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花嵐2


  メルトがいないことに最初に気づいたのはマリアだった。ダイニングで冷めたスープやミートパイを前に、マイナスの冷気を放っている。

「私の可愛いメルティを掻っ攫うなんて、嘗めたことをしてくれたものだわ。いいかしらジョン?お父様が到着する前に必ずや私たちで解決しましょうね。」

北館の管理人ジョンは寒さに凍えている。

「も、もちろんでございます。どうか安心して朗報をお待ちください。」



 メルトは鉄格子の中で目を覚ました。

「これ何?どういうこと?」鉄格子を掴んだ途端、強い吐き気がして蹲った。

檻の向こうに男が立った。

「ちょっと、薬が強すぎたかな?」男は笑っている。

「汚さないでくれよ。臭いし面倒だからな。あぁ、これは何かだったな。

お前は俺たちの売り物で、しかも既に売約済みだ。大人しくしていろよ、傷はつけたくないからな。」

男は、部屋の隅の机に戻り、一人トランプを再開した。

 公爵家の次は人身売買、この落差は何?

神様、僕の前世は地味で善良な小市民でした。死んだら天国行きなはずですよね。これはきっと何かの手違いだと思うので、死ぬちょっと手前からやり直させてもらっていいですか。もし僕が物語のヒロインだったなら、このシチュエーションは、イタリアマフィアに扮した王子様がオークション会場に現れて、「10億。何、足りない?じゃぁ35億だ。」バン!て札束の詰まったジュラルミンケースを開いて落札されるところだよ。残念ながら僕はオークションすら掛けられないんだけど。ぐすん。

「うるせぇよ。男がべそべそすんな。」

小声で吐き捨てるように言われて、メルトは後ろを振り返った。部屋の灯は、監守の手元のランタンのみで薄暗い。薄暗い中、メルトと同じ立場の子供たちが幾人も力なく膝を抱いていた。

(そんなこと言われても、僕の本質は音楽を愛する軟弱男なんだ!仕方ないだろ。)心の中で叫んだ。

「ほら、こっち来て座りな。」

優しげな声がしたので、メルトは声のする方に行って壁際で膝を抱えた。

 公爵家は僕を探してくれるだろうか。公爵家の人間じゃないのだから期待はできないか。脱獄ってどうすればいいんだろう。のこぎりで鉄格子を切断とか?そんなもの持ってるわけないだろ。だいたい僕にはもう買手がいるのだから、のこぎりで切るより引き渡される方が早い。この状況から引渡し前に逃げるのは不可能な気がする。檻から出てから逃げた方がまだ現実的だ。一人でもんもんと考えた。

「ねぇ、あんたどこから来たの?」

不意に優しげな声の主が話かけてきた。マリアくらいの女の子だ。メルトは公爵家の名前を出してはいけない気がしたので、

「山の向こうの・・・森?」と実家を答えた。

「ははっ、惑いの森?まさかね。言いたくないなら別にいいけど。

私はね、教会にいた孤児なんだけど、祭司様からお使いを頼まれて、その途中で捕まっちゃった。」

「祭司様はきっと心配しているね。」

「きっとね。他の子たちも心配してくれていると思う。会いたいなぁ。」

牢の中は饐えた匂いがする。メルトは前世と現世をあわせればもう大人だ。それなのに自分より小さな子供を見捨てて、一人逃げる算段をしていたことに後ろめたさを感じた。でも、こういうのはきっと上手くいかない。川で溺れている人を助けようと飛び込むと、飛び込んだ人が一人死んでしまうみたいな。

ただ、メルトの前世の心残りはきっとこれなのだ。

「ねぇ、逃げることってできないの?」とりわけ小声で聞いた。

「できない。奴等の言うことを聞かないと酷い折檻をされるんだから。」

「ねぇ、賭けてみない?僕は売却済みで傷つけたくないんだってさ。」不敵に言ってみせた。

「どうするのさ?」

「こうするのさ。みんな乗ってよね。」耳打ちした。



「ねぇ、おじさん大変大変、新入りがお腹が痛いって苦しんでるの。なんとかしてあげて。」女の子は大声で助けを呼んだ。

「新入りって、あの貴族の餓鬼か?」

「黴てるパンを食べたちゃったみたい。」

「はぁ!?本当に貴族って馬鹿だな。いい値するんだからしっかりしてくれよな。」

監守は面倒臭そうに腰の鍵束から1本を取り出し、錠を外して檻の中に入った。

女の子が監守をメルトのところへ誘導し、周りの子供たちも心配しているかのように集まった。監守が屈んでメルトを抱きかかえようと顔を近づけてきたところを、思いっきり頭突きを喰らわせた。

「ぐっ・・・。」監守の悲鳴にならない悲鳴を合図に、子供たちが監守を襲った。

「日頃の恨み思い知れ!」

監守の鍵束を奪って牢を抜けた。牢のある部屋と外界を隔てる扉がある。この外はどうなっているか誰も知らない。そおっと鍵を開け、おそるおそる扉をあけると、階段が現れた。子供たちは誰もいないことをいいことに階段を駆け上がった。

 メルトは嫌な予感がした。そんなにうまくいくはずがないんだ。階段を上がった先に何があるか、もっと慎重に見極めなければいけないのに。だからと言って大声を出して止めるわけにもいかない。

「お前等、どうしてここに?」

メルトは階段の途中で、大人の声と、いくつもの椅子が床をこする音を聞いた。

マズイ、僕の魔法で何とかしなくちゃ。

メルトは急いで駆け上がった。どうやらそこは酒場のようだ。メルトはいつもどおり、氷柱を作ろうとして構えると、手に白熱灯のような光が宿った。

「おい、こいつ魔法が使えるぞ。」大人たちは騒いだ。

光が点滅して消えた。

「!?どうして」

もう一度、手に魔力を集中させる。今度は手が一瞬光っただけだった。信じられない。息をするように使ってきた魔法が突如として使えない。

「驚かせやがって。」大人たちがメルトに殴りかかった。

 丁度その時、警官隊が店に突入した。もちろんメルトを探して人身売買のアジトを虱潰しに探してきた代官所管の警官隊だ。しかし、店は混乱し、誰も何が起きたのかわからない。

女の子がメルトの腕をひっぱった。「今のうちに逃げよう!」

二人は窓から外に飛び出した。


外には夜の歓楽街が広がっていた。

「ここはどこだ?」メルトは戸惑った。

「ここは、ミラだよ。」女の子は得意げに答えた。

「ミラ?・・・マリアの嘘つき。」

ミラは公爵領の中心街で、代官屋敷と教会しかないと言っていた。それはマリアにとって見るべきものが何もないという意味だったのだろう。歓楽街で何が信じられる?

「とりあえず逃げよう。私のいた教会が近くにあるの。」

土地勘ゼロのメルトには、ついて行くより選択肢はなかった。


 教会は街の端にあり静かだった。ずっと走り詰めで二人の息はあがっていて、心臓の音がよく聞こえた。

重い木戸をギギィと押し開けると、正面の祭壇には、宿り木のリースと蝋燭に火の点った燭台があり、神官が一人厳かに祈りを捧げていた。

「祭司様、ローズが帰って来ました!」女の子は嬉しそうに言った。

神官はゆっくり振り向くと、慈悲深い笑みを浮かべて言った。

――― Like a moth to a flame.


なんだか様子がおかしい。悪役令嬢異世界転生ものって、もっとほんわかしているものじゃなかった?

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