第三章:社会の死角、二人だけの「不法占拠」
叶汰の母親が入院し、過酷な介護から一時的に解放されたタイミングで、二人は行動を起こした。
行き先は、団地の取り壊し予定になっている、誰もいない空き部屋。そこは、社会からの蒸発を始めるための二人だけのシェルターだった。
学校の担任やケースワーカーが何度もドアを叩き、「話し合おう」「あなたたちの将来のために」と、優しい説得を試みる声が届き続ける。しかし、二人は電気の消えた暗い部屋で、ただじっと息を潜めてそれを無視し続けた。
窓の外は、全てを暴き立てるような真夏の眩しい太陽。だが、部屋の中は、窓一面に新聞紙を貼り付けた完全な暗闇だった。ルーツの違いも、社会的身分も、ここでは何の意味も持たない。リアが持ち込んだマレーシア由来の粗悪な薬物の煙が漂う中で、二人はただ指を絡ませ、お互いの皮膚の冷たさだけを確かめ合うように横たわっていた。
カチ、カチ、カチ――
深夜、家族の薬を使い果たし、世界のノイズが再び脳内へ逆流しそうになった二人は、新宿の最深部にある、ネオンも届かない冷え切った路地裏へと向かっていった。
「東横の薬屋さん」と呼ばれる密売人、リリエ。彼は決して自ら動かない。リスクを避けるため、薬を捌く時はいつも、この淀んだ暗闇の定位置にしか姿を現さなかった。
二人は、さらに強力な医療用鎮静剤を求めてリリエの元を訪ねた。社会の正しさから弾き出された者が何を抱えていようと、リリエにとっては関わりのないことだった。彼はただ、求められるままに淡々と薬を提供するだけだった。
「これだな」
いつも通りに薬の包みを差し出すリリエ。その「カチ、カチ」という不規則な右足の不協和音だけが、世界の息苦しい正論をかき消してくれる唯一の現実のメロディだった。
対価を支払うと、リリエは何も言わず、ただ淡々とその手を解き、暗闇の奥へと消えていった。




