聖女発覚7
「なんで逃げる?」とフルドラ。
「だって、こっちに戻って来られなくなりそうだったから。」我ながら情けない。
「別にそれでもいいだろう?」
「殿下の力になる約束で公爵様を助けてもらったんだ。それに、殿下が王様になったら僕たち魔法使いを自由にしてくれるって言ったんだ。」前半部分を早口で、後半部分を嬉しそうに語った。
「君はバカなの?王が君を手放しても、公爵家は君を手放さない。」
「それはそうだけど、いいことだろう?僕の心も軽くなるし。」
フルドラは呆れたような沈黙の後、静かに言った。「もし、公爵も君に自由を与えると言ってくれたら、君はどうするの?やっぱり、僕のことを置き去りにしてどこかへ行ってしまうのかな。」
以前は、本当に嫌になったら全てを投げ出してどこへでも行けばいいと思っていた。それなのに今は、どこへ?と咎めるように聞いてくる自分がいる。
「嫌だな、そんな未来、来るわけないよ。考えるだけ無駄。だからこれからもずっと一緒。」
「あぁ、よかった。永遠の孤独には、もう戻れないよ。」
「ほんと、そうだね。」
ジョンが来たおかげでメルトが王子の近くに付きっ切りでいる必要がなくなった。というか、軍が加わったことで教会の意見が通りにくくなり、合意形成に時間がかかるようになった。子供はお呼びでない。もともと難しい話は嫌いだし。メルトはまだ行ったことのない教会内の丘に登った。丘には羊や牛が気ままに散らばり、麦畑等耕作地もあり、ある程度自給自足できるようになっていた。教会の防御上の欠点はこの広大すぎる敷地だ。丘に囲まれてはいるが障害というには心もとなく、近衛兵が少し加わったくらいでは大した意味がない。その上、教会は祈りの場として湖を一般開放しており、閉鎖はできないと言っている。参詣者の安全を守るために騎士団がいる。
金色の麦畑は刈り取りの真っ最中で、時折風が金色の波を作った。農作業をする人々の中に魔法部隊の兵士がいることに気が付き、メルトも加えてもらうことにした。麦藁帽子の匂いを百倍濃くした匂いがする。与えられた仕事は刈り取った麦を一つにまとめて、麦の茎1本を使って結ぶ作業だ。見習い祭司に紐の縛り方を教わる。麦を束にして藁紐を一巻きして端を輪の下に挟み込む、束の端の根側を掴んで全体を捩じると、麦が互いに噛み合って締まる。これならできそう。頑張って実践していると見習い祭司が麦藁帽子を被せてくれた。「ありがとう。」愛想よく答えると、みんなの雰囲気が柔らかくなった気がした。
「リリー少将様、ちょっと、俺の魔法をみてくれよ。」魔法使いが藁人形を差し出している。呪いの藁人形?
「おはよう、ドーリー!」魔法使いが藁人形を軽く投げると、藁人形はしゅたっと着地して、ちょこちょこと歩き、落穂を拾い集めた。
「か、かわいい。」呪いの藁人形だなんて思ってごめん。
魔法使いが嬉しそうにしている。「ブレスレットを外したんだね。」と気付いたことを口にした。
とたんに空気が張り詰め、魔法部隊を率いる副隊長が慌てて駆けて来た。「皆、いつでも付けられるように携帯しています。いけませんか?」
彼らがここに来た理由は、究極的にはブレスレットを外すためだ。「いいえ。それでいいと思います。」安堵の空気が広がった。
「むさ苦しい中年男がドーリーって。」誰かが言うと、みんな笑った。
「俺は少将様が喜ぶかと思ってだな。だったら、お前の魔法は何ができるんだよ。」
「いや、俺のは見せるほどでもない。」もごもごもご。
みんなそれぞれに本来の魔法があるのだ。「僕も見てみたい!」メルトも一緒になってせがんだ。
みんなでワイワイしていると、丘の上からローズが参詣者を連れて下りて来た。
「みんな楽しそうね。」
「あ、うん。今、みんなの魔法を見せてもらっていたところ。」メルトは興奮気味に答えた。
参拝者の顔が少し強張った。魔法は怖いばかりじゃないことを知って欲しい。
「とっても素敵な魔法なんだ。ねぇ、この人たちにも魔法をかけてあげて。」と、さっきの魔法使いを振り返る。が、参詣者は悲鳴を上げてローズの後ろに隠れてしまった。
「ぜんぜん怖くないよ。本当に素敵なんだから。」
ここに来る人は何かしら不安を抱えているはずだから、いいと思ったのだが、さすがに強引すぎかな。
「じゃぁ、私にかけてみて。」ローズが言った。
今度は魔法使いの方がドギマギしている。確かに魔法研究所にはいないタイプだろう。
仕方ないなぁ。魔法使いの手首を引っ張って、「まず一番の悩みを思い浮かべてみて。魔法をかけるから、その後に溜息を吐いてみて。準備はいい?
せーのっ「Marble and fly!」」
ローズは思いっきり溜息を吐く。すると溜息の中から揚羽蝶が生まれて、青空高く飛んでいった。
「どう?どう?すごいでしょ?」自分の魔法じゃないのに得意げ。
「しかも、心が少し軽くなった気がしませんか?」魔法使いも得意げ。
「綺麗ね。でもなんでかな、心は寧ろ重くなったかも。でも、メルティがチュッ♡てしてくれたら、軽くなるような気がするぅ。」
「ローズ!なんて恐れ多い。」見習い祭司たちが大反発した。
「神聖なるものに仕えるのは我ら祭司のお役目です。あなたはさっさと行っておしまいなさい。」
教会では、魔法使いは神や妖精と人間の中間の存在だと教えている。祭司たちの目には、メルトの雷魔法は限りなく神の領域に近いものに見えた。
「おぉ、怖。バイバイ、ダーリン。」大きく手を振って行ってしまった。全然懲りてない。
作業に戻るが、みんなの話は続く。
「ピンクの斑点のある蝶だったな。あれは悩みによって羽の色が変わるんだ。」
「ピンクは何?」
「恋の悩み。ローズちゃんは誰に恋をしているんだと思う?」
「もしかして、俺かな?」「顔も知らんし。」
「やっぱり、教会の若様じゃないの?玉の輿だし。」
フィンはマリアに空けておいてもらいたい。
「玉の輿っていうならハロルド王子だろう。」
うーん、価値観が違い過ぎる気がする。
「俺は、グラハム少尉とお似合いだと思う。」
案外そうかも。
「やっぱり騎士団長がいいんじゃないかな。現実問題、あんなじゃじゃ馬を手懐けられるのは団長くらいしかいない。」
「団長は独り身なのか?」
「そう。あれは絶対誰か心に決めた女がいるね。いい男なのに残念。」
湖での団長の様子からすると、あり得なくもない。
「じゃぁ、リリー少将は?」
「え、僕?」
「いけません。あれはR18です。」と見習祭司。
「そうそう。リリー少将にはドーリーがあります。」と魔法使い。
それはそれで酷くない?
カッコイイローズと仲良くなりたい魔法使いは大勢いる。
とローズと接点を持ちたい魔法使いが、その日の夕方、ローズの帰りを待ち伏せて、気を引きそうな話を持ち掛けた。
「ねぇ、ローズちゃん。ローズちゃんの好きな人を教えて?僕たち、力になるよ。」
この種の言葉は何度聞いたか知れない。でも、丁度いいカモ。
「まず、あなたたちの名前を教えて?」
「オーウェン。」「リラ。」「トト。」
「ふーん。で、力を貸すって、どうすること?まさか、私に代って思いを伝えるとか、そんなつまらないこと言わないわよね?」
「も、もちろん。俺たち魔法使いだし。なぁ?」「「う、うん。」」
オーウェンは人形使いで、リラは影法師を操り、トトは葉っぱで音を作る。で、これでどうしろと?
オーウェンはローズの機嫌が悪くなったのを素早く察知して言った。「リラは、二人の影法師を結び付けて縁結びができる。」
「それ、もっと詳しく!」
リラは若干怯えている。「ええーと。縁結びというのはちょっと言い過ぎかなぁ。僕には、人と人の影が重なると影の境界に銀色の糸が見えるんだけど、その長さはそのまま二人の心の距離を表していて、それを結んで短くできる。」
「それいい。その話乗った!」
「「「で、ローズちゃんの好きな人って?」」」
ローズが手招きするとバカ男たちは喜んで耳を寄せた。
「あのね、えっとね、メルティ♡」
「「「ええええええ!!!」」」
キャー、言っちゃった!恥ずかしぃ♡
三人はローズを外して話合った。
リリー少将には、人間離れした魔力とそれに不釣り合いな可愛らしさから、神聖不可侵の不文律がある。
「これ、マズくない?バレたら大変なことになるよ。」とトト。
「やめとく?」とリラ。
「正直、少将にローズちゃんはもったいないよな。豚に真珠、猫に小判。」とオーウェン。みんなの意見が一致した。
三人はローズを振り返り、オーウェンが恐る恐る口を開く。「あのー、やっぱりこの話はなかったことに。」
ローズの雰囲気が険悪になった。「ねぇ、契約って、そんなに軽く扱っていいものだっけ?できないのなら、乙女の純情と等価のもので償ってもらわないと。何を差し出す?」
魔法使いたちに差し出せるものなど心か魂くらいしかない。本当の神様なら自分の持っている最良のものを差し出せば、それが野の花であっても願いを聞いてくれる可能性がある。しかし、ローズは現実を生きる現金な女神だ。魔法使いたちは、やむを得ず心を差し出すことにした。「やっぱりやらせていただきます。」
次の日、ローズは、また麦畑に遊びに来たメルトを掴まえた。「メルティ、素敵な魔法を見つけたの。ちょっとこれ見て。」
無邪気にやってくる可愛らしい少年に、ローズはオレンジ色に色づいた大きなメープルリーフを顔の前でかざして、裏でクスっと笑う。その様子を見る魔法使いたちの表情は冴えない。
「綺麗だねぇ。もう紅葉が始まっているんだね。」
「これ、綺麗な音がするの。」ローズがメルトの耳に葉っぱを近付け、自分の耳も近付ける。背後で二人の影が重なった。
トトが呪文を唱える。
――― ティンク リンク 葉っぱよ、歌え!
後ろでリラがそっと呪文を唱えた。
――― 銀の糸 結んで解いて 影合わせ
「リンゴン リンゴン リンゴン」
メープルリーフから澄んだ鐘の音が響いた。
ごめんなさい、リリー少将。
「ほんとだ、素敵だね。」メルトは満面の笑みをローズに向けた。
おかしいな、この章もまだ続きます。
可愛い魔法を取り揃えました。魔法を考えるのに疲れました。もう、新しい魔法はいいかな。もう出番がないことを願います。
藁人形はコーンドーリーと言い現実にあります。形は人に限りません。コーンはトウモロコシではなく穀物全般です。




