聖女発覚8
「ダーリン、だーい好き。」
デシっ。
抱きしめようとしたら、片手で顔面をブロックされた。「なんで!?」
「あ、ごめん。身の危険を感じて、つい。」
心の距離が短くなるって、そういうこと?後のトトを睨んだ。
「いやぁ、以心伝心といいますか。縁結びとは言えないって言いましたよね。」
視線を戻すと、ダーリンが頬を染めて俯いている。
「・・・そういうのは・・・ちょっと恥ずかしくて。」
いつもだったら速攻で発動するスルースキルが発動しない。にこっと微笑めば、はにかんだ微笑みが返ってくる。こ、これはもしかして?
自分史上最高に可愛い顔でおねだりをする。「ハグくらいしてくれてもよくない?してくれないとお仕事、頑張れないよ。」
「ハグくらいなら。」背伸びをして軽く肩に手を回した。
肩に触れているか触れてないのかわからないくらいのぎりぎり。とっても紳士だけど、全然足りない。
「好き!」捕まえて自慢の胸に押し込んだ。
「うわぁ!?」
もっと意識して欲しい。私と同じくらい好きになって欲しい。ぎゅ――う。
「ずるいぞローズ!!」見習い祭司たちが、慌ててメルトを引き離した。
「私たちもお仕事頑張れません。ハグしてください。」みんな揃って手を広げた。「は!?何であんたたちまで?」
メルトは首を傾げながらも「今日も頑張ろうね。」と声掛けしながら順々にハグをしていった。
これじゃぁ、みんなと同じじゃない?私はダーリンの特別になりたいの!
「おーい、メルト!」ジョンブラウンが下から声をかけた。
「あっ、ジョン!」ダーリンは坂を駆け降りて行く。勢いあまって止まらなくなり、ジョンに受け止められて、悪戯っぽく笑った。
「何やってんだ、お前ら?」
「ハグ?」
「は?・・・まぁいいや。ハルが呼んでるぞ。」
ダーリンは振り返って手を振ると、ジョンと一緒に行ってしまった。
完敗だ。いーや、まだ始まったばかり、これから、これから。何しろ十年越しの恋なのだから、そう簡単には諦めない。ローズは自分の頬を両手でパシパシと叩いて気合いを入れると、仕事に出かけた。
「ねぇ、ジョン。僕、ローズにぎゅぅぅってされたらドキドキしたんだ。」
ジョンは、あの立派な乳と腕力を思い浮かべた。「そりゃお前、酸欠じゃないか?」
「どうしよう。僕、恋しちゃったかも。」
「ブッ、ハハハハハ。酸欠で恋!?馬鹿すぎるだろ。アハハハハハ腹痛てぇ。」
「むぅ。真面目に話しているのに、そんなに笑わなくたっていいだろう。」
笑い転げて動けなくなったジョンを置いて、メルトは王子のところに向かった。
軍用に充てられた教会の会議室で、王子は来る迎冬祭の話をした。
「この教会に一年で一番人が集まる。国王軍には停戦の申し入れをすることにした。
もっとも、こちらは最初から戦争をするつもりはないのだけどね。
ただ、何が起きるかわからない。私は君のことが心配だ。君は飛び抜けた力を持つのに、優し過ぎる。」
「そんな危険な祭事、取り止めることはできないのですか?」
「できないよ。教会は人々と神をつなぐ存在なんだ。それなのに祭祀を止めたら教会の正当性が崩れてしまう。」フィンが答えた。
それはそうかもしれないけど。いや、僕たちは居候にすぎず、教会の正当性も自分たちの正当性の一部に利用している。やっぱり難しくてわからないや。
「当日までに覚悟を決めろ。できなければ君を地下牢に入れておく。」
「!?」
「君のためだよ。」
次の日から、ローズはメルトを待ち伏せて、何かと理由をつけて自分の仕事に付き合わせた。だいたい暇なメルトは喜んでついて行った。ローズはメルトのことをもっと知りたくてミラからこれまでのことを色々と尋ね、自分のことを知ってもらいたくて、仕事のことや教会のことを色々と話した。教会には、癒しの女神に願いを叶えてもらうため、あるいは教会に争いごとの仲裁を頼むため、将又悩み事の相談をするために人々が絶えず訪れる。教会騎士団は、参詣者が事故や遭難、強盗に遭わないように周囲の丘を巡回している。今は正面で軍と対峙しているので、それを避けてほとんどの人が丘越えをするようになり、騎士団の重要性はより高まっている。
マイダーリンは美しい風景や神話の類が好きだから、今日は一番遠くの北の丘に連れて行こう。デートの準備は抜かりなく、仲間には予め話はつけてある。騎士団は複数人で巡回するが、途中で一人が腹痛を訴えて、もう一人が「こいつの面倒は俺が見る。困っている信者がいるかもしれないだろう?お前たちは先に行け。」と促した。グッジョブ。ローズは予定どおり北の丘に登った。北の丘は教会を囲む丘の中で一番高く、周囲の景色を一望できた。ただし、頂は立ち入り禁止区域になっていて柵囲いがされている。
「あれ?入れないの。」
「うん。ここは入れないの。でもね、こうすると、」ローズは木柵にひょいっと腰かけた。
「頂上に立ったのと同じくらいよく見える。私のお気に入りの場所の一つだよ。」
メルトはローズの真似をしてひょいっと隣に腰かけた。眼下に湖が見えるし、教会の建物群も見える。その先の家々や畑も見通せるが、国王軍も見えた。表情が曇ったのを見て、ローズは場所選びを間違えたと内心舌打ちした。
「ここはね、国王の戴冠式が行われる場所で、大地の女神が降り立つ場所なの。よく晴れた日には国土の4分の1が見渡せると言われているわ。女神が降り立つ場所にぴったりだと思わない?」
「後ろのこと?ここに座って平気?」湖で水浴びをして女神に連れていかれそうになったことを思い出して慌てている。
可愛くて眩しい。永遠にこのままでいて欲しいと思いながら、この世に永遠に変わらないものなど無いことも知っている。
「平気よ。中に入っているわけじゃないし、儀式の最中でもない。・・・だから誰も来ないわ。」
高い場所にある禁域に人が来ることはまずない。誰もいない美しい場所に大好きな人を連れて来て、下心がないはずがない。最後の部分に色気を乗せて、手に手を重ねた。
大好きな人の瞳が不安げに揺れて、躊躇い、顔を背けた。
それなら、「ここで王様は大地の女神と結婚するの。」
「神との結婚?」つられて顔を上げた。
「そう、こうするの。」唇を重ねた。
驚いて目を見開き、頬を赤らめると、何かを考え始めた。
「今は何も考えないで。私のことで頭をいっぱいにして。」
もっと深くつながりたくて、体を傾けた。
ミシッ
木柵が軋む。
ガタッガタン!「「ギャー!」」
柵が外れ、二人で後ろ向きに落ちた。「「痛!」」上の空過ぎて魔法も間に合わず。
「天罰が下った。」
「アハハ、ほんとだね。神様は見ているね。」いい雰囲気は台無しになったけど、まぁ及第点。よし、次、頑張ろう!
公爵は、王子がメルトを連れて教会に立て籠もってから、しつこく王城に通い、国王に面会を求めていた。国王はのらりくらりと面会を避け、面会をしても公爵の要求をのらりくらりと躱し続けている。
「陛下。どうか、私に兵を出す許可をお与えください。あの子はこのように帰りたがっているのです。私にはあの子を守る義務があります。」公爵はメルトの書いた手紙を国王に差し出した。
公爵の差し出す手紙の量は日に日に増えていく。全部同じ筆跡で、本人のものに間違いない。書かれている内容は、差し障りの無い日常の様子だが、端々に帰りたい思いが見え隠れする。これらは守り人が王子を誑かしたのではなく、王子が守り人を連れ去ったことの証左だ。
「ハァ。公爵が羨ましい。私のところには1通しか来ておらん。」しかも喧嘩腰のロクでもない内容だ。
「もし宜しければ、私からハロルド王子殿下に陛下のお気持ちをお伝えいたしますが。」
国王は暫く考えて、「各所連絡のため、5日の猶予を与えよ。」と申し渡した。
「承知いたしました。ご聴許いただき深く感謝申し上げます。」
5日後は迎冬祭の日に当たった。




