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時の花嫁と滅びの竜4


この国の次の王は、本来、現王の意思だけで決められるものではない。

しかし、現王はこれまでの慣習を無視した。

当然怒る者がいる。

ロバート・アストラガス総督だ。

総督はカサブランカから独立したいアストラガス人を取り込んで、国盗りを仕掛けた。

総督は、かつての自領、辺境伯として治めていた東南の地を目指して進軍した。

王はハロルド王子に言った。

「丁度よい。今回は全てお前の采配に委ねる。好きなようにやってみよ。」

王はメルトに向かって言った。

「この戦いの意味はわかっているな。」

メルトはちょっと首を傾げて、「次の王様を決めるということでしょうか。」

王が顔をしかめた。

横のフィンがメルトの脇腹を小突いた。

「次はもう決まってるだろ。そうじゃない。殿下に花を持たせろってこと。」

なるほど、建国神話を再現するのにおあつらえ向きだ。

「だったら僕はお留守番の方がいいのでは?」

王子の神話が偽りにならないように。

王子が振り返った。

「何を言っているのかな。私付の武官で、義理の弟のような立場になる君が居残るとか、

 あるわけないよね。」

「そうですね。そうでした。あるわけないです。喜んでお供します。」

僕の立場はいつだって分不相応だ。


*

事態は一刻を争う。

王子は近衛兵を三連隊引き連れ、歩兵と魔法部隊に先立って出発した。この中に、少尉のジョンブラウンと王子書記のフィンとワイアット、特任魔法官のメルト、そして交渉官としてトマスも加わっている。

久しぶりにみんな揃って嬉しい。遠足だと錯覚しそうだ。

総督がかつて納めていた東南の地は、アストラガスを併呑してからは交易の要衝として発展していた。それを見越して国王直轄地にされている。


街道を下って、旧辺境伯領の入口にある第一砦まで来ると、矢の雨が降って来た。

旧辺境伯領は既に総督の手に落ちていた。

第一砦は王都への連絡と橋の管理だけを担う小砦だったため、火矢で焼き払った。

冬の農地の向こうに主城と城下町が広がっている。川沿いに築かれた街は想像以上に大きく、敵が侵攻する際には橋を落として王都への道を断つ構造になっていた。

川岸から見た街はしんと静まり返っていた。

いかにも何かを隠していそうで怪しいが、見ているだけでは何も始まらない。そこで斥候を放った。

斥候が見えなくなったとたん鐘の音が響き渡った。斥候がはっとして空を見上げた瞬間、屋根や窓から一斉に矢雨が降ってきた。たまらず狭い路地に入ると建物の陰に潜んでいた槍兵が襲い掛かった。

他の橋でも試してみた。

それぞれの橋で違う音の鐘が鳴って全部同じ結果になった。

総督はこの地を知り尽くしているし、この地の人々が総督を受け入れていた。

*

王子軍は作戦会議をする。

「正面突破は難しそうだ。」とジョン

「できるだけ損害は少なくしたい。」と王子。

「街ごと干上がらせる?でも、冬に入ったばかりだから、結構ため込んでいるかもしれないよ。」とフィン。

「完全に孤立させれば、食料があっても精神的に厳しくなります。そこで寝返りを歓迎すれば、それなりに効果があるはずです。」とワイアット。

「孤立させるならアストラガスの総督府をきちんと押さえるのが先だ。でも兵力に限りが……」

貴族に協力要請と傭兵募集をしているが時間がかかる。

「総督府の兵には、王都から配置換えで行っている者もそこそこいる。意外と早く落ち着く可能性がある。本来なら私が行くのが一番いいのだろうが、敵の大将を残して行くなど、あり得ない。

 交渉役はトマス、総督府の安定はフィン、軍部の立て直しはグラハム少将に任せる。

 直属軍を半分に分けよう。歩兵が合流したら、すぐに出発する。」と王子。

「砦を落とすのに魔法部隊を使えないかな。魔法部隊は市街戦だと動きづらいでしょ。

 雷魔法は発動までに時間がかかるのに、狭い路地では構えた瞬間に狙われる。

 僕と一緒に行けばいい。」

アストラガス側の対カサブランカ用の砦は全て破却されているが、旧辺境伯領には対アストラガス用の大型砦が五つ残っていた。当然、今はすべて敵の手に落ちているはずだ。

「それはいいね。早ければ早いほど、こちらの説得力も増す。」とトマス。

「ちょっと待て。一つ問題がある。」と王子。

「何?」

「……食料が足りない。近隣に食料提供の要請をしているが、まだ別動隊に持たせられるほどない。」

「砦が占拠されているなら、そこには食料があるでしょ。それに僕、サバイバルは慣れてるし。」

王子とリンクコーデをしている少年が、何に慣れているって?みんな、呆れた顔をする。

「旧国境の辺りは湿地帯でしょ?池や川があるってことは魚がいるってことじゃないか。」

メルトは氷の粒から小さな雷の卵を作った。

「こうやって、川に落とせば、」

ぷかっと魚が浮いた。

「ほらね。」

雷魔法を強制されている魔法部隊はみんなできるはずだ。

「空には鳥も飛んでるし」指鉄砲を空飛ぶ鳥に向けて「バーン」氷玉を放つと見事命中落下した。

「お前、便利だな。」ジョンが感心する。

「えっへん。」

得意げに胸を張った。

包囲作戦の方針が決まって各自動き出す。


「魔法部隊の皆さん、今から僕がリーダーです。

 食料はありませんが、皆さんと砦落としに向かいます。

 きっと砦には食べ物があるはずなので、すばやく砦を落としましょう。出発!」

魔法部隊は歓喜した。普通に無茶苦茶なことを言っているのにこの反応。リリー少将の人気は絶大だ。

実際、おなかが空いたらみんなで川で魚を獲った。

「やったー!獲ったぞ!」

敵襲があれば、メルトが一瞬で氷板層を落とした。

「キャー、少将さまカッコイイ♡」

喉が渇いたらメルトがお湯を魔法で出した。

「これは聖水だ!飲めばご利益があるぞ。」

他の魔法使いも自分の使える魔法を出し合って、道中、それなりに楽しく過ごした。

大砦到着。

砦はやはり敵の手に落ちていた。

「どういたしましょうか。」

魔法部隊の非魔法使いの連隊長がメルトに聞いた。

無駄に矢や投石の雨を浴びるようなことはしたくない。

隊を見ると、見知った顔があった。

メレオロイデス教会に立て籠もった時に仲良くしてくれた藁人形使い。

「ドーリー!」

嬉しくて思わず叫んだ。

「ドーリーに降伏勧告書を届けさせよう。」

連隊長が心配そうな顔をしている。

「ドーリー、カクカクシカジカだから藁人形を作って。」

魔法部隊は材料になる素材を集めて雑草人形を作る。その間にメルトと連隊長は勧告書の案文を考える。

「我らは国王軍である。直ちに降伏せよ。

 直ちに降伏すれば罰は軽くする。

 抗えば神の怒りに触れるだろう。」

中々の出来栄え。

できた藁人形に結び付けて、藁人形使いが魔法をかける。

「おはよう、ドーリー!」

人形使いが藁人形を軽く投げると、人形は二本足でシュタっと着地した。

「さぁ、お使いだ。あの砦に行って、手紙を渡してきてくれ。」

ドーリーはピシッと敬礼し、くるっと回れ右すると、藁の足をぽすぽす鳴らしながら砦へ向かっていった。


しばらくして、

「何の反応もないですね。」

メルトが首を傾げると、連隊長は呆れたようにこちらを見返した。

「……ちょっと、わかりにくかったかな。」

メルトはもう一度ペンを取り、『降伏するなら白旗を掲げよ』と追記して、再びドーリーに託した。

矢が飛んできて、ドーリーの体を通り抜け、藁がひと筋こぼれ落ちた。

一瞬、ヒヤッとしたが、ドーリーはてててっと歩き続けている。

よかった、死んじゃったかと思った。


しばらくして、

「おかしい。」メルトはなんで、何の反応もないのかと首を傾げた。

「いえ、おかしくないと思います。」連隊長が冷ややかな声で言った。

「そうかな。ちゃんと意図が伝わってないだけかもしれないよ。


 ――― 闇を切り裂く雷よ ひれ伏せ 群雷!」


砦周りに無数の雷を落とした。

ぱっと白旗があがた。

「ほらね、やっぱり。」

連隊長を振り返ると、尻餅をついて青くなっていた。

砦を占拠した。

石造りの大砦はひんやりと冷えて寒い。

案内してもらった倉庫には、穀袋がずらりと積まれていた。

麦や大豆、干した豆類、乾燥した根菜の束まであった。

「メシだ!」

魔法使い達は大喜びした。

ひとまず安心した。

「投降兵と僕たちみんなだと、場所も食べ物も足りないね。

 砦は残り四つだ。落とし方はわかっただろうから、みんなも同じことをやれるよね。」メルトは言った。

「でも、藁人形使いがうちの隊にはいません。」隊長の一人が言った。

「投降兵がいるじゃないか。顔が利くかもしれないし、人形より役に立つだろう。」と連隊長。

「よし、決まりだね。

 食料が尽きる前にこの戦いを終わらせたいけど、どうなるかわからない。

 総督府が安定すれば食料は届くはずだ。

 敵軍が通ったら、そのぶんはありがたくいただこう。

 でも、近隣の家々から奪うのは絶対にだめだ。ここの人たちは、みんな僕たちの同胞だからね。

 僕たちには魔法があるし、工夫すれば何とかなるでしょう。」

メルトが言えば、本当に何とかなる気がしてくる不思議。みんな明るい顔で頷いた。

今の空腹を埋めるため、みんなで簡単な食事を作った。

メルトが火魔法で鍋を温めると、魔法部隊が麦を量ったり、干し豆を洗ったりして手伝う。

砦で見つけた食料を少しずつ入れて、さらりとした薄いスープになった。

湯気がふわっと上がり、みんなの顔がゆるむ。

ずずっと啜って「生き返るぅ~」と誰かが言って、おかしな節回しにみんなで笑った。

腹の底が少し満たされると、各隊はそれぞれ割り当てられた砦へ向かって出て行った。

ものの一日で全砦を落とした。


メルトは連隊長と一緒に各砦をめぐった後、連隊長にその場を任せて王子のもとに戻った。

「早すぎないか?」王子が驚く。

「ふふーん。うちの魔法使いたちはみんな優秀なんです。」得意げに返した。

「総督府に戻る暇も与えなかった、ということだね。」

王子は勝ちを確信して口元をわずかにゆるめた。

「ふん。たまたま敵が弱かっただけですよ。」とワイアット。

「そうかもしれないですね」メルトは棒読みで返す。

「でも、兵力の足しになればと投降兵を半分ほど連れてきました。

 頑張って働いたらご褒美をあげてくださいね。」にっこりと王子にお願いをした。

「あ、あぁ。君はいつの間に統率術まで学んだのかな。」

「学んだ?だったらガイアスかな。」

「君の魔法の先生?」

「魔法だけじゃない、なんでも知っているんだ。」

あぁ、無性にガイアスに会いたいな。


*

主城の作戦室。

地図の上に置かれた砦の印が、次々赤く塗りつぶされていく。

報告を持ってきた兵は、言葉を選ぶ余裕もなく震えていた。

「……全部落ちた、だと?」

総督は我が目を疑った。

「一日で五つの砦を落とす軍など、聞いたことがない。

 ……ハロルドにこんな芸当ができるわけがない。」

落としたのは魔法部隊だというが、本当に魔法のようだ。

「……あの金魚の糞か。やりやがったな!」

総督はメルトを思い出して豪快に笑った。

あいつが守っているのなら、総督府に戻る道は、もうない。当然総督府にも手が伸びているだろう。戻れば捕まるだけだ。

「……ふん、王都の連中め。私を通り越して後方を先に潰すとは、やるじゃないか。」

地図を見下ろしながら、総督は鼻で笑った。

側近が恐る恐る口を開く。

「殿下……このまま籠城を?」

総督は肩をすくめた。

「籠城?違うな。ここを反旗の拠点にするのだ。

 王に相応しいのは私だ。奴等の神話ごっこに付き合ってたまるか。

 奴等の横暴を世間に訴え、立ち上がるべき時が来たのだと知らせてやるのだ。」

そして、不敵に笑う。

「ここは私の城だ。この街の路地も、民心も、全部私の手の内にある。

 大いに困らせてやろうじゃないか。」

側近が息を呑む。

総督は立ち上がり、窓の外の静かな城下町を見下ろした。

ハロルドの顔が浮かぶ。

王に愛されているくせに、いつも足りない顔をしているムカつく餓鬼。

必死に手を伸ばして届きそうになったところで、

踏み台を蹴飛ばしてやる。

「……ハロルドを困らせるのは、楽しいなぁ。」


*

王子軍と総督軍は散発的な市街戦を繰り返し膠着した。

王都から急使が来て、王命を伝えた。

『さっさと、焼き払え。』

王子が手をこまねけばこまねくほど、王家の威信は揺らぐ。

王が焦るのももっともだ――そう思いながらも、王子は父のように非情にはなれなかった。

しばらく考えたのち、王子は顔を上げた。

「ワイアット。総督へ、交渉の場を設けたいと伝えてくれないだろうか。

 本来ならトマスが適任なんだが、今はいない。」

「お任せください。必ずご期待に沿えるようにいたします。」

胸を張るワイアットを見て、王子はふと―― 彼が武に関しては壊滅的だったことを思い出した。

「……ワイアットだけだと危ない。メルト、ワイアットの護衛を頼めるかな。」

たとえ武器を没収されても問題がない人選だ。

「……はい。」

メルトの顔が露骨に嫌そう。

二人がどうにも馬が合わないことを思い出し、 王子はますます不安になる。

「うん、ジョンもつけよう。それなら、いいだろ?」

その言葉に、メルトの表情がぱっと明るくなった。わかりやすい。

王子は大きな溜息をついた。


*

主城の門前。

冷たい風が吹く中、ワイアットは二人の前に立ち、妙にキリッとした顔で言う。

「念のため言っておきますが……使者は私です。

 話すのも、前に出るのも、すべて私。

 お二人は、あくまで護衛です。」

メルトは無言でうなずいたが、そのうなずき方がどこか雑で、ワイアットはもう一度言いたくなった。

「ですので、門が開いても、私より前を歩かないでください。

 私が使者ですから。念のため。」

ジョンが横で肩をすくめた。

「ワイアット、分かったって。誰も使者の座を奪わないよ。」

メルトも小声でつぶやく。

「はいはい。あんたが大将。」

ワイアットは二人の反応に少しだけムっとしながら、 それでも真面目に胸を張った。

「よろしい。では、行きましょう。使者は私です。」

ジョンが笑いをこらえながらメルトに耳打ちする。

「三回言ったな。」

「三回言ったね。」

ワイアットは聞こえなかったふりをして歩き出した。

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