時の花嫁と滅びの竜3
本当は、ここまでが、前の話の一話の予定だったのですが、切れ目が美しかったので別にしました。
「左様か。」
王は沈黙の後、立ち上がる。
「王太子の婚姻は国家の一大事であり、軽々に決めるべきものではない。
公爵令嬢の慎重さは、むしろ王妃にふさわしい」
王は側近に目配せした。
新侍従長――王家の遠縁に連なるノトリリオン伯が一歩前へ進む。
「本日の式典は、ここでいったん休止といたします。迎冬祭の始まりまで、皆さまは控えの間にてお待ちください。」
侍従長は続けて言った。
「公爵閣下、令嬢。内拝謁室へ。」
王が退出すると、抑えられていた声があちこちで漏れはじめ、やがて隠しきれないざわめきとなって広間を満たした。
*
内拝謁室の扉が閉じられると、 外のざわめきは遠くに沈み、室内には薄い静寂だけが残った。
王はゆっくりと振り返る。
その背後に控えるメルトは、ハラハラしながら成り行きを見守っていた。
「……た、謀ったな、若造が。」
低く絞り出すような声だった。王子の人気を建国の王妃の象徴性で補強する完璧な計画を壊された。
セオドアは膝をつき、深く頭を垂れる。
王に、これから話す話を事前にしても、聞いてはもらえないことはわかっていた。
「陛下。 我らは、密かにお話しできる機会を待っておりました。
式典の場で陛下の御心を乱したことは、決して本意ではございません。」
王の目が、言葉の続きを無言で促していた。
セオドアは続けた。
「守り人は、古来より公爵家の下で秘密裡に竜を管理するのが役目。
それは当家家門の根幹でございます。
どうか――守り人をお返しください。」
マリアも続ける。
「守り人を家門に戻していただけるのなら、私は王太子妃としての務めを果たします。
それであれば、家門も、辛うじて納得するでしょう。」
これは、公爵家と家門、そして王家の均衡を保つために二人で話し合ってたどり着いた、ぎりぎりの対案だった。
王は長い沈黙の後、メルトの方へ視線を向ける。
「お前の言ったとおり、気の強い娘よ。」
メルトは気まずそうに視線を逸らした。
「……守り人を返せば、公爵家は王太子との婚姻をのむのだな。」
セオドアは深く頷く。
「はい。 家門の体面も保たれ、王家の面目も立ちます。」
王は目を閉じ、短く息を吐いた。
「……よかろう。だが、今すぐには無理だ。条件がある。
守り人を返すのは、ハロルドが王位に就いてから五年以内とする。
レディ・マリアは、ハロルドを建国神話を再現する王とするため最大限協力すること。」
最大限協力するとは?メルトは眉を顰めた。
「それで結構です。」
マリアは迷いなく答えた。
王が部屋を出る。メルトはその後ろをついて行く。
すれ違いざま、セオドアが低い声で言った。
「……何もかも、お前のせいだ。」
足が止まりかける。
僕のために公爵家は大変なことになっている。
僕は、セオドアが抜けた穴を、僕なりの方法で埋めようと努力してきた。
それなのに――
いったいどこで間違えたのだろう。
「……申し訳ありません。」
メルトは逃げるように、王の背を追って歩いた。胸の痛みはいつまでも消えない。
*
数日後、王は布告を出した。
国王布告
王太子ハロルドと、ブラックリリー公爵家令嬢レディ・マリアとの婚約が正式に成立した。
両名の合意と家門の承認に基づき、来夏、婚礼ならびに王位継承の儀式を執り行うものとする。
新王と新王妃の即位は、建国の精神を継ぐ新たな時代の始まりとなるであろう。
なお、レディ・マリアは王妃として国を支える責務の重さを深く憂慮している。
ゆえに、建国の母の範に倣い、まず民を救う務めに身を置き、その行いをもって王妃としての道を歩み始める意向である。
余は両名の決意を支持し、来夏の儀式に向けて国の安寧と繁栄に努めていきたいと思う。




