第一章:「私たち」は、最初から数に入っていない
多国籍の労働者が集まる、古びたマンモス団地。その一室で暮らすリア(16)は、日本生まれの日本育ちでありながら、常に周囲の「あ、ハーフの子だ」という視線や、無意識の差別に人一倍敏感な、高い感受性(HSP)を宿していた。
家では親の母国語、学校では日本語という歪な環境は、彼女の感情の言語化を困難にし、周囲からは発達の遅れがあるように見なされていた。
「日本語、頑張ろうね」
「あなたの国は大変だから助けてあげる」
学校のボランティアや教師たちの、百パーセントの善意による特別扱い。それが彼女にとっては「お前はいつまで経ってもこの国の一員にはなれない『可哀想な外国人』だ」という、静かな差別にしか聞こえなかった。
彼女の親はマレーシアの華人(中華系マレーシア人)であり、出稼ぎで夜中まで働き詰めの家庭内は荒れ果て、日本の公的支援の情報からも完全に隔離されていた。
本名は「タン・メイリン(陳美玲)」。だが、学校の書類や大人が優しく呼びかけるその本名は、彼女にとって社会の枠組みに無理やり嵌め込まれるための記号でしかなかった。だからこそ彼女は、自ら名乗ったイングリッシュネームの「リア」という響きだけに、辛うじて自分の居場所を見出していた。
(私は日本人じゃないの? でもマレーシアへ行っても外国人扱いされる。私はどこにいればいいの?)根深いアイデンティティの喪失。自分の居場所を作るためなら、どんな悪い誘いでも「嫌われたくない」と過剰に同調してしまう脆弱さを、彼女は抱えていた。
団地の別の棟には、高叶汰(タカ キョウタ・16)がいた。彼は生まれつき軽度の知的境界線(境界知能)を宿しており、物事の要領を得ることや、複雑な手続きに人一倍時間がかかる特性を持っていた。
自分の限界値を正しく把握できないその脳にのしかかっていたのは、精神疾患の母親と、介護が必要な祖母のケアを一人で担うヤングケアラーの過酷な現実だった。
学校にはほとんど通えず社会的に孤立している彼に、役所の人間や周囲の大人たちは、ただ無責任に声をかける。
「偉いね」
「本当に頑張っている優しい良い子だね、叶汰くん」
「弱音を吐いたら家族が壊れる」「自分がやるしかない」という自己犠牲の呪縛。他人にNOと言えないお人好しな叶汰は、綺麗なラベルを貼られることでますます孤立し、慢性的な睡眠不足と脳の疲労で、とっくに限界を迎えていた。
家の中には、二人の治療用に処方された精神安定剤や、強い鎮痛剤が免罪符のように溢れ返っていた。
大人が差し伸べる「正しい手続き」や「可哀想という優しさ」に息ができなくなった二人は、夜の団地の片隅にある、冷え切った給水塔の下へとそれぞれ吸い寄せられるようにして辿り着いた。
昼の「正しさ」から逃れてきた二人が、暗がりのなかで初めて至近距離ですれ違う。高い感受性を持つリアの肌は、隣に立つ少年から発せられる、言葉にすらならないほど濃密な「疲弊の匂い」を敏感に察知していた。世間に適応しようと張り詰めたアンテナが、彼のまとっている圧倒的な孤独の波長と、自分のそれが完全に同調しているのを捉えたのだ。
一方の叶汰も、いつも自分を値踏みし、ラベルを貼ってくる大人の視線とは決定的に違う、リアの怯えた瞳を見つめていた。その瞳には、憐れみも、期待も、評価もない。ただ自分と同じように、世界のノイズに圧し潰され、息が止まりそうになっている剥き出しの生存の恐怖だけがあった。
「あ、この人も、僕と同じだ」
言葉を交わすよりも速く、二人の脳の底は、お互いが「最初から数に入れられていない異物」であることを本能的に理解していた。誰の手も届かない社会の死角で、二人の影は引き合うようにして、静かに重なり合っていった。




