第四章:崩壊する均衡
スマートフォンに届く、数え切れないほどの通知。それは、リリエを必要とする夜の街の住人たちからの悲鳴のような依存の記録だった。
「行かないで、リリエ。私を置いて行かないで……」
リリエが薬を売るために部屋を出ようとしたとき、雫はその冷たい指先で彼の背中にしがみついた。世間から切り離され、彼だけが世界のすべてになっていた雫にとって、その背中が遠ざかることは自らの存在の消滅を意味していた。
「すぐに戻る。君の分の薬も、ちゃんと持ってくるから」
リリエは優しくその手を解いた。歩き出す彼の右足が、カチ、カチと歪な音を立てる。かつて誰かの熱を吸い尽くして生き延びた彼は、今、雫の孤独を背負いながらも、自分を求める街の無秩序へと向かわざるを得なかった。
置いて行かれる恐怖に、雫の瞳から光が消えていく。静まり返った部屋。残された雫の視線は、机の上に置かれた一本のナイフに吸い寄せられた。
頭の中で、無数の声が反響する。リリエの「すぐに戻る」という掠れた声、蓮の「身辺を綺麗にしなさい」という冷徹な警告、正式に家庭を壊した両親の罵り合い、SNSのタイムラインで自分の身体を暴き立てる世間の無機質なリポストたち。
──その声が、彼女の拒絶を、恐怖を、絶望へと増幅させ、ナイフを握る手を動かした。




