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トネリコの木2

 

 昼下がり、ガーデンパーティは、青々とした芝生が美しい庭で開かれた。パーティースペースの真ん中はダンスエリアで、その周りに管弦楽団、サンドイッチやケーキを振舞うテーブル、休憩用の椅子が置かれている。あまり畏まらずにとアナウンスしてあったが、女性は色とりどりのドレスに羽やリボンのついた大きな頭飾り、フリルたっぷりの日傘をさす盛装をしていた。男性はスーツが多い。メルトは首にフリフリのジャボットがついた白シャツに濃紺のベストとハーフパンツ姿で、ベストの半身が銀糸でダマスク柄の百合の刺繍で覆われていた。とっても洒落ている。公爵家は紺で統一し、みな濃紺の百合の刺繍が入っていた。

 パーティが始まってしばらくは、メルトもマリアも公爵夫妻と一緒にゲストの挨拶を受けた。交わされる会話の内容は、夫人の方は平和な世間話だが、公爵の方は政治の話が中心だった。何人かの話を総合すると、現在、議会で継続審議されている議題は、戦費捻出のために増税を認めるかどうかで、ゲストのほとんどが反対派であることがわかった。「王が即位した当初は物静かで争いを好まないと思っていたのに全く騙された。」と言う人に、公爵がそれとなく言い過ぎを注意することもあった。華やかで夢みたいな場所で随分現実的で、きな臭い話をするものだ。

 しばらくすると挨拶が一通り終わり、公爵がメルトとマリアに自由にしていいと言った。そう言われても困ってしまうので、自然マリアにくっついた。するとご令嬢がひっきりなしにやってきて、メルトを可愛いと褒めた。実際僕は可愛い、というのは嘘で、僕の誕生パーティなのだから当然だ。ただ、やたらと握手を求められたり、握手が長かったり、抱きしめられそうになってマリアに止めてもらったり、社交ってこういうものなのかな?とは思った。もしかしたら僕が美味しい物の食べ過ぎで、知らぬ間に我がままボディになっているのかもしれない。運動しよう。

 マリアは三人のご令嬢と話がはずんでいる。

マリアが紹介したところによると、一人はジーン・ベルガモ嬢。財務大臣のベルガモ伯爵のご令嬢で、ベルガモ伯爵は公爵と親しいとのこと。もう一人はダイアナ・ルべラム嬢。マリアの母方の従姉で、ルべラム伯爵家のご令嬢。最後はメイ・ロンジフローラム嬢。下院議員のロンジフローラム男爵のご令嬢で、男爵は下院の中で一目置かれる存在だとのこと。もう頭がパンクしそう。

 不意に会場がざわめいたので、そちらを見ると、王子と王女、そして公子セオドアが親し気に話ながら姿を現した。もちろん護衛騎士も沢山連れている。王子の金色の髪と王女の淡いピンクブロンドの髪が太陽の光を受けて輝き、キラキラしいオーラを放っていた。王子はセオドアよりは年下で、王女はマリアくらいに見えた。メルトは、いくらキラキラしていても別世界の人だと思っているので、むしろ苦手なセオドアに注意を向けた。紺のスリーピーススーツにセオドアのブラウンの髪色とよく合っている。あっちだってまだ子供なのに、スラックスかハーフパンツかでこうも違うとは。

「今日の、ハロルド王子はとても素敵ね。背が伸びたのではなくて?」「ご成長されるにつれ、竜の騎士の風格を感じるわ。」「剣術も得意でいらっしゃるそうで。」とあたりからひそひそ話が聞こえてくる。

「竜の騎士?」メルトが呟くとジーン嬢が建国神話だと教えてくれた。

天界から追放された竜が、地上で暴れて皆が困っているときに、騎士リアムとその妻聖女ソフィアが竜を倒して国に平和をもたらした。この二人がこのカサブランカ王国の初代国王と王妃である。

「竜は倒されたの?」

「そうよ。だから今私たちは平和に暮らしているのだわ。」

むむむ。建国神話と自分の役目が矛盾している。

考え中のメルトにセオドアが大股で近づくと、人の少ない所に引っ張っていき命令した。「人前では俺のことはお兄様と呼べ。いいな。」

セオドアはセオドアで自分のできる政治をしている。それは知っているけど、いちいち偉そうなのだ。腹が立って、ぷいっとそっぽを向いた。

「セオドア、隠さないで紹介してくれないか、私の可愛い剣を。」

振り向くと王子と王女が立っていた。セオドアはメルトを二人に紹介した。

「私はずっと君に会いたかったんだよ。なんで会いに来てくれなかったのかな。」そう言いながら近づいてメルトの髪に触れ、耳もとで囁いた。

「君はとっても可愛いね。しかもセオドアよりも強いなんて素晴らしいじゃないか。私は本当はあれをあまり好きではないんだ。」

ぞわっとした。

「兄上様、悪戯が過ぎますよ。メルトが恐がっているじゃありませんか。私もお話がしたいわ。」と王女。

「まだ駄目だ。」王子がにやりと笑った。

「ねぇ、君の魔法を見てみたいな。公爵が言っていたよ、氷雪系の魔法を達者に使うって。こんな夏の日にも、雪を降らせることができるのかな?」

ずっと恐れていた日が来た。メルトは頭が真っ白になって動けなくなった。どうしよう。

「うん?」

どうしよう。


「殿下、うちのメルティをいじめては困ります。」マリアがメルトの隣に立った。

「メルトは氷雪系だけじゃなく火炎系の魔法も使うんですよ。ただ、まだコントロールが上手くできなくて、この前も建物を半壊させてしまいましたの。だからこんなところでやられては大変なことになってしまいます。」

「それは大変だ。」王子は嬉しそうに笑ってメルトから手を離した。

メルトは息をするのを忘れるくらい怖かった。その後、王女から何か言葉を掛けられたが、内容はまったく入ってこなかった。明るい曲が流れてきて、徐々に緊張が解けた。

「ねぇメルト、ダンスの時間が始まったわ。一緒に踊りましょ。」と王女が言った。

「ごめんなさい。僕は踊ったことがありません。」

僕の人生でこんなセリフを言う時が来るとは思いもしなかった。こういうのは男の方から誘うものなのに格好悪い。

それを聞いたマリアが、「大丈夫、メルティ、最初はカドリールだから簡単だわ。」と言った。

カドリールは男2女2の四人一組でするダンスで、前世の義務教育でするフォークダンスに近かった。王子とメルトと王女とマリアで組になって踊った。踊りの得手不得手が目立たないので多くの人が参加して、和気あいあいとして楽しい。

四拍子の曲が終わって三拍子の曲に変わった。

「メルト、ワルツを踊りましょ?」王女が誘った。

だからできないってば。メルトが困った顔をすると、

王子が、「私の真似をして、ヘレンに合わせていればいいんだよ。」そう言ってマリアの手を取った。簡単に言うけどそんなに簡単に行くものかな。メルトは破れかぶれで王女の手を取った。

ワルツは好きだ。もっぱら演奏する方で。ブンチャッチャ、ブンチャッチャ。最初こそ焦ったが、体が三拍子を勝手に刻んだ。

「とっても上手だわ。」王女がメルトを褒めた。褒めて伸ばすタイプらしい。

マリアと王子は、くるくると人形みたいに踊っている。踊り慣れているように見えた。セオドアは王子と仲がいいと言っていたので、マリアと王子も仲がいいのだろうか。

小説を思い出して、マリアは王子が好きなのかなと考えた。マリアが王子を好きで王子もマリアのことがずっと好きでいてくれるならそれが一番いい。

「踊りの最中に他の女性に気を取られるなんて、いけないことよ。」王女がメルトをたしなめた。

「他の女性って、姉さまですけど。」思わず笑ってしまった。

「それでもダメよ。私だけを見ていなければ。」

王女の言うことが、ませていて微笑ましい。

「かしこまりました、王女殿下。」

1曲終わって、王女をセオドアに渡した。

マリアが、ダンスは楽しいでしょう?とメルトに聞いた。メルトも聞いた。「王子殿下と踊るのは楽しかった?」それから「姉さまは王子殿下が好きなの?」とも。マリアは少し驚いた顔をして、「楽しかったわよ。」とだけ答えた。柔らかい表情をしているからきっと好きなのだ。なんとなく気持ちが沈むが、マリアが幸せになれればいい。メルトはマリアの幸せを願うくらいにはマリアのことが好きになっていた。マリアは喉が渇いたと言って、テーブルに向かった。

 久しぶりに聞く楽器の音につられて楽団の傍に行った。弦楽器の弓の動きを見ながらしばらく無心で聞いた。

マリアが僕に飲み物を渡して、音楽が好きなのかと聞いた。

僕は思わず答えた。「僕には前世の記憶があって、前世でバイオリンと他にも楽器を弾いていたんだ。だから今でも僕の中にはいつも音楽が流れている。悲しい時は悲しい曲が、楽しい時は楽しい曲が。」

「じゃぁ、今はどんな曲が流れているの?」マリアは聞いた。

「うーん、ロンドンデリーの歌かな?」君の幸せを願って。

「どんな曲かしら。聞いてみたいわ。」

そういうと、マリアは楽団員のバイオリンを借りて僕に差し出した。こんな無茶ぶりできるわけがない。そう思ったけれど、もう一度触りたくて手に取った。顎に挟み指板に指を置く。緊張しながら弦に弓を置いてそっと引いてみた。なつかしい振動が体を伝う。後のことは覚えていない。多分、音階を確かめて一心に弾いたのだと思う。

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