パンデモニウム4
5のつく日に王宮へ通い始めて、しばらくたった。
「目障りだ。消えろ。」
マクリーンは、倒れ込んだメルトの顔を覗き込みながら言った。
革の胸当ての隙間から、鳥籠に蔦が絡む宝石飾りがジャラリとこぼれた。
綺麗だ、と一瞬気を取られたところで肩を押され、扉が不快な音を立てて閉まり、鍵がかかった。
真っ暗闇。
バラの香りだけが残っている。
おかしいと思った。
木刀をしまう倉庫にしては、中に何もない。
これで何度目だろう。
いい加減学ぼうよ、自分。
王城内なので、これ以上ひどいことにはならない。
慌てても仕方がないので寝転がる。
あぁ酔いそう。ほんと、おしゃれさんなんだから。
――― 王宮でのお勉強にやっと慣れてきたと思ったのに。
*
王子と勉強しているのは僕だけではない。
王の諮問機関「王の頭脳」の子息、あるいは近衛連隊長クラスの子息の中から、王子と年齢の近い者が選ばれて雑用係をしつつ一緒に学んでいる。
セオドア、近衛連隊長の子息ジョンブラウン・グラハム、外務大臣エルドレッド伯爵の子息トマス、高位聖職者の子息のフィン・メレオロイデス、財務大臣ベルガモ伯爵の子息マクリーン。
そんな中になぜ僕が加えられたのかというと――
王子、あるいは周囲の大人は、僕を“洗脳”したかったのだ。
初日に、王子は唇に人差し指を当てて言った。
「ここでは魔法は隠しておいた方がいい。」
王国は魔法使いを恐れている。
強い魔法使いが反逆すれば、抑える手段が限られる。
だから王国が取った方策は――
魔法使いは必ず登録しなければならない。
加えて、有力貴族の保証が必要で、そのような後ろ盾がない魔法使いは、徴兵されるか、国家管理に回されることになっていた。
国家管理に回された者は、二度と戻ってこられない。
竜の守り人は国王直属だ。
いずれ公爵の保証から外れることになる。
強すぎる魔法使いが国家に反逆しないよう、精神的な枷をはめる必要がある。
偉い人たちはそう考えたのだろう。
こんな方針では魔法使いは減る一方だ。
この世界の残酷さに絶望する。
ただ、僕には前世の記憶がある。魔法も戻った。
本当にマズくなったら逃げればいい。
ワイズマンみたいな生き方もありだ。
その時はマリアも連れて行こうかな。……やっぱり無いか。無いな。
*
ところで、洗脳の本来の目的である王子教育はすこぶる上手くいっている。
王宮でのお勉強は、いつも机上の学びから始まる。
今日は古典叙事詩の授業だった。
王は宇宙の秩序を維持する者であり、王・戦士・生産者が各自の役割を果たすことで宇宙の秩序は保たれる――という内容。
午後には侍従長マニサ侯爵が関連テーマを示し、みんなでディベートをする。
最後には官僚から王子が知るべき事項の報告。
法務官僚が議会の紛糾具合を語れば、議会なんてロクなものではないという考えになる。
僕らがいくら自由に生きたいと願っても、自由などどこにもないのだと思い知らされる。
*
さて、閉じ込められた理由を考えるべきだろう。
確かに僕は「王の頭脳」の子息たちからすれば取るに足りない存在だ。
それでも貴族の上澄みは振る舞いすら上品で、僕はそれなりに丁寧に扱われていた。
それに財務大臣ベルガモ伯と公爵は、ともに議会と王との板挟みになる同志なのだから、マクリーンにはよほどの理由があるはずだ。
でも、僕は授業についていくのに必死で、恨まれるほど絡んだ記憶がない。
月に3回だけのお勉強は、前世の知識だけで乗り切るつもりだ。
少しは自習したらどうかって?
嫌だよ。これは僕の本分じゃないんだから。
閉じ込められる前は剣術の時間だった。
王子とジョンブラウンのかっこいい模擬戦を見ながら、重い木刀を休み休み振っていた。
年齢的にはこんなものだし、ガイアス曰く、魔力が強いといい剣士にはならないらしい。
不真面目と言われればそれはそう。
授業の後、マクリーンと道具を片づける係になったのは偶然だ。
以上をまとめると――
傍から見た僕は、たまに顔を出すだけなのに勉強ができ、でも剣術は弱くて、弱いくせに努力をしないクソガキだ。
これはマクリーンじゃなくても懲らしめたくなる。
そこに王子が僕を気にかければ、それが慣れない年少者への配慮だったとしても、努力してきた人間は報われない気持ちになるかもしれない。
でも……僕が周りにそこまで気を遣う必要ある?
来たくて来ているわけじゃないのに。
考えるのが嫌になって、寝ることにした。
*
倉庫の扉が不意に開き、耳障りな音で目が覚めた。
王子と王女、その後ろに侍従長マニサ侯爵の顔が見えた。
言葉を出そうとしたが、喉が乾いて咳が出た。
侍従長に抱えられ、子供用の翼の応接間に運ばれ、長椅子に寝かされた。
セオドアがいた。
水をもらって一息つくと、みんなの心配そうな視線が痛い。
「どうして僕の居場所がわかったのですか?」
王女殿下が微笑んだ。
「私は、ふとした瞬間に未来が見えることがあるの。偶然あなたの居場所が見えたのよ。」
それはすごい。
しかし王子は、思いのほか強い口調で言った。
「信じなければ見えないのと同じことだ。
状況を正しく判断すれば誰にでもわかることだよ。」
王女の眉尻が悲しそうに下がった。
王子が厳しい声で言う。
「これは誰の仕業だろうか。」
王子には目星がついている。
だがマクリーンが認めず、メルトも認めなければ、責任を追及することができない。
メルトは答えた。
「誰のせいだとか、そういう問題ではありません。
僕が場違いな所にいることが原因です。
もうお勉強に来なくていいと言ってください。
謀反が心配なら、惑いの森に帰ります。」
実家でガイアスと暮らすのは案外楽しそうだ。あれ?それが一番いい選択な気がする。
今度、公爵様に相談してみようかな――
そう考え込んでいると、頭に手が置かれた。
「そんなことを言わずに、もう少しだけ頑張って、ね?」
王子にこんな顔をされて、嫌だなんて言えるはずがない。
*
理想の王子を演じるハロルドは、メルトをどう評価すべきか決めかねていた。
メルトは、誰に対しても優しい。
身分も権力も関係がない。
それは、王宮で育ったハロルドには理解しがたい価値観だった。
王宮では、敬意とは「相手の権力を認めること」から生まれる。
だがメルトは、権力の大小で人との距離を変えない。
誰に対しても等しいということは、誰も特別ではないということだ。
その均一な距離の中で、どうすればメルトを自分の秩序の内側に組み込めるか、ハロルドは探っていた。
日本的なご学友制度にしてみました。宗教もなんだこれは?と思われたことでしょう。
参考にしている宗教はありますが、馴染みがない習慣も多く、改変しているのでかなり独自宗教になってます。もし興味があれば「イモルグ」で検索してみてね。




