マハラリィの花4
王宮に上がった側妃には、南の小宮殿が与えられた。
庭の木々はリスや白鳥の形に刈り込まれ、明るく可愛らしい造りだ。
同じ頃、王妃も北の小宮殿に移った。
木々に囲まれた人工池のほとりにあり、家族四人で舟遊びをした場所だ。
子供翼からは側妃の宮殿は見えるが、王妃の宮殿は見えなかった。
王女はハープを弾く手を度々止め、窓の外を見てはため息をついた。
最近ずっとそうだ。
「ヘレン先生どうしたの?」
メルトも手を止めて尋ねた。
王女は少しためらったが、メルトが魔法使いなので、思い切って打ち明けることにした。
「メルティなら信じてくれる?私の言うこと。
ヴィヴィもリリスも全然信じてくれないの。」
「もちろん信じるよ。」
「じゃぁ、絶対笑わない約束よ。」
すごく真顔。
「う、うん。」
一体何事?
「実はね、私のポンコツな未来予知ではね――
私は新しい側妃様に数々の嫌がらせをして、怒った陛下に外国に嫁に出されてしまうの。
それで、嫌がらせの噂は嫁ぎ先にも届いていて、夫に疎んじられて……
あんなことやこんなことが重なって、坂道を転がるように転落して、
一人寂しく死んでしまうの!」
「……はあ。」
悪役……王女?
「ほら、信じてくれてない。私がこんなに真剣にお話しているのに!」
どうどう落ち着こう。
「どんな嫌がらせをするの?」
「そこがわからないからポンコツなのよ。」
ほんとポンコツ。悪役令嬢がポンコツってまた……。
「もう、どうしましょう。」
王女は目に涙を溜めた。
「だったら嫌がらせをしなければいいんじゃない?
っていうか、ヘレン先生はそんなことしないよ。大丈夫。」
メルトはハンカチで王女の涙を拭った。
「でもね、私があの方のことをよく思っていないのは事実だわ。
いらして欲しくなどなかった。」
それは当然の気持ちだろう。
でも――
「思っているのと、行動に移すのは同じじゃないよ。」
王女はこくこくと頷いた。
しかし運命というのは強敵だ。メルトだって全然勝てる気がしていない。
やっぱり一人では厳しい。みんなの助けが必要だ。
カンカンカン!
氷で作った木槌で机を叩き、みんなの注目を集める。
コホン。
「只今よりチームカサブランカの緊急会議を始めます。
今日の議題は、STOP悪役令嬢です。」
「悪役令嬢って何?」「もしかして私のことかしら?」「僕、帰りたーい。」「今日は5時から」
カンカン
「静粛に!これは、王女殿下の未来を守る戦略会議です。
大真面目です。真面目にやってくれないと僕、怒るよ?」
夏なのに室温が急激に下がりだすと、
「ヤバい。」
みんな慌てて席に着いた。
メルトは事情を話す。
すると――
「キャラ変し過ぎだと思う。」
「悪役王子はありえるけど悪役王女はない。」
「未来予知と空想はどうやって区別するんだろうか?」
カンカンカン。
「静粛に。」
「はい、議長!」
「はい、ハロルド王子。どうぞ。」
「ヘレンが誰かに嫌がらせをするなんてあり得ない。女狐に陥れられるのだと思う。」
「さすがハル。一足飛びにそこへ行くか。」
感心するジョン。
「でも、なんでそんなことをするの?」
メルトが尋ねる。
トマスが答えた。
「王妃様の威信を削ぐためだろう。それは同時にハロルドの求心力を削ぐことにもなる。」
「だったら私たちは王女を守りぬくのみ!」
とリリスが拳を握る。
「「「「異議なし!」」」」
数日後、早速、第2回緊急会議が招集された。
「どうしましょう。あの方からお茶会のお誘いをいただいてしまったの。」と王女は言った。
「私にも招待状は来たが、そんなものは無視しておけばいい。」と王子。
うん、悪役令息の素質あり。
「そんなことをしたら、後で何と言われるかわからないわ。
こういう小さなことの積み重ねが悪役令嬢に繋がるの。」とリリス。
「やはり行くべきよね。でも、上手く振る舞う自信がないわ。」
王女は肩を落とした。
「じゃぁ、仮病を使うとか。」とメルト。
公爵が年単位で使った手。なお、現在、仮病は完治している。
「虫歯とか。」とジョン。
「お勉強が忙しいとか。」とフィン。
「でも、同じ王宮内に住んでいるんだ。それをずっと続けることは無理があるよ。
無理に仲良くする必要はないと思うけど、適度な距離を保って付き合っていくのは仕方がないことじゃないかな。」とトマス。
大人だ。
「だったら、ヴィヴィアン嬢に同席してもらうのはどうだろう。
リベラム伯爵家とマニサ侯爵家は商売上の結びつきが強い。」と王子。
王女が「ヴィヴィ、お願いできるかしら。」と言うと、ヴィヴィは「ええ喜んで。」と答えた。
めでたしめでたし。
……と思ったのもつかの間。お茶会の翌日に第3回緊急会議が開催された。
「昨日のお礼はどうしましょう。」と王女は言った。
お茶会は、ヴィヴィの活躍により、それなりに会話も続き、つつがなく終わったらしい。
「意外と悪い人じゃないかもね。」
メルトが言うと、ジョンも「そうかもな。」と答えた。
王子とトマスとフィンとリリスがジト目を向けている。
「良好な関係を築きたいなら、こちらも同様にお茶会を開いて招待するのでしょうね。」とリリス。
「嫌だね。この宮殿に足を踏み入れることは許さない!一歩たりともだ!」と王子。
まるで駄々っ子。
「私も、できれば適度な距離を保ったお付き合いを希望します。」と王女。
「王妃様がお茶会を催されるならともかく、王女殿下は大人ではないのだから、招き返すようなことまでは必要ないと思うよ。
お礼状と何か、花とかを贈っておけばいい。」とトマス。
さすが洗練された伯爵令息。
「お花はいいわね。でも、どんなお花がいいかしら。
王宮にいらっしゃる方に王宮に咲く花を贈るというのもどうかと思いますが、
かといって市井から花束1束を取り寄せるというのも申し訳ない気がします。」
「珍しいお花がいいってこと?だったら僕が摘んでくるよ。」とメルトは言った。
「どこで?」ヴィヴィが聞く。
「それは企業秘密。」人差し指を唇に当てて言った。
*
公爵邸に帰ると、マリアの部屋に直行した。
「姉さま、守り人の谷に咲く花で花束を作るのを手伝ってくれない?」
「花束?どうして?」
「明日、王女殿下に渡すんだ。」
「「!?」」
マリアとメアリが同時に固まった。
「うん?メルティ。なぜ、王女殿下に花束を渡す必要があるのかしら?」
落ち着いて、落ち着いて、スマーイル。
「あのね、王女殿下がマニサ夫人のお茶会のお礼に、珍しい花で作った花束を贈りたいんだって。」
「なんだ、そんなことか。だったら手伝ってあげる。」
ほっ。
フルドラに頼んで二人で守り人の谷に行った。
惑いの森の春は遅い。
そのため夏でも草が生い茂ることはなく、守り人の谷には白、黄、赤、青と色とりどりの花が咲く野原が広がっている。
「どんな花がいいかな?」とメルト。
「とりあえず色々と持って帰って、あとで調整しましょう。」とマリア。
「王女殿下らしい花がいいよね。」
花の名前はよく知らないけど。
「王女殿下らしいってどんな感じ?」
「ヘレン先生はふんわりして可愛らしい雰囲気だから、黄色とか白とか薄いピンクが似合うかな。これとか。」花鋏を入れる。チョキン。
「へぇー、あっそう。」ジョキン。
マリアの服にアザミが引っ掛かって、無理に引っ張ったら伝線した。
服選びを失敗してしまった。
「なんか急に面倒臭くなってきたわ。」
「もう姉さま、ちゃんとやって。早くしないと日が暮れちゃうよ。」
「はいはーい。わかりましたよ。」
お気に入りの服だったけど仕方がない。
とは言え、マリアもそれなりに楽しかった。
本邸に戻ると、メアリ他に花を渡した。
「王女殿下にお渡しするのに相応しい花束に仕上げてくだいね。」
マリア、含みのある言い方をした。
次の日、メルトはメアリから力作を渡される。
「アクセントに当家で育てたユリを3本加えました。白ユリ2本と黒ユリ1本の間を赤紫のオーキッド(蘭)が橋渡しをし、周りを白いデイジーで囲んでおります。ところどころに刺し色として、青紫のブルーベル、淡桃のシーピンク、黄金色のバターカップを使用しました。これらを淡いアイボリーのシルク地とライラック色の透け感あるオーガンジーでラッピングし、グリーンのリボンを結んで、守り人の谷の野原をそのまま抱きしめたような花束に仕上げました。」
ペラペラペラ。
聞き慣れない単語の羅列でよくわからなかったけど、
「野の花だなんて信じられないくらい素敵だ。メアリは天才なの?ありがとう!」
メアリは誇らしげに微笑んだ。
*
メルトは王女に花束を渡した。
「「「とっても素敵!」」」」
メルトはドヤ顔をする。
しかし、王子が一瞥して言う。
「マリア嬢の牽制がすごいな。」
「確かに。」
トマスも花束を見返して納得する。
「牽制?」メルトが首を傾げると、王女が苦笑して言った。
「お兄様は、黒百合に存在感があるっておっしゃっただけよ。」
フィンが「メルト、用途を伝えた?」と聞く。
もちろん伝えた。
リリスが笑う。
「普通ならカサブランカにするところでしょうが、これは牽制ですわね、ヘレン様。」
「ふふふ、大変ですわね、ヘレン様。」
そう言われると、この花束のイメージは可憐というよりも気高く力強い。
ふんわりした雰囲気の王女よりも、マリアの方が合っている。
「よくなかった?」
メルトはしゅんとして聞く。
王子は言った。「いいや、むしろこれでいい。女狐におあつらえ向きだ。」
コードネームは女狐もしくは「あの方」。
メルトは、せっかく作ってもらった花束が悪く言われたような気がして少し悲しい気持ちになった。
そうすると側妃のことも、本当はいい人かもしれないのに可哀そうになった。
王子はフィンに、側妃に花束を届けるよう頼んだ。
フィンは側妃のところでミカエル祭司に会った。
*
朝の講義が始まって暫くすると、近衛兵が数人、無言で教室に入って来た。
何事?みんなが注目すると、近衛の1人が口を開いた。
「フィン・メレオロイデス様はどちらに?」
「はい。」
フィンは怪訝そうに返事をすると、近衛は一斉にフィンを取り囲んだ。
「お伺いしたいことがございますので、ご同行くださいますようお願いいたします。」
王子が立ち上がった。
椅子の脚が床を擦る音がやけに大きく響く。
「講義中だ。理由の説明を求める。」
近衛兵は淡々と答えた。
「マニサ夫人がお倒れになりました。」
教室の空気が一瞬止まった。
「それとフィンにどういう関係がある?」
「夫人は花束の花に触れられた後にお倒れになりました。」
!?
メルトの心臓が跳ねる。
「ちょっと待って!」
思わず立ち上がった。
「その花束を用意したのは僕だ。フィンは運んだだけだよ。」
近衛兵の射るような視線がメルトに向く。
「では、メルト・リリー子爵、あなたもご同行ください。」
有無を言わせない響きがあった。
もしかして僕が悪役令息?
待って、僕はもう爵位持ちだから、うわぁ、ただの悪役。
王子が言った。
「メルト、フィン、心配しなくていい。すぐに戻って来られるようにする。」
是非ともお願いします。
メルトとフィンは近衛の施設近くの貴族用の留置部屋に入れられた。
重い扉が閉まると鍵がかけられた。
ガチャン。
音がやけに響いた。
部屋は広く、そこそこ快適な住環境が整えられていた。
お貴族様万歳。
「フィン、ごめん。おかしなことに巻き込んじゃって。
王女殿下も今頃大変なことになっているよね。」
フィンはふかふかの一人掛け椅子にドテンと腰かけた。
「巻き込まれたのは君の方だろ?考えてみなよ、僕にも君にも側妃を害する理由はない。
王女殿下はあの花束に、ほんのわずかの間しか触れていない。
それもみんなの前でだ。
僕と王女を同時に罠に嵌めようとしたのかもしれないが、誤算だったね。」
不敵な笑みを浮かべるフィンにメルトは感心した。
「前から思ってたけど、フィンって肝が据わってるなぁ。」
「チームカサブランカの勝確なんだから当然だよ。
祭司はもっと賢い人かと思ってたのに、なんか残念。」
「残念?」
「黒ユリと白ユリが入っていたんだよ。
あんなのを見たら、すぐに君のところのブラコンお姉様が思い浮かぶじゃないか。」
「ブラコン!?」
「ブラコンにシスコンでしょ。違うのかな?」
「シスコン!?いやいや、普通だって。」
僕が色々ダメなせいで、指導はたくさん受けているけども。
フィンがニヤニヤしながら言った。
「ふーん。じゃぁ僕が、お姉様に婚約を申し込んじゃおうかな。」
そうしたら、マリアは国中の祭司を統べる大教会の大祭司夫人になって、フィンのところは公爵家の後ろ盾を得ることになる。
最近、マリアは王子の事があまり好きではないらしいので、
「ふむ。意外と悪くない。いいかもしれない。」
「ちぇっ。つまんないの。」
「兄さま♡」僕、かわいいい弟になるよ。
「うわぁ、面倒くさそう。」
「そんなこと言わない。ね、兄さま♡」にゃん。
くだらないおしゃべりをしていると――
ガチャリ。
重い鍵が外される音が響いた。
マニサ侯爵が入ってきた。
「このようなところにお引止めし、申し訳ありませんでした。
お戻りいただいて結構でございます。」
いつもはメルトたちのディベートの指導をしている侯爵が、腰を低くして謝っている。
「マニサ夫人はどうされたのですか?」フィンが聞いた。
「風邪をひいて熱を出しただけのようです。お騒がせし申し訳ありません。」
風邪。
ただの風邪か。
胸の重しが一気に外れた。
「風邪は大変ですけど、僕の用意した花束に問題がなくてよかったです。
公爵家に迷惑がかかるのではないかとヒヤヒヤしました。」
特にメアリのこと。
侯爵は二人の顔色を窺いながら言った。
「あの・・・このお話は、おうちの方に伏せていただくわけにはいかないでしょうか。」
勘違いは誰にでもあるし、侯爵がまた公爵家に謝罪訪問に来ることになるのは、確かに気の毒だ。
「いいですよ。」とメルト。
「できません。」と同時に、フィン。
メルトはフィンを見た。
いつもの悪戯っ子のような表情は、跡形もなく消えていた。
「メルト。夫人はメレオロイデス教会と王女を陥れようとしたんだ。
君の身体の自由だけの問題じゃない。」
侯爵が慌てて否定する。
「そんな陥れようなどと滅相もない。」
でも、フィンが逃さない。
「侯爵様はそうかもしれません。
でも――夫人や、あるいは祭司様はどうでしょうか。」
空気が一段重くなった。
「中立的な公爵様を敵に回したら大変ですからね。
もしメルトが絡んでなかったらと思うと、ぞっとします。」
刃物のような言葉を畳みかけた。
皮肉なことに、彼は侯爵の指導の賜物だった。
先週は急用ができ投稿できませんでした。すみません。




