第五章:失われた光、更生の現実
路地裏を抜けて大通りに出た直後だった。スマートフォンのカメラを回したまま、虚ろな笑顔で歌う可奈の前に、数人の男たちが闇から這い出るようにして立ちはだかった。
配信画面の背景から位置を特定し、リアルタイムで待ち伏せしていた「熱狂的なファン」の成れの果てだ。
「やっと会えたね、可奈ちゃん」
「いつも画面で見てるよ。ほら、もっとこっちに来いよ」
男たちが不気味な笑みを浮かべ、逃げようとする可奈の腕を力任せに掴み、取り囲んだ。可奈の脳内ではそれさえも「ファンにもみくちゃにされる大人気アイドルのステージ」として処理され、恐怖に震えながらも歪な笑みを浮かべたままでいた。男たちが彼女を力ずくで連れ去ろうとした
――まさにその直後だった。
赤色灯の光と警察官たちが現場へと突入した。異常な配信を察知して通報した視聴者たちの声が、現実の秩序を動かしたのだ。男たちはその場で次々と取り押さえられ、それと同時に、薬物使用の容疑がかかった可奈の手首にも、冷たい手錠がかけられた。
スマートフォンはアスファルトの上に叩きつけられ、二十四時間続いた偽りのライブステージは、激しいノイズと共に強制終了された。
逮捕から一夜が明けた。可奈が目を覚ましたのは、液晶の光もファンの歓声もない、警察署留置場の、ひんやりとした板張りの上だった。
覚醒剤取締法違反の現行犯。体内に残る非合法な薬物の毒素はまだ抜けきっておらず、可奈の脳内には激しいフラッシュバックの嵐が吹き荒れていた。視界が異常に明滅し、耳の奥では今も、ネットの男たちの歓声の幻聴が、ハウリングを起こしたように鳴り響いている。
「まだ、配信しなきゃ……みんなが私を、待ってる……」
震える腕をかきむしり、壁に向かって虚ろな笑顔を向けようとする可奈に、冷徹な現実を告げる女性警察官の声が突き刺さる。「調べ室に行くよ。自分の名前、ちゃんと言えるね」
そこは、歪んだ存在を許さない、完璧に制御された秩序の世界。その後、家庭裁判所の決定により、可奈は身柄を拘束されたまま「少年鑑別所」へと移送された。鏡もない徹底的に無機質な単独室。観護措置という名の厳格な管理下で、自由を奪われ、日々強制的に薬の毒素が抜かれていく。体の熱が冷え切り、脳の酩酊が薄れるにつれて、可奈の目の前には淡々とした現実の景色だけが残されていった。
自分がきらびやかなステージに立つアイドルなどではなく、ただネットの海で悪意に消費され、心身を破壊された、一人の「薬物依存に陥った少女」に過ぎなかったという冷徹な現実がそこにはあった。
法律という強固な壁の向こう。二度と可奈と関わることのないリリエは、今日も他人の痛みを麻痺させる薬を売るために、右足の痛みを引きずりながら夜の闇を歩き続ける。
可奈が夢見た、あの一瞬の眩しすぎる光の記憶だけが、冷徹な更生の現実の中に消えていくのだった。




