倒れた小瓶2
「ここで、捜査が行き詰っておる。」
王はメルトに特別に書類を読むことを許した。日付は少し古い。
《捜査中間報告書》
提出先:国王陛下 提出者:近衛調査局(臨時) 日付:2月15日
一、槍の管理状況について
近衛兵が使用する槍は、王宮隣接の近衛訓練施設に併設された武器庫にて一括管理されます。槍は個人装備ではなく、当番制により日々持ち出される部隊装備であり、特定の槍を特定の者が専有することはなく、個々の槍に識別印も付されておりません。訓練後および勤務終了後、槍は武器庫に戻され、武器係と当番兵が手入れ(拭き上げ・油塗布)を行います。手入れに使用される布・油などの消耗品は、訓練施設所属の兵站補助(雑務係)が補充します。武器庫の点検・整備・補充を終えると、武器係は武器庫の鍵を第一近衛連隊長グラハム少将に返却し、同少将が保管します。
二、毒物混入の可能性について
公爵閣下を刺傷した槍の刃より、薬務院の鑑定にてジギタリス(俗称 狐の手袋)由来の強心毒が検出されました。また、複数の槍に同一毒物の塗布が確認されました。鑑定官の見解によれば、今回検出された毒物は、一般的な民間抽出物より高い濃度を示しており、何らかの加工または濃縮が行われた可能性があります。ただし、抽出方法や経路については複数考えられ、現時点では特定の技術や供給源に結びつく所見は得られておりません。
槍の管理状況を踏まえると、毒物混入の経路として最も可能性が高いのは、槍そのものではなく、手入れ工程で使用された布であります。調査の結果、武器庫に保管されていた布の一部から同毒物が検出されました。これらの布は通常の納入経路を経ていない可能性が高く、布は消耗品であるため出所を特定する印および記録は残されておりません。
三、訓練施設所属の兵站補助の死
訓練施設所属の兵站補助ブラムは、手入れに使用する布・油等の消耗品の購入を担当しておりました。当該兵站補助は、公爵閣下負傷の3日後の朝、エスリン川にて遺体で発見されました。多量のアルコール摂取の痕跡があり、酩酊のうえ冬季の河川に転落し溺死したものと推定されます。当人は老齢で酒癖に問題があったものの、長年兵站補助の任務に従事し業務に習熟していたため、そのまま配置されておりました。当該死亡事案と毒物混入との関連性の有無は現在調査中です。
―――(以下略)
鍵を握る兵站補助が事件の数日後に死ぬなんて、出来過ぎている。メルトの胸に、静かな怒りがこみ上げた。
初夏になり、ブレナン王子が1歳を迎え、側妃が王子を王に見せたいと王城に戻って来た。
側妃の離宮の小謁見室は、淡いクリーム色の漆喰を塗った壁に、猫脚の椅子やテーブル、椅子の座面は深紅のビロードに金糸の刺繍をびっしりと施され、壁に掛けられた側妃の肖像画の額縁には宝石が散りばめられている。一歩足を踏み入れただけで、色々煩くてうんざりする。
王は側妃の前に立ち、王子を一瞥した。ハロルド王子とは違い、この国の王族らしいブラウンの髪色をしていた。この子が望まなくても、いずれ火種にされる未来が見えた。王にとっては、それだけで十分だった。
「必要な物資は侍従長に伝えよ。以上だ。」
「以上!?でございますか?」側妃は声を荒げた。
その横で、祭司ミカエルが静かに一歩前に出た。
「陛下は本当に子どもに関心がおありでない。」祭司は柔らかく笑った。
王は肩をすくめる。「見たぞ。」
「せっかくの御子です。もう少し、よくご覧になっては。」
祭司は赤子を側妃から受け取った。
「……お前は本当に子どもが好きだな。」
「ええ、孤児院を開くほどには。」
そのまま王のすぐ近くまで歩み寄り、目の前で、赤子の顔をわずかに傾けて見せる。
「ほら、陛下。よく眠っています。穏やかな顔でしょう。」
王はため息をつく。続けて祭司は、窓際に控えていたメルトに王子を見せに行く。
祭司の顔に日の光があたり、切れ長の目の奥で瞳が琥珀色に光った。
「メルト君も是非見てください。」
「はい、祭司様。」
祭司は腕の中の赤子を少し傾け、メルトにも見えるように抱き直した。赤子が目を開けた。メルトは顔を覗き込むと、思わず微笑む。
「祭司様に、似ていますね。」
一瞬空気が凍り、祭司の指がわずかに動きを止める。
「……似ていますか?」
メルトは気づかず、素直に頷く。
「ええ。目が切れ長で、キラキラしていて、まるで琥珀みたいです。」
祭司は赤子を抱いたまま、ほんのわずかに微笑んだ。
「私はこの子の叔父ですからね。この子は母親似ということですね。」
側妃が得意気に言った。「ハロルド様とは違って、この子は王族らしいお顔立ちをしておりましてよ。おーほっほっ!」
王の眉がぴくりと動いた。
「……離宮は改装させる。しばらく顔を見せるな。」
側妃の笑い声が、喉の奥で止まった。
離宮を改装に伴い、離宮内の物品の運び出しがなされた。
主席書記官アラステアが、王の机の上に小さなガラス瓶をそっと置いた。
「こちらは側妃様の部屋で見つかった小瓶です。化粧品に紛れて置かれておりました。」
「……これは何だ。」
「鑑定の結果、睡眠薬でした。」
王は眉をわずかに寄せた。側妃の離宮では、王は何度も不自然に眠り込んだことがある。目を覚ますと決まって側妃の寝室で、体は鉛のように重かった。
「睡眠薬は、自分に使うか他人に使うかだ。」王は低く言った。
「側妃は昔、虚弱だったと聞いている。第二王子の健康に影響があっては困る。側妃の病歴を調べよ。」
アラステアは静かに一礼した。王宮の諜報部門のトップはこの主席書記官である。




