時の花嫁と滅びの竜8
メルトは、総監就任の挨拶巡りに、エスリン川を軍用船で下って第1魔法研究所を訪れた。
魔法研究所は秘密保持と逃走防止のため、迂回水路と有刺鉄線付の高く分厚い塀に囲まれている。
船を降りると、建物前の試射場に、白い作業着の魔法使い達が整列していた。
連隊長は、メルトを皆の前に立たせ、声を張った。
「本日付で魔法部隊総監に就任された、メルト・リリー閣下だ。」
閣下て誰?心の中でツッコミつつ、
「皆さん、よろしくお願いします。」
と、にっこり営業スマイル。
一瞬の静寂のあと、隊員たちから一斉に歓声が上がった。
「神、来た。」
「俺ら、もう仕事しなくてよくね?」
「ていうか、俺ら要らなくね?」
「一人で全部できるだろ。」
連隊長が慌てて咳払いをする。
「お前たち、少しは慎め!」
だが、浮かれた隊員たちにはまるで届かない。
「メルティ閣下ー!」
「俺たちを守ってくださーい!」
誰かが立ち上がり、両手を胸の前で組んだ。
「メルティ閣下、僕らを守って。お願い。ちゅっ♡」
最後に投げキッスを添える。
「お前は何をしている!」
連隊長の怒鳴り声と、隊員たちの爆笑が同時に響いた。
なんか軽い。距離が縮まっているってことは、いいことなのかな。
僕ができることは、僕がやった方が早い。
だけど。
「……とりあえず、皆さんが仕事をしなくてよくなる予定はありませんからね。」にっこり。
「「「「「「「ええーっ!」」」」」」」
*
応接室に通されると、連隊長が書類の束を抱えてやってきた。
「閣下。研究所からの提案書です。」
表紙には淡い文字で記されていた。
《魔力強化ブレスレット・第六型開発計画》
「先の戦いで、今の五型ではもの足りない場面がありましたので、より効率よく魔力の素を集める強化版の提案です。」
メルトはページをめくった。
強制的に魔力を集める回路図。
負荷の増大。
体への影響は「要検証」。
連隊長は言った。
「総監閣下が統率するにふさわしく、我々も変わるべきかと。」
さっきの隊員たちの歓声を思い出した。
あんなに喜んでいたのに、こんなものを着けさせられる話が進んでいるなんて知ったら、きっとショックだろうな。
メルトは提案書を閉じて、静かに答えた。
「……検討します。」
*
研究所から王宮の自室に戻ると、侍従のリオとキリアンが待ち構えていた。
今は王宮の中庭に面した、高級フラットのような場所に住んでいる。
「お帰りなさいませ、メルティ様。
お風呂にしますか?お食事にしますか?」とキリアン。
「今日のお昼は何を召し上がりましたか?ちゃんと食べましたか?」とリオ。
「お疲れでしょう。ほら、こちらへ。お着替えしましょうね。」
な、お着替えくらい自分でできます。メルトは怒った。
「もう、僕は子供じゃないの。」
「はいはい、そうですね。」
「大きくなられましたねぇ。」
まるで聞いていない。
メルとは二人を部屋から追い出し、ぱたんと扉を閉めた。
静かになった。
メルトは寝台に倒れ込んだ。
広すぎる空間、分厚い絨毯、やたらと立派な家具、ふかふかの寝台。
公爵家にいた頃を思い出すが、それよりも、もっと煌びやかだ。
陛下が言っていた。「総監には総監に相応しい待遇を」と。
ふかふかの枕に顔を押しつける。
息苦しい。
けれど、顔を上げる気にもなれない。
僕はあのブレスレットが嫌いだ。
もっと言えば、魔法部隊そのものの在り方が嫌いだ。
でも、僕が五年で守り人の谷に帰るためには、魔法使いたちに今以上の無理を強いなければいけないように思う。
―――あの谷に帰る、か。
僕はもう、一人であの寂しい谷に帰るには、誰かといることに慣れ過ぎてしまった。
「あーぁ。何してんだろう、僕。」
広すぎる部屋の中で、メルトは一人、静かに沈んでいった。
ほら、やっぱりお着替えできてないじゃん。




