マハラリィの花5
ちょこっと加筆しました。
子供翼に戻ると、フィンは、待っていた学友に侯爵に言われたことや、この件についての自分の考えを熱っぽく語った。
そこへミカエル祭司が来て、王女、メルト、フィンに加えて他のみんなにも迷惑をかけたことを謝った。祭司はひどく肩を落としている。
「メレオロイデス教会あっての私だと思っております。
突然のことで気が動転してご迷惑をおかけしたことを深く反省し、お詫び申し上げます。」
それでもフィンの気は収まらなかった。
「花に触れたら倒れた?どこぞの製薬会社のことが思い浮かびましたよ。」
「フィン、言い過ぎだわ。祭司様がこんなに謝っていらっしゃるのだから、もういいじゃない?
慌てて間違えてしまうことは誰にでもあることだわ。」ヴィヴィが遮った。
祭司が去った後に王子が言った。
「もういいかどうかを決めるのは、ヴィヴィアン嬢ではない。」
正論だけど、誰かが止めないとフィンは止まらなかった。
「お兄様!」
ヴィヴィは色を失った。
「出過ぎたことをいたしました。」
「ヘレンが酷い濡れ衣を着せられそうになったというのに、君はあちら側の肩を持つんだね。
……誰の味方なんだろう。」
ヴィヴィは、ひゅっと息をのんだ。
「言い方!」とメルト。
「お兄様!なんてことを仰るの!」
「私、そんなつもりでは。申し訳ありません。」
ヴィヴィは足早に部屋を出ていった。
王子へのお説教は王女に任せることにして、メルトはヴィヴィを追いかけた。
秘密の花園の噴水には、ちょろちょろと水が流れていた。
メルトとヴィヴィは、噴水が見えるベンチに座って、二人で愚痴大会をした。
「私、ヘレン様の未来予知を信じてないわけじゃないのよ。
ヘレン様の幸せを心から願ってる。
でも・・・祭司様は立派な人よ。」
「うん。夫人が王女殿下を陥れるというのも憶測だし、
今回、夫人や祭司様に悪意があったというのも憶測だものね。」
「仲良くしてとは言わないわ、でもだからって、確たる証拠もないのに目の敵にしなくてもいいじゃない。少しは私の立場も考えてほしい。」
「ハハハ、それは同感。僕も殿下から裏切者って言われたことがあるよ。」
「よくそれでお側にいられるわね。
私なんて、いっそ消えてなくなりたいと思っているのに。」
「結局、僕は僕のためにここにいるんだよ。」
公爵家は政治から一歩退いている。メルトの王宮通いは最早子供の遊びだ。
しかもメルトは勉強が嫌いだし、王子は狭量だし、おかしな視線は感じるし、時々自分が何をしているのかわからなくなる。
それでも王宮通いを止めないのは、ここでの見晴らしが一番いいからだ。
まだ背が足りなくて見えないところもたくさんあるけど、これから先、自分に何が起きて、マリアに何が起きるのか全部見たい。全部知りたい。
「私は何のためにここにいるのかしら。」
家のために王女の学友になったのに、王女と離れがたい友人になったら、家業に災いが及びそうになってきた。
ヴィヴィには自分軸のあるメルトが少し眩しく映った。
側妃の小宮殿にはお見舞いに訪れる人が絶えなかった。
王子やフィンの意見では仮病らしい。王女はお見舞いの言葉をマニサ侯爵に託した。
「人気者だね。」
メルトが窓を頬杖をついて眺めていると、通りかかった王子が吐き捨てるように言った。
「好きにやればいいさ。陛下は、静謐がお好きなのだから、ますますお心が離れていくだけだ。」
「陛下は夫人のことが好きじゃないの?」
「当前だ!」
王子の言うことは、願望も入っているだろうから鵜呑みにするわけにはいかないが、陛下が華やかなことを好まないことは周知の事実だった。
*
側妃が王宮に来たのと時を同じくして、大きな変化がもう一つあった。
国王が公務に王子を帯同する機会が増えて、メルトたちもそれに同行するようになった。
人選は公務の内容に応じてなされ、同行しない人はその日がお休みになった。
王子は必ず武官候補のジョンかメルトのどちらかを帯同した。王子なりの危機意識の表れだ。
メルトはまだあどけなさが残るので、真面目な場所にはジョンが、華やかな場所にはメルトが連れていかれた。
メルトが初めて側妃を見たのは迎冬祭の宮廷儀式の時だった。
儀式は、日没後から開始し、王宮のすべての火が消され、祭司が新たな火を起こし、参加者に火を分け与え、参加者はその火を持ち帰って各部屋、各家に灯すというものだ。
領地持ちの多くは自己の領地で似たようなことをする。廷臣や王城近くに住む貴族は、夕方から大広間に集まり始め、儀式が始まるまで思い思いに歓談した。
メルトはフィンと一緒に王子の付き人になっていた。王子付らしく、王子の衣装に似せた深緑のスーツを着せられている。王子が国王や王妃に挨拶をしたり、他の王族に挨拶をしたりしている後ろでにこにこっとして立っていればいい。
今日の王妃様はいつにもまして素敵だ。淡い金色のスレンダーラインのドレスに琥珀の装飾品を身に着け、いつもの編み込みアップヘアに顔の見えるヴェール、その上にティアラを載せていた。
一瞬、あたりが静まった。
誰が来たのかと思い入口の方を見ると、二十代半の若者が入ってきた。
王の甥で、アストラガス戦の総司令官だったロバート・アストラガス総督だ。
メルトも戦勝パレードで見たことがある。
王子に緊張が走ったことが後ろ姿からでも見て取れた。
総督はまっすぐ国王のところに来て、よく通る声で挨拶をした。
明朗快活な様子は、多くの人が王太子に望むのも頷けた。
フィンは小声でメルトに言った。
「なんで来たんだろうな。領地持ちは、領地で火起こしの儀式をするはずなのに。」
フィン的には、新しい国土でカサブランカの信仰を根付かせるためには、アストラガス城塞で火分けの儀式をすることは必須だ。
総督は王子にも挨拶をした。
「祖霊を讃える場に参加できることを大変うれしく思います。
ハロルド殿下のご健勝と王国の安寧をお祈り申し上げます。」
「遠路遥々お越しくださり、ありがとうございます。
王家の伝統と責務を胸に、さらなるご活躍を期待しております。」
王子は涼しい顔で淀みなく答えた。
総督にもかなりのコンプレックスを抱えているだろうに、相変わらず外面はいい。
王女にも挨拶をする。
「迎冬祭の夜を共に迎えられることを嬉しく思います。
王女殿下のご健康とご多幸をお祈りいたします。」
王女も淀みなく答えた。
「遠方よりお運びいただき、ありがとうございます。
アストラガスでのご活躍のお話はよくお聞きしております。
ロバート様のお働きにより我が国の結束がより一層強固になることを期待しております。」
総督は柔らかく笑った。
「ご立派になられましたね。」
総督の挨拶が終わると、周囲は再びおしゃべりを始めた。総督は恰好の話のネタだった。
メルトが、にこにこっとしながら周りを観察していると、ミカエル祭司がメルトに話しかけた。
「お久しぶりです、祭司様。今日は祭司様が執り行う火分けの儀式に参加でき、とても光栄です。」
「そんなに畏まられては緊張してしまいます。
あなたと私はそのような堅苦しい間柄ではないはずでしょう?」
うふふふ、そうでしたか?
どうしましょう、王子の顔が怖い。
「そうだ、あなたはもう、あの子にお会いになりましたか?」
祭司が手をポンと叩いて言った。
あの子はたぶん側妃のことだろう。
「いいえ、機会が無くて。」
「花束の件で、あなたに謝罪をさせなければなりません。
この機会にご紹介させていただいてもよろしいでしょうか。」
「もう過ぎたことですから、お気遣いいただかなくて大丈夫です。」
「そんなことを言わないで。あの子もあなたとお友達になりたいはずですし。」
メルトは押し負けた。
「そうですか。では、お願いします。」
王子の顔が怖い。
そんな顔をするなら、これ以外の答え方を教えて欲しい。
王子はフィンに指示をし、フィンがメルトの後を追ってきた。
祭司が「ちょっと、失礼。」と人垣に声をかけると、人垣が割れて側妃まで道ができた。
側妃は淡い金色の生地に、袖や裾に銀糸でダマスク模様の刺繍が入ったスレンダーラインのドレスに、王妃と同じくヴェールを被っていた。ダマスク模様の刺繍は炎を模っている。
国王に比べると随分と若い。純国産の王子を生ませようとしているのだから当然といえば当然だ。
気が強そうで華やかな顔立ちは、王妃とは別のタイプの美人だ。
「メルト君。こちらが夏から国王陛下のお側に上がったカタリナです。」
!?
聞き覚えのある名前だ。
「カタリナ、こちらはハロルド王子のご学友のメルト・リリー子爵だよ。」
「まぁ、なんて可愛いらしいの!」
やっぱりカタリナと言った。
メルトはプチパニックになった。カタリナといえば妖精の愛され子の名前だ。しかし目の前にいるカタリナはメルトが知っているカタリナではない。メルトの知っているカタリナはもっと素朴で肉感があって、こんなスレンダー美人ではない。
うーん、もしかしてカタリナ・マニサはいっぱいいる説?
日没前になると儀式の開始に備えて、皆指定の場所に並んだ。前列が王族、その後ろが廷臣、さらにその後ろが侍女従者になる。この儀式では王宮の各部屋に火を配ることになるので、侍女従者も参列した。国王の隣に王妃が、その隣には王子と王女が並んだ。王女の隣に総督が並んでいる。王子の付き人は常に王子の後ろだ。
側妃は侍女列の先頭に並んだ。王妃と側妃には明確な差が存在した。
皆に大人が両手を広げたほどの大きさの浅い青銅製の碗が配られた。
中には乾燥苔、乾燥藁、乾燥樹皮が入っていた。
日が落ちると、広間の灯が次々と消され、暖炉の火も消された。
月明りが弱く、広間は本当に暗い。
目が利かないので耳を研ぎ澄ます。そのため沈黙が辺りを支配した。
祭司は火起こしの儀式を開始する。広間の中央に置かれた石の台座の上で弓錐式で火種を起こす。
「闇から光を、死から生を」呪文を唱えながら火錐弓を前後に動かすと、回転軸と板が擦れる音が響いた。
やがて赤い火種がぽつんと生まれる。
祭司が少し大きめな碗に火種を落とし、ふぅーと息を吹きかけると柔らかな炎が広がった。
青銅製の碗は炎を反射し、実体よりも明るく祭司を照らしている。
端正な顔は神秘的で絵になった。国王はこの神秘性を好んでいる。
祭司は碗を両手で持ち国王の前に立ち、その火の一部を国王の碗に分けた。
その後に廷臣筆頭のマニサ侯爵に分け、さらに側妃にも分けた。
国王は火が碗全体に広がるとその火の半分を王妃の碗に分けた。王妃は同じようにして王子に火を分け、王子は王女に分け、列の最後までこの作業を繰り返す。
暖かい色の炎がフィンの顔を照らしている。
フィンと目が合うと思わず微笑む。
「なんだか楽しいね。」
フィンが碗を傾けてメルトの碗に火を分けた。
碗の中で火が広がっていく。
なんてきれいなのだろう。
メルトは隣の財務大臣に火分けをする。
財務大臣はメルトが碗を揺するのに合わせて、「ほらほら慎重に、よっと、よっと。」と失敗しそうな声かけをした。
ドバっといかなくてよかった。
炎が順々に受け渡され最後尾まで到達する頃には、祭司の育てた火で暖炉は赤々と燃えていた。
ハロウィンの起源となる儀式の王宮版を想像して書きました。口承の宗教なので正確なことはあまりわかっていません。新年の始まりの儀式になります。そうすると再生の火の意味もわかりやすいですよね。一年の始まりは冬の始まりだし、一日も夜から始まるし、神聖な方向は北だし、いろいろ独特です。あの辺りは火打石が豊富なので、火打石で火を起こすほうが絵的にはいい気がします。しかし儀式的にはもうちょっと面倒な方がいいのかなと思いました。




