第三章:拒絶と聖域
SNSのタイムラインを埋め尽くす拡散の勢いは止まらず、その刃はついに、雫を表舞台へ引き上げた張本人の元へと届く。
「雫、これ以上は雑誌の存続に関わるわ。身辺を綺麗にしなさい。あの男とも、怪しい薬とも手を切るのよ」
『Y-KID』の編集長である千黄 蓮の言葉は、鋭く、そして現実的だった。彼女なりに雫の才能を惜しみ、守ろうとしての忠告だったのかもしれない。しかし、表の世界の「正しい生活」へ戻れという要求は、今の雫にとって、自分の本質を否定されることと同義だった。
「私の何を知っているの……? 綺麗な服を着せて、都合のいい人形にしておきたかっただけじゃない!」
雫は激しく拒絶した。普段の物静かな彼女からは想像もつかないほどの声が、オフィスに虚しく響く。彼女にとって、蓮が差し出す「正しさ」は自分を縛る鎖であり、リリエが渡してくれる薬とあの暗闇だけが、歪な自分をそのまま生かしてくれる唯一の居場所だったのだ。
蓮の元を飛び出した雫は、完全に世間から背を向けた。スマートフォンの電源を切り、社会とのつながりをすべて遮断する。外の世界との窓口を閉ざせば閉ざすほど、彼女の視界にはリリエだけが焼き付いていった。
「リリエ、お願い、今すぐ会いに来て」
街の喧騒から隠れるように潜む狭い部屋で、雫はますますリリエを激しく求めるようになる。彼の調達してくる薬を飲み、彼の背中にしがみついている時間だけが、世界の悪意から逃れられる聖域だった。
リリエが部屋に入ると、雫はすぐにその冷たい指先で彼の服を掴む。カチ、カチと響くリリエの右足の歪な音すら、今の彼女にとっては、自分を現実の世界に繋ぎ止めてくれる唯一の安らぎのメロディとなっていた。
「リリエ、もう私にはあなたしかいない。他には何もいらないの」
間違いだらけの二人の世界は、周囲を完全に排除し、加速度的に純度を増していく。だがそれは、光の届かない底へ向かって、二人だけで静かに墜ちていくことでもあった。




