↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
65/84

倒れた小瓶6


メルトは王の離宮行きを待ちわびた。今日は、どうしても会いたい人がいる。

メルトは王を離宮に送り届けると、すぐにトネリコの木へ向かった。

離宮の門を出ようとした瞬間、 近衛がすっと前に出て、行く手を塞いだ。

「少将様、どちらへ?」

「えっと……落とし物をしたかもしれなくて。」

近衛が瞬きをした。

「またですか?」

不審に思うのも無理もない。

「申し訳ありません。また、両親の形見の指輪を落としました。

 鎖が弱くなっているのかもしれません。でも、買い替える余裕なんてなくて。」

言いながら、自分でも苦しい。落とし物の理由を考えたけれど、何も思い浮かばず、 結局同じ手を使ってしまった。

近衛は気の毒そうに眉を下げた。

「それは困りますね。……できるだけ早く戻ってきてください。」


トネリコの木が風に揺れているのが見えた。

周囲に人影がないことを確かめ、幹を軽くノックする。

「フルドラ、フルドラ……ここを通して」

幹の表面がファスナーを下ろすようにすうっと裂けた。

「はいはーい。僕は都合のいい精霊でーす。どうせ今日も“開けて”でしょ?

 分かってるよ、はいはーい。」

「もう、意地悪言わない。今日は姉さまに会いに行きたいんだ。」

「おお、やっと!やっとだよ!

 君ね、人を大切に思うなら態度で示しなさいって、何回言ったと思ってる?

 僕なんて毎日木の中で“今日こそ来るかな?”って期待してるんだよ。

 まるで君の母親。いや、母親でもこんなに待たないよ? 大体君は――」

うっ、おしゃべりが止まらない。

「フルドラ。今は時間がないんだ。 お説教はまた今度にして、ね?」

「……もう!」


マリアの庭のトネリコの三又に出た。

以前のメルトなら、ここで足が止まって、言い訳を探して、結局帰っていた。

でも今は、時間的制約が立ち止まることを許さない。

マリアの部屋の庭に面した扉をトントンと叩く。

トネリコの木が騒めき、庭の扉をトントン叩くような人は一人しかいない。

マリアの心臓が小さく跳ねて、急いで扉を開ける。

「来ちゃった。」

メルトはこてんと首を倒した。

「メルティ。……会いたかった。」

マリアは、うっかり泣いてしまわないように必死でこらえて、いつものように中に入れた。

メルトが部屋に入ると、メアリが微笑んで軽く頭を下げた。メルトも小さく笑って応えた。

脚の細い椅子と丸テーブル、柔らかそうなソファー、書き物机、ドレッサー、本棚、天蓋付きベッド。白を基調にした柔らかい色使いの部屋は、以前と何一つ変わっていない。

丸テーブルの上に置かれたクッキーにメルトの目が吸い寄せられた。

「相変わらずね。」

マリアは一つ摘まんでメルトの口に運んだ。

「おいひぃ。」

美味しすぎて涙がでそう。

「大げさね。」

「だって、陛下ってば、お菓子なんて全然食べないんだよ。ご飯も、無水料理っていうの?素材の味しかしないの。僕、毎日辛くて辛くて。

 ……そうだ、公爵様にご挨拶しなくちゃね。」

メルトが廊下の方へ行こうとすると、マリアは反射的に前へ出た。

「い、今は、来客中だから会えないわ。」

「……そう。僕、あんまり長居できないんだけどな。」

「じゃあ、お姉さまとたくさんおしゃべりをしましょ。美味しいお菓子付よ。」

軽く笑って丸テーブルへ促す。

メルトは素直に腰を下ろし、両手で頬杖をついて王宮での不平をこぼし始めた。

子どもっぽい仕草。 その耳に、二人で分け合ったアクアマリンのピアスが見える。

本質は何も変わっていないのだと、マリアは胸がいっぱいになった。

「あらあら、お勉強の時間がまるでないじゃないの。」

マリアはふと思い出したように声を弾ませた。

「そうだわ。ガイアスがあなたに本を置いていったのよ。

 次ぎ合う時までに完璧にしておくように、ですって。」

「うへぇ……」

王宮の唯一いいところは座学がないところだというのに。メルトは肩を落とした。

マリアはくすっと笑った。

「あなたの部屋に置いてあるから、取ってくるわ。 ちょっと待ってて。」

そう言うと、マリアは軽やかに部屋を出ていった。


メルトはメアリに尋ねる。

「姉さまは、元気?なんだか痩せたような気がするけど。」

メアリは一瞬だけ目を伏せ、それから静かに言葉を選んだ。

「メルティ様がいなくなってから、お嬢様には本当に色々なことがございました。

 時魔法で病を癒してほしいと、毎日のように人が押し寄せてきて……。

 最初の頃は、お嬢様もお救いになったのですが、それがかえって仇となり、魔法を使わないと罵られるようになりました。今は一切お断りしております。

 ですが、今度は形を変えて、婚約の申し込みが次々と届くようになりました。

 お嬢様は部屋に籠りがちになり、塞ぎこんでおられます。

 メルティ様がいてくださったら、と何度思ったことか。」


以前ガイアスから聞いた話を思い出した。

―――将軍には時魔法を使う長女がいた。 魔法使いとカサブランカ人の融和の象徴として、カサブランカの指導者、王家の始祖、の息子と結婚したが、すぐに死んでしまった。

竜で傷ついた人々は時の魔法使いを聖女と崇め、治癒を求めて群がったのだ。

醜悪。


「でも、公爵様が姉さまを守ってくれているなら、とりあえずは安心かな。」

「ですが――」

メアリが何かを言いかけたところで、 マリアが戻ってきた。

分厚い本を、これ見よがしにテーブルの上に置く。

「どう?これには参ってしまうでしょう。あなたの戻りがいつになるかわからないから、とびきり分厚い本を置いていったわよ。」

メルトはパラパラとめくる。当然ながら古典語。

すぐに嫌になってパタンと閉じ、ズズッと端へ追いやった。

「……そんなことよりも、姉さま。」

本など存在しなかった勢いで、メルトは身を乗り出した。

「姉さまは魔法なんて使わなくていいからね。僕にも、誰にも。

 誰も救う必要なんてないんだ。悪役令嬢上等だよ。」

「悪役令嬢?何それ?」

「悪役令嬢っていうのはね、誰に何を言われても、自分の道を行ける人のことだよ。

 僕は、そういうの、ちょっとカッコイイと思う。」

「フフフ。私が悪役令嬢?そんな風に思っていたの。」

「自分の正義を貫けるという点ではかなり。……尊敬している点でもあります。」

少し照れながら言うと、 マリアはふっと目を伏せた。

「ありがとう。でも、それは強いのではなく、ただ幼かっただけよ。」

そんなことを言わないで。

マリアは、いつだってメルトの行く先を照らしてくれていた。

胸の奥がきゅっと痛んだ。

「そうだ、今度はどこか遠くに遊びに行こうよ。フルドラに頼んでさ。

 山でも海でも外国でも。 煩わしいものが何もないところへ。」

「海……素敵ね。」

「じゃぁ決まり。十日後のこの時間にまた。」

マリアが微笑んだ。

久しぶりにマリアらしい笑顔を見た気がした。


*

メルトは王宮に戻って来た。

「少将様。指輪は見つかりましたか?」

近衛が心配そうに聞いた。

「うん、あった。もう、なくさないようにしないとね。」

近衛はほっとしたように頷いたが、ふとメルトの背中に目を留めた。

「あれ、少将様、そんな背嚢しょってましたっけ?」

やっぱり気づかれたか。

マントで隠したつもりでも、この立体感は隠しきれない。

昔から使っていたリュックサックに、ガイアスから渡された本を詰めてきた。

雨蓋に、ルルの顔をした大きなぬいぐるみが縫い付けられている。

見られるとかなり恥ずかしいので、そっとマントを引き寄せる。

「これは……僕の、まあ……体力づくり。」

近衛が困惑している。

あぁ僕、ほんとカッコ悪い。


*

十日後。

正妃の離宮へ同行するため、メルトは馬に乗ろうと左手で手綱を握った。

「少将様!」

あの近衛が駆けてきた。

思いつめたような顔で、両手に小さな箱をぎゅっと握りしめている。

周囲の近衛たちが何事かと視線を向けた。

近衛はメルトの前に立つと、震える手で箱を差し出し、そっと蓋を開けた。

外側は簡素な紙張りだが、中には薄い絹が敷かれ、細い金の鎖が丁寧に収まっている。

「これ……少将様に」

メルトは目を瞬いた。

「え、何で?」

近衛の顔がみるみる赤くなった。

「この前、鎖が緩んでいるって…… それに、買い替える余裕がないって仰っていたので」

この前、離宮を抜け出すために、そんなことを言ったような、言わないような。

「……僕に、これを?」

「はいっ!」近衛は胸を張った。

「私の給料の三か月分です!」

「三か月分!?」

「おぉ……」周囲の近衛たちがざわついた。

ちょっと、待って。これ、結婚指輪みたいな意味じゃないよね?どうしよう。

メルトが戸惑っていると、近衛は一歩踏み出し、勇気を振り絞って言った。

「少将様が大切な形見の指輪を、二度と落とされませんように、お役にたてればと!」

周囲の視線が痛い。

とりあえずプロポーズではない……はず。

「……ありがとう。大事にするよ。」

気恥ずかしくて、そそくさと、腰の革袋に仕舞う。

「いいえ。今、ここでつけてください。」

近衛は真顔だ。

「……そうだね。折角もらったんだし、つけないとね。ありがとう。」

メルトはもう一度箱を取り出し、新しい鎖を元の鎖に重ねて二重にし、なんとか首にかけた。

近衛は零れるような笑みを浮かべると、弾かれたように自分の馬へ駆け戻っていった。

やめて、誤解されるから!

……それにしても困った。マリアの所に行く口実が潰れてしまった。


一行は宮城を出た。

メルトは視線を感じて振り返る。

いつもなら顔を出すはずのない侍従長の姿があった。

何かをするわけでもなく、ただ腕を組み、じっとこちらを見詰めている。

その目は、冷たく、何かを探るようだった。

なんだか引っ掛かる。

胸の奥にざらりとした不安が残った。


危うく祭司様を主役に話を展開しそうだったので、軌道修正っと。祭司様はすごく気に入っているんですよね。危ない危ない。


「給料三か月分」は日本の戦後の広告コピーです。

1970年代にデビアス(De Beers)が日本で展開した広告「婚約指輪は給料の三か月分」が爆発的に広まり定着した。

デビアスは20世紀後半までは世界のダイヤの9割を握る独占企業でした。

今も世界最大級のダイヤモンド企業であることに変わりありません。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。