
丸テーブルには、レモンカードをたっぷり塗った厚切りブリオッシュと、淡い色の紅茶が静かに湯気を立てている。
王子は、マリアとのお茶会にメルトを同席させた。
メルトがいれば、公女も話しやすいだろうと思って。
マリアが穏やかに口を開く。
「体調は、だいぶ良くなりました。魔法はまだ使えませんけど、日常生活は問題なく送れております。」
王子は柔らかく微笑んだ。
「それを聞いて安心しました。
最近メルトが元気がなくて。
あなたが来てくだされば、気も晴れるのではないかと思い同席させました。」
マリアが心配そうにメルトを見た。
「……そうなの?」
メルトはあいまいに微笑んだ。
心配事と言えば、王子は、少し前に市井の酒場で耳にした人々の噂を思い出した。
ブリオッシュを上品にナイフで切り分けながら続けた。
「それから、もう一つ伝えておこうと思って。」
「はい?」
「民は、あなたが王妃になられることを望んでいます。」
マリアが顔を上げる。
「街で聞いたのですが、以前はあなたの話で持ちきりだったのに、最近はそうでもないらしいのです。」
王子は、何でもないことのように続けた。
「あなた自身の評判も、最初だけだったと言われているそうで」
ナイフが、皿の上で小さく音を立てた。
「だから、早く元気になってください。」
王子は微笑んだ。
「また治癒魔法が使えるようになれば、きっと皆も喜びます。
そうすれば、あなたの評判も――」
そこで少し考える。
「ついでに、私の評判も戻るでしょう。」
無邪気な笑顔だった。
マリアは、すぐには答えなかった。
ほんの一瞬、言葉を失う。
それから、ゆっくりと微笑んだ。
「……できることは、したいと思います。」
メルトはカップの中の紅茶を見つめた。
紅茶も、お菓子も、まったく減っていない。
こんな話を、マリアにして欲しくなかった。
温室の柑橘の葉が、初夏の光を受けて静かに揺れている。
カップを両手で包んだ。
――もうどうすればいいかわからないよ。教えて、ガイアス。




