第四章:甘い救済と、果てなき逃亡
定位置の暗闇で買い足した薬で、世界のノイズを消し去る日々。しかし、それも長くは続かなかった。薬を買い続けるための資金も、完全に底を突きかけていた。
「カナタ……お金、ない。クスリ、買えないと、また、あの声聞こえる」
リアが膝を抱え、中途半端に引き裂かれた日本語で、震えながら呟く。
「……分かってる。俺も、母さんの薬をこれ以上盗んだら、家が本当に壊れる。もう、どこにも頼めない」
大人の差し伸べる優しい正論から本気で逃げ出すため、二人はスマートフォンの画面の向こうで見つけた「闇バイト」へと手を染めていった。
SNSで指示される「ただ言われた通りに動くだけで高収入」という闇の仕事は、複雑な公的手続きよりもずっと明快で、お互いを失いたくない二人にとって、魅力的な救済に見えたのだ。
「……これなら、俺にもできる」
叶汰は、指示役から送られてきた簡潔な箇条書きのテキストを見つめ、掠れた声で言った。
「リア、俺が受け子をやる。リアは、周りの見張りをして。……誰かに『頑張れ』って言われるより、このマニュアル通りに動く方が、よっぽど息ができる」
「うん、カナタ。私、見張る。嫌われたくない。カナタと、一緒にいたいから」
コミュニティから排除されることを何より恐れるリアは、それが危険な犯罪の末端であると知りながらも、叶汰と繋がっているためにその手を強く握り返した。お互いを想うその執着は、すでに引き返せない美しい呪いとなっていた。
しかし、その甘い罠こそが、二人を日本という国から完全に消し去るための引き金だった。次々と危険な犯罪の末端を担わされた二人は、やがて国内の警察の捜査網に引っかかり、逃げ場を失う。
上の人間から、海外への高飛びを命じられたのはその時だった。パスポートを偽造され、追われるようにして夜行便に押し込まれた二人が辿り着いたのは、遠く離れた異国の地――リアのルーツであるマレーシアだった。




